7.二人目
門から飛び降りた彼は、間抜け顔な私を嘲笑うかのように、ひらりと音もなく地面に着地した。
………………
………………
い……いやいやいや……嘘でしょーーーー⁉︎
どう見たってあれ、落ちたらタダじゃ済まない高さだ。なのに、あんな軽やかに……人間業とは思えない。いや、そもそも……人……じゃない⁇
私は……白昼夢でも見ているのだろうか?
そうか……そうよ、きっとそうだわ! そうじゃなきゃ、この状況は説明できない‼︎
脳内会議に忙しく、ただ口をパクパク動かしながら百面相する私を見て、彼が柔らかく一礼する。
「少々、驚かせてしまいましたね。申し訳ありません。貴女はたしか、サーベジルド伯爵家のメリル嬢で、お間違いありませんか? つい先日、卒業されたばかりなのに、叔父上に頼まれ保健医助手として戻られたという、あの……」
「あ……あ……」
会話ができるということは、どうやらここ、夢の中ではないらしい。
喉の筋肉がまだ萎縮したままなのか、まともな返事はできそうにない。私はこくこくと、ただ小さく頷くのみ。でも目だけは離せずに、彼の顔を見続けていた。
すると、青年がふわりと笑う。
「ふふっ。でも、驚いたのはこちらも同じですよ。そして、同時に嬉しくもある。貴女のことは、我が主に報告させて頂きますね。失礼は重々承知ですが、上からの許可が下りるまでは、もう暫し、名乗らぬことをお許し下さい」
「う、あ……はひ……」
ザッ……
「遅ーーい! 助手様は備品を取りに行くのに、どれだけ時間が掛かっているんだーー!」
その時、聞き覚えのある怒声が、背後からいきなり飛んできた。
呪縛から解き放たれたように、パッと振り向くと、そこには赤い腕章をつけたガイコツ騎士が一人、突っ立っていた。腰に手を当て、何とも言えぬ不遜な態度の級長だ。
相変わらず、私に対して安定の臨戦体勢。いつもの私なら秒で苛立つところだが、心が波立っている状況だからか、見慣れた彼の姿に妙な安心感を覚えてしまった。
「級長……」
ふと気が緩み、その場にへなへなと座り込むと、彼は慌てた様子で私の側へと駆け寄る。
「なっ⁉︎ ど、ど、ど、どうした⁇」
「あ……」
「そんな真っ赤な顔して、どこか具合が悪いのか⁇」
「あっ! い、今、人が……」
そう言いながら、後ろを振り返ると……先程の青年はもうどこにもいなかった。
「あ、あれ?」
「人? 俺が来た時には、誰もいなかったぞ?」
………………
いや、違う。いなかったんじゃない。級長には視えなかったのだ。
私の脳裏には、はっきりと彼の顔が焼き付いている。左耳に金色、右耳には白金色の耳輪を付けた凛々しい青年。柔らかな仕草から想像するに、彼の出自もきっとどこぞの貴族家だろう。一見、穏やかそうにも見えたが、炎のような紅色の瞳の奥に、芯の強さが感じ取れた。
あ……あり得ないわ、こんなこと。
私の呪眼に、ドクロ面ではない青年の顔が映ったのだ‼︎
ということは、さっきの彼もやはり普通の人間ではない。
じゃあ一体……彼は何者⁇
「あの御方と、彼で……二人目よ」
「ん? 今、何か言ったか? あっ‼︎」
ガボッ! バサバサッ!
級長がいきなり大声を上げたと思ったら、突然、私の視界が真っ暗になる。
「⁉︎⁉︎」
どうやら、逆さにした大箱を上から被せられたらしい。しゃがんでいたせいか、すっぽり箱中に収まった私。
すぐさま、中に入っていた在庫の湿布薬が、頭上から一気に降り注いできた。
「ぎゃっ!」
「しっ! 少し黙っていろ!」
口元を手で押さえ、真っ暗な箱の中で息を潜めていると……外をガヤガヤと大人数が通過していく音が聞こえてきた。いつの間にか授業が終わり、休憩時間に突入したようだ。鐘の音なんて全然耳に入らなかったわ。
いつも騒ぎの元凶となってしまう私を隠す為、級長が咄嗟に大箱をひっくり返したようだ。
だが、冷静になった私を次の瞬間、悲劇が襲う。
「ゔゔっ! し、湿布臭い……」
でも、今、箱入り娘がいきなり飛び出したら、大騒ぎになってしまう。我慢、我慢、我慢……ゔゔっ‼︎
「ちょっと我慢してろよ」
「⁇」
箱の外側から級長に声を掛けられたと思ったら、身体が90度ぐるんっと横倒しになる。すると、足側の蓋が閉められ、一瞬入った外の光がまた消えた。
ふわっ……
今度は、胃が蠢くような浮遊感。どうやら私の身体は、地面から箱ごと持ち上げられたらしい。
こうして、私入りの大箱は、級長によってその場から運び出されたのだった。




