5.魚の小骨
カラーーン、カラーーンッ……
午前の授業終了を告げる鐘が鳴り、級長であるイストが号令を掛ける。
「一同、整列! 礼!」
ザッ‼︎ ザッ‼︎
流石は騎士科の生徒達。担任のガイコツ先生の前に素早く並び、綺麗に揃った敬礼をする。
私も彼等の後方でぺこりと頭を下げ、騎士達に捕まらぬうちにと、この場からそそくさと立ち去った。
すると、私が校舎に入ろうとした瞬間に、背後から突如、黄色い歓声が上がる。
「「「きゃーー! カッコイイーー!」」」
声のした方向を振り返ると、鍛錬場の辺りに、何やらガイコツ令嬢達が集まっていた。あの制服は、貴族科の一年生ね。屋外学習から戻ったところで、騎士科の元に立ち寄ったのだろう。
貴族科に在籍する生徒のうち、高位貴族のほとんどが、幼い頃より婚約者が決定している。逆に、実家の爵位を継ぐ予定な子爵家&男爵家のご令嬢達は、まだお相手募集中なことが多いらしい。それゆえ、未来の旦那様との出逢いを求め、学院に通う者も少なくないとか。
彼女達と私の追っかけガイコツ達とがマッチングしてくれたら、少しは平和になるのに……世の中そう、うまくはいかないみたいだ。
ちなみに、ギラギラとした肉食系ガイコツ女子達の狙いはズバリ、イイ男。家柄なんて二の次。
叔父から聞いたところによると、彼女達が花婿候補としてロックオンしているのが、花形の騎士科ガイコツ達だそう。その一番人気が……。
「……悪趣味ね」
やたらと目立つ黒山の人だかりならぬ、ガイコツだかりを一瞥してから、私はくるりと踵を返し、保健室へ戻ったのだった。
◇◇◇◇
ガラガラッ……
「ただいま戻り……」
保健室の扉を開けると、お昼ごはんがもう既にテーブル上へ用意されていた。思わず二度見する。
「え? え?」
いつもは、ガイコツ執事さんが持たせてくれたお弁当を、私が並べるのだが……ドヤ顔風ドクロな叔父様が、腕組みして椅子に腰掛けている。どうやら、代わりにセッティングして、私のことを待っていてくれたようだ。
「ありがとうございます、叔父様。お待たせしましたわ」
「お疲れ、メリル。さっきはメモありがとな。ティオは病院に行くよう早退させたから大丈夫だ」
「ティオ? あぁ、怪我をしたガイコツの彼ね。良かったわ」
席に着き、私はそっと手袋を外した。解放されたとばかりに、左薬指で指輪がきらりと光る。言うまでもなく、呪いのアイテムだ。あの日から、肌身離せざるをえない状態。
常識外な代物だからか、成長しているはずの私の身体にサイズがぴったり。本当に不思議だ。
指輪のアーム部分は、蔦が絡みつくような螺旋デザインになっていて、その頂点……石座に留められているのは、深海を思わせる碧い宝石。
これ、誰かさんの瞳と同じ色なのよね。貰ったときは、飛び上がって喜んだもんだわ……なぁんて思い出すだけで、私のこめかみがヒクッと動いた。
「さぁ、メシにしよう!」
「は、はい」
叔父様の言葉でふと我に返り、二人揃って手を合わせる。いつものように、食材や全てのものに感謝をしてから、お昼ごはんを食べ始めた。
他愛ない話をしながら、食事を半分ほど平らげたところで、ふいに叔父が真正面からまじまじと、私の顔を見つめてきた……ようだ。至近距離からのドクロ面は、ご遠慮願いたいものね。せっかくのごはんが不味くなるわ。
「メリル……なんか、いつもより険しい顔をしているぞ?」
「え? そう?」
そう言われて私は、咄嗟に自分の頬を手で押さえた。無意識ながら、負の感情が顔に出ていたのかもしれない。
「可愛い顔が台無しだ。昼メシに何か嫌いな物でも入っていたか? 俺から料理番にそれとなく伝えておくぞ?」
「いえ、お料理はすごく美味しいわよ。ただ……そうね……強いて言うなら、あの嫌味ガイコツのせいかしら?」
フォークを握る手に思わず力がこもる。
「ふぅん。でも、今日は一段と苛立っているようじゃないか? アイツにまた何か言われたのか?」
「実は……私、見たのよ」
「何を?」
「イスト・シルフィーズが…… モテてたの」
「……は?」
「授業の終わりに、ガイコツ令嬢達が集まっていてね。やたらと一人のガイコツ騎士に人気が集中していたの。随分とモテるガイコツもいるのね……って思ったら、赤い腕章を付けてたのよ! あんな骨野郎のどこがいいんだか……『貴女達、目を覚ましなさい!』って声を大にして言いたかったわ!」
「なぁんだメリル、嫉妬か! あ、すまん……」
じとっと抗議の目を向けると、叔父が首をすくめ、すぐさま謝った。
「まぁ、アイツもお前との婚約解消後、誰とも婚約していないからな。傾いていたシルフィーズ家は、サーベジルド家からの慰謝料ですっかり立て直り、今は金に困っていないそうだ。そう焦って、他家と縁を結ぶ必要もないんだろう」
「……」
約十年前、私達の婚約解消は、高位である我が伯爵家から子爵家へ申し出た。『娘が呪われた』だなんて外聞の悪い真実を話せるわけもなく、大金を積んで一方的に縁を切ったのだ。
あの頃、私とイストの関係は、親密とまではいかなくとも良好だった。だから、幼かった彼がわざと呪いの指輪を贈った……とは考えにくい。
最初から慰謝料狙いで子爵家が仕掛けた……という陰謀論も無理がある。この婚約で、我が伯爵家から多額の援助が約束されていたのだから。
そう、あれは不幸な事故だった。私の為にと用意してくれた贈り物が、たまたま呪物だっただけ。わかってる。彼は……悪くないのだ。
でも、私はイストを恨んだ。行き場のない悲しみを、全て彼に向けた。そうすることで、弱くて脆い自分の心をなんとか保ったのだ。
コトが起こってしまった以上、この婚約の継続は不可能。なにより、酷くショックを受けた私はイストを拒絶した。彼の顔なんて二度と見たくない、と……まぁ、どのみちドクロにしか見えないんだけど。
でも、彼からしたら、理由もわからないまま突然婚約解消を言い渡されたのだから、そりゃあ腹も立つだろう。私の顔を見る度、嫌味を言ってくるのも、考えてみれば当然。嫌がらせだって、しようとすればいくらでもできるはず。やらないのは、人として最低限の理性なのかもしれない。
「……頭ではわかってるのよ。彼がなぜ、私を嫌っているかなんて……でも……イストだって、私の苦しみや悲しみがどれほどだったか知らないじゃない! 嫌味を言われっ放しで、黙ってられるような聖人君子じゃないのよ、私は!」
「お、おう……」
思わず叔父様に向かって、声を荒げてしまった。これじゃ完全なる八つ当たりだ。令嬢としてマナー失格。
叔父様の言う通り、これは……『嫉妬』なのかもしれない。私がこれから先、手に入れられないモノを彼は容易く手にできるのだ。仕事も、結婚も、家族も……イストは自分で輝かしい未来を切り拓いていける。
私は……私に不幸を贈った貴方が幸せになることが、きっと許せないのだろう。
なんて愚かで……なんて惨めなのかしら。
私の身体は、心までもどす黒く染まってしまったのかもしれない。虚しさのせいか、途端に食事が喉を通らなくなってしまった。
「メリルとの婚約解消……イストにとって、喉に魚の小骨がぶっ刺さったままのような感じなんだろうな」
そう言って叔父様は、皿上のフィッシュフライにフォークを突き刺した。
………………
「……さ、魚? 小骨⁇ 叔父様、一体何の話⁇⁇ だいたい、彼の喉には何も刺さってなかったわよ」
予想外の言葉で一瞬、彼が何を言ってるかわからなかった。大量の疑問符が脳内を埋め尽くす。だが、すぐにイストの頸部を頭に浮かべながら反論する。
「物理的な話じゃないさ。例えだよ、た・と・え。小骨が刺さった箇所が痛い。でも、自分の手じゃ抜けない。何をするにも違和感があるから、気になって気になって仕方ない。抜けたとしても、そこにはきっと鋭い穴が空いていて、深い傷が残る。何かが通り過ぎる度に、沁みてヒリつく……なぁんてな」
「⁇⁇」
そう言って叔父様は、子どものように大口を開け、フライにバクッと齧り付いたのだった。




