3. 元婚約者
貴族学院に在学中、悪い意味で有名になり過ぎた私は、当時の騎士科ほぼ全員に顔と名前が知られていた。
二・三年生の皆様方、ご進級おめでとうございます。その節は大変お世話になりました。
なんでも、学院の乱れた風紀を取り締まるのも騎士科カリキュラムの一環らしく、騒動があれば速やかに現場へと向かうのだそう。
在籍する科によって制服のデザインが異なるから、駆けつけてくれた方々が騎士科のガイコツさん達なのは、一目見てすぐに分かった。そうやって、彼等が粛々と校内の秩序を守ってくれていた。
学生時代、幾度となく騎士科の方々に保護された私だったが、彼等へ素直に感謝できなかった部分もある。『助けたお礼に私と婚約してくれ!』と迫ってくる方が複数人、混ざっていたからだ。まぁ、そんな輩は完全スルーしましたけどね。
真面目に対応して下さっていた騎士科の方々から見たら、スンッとした半目で『ドウモ アリガトウ ゴザイマシタ』と定型文な謝辞を毎度繰り返す……そんな愛想のない令嬢は、さぞかし感じが悪かったことだろう。
それでも彼等の多くは、私を露骨に差別することなく役割を全うして下さった。実に素晴らしい騎士道精神。外見がガイコツでなければ、コロッと惚れていたかもしれないわ。
◇◇◇◇
叔父様に連れられやってきた初出勤の日……鍛錬場へ着くやいなや、私の元に騎士達が十数人ドッと群がった。周囲をぐるりと囲まれた……が、まぁ想定内だ。
「サ、サーベジルド伯爵令嬢が保健医助手⁉︎ あぁ、痛てて、足が! どうか私を診て下さいますか?」
「なんだか、今日は肩の調子が良くないなぁ〜〜」
「うっ! さっき木刀が当たった場所が……」
「……っ!」
前のめりな勢いの彼等に圧倒され、一歩後ずさった……が、私は伯爵令嬢。こちらの内心を相手に悟られてはいけない。
トンッと踏み止まり、小さく呼吸を整えてから、彼等の全身を上から下までジロジロと見回し……今度は、深々と溜息を吐き出した。
「はぁ……皆様、どこもそれほど痛いところはないんでしょう? それとも、かすり傷程度でピィピィ泣き言をおっしゃる程、騎士様達は軟弱でいらっしゃるのかしら?」
そう言って、仮病のガイコツ騎士達を一蹴した。私とお近づきになりたいが為の嘘なのだろうが、仕事に来ているこちらにとっては、普通に業務妨害。いい迷惑だ。
「「「えっ⁉︎」」」
「はいはい、君達はこっちへおいで〜〜」
驚く彼等を叔父様が流れるように誘導し、素早く手当てを施していく。その簡易的な処置を見るに、皮膚表面のかすり傷はどうやら本当だったようだ。
だが、私にはそれが見えない。傷口から血がポタポタと地面に滴っていれば、まだなんとか気づけるのだが……。
ふと、周囲が異様に静かなことに気づき、顔を上げる。サッと見回すと、他のガイコツ騎士さん達が、こちらを観察するように遠巻きに眺めていた……ようだ。顔が皆、こちらを向いている。
私に近寄ってきたのは、サーベジルド伯爵令嬢に興味のある、ごく一部の方達のみ。婚約者がいる方々は他の令嬢にホイホイと擦り寄りはしないし、昨年度、『修羅場令嬢』に迷惑をかけられた方々はむしろ嫌悪感しかないだろう。
空気がピリッとひりつく。瞳の動きがわからない私ですら、彼等からの刺すような視線を肌で感じた。
あぁ、しまった……初手を間違えたわ。
側から見たら、手当てを望む彼等を触りもせずに仮病と決めつけ、仕事を放棄し、さらには嫌味を吐く……高慢で冷酷な役立たず令嬢だ。
『お前はここに、一体何しに来たんだ?』と非難されても仕方ない行動。
つい、いつも通りに男性陣をあしらってしまったことを後悔……しても、もう遅い。しかも、経験によって磨かれてきた為か、私は男性に対して、考えるよりも先に口から嫌味がするりと出てしまう。最悪だ。
「うっ……」
なんだか無性に居心地が悪くなり、俯いてしまった私に、叔父様がそっと声を掛けてきた。
「メリル、気にするな。お前を連れてきたのは、この俺だ。フォローするから、ちゃんと頼れよ」
「……ありがとう、叔父様」
騎士達の手当てをいつの間にか終えていた彼が、こちらを振り返ってニコッと笑った……と思う。下顎が動いたので、たぶんそう。
叔父様が助手として私をスカウトした理由は、暇そうだから……だけじゃない。私の能力、この『呪眼』が彼にとって利用価値があるからだ。
まぁ、他にも思惑がありそうな気もするが……。
『人間がガイコツに視える』……この『内側が視える』という呪眼の特性は、言葉を変えれば『超透視能力』とも言える。
当時、呪いが発現してしばらくは、この現実を受け入れることができなかった。六歳の少女の目に映る世界が、突如一変したのだから、当然といえば当然の話だ。
しかも、贈り物として受け取った指輪を喜んで指に嵌め、呪われるなんて、一体誰が想像できただろう?
『大丈夫ですか、お嬢様⁉︎』と近距離で声をかけてくれた使用人の顔が、私の目にはどアップなドクロに映り、慄き泣き叫ぶと、その大声に驚き慌てた両親ガイコツがすぐさま飛んできた。
だが、心配して駆けつけてくれた皆を見て、私は口から泡を吹き、その場に卒倒したのだった。カタカタと動く大量の髑髏は、今思い出してもゾッとする、トラウマ級恐怖体験よ。
それからしばらくは、混乱で部屋に引き篭もり、誰にも会おうともせず、毎日涙で枕をびしょびしょに濡らしたものだ。
そんな私の呪いを解こうと、両親ガイコツ……じゃなくて伯爵夫妻が、高名な医師やら神官やら怪しい呪術師やらを屋敷に次々呼び寄せてくれたが、皆、揃って首を横に振った。
『今の技術では、この指輪の解呪は不可能だ』と。
あれから約十年。いまだ私は呪われ続けている。少しは慣れたが、今だって己の状況を受け入れているとは言い難い。諦めに近い感情で日々をやり過ごし、自分のモヤつく気持ちをなんとか宥めすかせているだけ。
それでも解呪ができない以上、私はこの身体で命ある限り生き続けなければならない。
そう開き直ってからは、己の出来うることに励んだ。幸い、私の身近にはこの叔父様がいた。医師である彼の助言に従い、努力を重ね……自分の意思で部分的にだが、この眼が制御可能となったのだ。
その結果、今では骨以外にも目を凝らせば、深部の筋肉、腱、血管……それらの損傷等、異常も視えるようになった。
人間って……案外、やれば出来るものね。
だけど、どれだけ頑張っても、この眼で視ることが叶わなかったものもある。一番表面にある皮膚や顔、それと内面である心だ。
もしそれらが視えていたら、学院生活はもう少し何か変わっていたのかな? まぁ……もう、いまさらなんだけどね。
私は左手の上に反対手を重ね、そっと薬指を撫ぜる。手袋の布越しに、硬質な指輪の存在をしっかりと指先に感じた。
この呪われた力を厭わしくもあるが、それも今や私の一部。だったら、徹底的に利用してやるわ。
「なぁ、メリル。念の為、本当に身体を傷めているヤツがいないか確認を。アイツら騎士のプライドだかなんだか知らないが、怪我するのが恥ずかしいらしく、すぐ隠そうとするから……」
「えぇ、わかったわ」
叔父様がヒソヒソと耳元で囁くので、私は盗み見るように辺りを注意深く見回す。
一通り周囲にぐるりと神経を巡らし……一人のガイコツ騎士のとある部分に、私の視線がピタリと止まる。彼の左手首が、痛みのサインを発していたからだ。
「ねぇ、そこの木に寄りかかって腕組みしてる方、ちょっと左腕を診せて下さい」
「……なぜだ?」
「え? な、なぜって……」
聞き返されるとは思わず、私は言葉に詰まってしまった。全身から変な汗がどっと吹き出す。
いけない!
うっかり声を掛けてしまったけど、この能力は絶対に秘密だ。次期当主である私が呪われていると知られたら、我がサーベジルド伯爵家の評判に関わる。
でも下手にごまかすのも、かえって怪しまれるし……こ、ここは堂々と……。
「そちらの腕を庇われているように見えた為、お声を掛けさせて頂いたまでで……」
「はっ! 胡散臭い笑顔だな」
………………
はぁ? 何だ、このカッコつけしいなガイコツ騎士は? 私に喧嘩を売っているのか?
いえいえ落ち着くのよ、メリル。どうどう。この程度で心乱されていてどうするの? 安い挑発という、無駄な買いモノをしてはダメよ。
しかし、このままだと苛立ちで下手なことを口走りそうだわ。
叔父様に代わってもらおうかと、彼の方をちらりと見遣るが、動く気配はまるでない。あくまで私に対応させるつもりなのだろう。
……はぁ、仕方ない。
「すみません。私、こういう顔なんです。はい、つべこべ言わずにどうぞこちらへ……」
「保健医助手様に気を遣われるような、大した怪我はしていない。薬箱だけ貸してもらえば、後は自分でできる」
「ですが……」
「だいたい、サーベジルド伯爵令嬢殿。今春に卒業してすぐ学院に戻ってくるなんて、一体どういうつもりだ? あれだけ周囲を振り回しておいて、いまだ婚約者も決まっていないそうじゃないか。男漁りに来たのならやめておけ。それとも……こいつらを手玉に取って遊ぶつもりか?」
「っ‼︎」
な、なんだか……随分と失礼な男ね! だんだんイライラしてきたわ。でも、相手と同じレベルで戦うのは、愚か者のやり方よ。冷静に冷静に。
私はそう自分に言い聞かせながら、今日一番の深ぁぁい溜息をわざとらしく吐き出した。
「はぁ〜〜〜〜。貴方のお仲間達は、漁らなければ見つけてもらえないような小石の集団なのかしら? 騎士ともあろうお方が、ご自分で周りを貶めるようなことを言うなんて、ちょっといかがかと思いますよ?」
「なっ⁉︎」
問題令嬢から諌めの言葉を返されたのが予想外だったのか、嫌味ガイコツ男は悔しそうに歯を食いしばると、私の後方に向かって声を上げた。
「フーガ先生! ちょっと薬箱をお借りします! 失礼!」
バッ!
そう言うなり彼は、叔父様の持っていた薬箱を奪うように抱え、ものすごい勢いで走り去ってしまった。
………………
ふっ……勝ったわ。
私は心の中でガッツポーズをした。
「すごいな、メリル。もう、級長と仲良しになったのか?」
………………
「な、仲良し⁇ 叔父様……この状況のどこをどう見たら、そうなるんですの? ん? 彼が級長⁉︎ あれが⁇」
「あぁ、二年生の級長だ。俺としては、また二人が昔のように仲良くしてくれると嬉しいんだがな……」
「……昔?」
「ほら、覚えているだろ? シルフィーズ子爵家の次男坊」
「イ……イスト……シルフィーズ⁉︎」
忘れるはずがない。
忘れたことがない。
脳裏に、幼い頃の記憶が一気に駆け巡る。
私に呪いの指輪を贈ってきた元婚約者、イスト・シルフィーズ子爵令息が……今、走り去ったあの失礼ガイコツ野郎ですってーーーー⁉︎
私……ずっと恨んできた相手の顔もわからずに、会話をしていたなんて……。
記憶の中のあの頃とは、声もまるっきり変わってしまっていた。背もぐーーんと伸びていた。
この眼じゃなくても、気づく方が難しいわよ。
彼の去っていった方角を見遣りながら、改めて自分の瞳を忌々しいと呪ったのだった。




