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修羅場令嬢イン・ザ・トロフィーカップ  作者: 枝久


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5/7

5.魚の小骨

 カラーーン、カラーーンッ……


 午前の授業終了を告げる鐘が鳴り、級長であるイストが号令を掛ける。


「一同、整列! 礼!」


 ザッ‼︎ ザッ‼︎


 流石は騎士科の生徒達。担任のガイコツ先生の前に素早く並び、綺麗に揃った敬礼をする。

 私も彼等の後方でぺこりと頭を下げ、騎士達に捕まらぬうちにと、この場からそそくさと立ち去った。


 すると、私が校舎に入ろうとした瞬間に、背後から突如、黄色い歓声が上がる。


「「「きゃーー! カッコイイーー!」」」


 声のした方向を振り返ると、鍛錬場の辺りに、何やらガイコツ令嬢達が集まっていた。あの制服は、貴族科の一年生ね。屋外学習から戻ったところで、騎士科の元に立ち寄ったのだろう。


 貴族科に在籍する生徒のうち、高位貴族のほとんどが、幼い頃より婚約者が決定している。逆に、実家の爵位を継ぐ予定な子爵家&男爵家のご令嬢達は、まだお相手募集中なことが多いらしい。それゆえ、未来の旦那様との出逢いを求め、学院に通う者も少なくないとか。

 彼女達と私の追っかけガイコツ達とがマッチングしてくれたら、少しは平和になるのに……世の中そう、うまくはいかないみたいだ。


 ちなみに、ギラギラとした肉食系ガイコツ女子達の狙いはズバリ、イイ男。家柄なんて二の次。

 叔父から聞いたところによると、彼女達が花婿候補としてロックオンしているのが、花形の騎士科ガイコツ達だそう。その一番人気が……。


「……悪趣味ね」


 やたらと目立つ黒山の人だかりならぬ、ガイコツだかりを一瞥(いちべつ)してから、私はくるりと踵(きびす)を返し、保健室へ戻ったのだった。



 ◇◇◇◇



 ガラガラッ……


「ただいま戻り……」


 保健室の扉を開けると、お昼ごはんがもう既にテーブル上へ用意されていた。思わず二度見する。


「え? え?」


 いつもは、ガイコツ執事さんが持たせてくれたお弁当を、私が並べるのだが……ドヤ顔風ドクロな叔父様が、腕組みして椅子に腰掛けている。どうやら、代わりにセッティングして、私のことを待っていてくれたようだ。


「ありがとうございます、叔父様。お待たせしましたわ」

「お疲れ、メリル。さっきはメモありがとな。ティオは病院に行くよう早退させたから大丈夫だ」

「ティオ? あぁ、怪我をしたガイコツの彼ね。良かったわ」


 席に着き、私はそっと手袋を外した。解放されたとばかりに、左薬指で指輪がきらりと光る。言うまでもなく、呪いのアイテムだ。あの日から、肌身離せざるをえない状態。

 常識外な代物(しろもの)だからか、成長しているはずの私の身体にサイズがぴったり。本当に不思議だ。

 指輪のアーム部分は、蔦(つた)が絡みつくような螺旋(らせん)デザインになっていて、その頂点……石座に留められているのは、深海を思わせる碧(あお)い宝石。


 これ、誰かさんの瞳と同じ色なのよね。貰ったときは、飛び上がって喜んだもんだわ……なぁんて思い出すだけで、私のこめかみがヒクッと動いた。


「さぁ、メシにしよう!」

「は、はい」


 叔父様の言葉でふと我に返り、二人揃って手を合わせる。いつものように、食材や全てのものに感謝をしてから、お昼ごはんを食べ始めた。



 他愛ない話をしながら、食事を半分ほど平らげたところで、ふいに叔父が真正面からまじまじと、私の顔を見つめてきた……ようだ。至近距離からのドクロ面(づら)は、ご遠慮願いたいものね。せっかくのごはんが不味くなるわ。


「メリル……なんか、いつもより険しい顔をしているぞ?」

「え? そう?」


 そう言われて私は、咄嗟(とっさ)に自分の頬を手で押さえた。無意識ながら、負の感情が顔に出ていたのかもしれない。


「可愛い顔が台無しだ。昼メシに何か嫌いな物でも入っていたか? 俺から料理番にそれとなく伝えておくぞ?」

「いえ、お料理はすごく美味しいわよ。ただ……そうね……強(し)いて言うなら、あの嫌味ガイコツのせいかしら?」


 フォークを握る手に思わず力がこもる。


「ふぅん。でも、今日は一段と苛立っているようじゃないか? アイツにまた何か言われたのか?」

「実は……私、見たのよ」

「何を?」

「イスト・シルフィーズが…… モテてたの」

「……は?」


「授業の終わりに、ガイコツ令嬢達が集まっていてね。やたらと一人のガイコツ騎士に人気が集中していたの。随分とモテるガイコツもいるのね……って思ったら、赤い腕章を付けてたのよ! あんな骨野郎のどこがいいんだか……『貴女達、目を覚ましなさい!』って声を大にして言いたかったわ!」

「なぁんだメリル、嫉妬(しっと)か! あ、すまん……」


 じとっと抗議の目を向けると、叔父が首をすくめ、すぐさま謝った。


「まぁ、アイツもお前との婚約解消後、誰とも婚約していないからな。傾いていたシルフィーズ家は、サーベジルド家からの慰謝料ですっかり立て直り、今は金に困っていないそうだ。そう焦って、他家と縁を結ぶ必要もないんだろう」

「……」


 約十年前、私達の婚約解消は、高位である我が伯爵家から子爵家へ申し出た。『娘が呪われた』だなんて外聞の悪い真実を話せるわけもなく、大金を積んで一方的に縁を切ったのだ。


 あの頃、私とイストの関係は、親密とまではいかなくとも良好だった。だから、幼かった彼がわざと呪いの指輪を贈った……とは考えにくい。

 最初から慰謝料狙いで子爵家が仕掛けた……という陰謀論も無理がある。この婚約で、我が伯爵家から多額の援助が約束されていたのだから。


 そう、あれは不幸な事故だった。私の為にと用意してくれた贈り物が、たまたま呪物だっただけ。わかってる。彼は……悪くないのだ。


 でも、私はイストを恨んだ。行き場のない悲しみを、全て彼に向けた。そうすることで、弱くて脆(もろ)い自分の心をなんとか保ったのだ。


 コトが起こってしまった以上、この婚約の継続は不可能。なにより、酷くショックを受けた私はイストを拒絶した。彼の顔なんて二度と見たくない、と……まぁ、どのみちドクロにしか見えないんだけど。

 

 でも、彼からしたら、理由もわからないまま突然婚約解消を言い渡されたのだから、そりゃあ腹も立つだろう。私の顔を見る度、嫌味を言ってくるのも、考えてみれば当然。嫌がらせだって、しようとすればいくらでもできるはず。やらないのは、人として最低限の理性なのかもしれない。


「……頭ではわかってるのよ。彼がなぜ、私を嫌っているかなんて……でも……イストだって、私の苦しみや悲しみがどれほどだったか知らないじゃない! 嫌味を言われっ放しで、黙ってられるような聖人君子じゃないのよ、私は!」

「お、おう……」


 思わず叔父様に向かって、声を荒げてしまった。これじゃ完全なる八つ当たりだ。令嬢としてマナー失格。


 叔父様の言う通り、これは……『嫉妬』なのかもしれない。私がこれから先、手に入れられないモノを彼は容易く手にできるのだ。仕事も、結婚も、家族も……イストは自分で輝かしい未来を切り拓いていける。


 私は……私に不幸を贈った貴方が幸せになることが、きっと許せないのだろう。

 

 なんて愚かで……なんて惨めなのかしら。


 私の身体は、心までもどす黒く染まってしまったのかもしれない。虚しさのせいか、途端に食事が喉を通らなくなってしまった。



「メリルとの婚約解消……イストにとって、喉に魚の小骨がぶっ刺さったままのような感じなんだろうな」


 そう言って叔父様は、皿上のフィッシュフライにフォークを突き刺した。


 ………………


「……さ、魚? 小骨⁇ 叔父様、一体何の話⁇⁇ だいたい、彼の喉には何も刺さってなかったわよ」


 予想外の言葉で一瞬、彼が何を言ってるかわからなかった。大量の疑問符が脳内を埋め尽くす。だが、すぐにイストの頸部を頭に浮かべながら反論する。


「物理的な話じゃないさ。例えだよ、た・と・え。小骨が刺さった箇所が痛い。でも、自分の手じゃ抜けない。何をするにも違和感があるから、気になって気になって仕方ない。抜けたとしても、そこにはきっと鋭い穴が空いていて、深い傷が残る。何かが通り過ぎる度に、沁みてヒリつく……なぁんてな」

「⁇⁇」


 そう言って叔父様は、子どものように大口を開け、フライにバクッと齧(かじ)り付いたのだった。

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