氷絶の大陸と裏切りの機巧卿
6月11日、大幅にブラッシュアップ(加筆・修正)いたしました。
キャラクターの心情や設定をより深く掘り下げていますので、初見の方も、再読の方も楽しんでいただければ幸いです!
黄金都市エル・ドラドにて、死闘の果てに六つ目の『魔神の欠片』の回収と封印を無事に終えたリーファスたち。
しかし、勝利の余韻に浸って息をつく暇もなく、リーファスの鋭敏な五感は、地球の最果て――遥かなる南極大陸から放たれる、規格外の禍々しい不穏な気配をはっきりと捉えていた。
「……最後の一つ。だけど、この霊気の質量は異常だ。これまでの欠片とはまるで比べ物にならない」
リーファスは端正な表情を険しく引き締めると、すぐ傍らに立つエリーへと真っ直ぐに向き直った。
「エリー、君の持っているギルドの魔導通信機を貸してもらえるかい? 世界探索者ギルドに、Sランクの緊急再招集をかける」
◇◇◇◇◇
リーファスたちは南米の大地を急ぎ後にし、南極へと向かうための最終経由地である、南アフリカ・喜望峰へと飛んだ。
ギルドからの緊急のSランク招集に応じ、吹き荒れる風の中で現地に集結したのは、世界にその名を轟かせるわずか三名の英傑だった。
『獣王』ガルーダ・レッドメイン。
『竜殺し』ジークフリート・ドラケンブルク。
『聖女』カタリナ・セレスティア。
「待っていたぞ、リーファス。だが……ずいぶんと寂しいな。二名足りないようだが?」
豪快な笑みを浮かべるガルーダの言葉通り、同じくSランクであるはずの『機巧卿』レオナルド・アークライトと、『影の王』ハサン・アル=ラジードの二人とは、いくら魔導通信を試みても、まるで拒絶されているかのように一切の連絡がつかなかった。
重苦しい不安が一同の胸に過る中、南極行きの物資準備を急ぎ進めていた矢先――最悪の事件は起きた。
「リーファス様! クリスさんが……クリスさんが、お部屋のどこにもいませんわ!」
エリーの悲痛な叫び声が、拠点に鋭く響き渡る。
駆けつけた部屋には、激しい争った形跡と、かすかに鼻を突く未知の毒物の匂い。そして、クリスが残した微弱な魔力の痕跡を辿った結果、彼女が何者かの強大な『毒』の魔法によって、連れ去られたことが判明した。
「……ハサンか。あの影の王が、よりによってクリスを拉致したというの?」
ディードリットが鋭い眼差しで周囲の痕跡を睨みつける。
「でも、どうしてそんなことができたの……?」
西施が不安そうに問いかける。その声は、かつて大陸で見せていた荒々しさがすっかり抜け、大切な仲間を心配する可憐な響きに満ちていた。
「ハサンは卓越した隠密の技術と、恐ろしい毒魔法を操る暗殺者のはずだよね。クリスを毒で無力化して連れ去ったとしても、ここ喜望峰から南極点なんて、人間が移動できる距離じゃないよ。一体どうやって、そんな短時間で連れて行ったんだろう……」
リーファスはギリッと奥歯を噛み締めた。
「相手の移動手段は不明だ。だけど、狙いははっきりしているよ」
リーファスはギリッと奥歯を噛み締めた。
クリスに預けていた、彼女の固有の『空間の隙間』の最深部には――これからの最終決戦を見据え、敵に決して奪われないよう、リーファス自身が自らの強固な霊力で二重三重の封印を施した、あの六つの魔神の欠片がすべて大切に収められていたのだ。
リーファスは、万が一の時のためにクリスへと持たせていた、霊力探知の護符の残香を鋭く手繰り寄せた。
「……位置が分かったよ。信じられないほどの移動速度だけど、彼女の霊気は、既に南極点に到達している」
◇◇◇◇◇
「一刻の猶予もないわね。でも、この嵐の中、南極までどうやって追いつくつもり?」
ディードリットの現実的な問いに対して、リーファスは自身の内なる膨大な霊力を、極限まで一気に練り上げた。
「私の霊力で、この絶望の空を飛び越える『翼』を現界させる。――英霊降臨!」
『――英霊:ドナルド・ダグラス & ダグラス DC-3――』
世界の航空史に燦然と輝く天才名設計者と、かつて世界中を繋いだ不朽の名双発輸送機。あらゆる過酷な極限環境をも容易に飛び越える、絶対的な信頼の銀翼。
激しい吹雪が舞い始めた喜望峰の荒地へ、巨大な銀色の機体が、霊力の奔流と共に圧倒的な現実感を持って物質化していく。魔力ではなく、リーファス自身の純粋な霊力を完全な動力源として、左右のプロペラが爆音を立てて力強く回転を始めた。
「さあ、みんな乗るんだ! 欠片を一つにされてしまう前に、クリスを絶対に奪還する!」
ガルーダたちSランク探索者たちもその圧倒的な霊技に目を見張りながら同乗し、銀翼の輸送機は、荒れ狂う極寒の空を獰猛に切り裂いて、一路、白い沈黙の大陸へと向けて飛び立った。
◇◇◇◇◇
地球の最果て、南極点。そこは本来、見渡す限りの平坦な氷原であるはずだった。
しかし、猛烈な吹雪の合間からリーファスたちの眼下に広がっていたのは、分厚い万年床の氷を内側から内乱の如く突き破り、天を衝くようにして聳え立つ、巨大で禍々しい漆黒の建造物――巨大な塔だった。
リーファスは高度な操縦術で輸送機を氷原へと滑り込ませるように不時着させ、一行が塔の巨大な門前へと辿り着くと、吹き荒れる白銀の闇の中から、二つの人影が静かに姿を現した。
「遅かったな、リーファス・カモ。いや……歓迎しよう」
無機質で冷徹な機械の駆動音を全身から響かせる、世界探索者ギルドSランク『機巧卿』レオナルド。そのすぐ傍らには、全身を完全に闇へと溶け込ませた『影の王』ハサンが、冷たい刺客の目で立っていた。
「レオナルド……! すべてお前たちの仕業だったんだな。クリスをどこへやった!」
リーファスの静かな声の中に、怒りと共に練り上げられた、鋭い刃のような殺気が混じる。
レオナルドは鉄の表情を一切変えることなく、淡々と冷酷に告げた。
「彼女ならあの塔の最上階だ。君たちが心血注いで集めてくれた六つの欠片と、この南極の地に眠る最後の欠片……それを今、一つに融合させ、魔神を完全復活させるための儀式の『生贄の核』として使わせてもらっている」
「……どうやってクリスをここまで連れてきたの? ハサンの足だって、喜望峰から南極まで一瞬で移動できるわけないじゃん!」
西施が悔しそうに拳を握りしめ、冷たい吹雪の中で鋭く問い詰めた。
レオナルドは自らの胸元に嵌め込まれた機械の歯車を軽く指先で叩き、無機質な声を響かせる。
「簡単なことだ。ハサンの卓越した隠密術と毒魔法で彼女の自由を確実に奪った後、私が開発した特製の『転移石』を発動させただけのことだよ」
「転移石……!? 空間を完全に跳び越える魔導遺物を、自作したというのか!」
ジークフリートが驚愕の声を上げる。レオナルドは微かに首を横に振った。
「現存する魔導科学の技術では、永久的に、かつ自在に空間を行き来できる転移門など製造不可能だ。私が作ったのは、あくまで一度きりの『使い捨て』さ。空間を強引に折り畳むには、それこそ一国の国家予算が数年で吹き飛ぶほどの膨大な魔力を一瞬で消費するからね。――おまけに、転移先の座標を指定することすら現行の技術では叶わない」
「座標が、指定できない……?」
ディードリットが訝しげに眉をひそめる。レオナルドは淡々と、しかし誇らしげに語りを続けた。
「ああ。空間を繋ぐためには、転移石の魔力だけでは到底足りない。転移先そのものに、石の消費に耐えうるほどの『膨大な魔力が絶えず噴き出し続けている場所』が必須なのだ。つまり、一度作れば、その莫大な魔力の源泉がある一箇所にしか、座標を固定して設定することなどできない。……私はその唯一の固定先を、この世界のあらゆる龍脈が交差する中心点――ここ『南極点』に設定していた。ただそれだけのことだよ」
「……なるほどね。最初から、クリスを拉致してここに呼び寄せるために、その使い捨ての遺物を準備していたわけだ」
リーファスの低く冷徹な声が、凍てつく吹雪を真っ二つに切り裂いた。
「……貴様、頭がおかしくなったのか? 魔神を復活させて、一体どうするつもりだ!」
ジークフリートが背負った大剣を激しく引き抜きながら、地響きのような声で吼えた。
「至って正気だよ。……君たちも薄々気づいているだろう? この世界は既に、異界からの大いなる侵食を受け始めている。近い将来、この星の生態系は完全に魔族や魔物の世界へと作り変えられるのだ」
機巧卿の瞳が、冷徹な狂気にも似た怪しい光を帯びていく。
「我々脆弱な人類がその大いなる変化の中で滅びを免れ、生き残る道はただ一つ。自らの手で魔神を復活させ、その圧倒的な力を以て『魔神を我々の新たな王として戴く』しかないのだ。王の絶対的な庇護下に入ることこそが、人類が存続するための唯一の合理的な選択だ」
「……ふざけるな!」
リーファスの低く冷徹な声が、凍てつく吹雪を真っ二つに切り裂いた。
「自分の命が惜しいからと、得体の知れない化け物に飼われる人生を選ぶなんて、一体誰が認めるものか。私はそんな未来も、そのためにクリスを犠牲にすることも、絶対に認めない!」
リーファスは腰の刀を静かに引き抜き、正眼にピたりと構えた。
「――それに、随分とよく喋ると思ったら。お前、儀式が完全に完成するまでの時間稼ぎをしているな?」
見事に図星を突かれたのか、レオナルドは微かに機械的な口角を歪めて上げた。
「流石だな、リーファス。……だが、時すでに遅し、だ」
レオナルドがパチンと指を鳴らすと、巨大な門の周囲の雪山が爆発的に吹き飛び、地中から無数の巨大な機械ゴーレムの軍団が姿を現した。古代の魔導術と現代の最高峰の機巧科学が最悪の形で融合した、恐るべき殺戮兵器の群れ。
「さあ、抗ってみせろ。人類の未来のために」
「突破しちゃうよ、リーファス! クリスを早く助け出さなきゃ!」
西施がその身体に鮮烈な雷光を纏わせ、エリーが純白の杖から巨大な聖光結界を極寒の天へと掲げる。
氷絶の南極点を舞台に、世界の命運と大切な仲間の絆を懸けた、本当の最終決戦の火蓋が今、切って落とされた――。
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