4.助手は忙しいのに……
私の朝は早い。
保健医助手として雇われている期間は、叔父様の邸宅に居候の身。その為、彼を起こすところから私の一日が始まる。
冬眠中のクマのように布団で丸まるガイコツを無理矢理叩き起こし、身支度を整え、馬車にむぎゅっと押し込むのだが…… これがまぁ、一苦労。
昨日のお酒が身体に残ってるのか、それとも単純に朝が弱いのかは知らないが、半分寝ぼけた壮年ガイコツ男の悪足掻きほど、面倒くさいものはない。
だが、お屋敷で働く使用人ガイコツ達には、ものすごく感謝された。こんなんでも主だから、強行手段が取れず、対応に困っていたようだ。
あんまり、周りに迷惑をかけないで欲しいものですわね、叔父様。
「さてと……」
学生達が登校する時間帯と被らぬよう出勤し、職場である学院の保健室に到着するやいなや、私は片付け作業を開始した。
「ふぁぁぁっ。メリル、そんな頑張らなくても……まだ、始業時間まで一時間はあるぞ?」
「叔父様はまだ、そこのベッドでゴロゴロしていていいですわよ」
叔父様は仕事量が多い上に整頓があまり得意じゃないのか、保健室内はひどく雑然としていた。まずは一旦整えてからじゃないと、通常業務に取り掛かれないほどだ。そんなだから、余計な仕事がとにかく多い。怪我でお休み中の助手さんも、きっと手を焼いていたことだろう。
『助手』なんて聞こえは良いが、臨時な私はただの雑用係……とはいえ、仕事は仕事。一度引き受けたからには、きちんとやりきるつもりだ……けど……正直、私は後悔し始めていた。
業務に対して不満があるというよりは、他のことが理由として大きい。
私が学院に舞い戻った目的である『あの御方』とは全く会えず、反対に、一生会いたくないと思っていた人間とガッツリ再会してしまったのだからね。
「安請け合いなんて、するもんじゃないわ……」
無意識のうちに私はボソリと言葉を漏らしていた。
「ん? 今、なんか言ったか?」
「別に……私だって、愚痴の一つや二つ、吐き出したくもなりますよ……あっ!」
バサバサッ!
一瞬、叔父様の方へ視線を外してしまったせいで、手に持っていた薄いファイルを床に落としてしまった。挟んであった書類が派手に散らばる。
「あぁ、ごめんなさい……」
「いいって、気にするな。それ、昨日の分だから、個人別ファイルに入れといてくれ。ついでに、メリルが気づいたことがあったら、ちょこちょこっと記入しといてくれると助かるんだけど……」
「それは無理よ。私じゃ、骨と名前が一致しないわ」
「そこは普通、『顔と名前』だろ。それでも、一人は確実に覚えたんじゃないのか?」
「……えぇ、まぁね」
私は紙を拾い上げながら、渋い顔で答えた。
叔父様の言う通り、脳裏に浮かんだのは、級長の証である赤い腕章と、無駄に良い声から発せられる嫌味な言葉の数々。
イスト・シルフィーズのカルテファイルを開くと、最初のページには彼の証明写真が貼ってあった。だが、私の呪眼ではやはりただのドクロにしか映らない。
「嫌味ガイコツめ……」
そう独り言を呟き、持っていた一枚をそっと、そのファイルに綴じたのだった。
◇◇◇◇
騎士科の生徒は、怪我の頻度も度合いも、他のクラスに比べて圧倒的に高い。その上、実家の爵位に差はあれど身分は皆、貴族。『実技演習の際は、応急処置できる者を近くに控えさせておいて欲しい』という要望が上がり、保健医が用事で忙しいときはそれも助手さんに任せていたそうだ。
当然、私もその役目を引き継ぐこととなった。捻挫や骨折なら視えるので、それぞれの怪我への対処法さえ押さえておけば、そう難しい話ではない。その代わり、かすり傷程度の怪我だと私の眼では対応できない。
だが、初日のように小傷で騒ぐガイコツ騎士は、あれ以来一人もいなくなっていた。叔父様が彼等に何か言ってくれたのだろうか?
雑務に区切りをつけてから鍛錬場に向かうと、丁度いいタイミング。すでに騎士科の授業は始まっていた。
彼等に少しでも雑談の隙を与えると、嬉々として群がってくるからね。できればそれは避けたい。接触はなるべく最低限に。壁の花のようにいられたら、申し分ないんだけど……この仕事をしている以上、まず無理な願いだわ。
洗濯済みな包帯をロール状に巻きながら、そんなことを考えていると、突如、場内が騒つく。
パッと顔を上げると、一人のガイコツが脇腹を押さえ、その場にうずくまっていた。
私はすぐに側へと駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫ですか? どこか痛みますか?」
「だ……大丈夫で……」
バッ!
「⁉︎」
彼の言葉を最後まで聞かずに、上着を捲り、ジロジロと身体を視診する……あ、見つけた。右下部の肋骨部分から痛みのサイン。ヒビは入っていないから、どうやら骨挫傷のようだ。
「彼を保健室へ連れて行きます」
捲った裾をサッと下ろし、負傷ガイコツの腕を取ろうとすると、級長がそれを手で制した。
代わりに、彼が怪我人を引き起こす。
「いい。俺が連れて行く。おい、歩けるか? 貴女はここにいろ。助手様がこの場を離れたら、他の者が困るんでね」
「……はいはい。わかりましたよ」
私はサラサラとメモを書き、それを級長に手渡した。
「これをフーガ先生に見せればわかりますので。よろしくお願いします」
「あぁ。それにしても……騎士の半裸を見て、片眉一つ動かさない貴族令嬢は貴女くらいなもんだろうな」
「……」
出たわ。級長のチクチク嫌味タイム! このガイコツは、どれだけ私のことが嫌いなのだろうか?
脳内で、戦闘開始の鐘が『カーン!』と鳴る。
「あらあら。いちいち『キャーキャー!』って騒いでいたら、こちとら仕事になりませんよ? それとも何ですか? 私に言って欲しいんですか? 乙女の恥じらう姿が見たいのですか? 級長殿はそういったドS嗜好の持ち主なんですね。性的趣味はご自分の心に、そっとしまっておかれた方がよろしくてよ?」
「なっ⁉︎ そ、それでも貴族令嬢か⁉︎ そんなはしたないことを言うなんて、痴女か!」
「はいはい、そんなに悦ばないでくださいよ」
「だ、誰が⁉︎ 悦んでなんて……」
嫌味には嫌味を。全力の笑顔でお答えすると、それ以上の言葉を発することなく、級長は負傷者の腕を肩に担いで、この場からすごすごと立ち去っていった。
ふっ……勝ったわ。
本日も、心の中でガッツポーズ!
仕事の度に、何かと絡んでくる級長を返り討ちにするまでが私の業務の一環となりつつあった。
しかしこの男、私に口でやり込められるのが気に食わないのか、それともただの馬鹿なのか、毎度、懲りもせずに突っかかってくる。
今まで私に近寄ってきたゴマすり男子共とは真逆な態度のせいか、この嫌味ガイコツ級長だけ、私の中でハッキリと他のガイコツと区別がつくようになったのだ。
……なんとも皮肉な話ね。




