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修羅場令嬢イン・ザ・トロフィーカップ  作者: 枝久


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7/7

7.二人目

 門から飛び降りた彼は、間抜け顔な私を嘲笑(あざわら)うかのように、ひらりと音もなく地面に着地した。


 ………………


 ………………


 い……いやいやいや……嘘でしょーーーー⁉︎


 どう見たってあれ、落ちたらタダじゃ済まない高さだ。なのに、あんな軽やかに……人間業(にんげんわざ)とは思えない。いや、そもそも……人……じゃない⁇


 私は……白昼夢でも見ているのだろうか? 


 そうか……そうよ、きっとそうだわ! そうじゃなきゃ、この状況は説明できない‼︎



 脳内会議に忙しく、ただ口をパクパク動かしながら百面相する私を見て、彼が柔らかく一礼する。


「少々、驚かせてしまいましたね。申し訳ありません。貴女はたしか、サーベジルド伯爵家のメリル嬢で、お間違いありませんか? つい先日、卒業されたばかりなのに、叔父上に頼まれ保健医助手として戻られたという、あの……」

「あ……あ……」


 会話ができるということは、どうやらここ、夢の中ではないらしい。


 喉の筋肉がまだ萎縮したままなのか、まともな返事はできそうにない。私はこくこくと、ただ小さく頷(うなず)くのみ。でも目だけは離せずに、彼の顔を見続けていた。

 すると、青年がふわりと笑う。


「ふふっ。でも、驚いたのはこちらも同じですよ。そして、同時に嬉しくもある。貴(・)女(・)の(・)こ(・)と(・)は(・)、(・)我(・)が(・)主(・)に(・)報(・)告(・)さ(・)せ(・)て(・)頂(・)き(・)ま(・)す(・)ね(・)。失礼は重々承知ですが、上からの許可が下りるまでは、もう暫(しば)し、名乗らぬことをお許し下さい」

「う、あ……はひ……」


 ザッ……


「遅ーーい! 助手様は備品を取りに行くのに、どれだけ時間が掛かっているんだーー!」


 その時、聞き覚えのある怒声が、背後からいきなり飛んできた。


 呪縛から解き放たれたように、パッと振り向くと、そこには赤い腕章をつけたガイコツ騎士が一人、突っ立っていた。腰に手を当て、何とも言えぬ不遜(ふそん)な態度の級長だ。

 

 相変わらず、私に対して安定の臨戦体勢。いつもの私なら秒で苛立つところだが、心が波立っている状況だからか、見慣れた彼の姿に妙な安心感を覚えてしまった。


「級長……」


 ふと気が緩み、その場にへなへなと座り込むと、彼は慌てた様子で私の側へと駆け寄る。


「なっ⁉︎ ど、ど、ど、どうした⁇」

「あ……」

「そんな真っ赤な顔して、どこか具合が悪いのか⁇」

「あっ! い、今、人が……」


 そう言いながら、後ろを振り返ると……先程の青年はもうどこにもいなかった。


「あ、あれ?」

「人? 俺が来た時には、誰もいなかったぞ?」


 ………………


 いや、違う。いなかったんじゃない。級(・)長(・)に(・)は(・)視(・)え(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。


 私の脳裏には、はっきりと彼の顔が焼き付いている。左耳に金色、右耳には白金色の耳輪を付けた凛々しい青年。柔らかな仕草から想像するに、彼の出自もきっとどこぞの貴族家だろう。一見、穏やかそうにも見えたが、炎のような紅色の瞳の奥に、芯の強さが感じ取れた。


 あ……あり得ないわ、こんなこと。


 私(・)の(・)呪(・)眼(・)に(・)、(・)ド(・)ク(・)ロ(・)面(・)で(・)は(・)な(・)い(・)青(・)年(・)の(・)顔(・)が(・)映(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)‼︎

 ということは、さっきの彼もやはり普通の人間ではない。


 じゃあ一体……彼は何者⁇

 


「あの御方と、彼で……二(・)人(・)目(・)よ(・)」

「ん? 今、何か言ったか? あっ‼︎」


 ガボッ! バサバサッ!


 級長がいきなり大声を上げたと思ったら、突然、私の視界が真っ暗になる。


「⁉︎⁉︎」


 どうやら、逆さにした大箱を上から被せられたらしい。しゃがんでいたせいか、すっぽり箱中に収まった私。

 すぐさま、中に入っていた在庫の湿布薬が、頭上から一気に降り注いできた。


「ぎゃっ!」

「しっ! 少し黙っていろ!」


 口元を手で押さえ、真っ暗な箱の中で息を潜めていると……外をガヤガヤと大人数が通過していく音が聞こえてきた。いつの間にか授業が終わり、休憩時間に突入したようだ。鐘の音なんて全然耳に入らなかったわ。


 いつも騒ぎの元凶となってしまう私を隠す為、級長が咄嗟(とっさ)に大箱をひっくり返したようだ。

 

 だが、冷静になった私を次の瞬間、悲劇が襲う。


「ゔゔっ! し、湿布臭い……」


 でも、今、箱入り娘がいきなり飛び出したら、大騒ぎになってしまう。我慢、我慢、我慢……ゔゔっ‼︎


「ちょっと我慢してろよ」

「⁇」


 箱の外側から級長に声を掛けられたと思ったら、身体が90度ぐるんっと横倒しになる。すると、足側の蓋が閉められ、一瞬入った外の光がまた消えた。


 ふわっ……


 今度は、胃が蠢(うごめ)くような浮遊感。どうやら私の身体は、地面から箱ごと持ち上げられたらしい。

 こうして、私入りの大箱は、級長によってその場から運び出されたのだった。

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