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修羅場令嬢イン・ザ・トロフィーカップ  作者: 枝久


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6.謎の男

 いつの間にか、時計の針はぐるりと進み、後半の仕事開始の時刻。食事の途中で食欲が失せたせいか、気持ちは重いけど身体の中身はいつもより軽い。中途半端な時間にお腹が空いてきそう。

 でも、午後は叔父様が一緒だから、私の業務は雑用中心になるはず。無駄にガイコツ騎士達と関わらなくて済むと思えば、なんとか乗り越えられそうだわ。


「よし、やるか」


 手袋をキュッと引き締めてから、救急箱の中身のチェックを始める。彼等の生傷が絶えないせいで、消毒薬・救急絆(ばん)・湿布薬の消費が著しい。小まめに補充はしてるのに、油断するとすぐに底を突く。

 特に今日は、湿布薬の残量が極端に少ない。つい二日前に入れたばかりなのに……おかしい。


「なんだか、随分と減りが早いですわね」

「え? あぁ、すまん。昨日、『予備が欲しい』と言われて、放課後にごそっと渡したんだった」

「そういうことは言っておいて下さいよ。よしっ! ちょっと、備品庫まで取ってきますわ!」

「メリル一人で平気か?」

「授業中なら大丈夫でしょう」


 ガイコツ騎士達の後ろ姿をちらりと見遣ってから、私は静かに立ち上がった。



◇◇◇◇



「よいしょ! ちょっと欲張り過ぎたかしら?」


 ちまちま補充するのが面倒になった私は、備品庫から在庫の入った大箱をそのまま鍛錬場へ持ち出すことにした。胸の前に抱え、よろよろっとよろけるが、どうにか体勢を立て直す。


 これでも私、一応は伯爵令嬢。実家では重い物なんて持つことはない……というより、持たせてもらえない。下手に私がしゃしゃり出ると、皆の仕事を奪うことになるので、身の回りのことはだいたい全部、使用人にお任せな生活。


 だから、こうして身体を動かす経験というのは、とても新鮮だ。それに、叔父様という味方が側にいてくれるから、俯(うつむ)いてばかりだった学生の頃とは何かが違う。少しだけ、前を向いていられるような気がする。

 まぁ……現実、前を向いたところで、視界は大きな紙箱の側面で遮られてるんだけどね。


 それにしても、この箱は取っ手が無いから運びづらい。ものすごく重いわけではないが、中身に対して外身が大きいせいで重心が捉えにくく、腕に余分な力が入る。あ、だんだんプルプルしてきた。明日はきっと筋肉痛だわ。


 でも、前方をすっぽり覆われてるから、もし誰かとすれ違っても私だと気づかれないだろう。『サーベジルド伯爵令嬢! 代わりにお運び致します!』なぁんて、まとわりつかれてもだいぶ鬱陶(うっとう)しいだけだからね。


「頑張れ、私。あと少し……ん?」


 箱の陰からチラ見えする正面を片目で確認していたのだが、鍛錬場の入り口の上方に、なにやら人影が見える……あら、随分と高いところに……って、えぇ⁉︎


 ガタンッ!


 驚いて思わず、足元に大箱を落としてしまった。


 だって、城壁のような門の上に……人が腰掛けている⁇ あれ、相当な高さよ⁉︎

 しかも今は授業中のはず。それをサボって、あんなところに登るなんて……そう思った瞬間、地面に墜落してバラバラ散らばるガイコツの姿が脳裏を過(よ)ぎった。


 最悪な想像で、私の顔からサァーーッと血の気が引いていく。


「そ、そこのお方……早まってはなりませんよぉ……」


 真下まで進んでから、相手を刺激をしないように、そろぉっと声を掛ける。


 背格好で男性だと思うけど……よく見たら、身につけているのは制服ではなさそうだ。外部の人間? じゃあ尚更、怪しいわ。

 でも、逆光のせいで、お顔が真っ黒。ここからじゃ、どんなガイコツさんか、よくわからない。


「……」


 私の声が耳に届いたのか、高所の彼がピクッと身体を揺する。だが、その僅(わず)かな反応の後、ゆっくりと首を左右に動かした。


「えっ⁉︎」


 拒否⁉︎ じゃあやっぱり……で、でも……ここで、私が止めないといけない! 見て見ぬふりなんてできないわ!


 震える拳を握り締め、再度、彼に話し掛ける。


「そこから落ちたら、きっと痛いですわよぉ……」


 また彼が首を横に振る、が……あら? どうやら、こちらの心配を拒絶されたのではなく、声の出どころを探しているようだ。

 さっきよりも素早く、キョロキョロと周囲を見回している。


「とりあえず、そこから安全に降りられてから、私と少しお話でもし……」

「えっ⁉︎ 君(・)、(・)俺(・)が(・)視(・)え(・)る(・)の(・)?」


 真っ黒な影が、私に向かって喋り返してきたが、その声は思ってたよりも数段明るい。そんな彼の口から発せられたのは、ひどく違和感のある言葉。


「あのぅ……それって、どういう……」

「……こういうことだよ」


 トンッ……


 それは、刹那(せつな)。


 彼は立ち上がったかと思うと、次の瞬間、その場から飛び降りていた。ゆっくりと空中を舞い落ちていく細身な青年の姿が、私の瞳に反射する。


 ………………


「え?」


 まるで時間が止まったかのように、私は微動だにできず……ただ、この二つの眼球だけが、彼の行く末を追視していたのだった。

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