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英雄翁の詩  作者: ジージ
英雄になれない僕だから
11/13

太陽の束縛

 森の深淵は昼なお薄暗く、幾重にも重なった枝葉が空を覆っていた。足元には落ち葉が積もり、わずかな足音さえ飲み込んだ。ティルは迷いなく先頭を歩き、やがて片手を上げて足を止めた。


「……この先だ」


 小声で振り返るティル。その先、木々の隙間には崩れかけた石造りの建物が見え隠れしている。蔦に覆われた古い遺跡を利用しているらしく、周囲には見張りと思しき男達が二人、退屈そうに辺りを見回していた。シグルドは身を低くし、周囲を静かに見渡す。


「見張りは合計四人か……中の人数は分からんな」


「うぇ、あそこの二人だけじゃなかったのか」


 ティルが眉をひそめると、シグルドは木陰に身を寄せたまま静かに頷いた。


「木の上にもう二人いるな。人質がいなければ、見つかろうと正面から制圧すればいいが、どうだ?」


 シグルドに問いかけられたティルは腕を組み、記憶をたどるように目を細めた。


「ここ最近で拐われたって話は聞かないかな……あー、けど行方不明者が一人いるからもしかするかも」


「それではその方が盗賊に捕まっている可能性は考えておいた方が良さそうですね」


 ガンバがわずかに表情を曇らせる。


「……では、気付かれぬよう見張りを始末し潜入するか。ガンバはこの間のように、万一に備えて『時間蝕』を発動待機しておいてくれ」


 シグルドの言葉にガンバは頷き、杖を胸の前で握り直した。シグルドは続いてティルへ視線を向ける。


「木の上の二人はわしがやろう、入り口前の二人はやれるか?」


 ティルは見張りへ視線を向け、しばらく距離や立ち位置を測るように眺めた。


「……片方なら確実だけど、二人はちょっと厳しいかな。俺、遠距離攻撃はできないし」


「そうか……」


 シグルドが短く考え込む。するとそこにおずおずとガンバが話しかける。


「あの、すみません。少しでしたら魔法で援護出来ますよ」


「……何? 魔法の発動待機中は他の魔法は使えないのではなかったのか」


 訝しげに眉をひそめるシグルドに、ガンバは少し気まずそうに頬をかいた。


「事前に発動させておけばいいんですよ」


「……けど魔法って発動したら、すぐに効果が出るんじゃないの?」


 ティルが疑問を口にすると、ガンバは微笑みながら答える。


「普通ならそうですね。ですが、二重詠唱で『時計』を組み合わせれば、効果が現れる時刻を指定することが出来るんです」


「ほお、なかなか器用な真似をするもんだな」


 ガンバの説明を聞き、シグルドは感心したように呟いた。


「とはいえ、あまり複雑な制御はできませんので、今回は『念動』で物を飛ばして攻撃しようかと考えています」


「分かった。では、投擲用の短剣を何本か渡しておこう。それを使って、ティルの援護を頼む」


 シグルドから短剣を受け取ったガンバは、そのうちの一本を手のひらに載せ、重さを確かめるように軽く持ち上げた。


「向かって右側にいる方を私が狙いますので、ティルさんは左側からお願いします」


「オッケー。じゃあ短剣が動き出すのに合わせて仕掛けるよ」


 軽い了承を返したティルは、入口前の見張りへと視線を戻す。


「『時間蝕』の詠唱完了の30秒後ぐらいに『念動』が動くようにしますので対応お願いしますね」


 シグルドとティルはそれぞれ無言で頷いた。ガンバは杖を構え、静かに詠唱を始める。


「時の手を掲げ 、運命を委ねよ。定めの刻にありて天空に舞え──『念動・時計』」


 詠唱が終わると、ガンバの手元にあった短剣がふわりと宙へ浮かび切っ先を見張りへ向けたまま、ぴたりと静止する。


「これでよし、と。次の準備に入りますね──過ぎし時を数え、来たる刻を量り、万象と共に歩み続ける幻影よ。生まれ出でし瞬間より、決して止まることを許されぬ不滅の巡り。今ここにその連続を断つ。全ての歩みの源、過去の下僕、現在の子……」


「なっが」


 思わず漏れたティルの声にシグルドが横から言葉を重ねる。


「ちなみに元は10分かかっていたが装備で5分に短縮されたぞ」


「いや、それでも長いって」


 二人が小声で言葉を交わしている間にも、ガンバの詠唱は一度も途切れない。

 一定の調子で紡がれる言葉に呼応するように、杖の先端では淡い光がゆっくりと明滅を繰り返していた。


「……世界よ、束の間の瞬きを忘れるがいい。堕ちよ、虚無の狭間──『時間蝕』」


 最後の言葉が紡がれると魔力が静かに収束していく。だがそれが放たれることはない。──発動待機、詠唱中と同等の行動制限を受ける代わりに任意のタイミングで発動できる高等技術。


「そろそろ出番だぞ、寝ておらんな?」


「大丈夫だって、いけるいける」


 シグルドとティルは改めて自分の標的へと目を向けた。見張りの様子に、特に変わりはない。そのまま数秒が過ぎた頃、ガンバの傍らで宙に静止していた短剣がかすかに震え、音もなく滑るように飛び出していく。


「!」


 それに合図に、二人も仕掛ける。シグルドの放った短剣は狙い違わず、見張り二人の首へと突き刺さり骨をも砕く。


「バーストっ……!!」


 爆発するかの如く一気に駆け出したティルは、飛翔する短剣にも劣らぬ速さで見張りへと肉薄し、生成した黄金の剣で鋭く一閃、首が舞う。


「まだだ!」


 シグルドの声にティルが反応する。ガンバが狙った相手は首と二の腕に短剣を受けていたが、シグルドが仕留めた相手のように即死には至っていない。


「せいっ!」


 ティルはすかさず刃を返し、見張りが動き出すよりも早く斬り伏せる。震える手でなおも動こうとしていた見張りは、その一撃を最後に二度と動かなくなった。


「やっぱ、無傷だったら仲間を呼ばれてたな」


 ティルはそう呟きながら、倒れた見張りへ目を向ける。四人とも、もう動く気配はない。


「それでも、あの距離を一気に詰めて一撃で仕留めたのは大したものだ。気力の扱い、なかなか良かったぞ」


 シグルドが、倒れた見張りのそばに立つティルの元へと歩み寄りながら声をかける。


 魔法使いが魔力(マナ)を用いて戦うように、戦士にもそれに相当する力がある。それが気力(オド)だ。魔力が外部に作用するものが多い一方、気力はその大半が自身や武具の強化に用いられるが扱いは難しい。


「そう言うアンタは戦技使わずに二人倒してるのがすげーよ」


 戦技とは気力を使って制御できない状態を一定の型にはめて扱えるようにした技術である。例えば先ほどティルが使ったのは、地面を蹴る脚を一瞬だけ強化する《爆踏(バースト・ブースト)》の戦技である。


「ふむ……、なるほどな」


「……?」


 シグルドの呟きに首をかしげるティル。実の所、戦技とは気力を扱うための補助輪のようなものだ。決められた型に沿うことで、一定の効果を安定して引き出すことができる。


 ──ならば、初めから気力を自在に操れる者に、その型は必要ない。


「さて、話はここまでだ」


 シグルドはそれ以上説明することなく、盗賊たちのアジトへと視線を向けた。


「見張りは片付いた。今のところ、中の敵に気付かれた様子もない。このまま入るぞ」


「オッケー」


 ティルもすぐに表情を引き締め、シグルドについていく。ガンバは何も答えず、杖を手に静かに二人の後ろへついた。発動待機中の彼は余計な動きはできない。


「奥に気配がある。慎重に進むぞ」


 薄暗い通路が奥へと伸びている。壁には粗末な松明が掛けられ、かすかな炎が石壁を揺らめかせていた。

 人の姿はない。

 だが、奥からは微かに話し声が聞こえてくる。


「少し待て……」


 シグルドは足を止め、奥から聞こえてくる声に耳を澄ませる。話し声の数、足音、物音の響き方──それらを一つずつ拾いながら、内部を探っていく。


「この先が少し開けて、そこに大体24人と言ったところか」


 さらに意識を集中させ、人質の気配を探る。だが、呻き声や、鎖の音など誰かが拘束されているような物音は聞こえてこない。


「近くに人質はいないようだ。奇襲で一気に制圧するぞ。ガンバは不測の事態に備えて後方待機。『時間蝕』を使うタイミングは、お前に任せる」


 ガンバは声を返せない代わりに、静かに頷いた。


「反応される前に、できるだけ数を減らすぞ。戦えなくすれば十分だ」


「了解。思いっきり暴れてやるぜ」


 今にも飛び出しそうなティルを横目に、シグルドは念を押すように口を開く。


「……ただし、人質がもっと奥にいる可能性までは消えておらん。派手に暴れすぎるな」


「お、おっす」


 先ほどまでの威勢はどこへやら、ティルは少し肩をすくめて返事をする。


「……3つ数えた後に仕掛けるぞ、いいな?」


 ティルが静かに頷き、いつでも飛び出せるよう構える。


「一……」


 奥から響く笑い声に変化はない。


「二……」


 ティルが小さく息を吐き、重心を前へ移す。


「三──!」


 二人がほぼ同時に地を蹴る、狭い通路を一気に駆け抜け、その勢いのまま、奥の開けた空間へと躍り出た。


「うえっ!?」


 突如飛び込んできた二つの影に、盗賊たちはまともに反応する暇もない。状況を把握するより早く、次々とその刃に斬り伏せられていった。


「思ったより奇襲への反応が鈍い……実戦慣れしてないのか?」


 そう呟きながらも、シグルドの手は止まらない。


 目の前で呆然と立ち尽くしていた男の懐へ踏み込み、剣の柄頭を鳩尾へ叩き込む。息を詰まらせて前のめりになったところで脚を浅く斬りつけ、その場へ転がした。


「この程度なら、生け捕りで良さそうだな」


「て、敵!?」


 別の一人がようやく近くに置かれていた剣へ手を伸ばす。だが、それより早くシグルドの刃が手首を捉えた。男は剣を掴むことすらできず、悲鳴とともにその場へ崩れ落ちる。


「でやっ!」


 ティルもシグルドに遅れることなく、敵の中へと切り込んでいた。慌てて立ち上がろうとした男の肩口へ刃を振り下ろし、そのまま袈裟斬りに斬り伏せる。さらに勢いを殺さず、すぐ隣にいた男へと踏み込んだ。


「ぐえっ……」


 踏み込んだ勢いのまま、ティルの刃が男の脇腹を深く切り裂く。男は呻き声を漏らしながら膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「くそっ、敵襲だ!」


 盗賊の半数ほど地に伏してからようやく一人が声を張り上げる。その叫びで、呆然としていた盗賊たちも一斉に我に返った。


「武器を取れ! 二人しかいねえ!」


 床や壁際に置かれていた剣や斧へ、盗賊たちが慌てて手を伸ばし、ばらばらに構えを取る。

 腰が引けている者、剣を必要以上に強く握り込んでいる者、足の位置すら定まっていない者──その姿を一目見ただけで、シグルドにはおおよその力量が見て取れた。


「……これはやはり、ただの盗賊団らしいな」


 五魔具たるグラムもティルも相当な使い手だ。加えて、グラムの配下にもそれなりの実力者がいた。だが目の前の敵にはそうした強さや独特の気配が感じられない。


「まあそう簡単には見つかってくれんか」


 シグルドが小さく息を吐いた、その直後。


「何ぶつぶつ言ってやがる!」


 一人の盗賊が斧を振り上げ、正面から襲いかかってくる。シグルドは身を軽くずらして刃をかわすと、剣を盗賊の進路へ差し出した。勢いを殺しきれなかった盗賊は避けることもできず、そのまま刃へと膝を献上し、倒れ伏す。


「ふむ、特に問題なく制圧できそうだが……」


 そう呟きながら、シグルドは続けざまに盗賊たちを無力化していく。その合間に、ちらりとティルの方へ視線を向けた。


「い、命だけは助けてくださいぃ!」


 ティルと相対していた盗賊は、手にしていた剣を放り捨て、その場に膝をつき泣き崩れていた。


「……そうやって助けを求めた奴らを、今まで切り捨ててきたんだろ。それで自分だけ助けてくれなんて、都合が良すぎるんだよっ!」


 吐き捨てるように言いながら、ティルは黄金に輝く剣を振りかぶる。


「ティル、待て! そいつはもう戦う意思はない、無闇に命を奪うな!」


 シグルドが止めようとするも、この距離では到底間に合わない。


「戦う意思がなくなったって、してきた悪事は消えないんだよ!」


 ティルは止まらない。振り上げた剣を、そのまま盗賊の首元へ振り下ろす。その一瞬、シグルドは確かに魔王の冷たい気配を感じとった。


「馬鹿者っ……!」


 振り下ろされた刃は盗賊の首を断つことはなく、ただそこにあった。過ぎ去った過去は未来に抗えず、訪れた未来は過去を変えられない。


「は……?」


「……疾く、自由を封じよ──『拘束』」


 次の瞬間、冷たい光の鎖が地面から一斉に伸び上がり、残っていた盗賊たちと呆然としていたティルを瞬く間に縛り上げた。声のした方へ振り返れば、少し離れた後方でガンバが杖を掲げている。


「これが、最善かと思います……いかがでしょう?」


「いい判断だ、助かった」


 シグルドは短く答えると、縛り上げられたティルの元へと向かった。


「何で止めるんだよ! こんな奴ら生かしておく価値なんてないって!」


「どうあっても助からんと悟れば、残った者たちは死兵となって抵抗する。追い詰められた者というのは、時に思わぬ事態を招くものだ」


 シグルドは声を荒らげることなく、静かにティルを諭した。その表情には怒りではなく、幾度も同じような光景を見てきた者だけが持つ重みが滲んでいる。


「でも、生かしておいたら、適当に罪を償ったふりをして、こいつらは絶対また同じことを繰り返す! だったら、殺せる時に殺しておくべきだ!」


「……その『絶対』を、お前が決めるのか?」


「え?」


 思いがけない問いに、ティルの勢いがわずかに削がれる。


「こやつらがこの先どうするかなど、誰にも分からん。罪を悔いるかもしれんし、また同じことを繰り返すかもしれん。だが、まだ起きてもおらんことを理由に命を奪えば、それは裁きではない」


「でも──」


「起きるかもしれん悪事を全て先回りして斬っていれば、いずれ誰のことも信じられなくなるぞ」


 シグルドは、ティルの目をまっすぐに見据えた。


「……そんなの、甘いだろ」


 ティルは吐き捨てるように言うと、光の鎖に縛られた盗賊たちを睨みつける。


「こいつらに酷い目に遭わされた奴は、それで納得できるのかよ。こんな奴らを許せるのか?」


「許せん者もおるだろうな」


 シグルドは、その言葉を否定しなかった。


「憎むなとも、忘れろとも言わん。されたことまで無かったことにする必要もない」


「だったら──」


「だがな、ティル」


 シグルドは静かにその言葉を遮る。


「誰かを許すのは、相手のためではない。許せない相手に、自分の人生を割かないためだ」


 ティルは何も返さなかった。

 納得したわけではない。ただ、先ほどまでのように即座に言い返すこともできず、光の鎖に縛られたまま険しい表情で黙り込んでいた。


「お前の言うことも、間違ってはおらん」


 静かにティルを見据えてシグルドは語り続ける。


「だがな、その正しさだけを信じて剣を振るい続ければ……いつか、その正しさゆえに過ちを犯すぞ」


 ティルは何も答えず、唇を噛む。

 シグルドも、それ以上は言葉を重ねなかった。今ここで納得させられる話ではないことくらい、分かっている。


「……ガンバ、もういい。解いてやってくれ」


「はい」


 ガンバが杖を軽く振ると、ティルを縛っていた光の鎖だけが淡い光となってほどけ、消えていく。盗賊たちを拘束する鎖はそのままだ。


「奥……は無さそうだな、これで全部か」


 シグルドは周囲を見回しながら、遺跡のさらに先へと目を凝らす。だが、石壁に囲まれたこの空間より先に続く道は見当たらない。


「捕まっている者は見当たらん。どうやら、予想は外れたようだな」


「ただの盗賊団でしたね。少なくとも、この盗賊団を率いている魔具はいないようです」


 シグルドは盗賊達を見渡す。戦闘で死亡した者を除いても、その数は少なくない。


「しかし、この人数を三人で連れて戻るのは難しいな」


「おいおい、ここに置いていくのか!?」


 ティルの問いに、シグルドは首を横に振った。


「そうではない、一人戻って応援を呼べば済む話だ。ティル、お前に任せる」


「ええっ、俺ぇ!?」


 ティルは露骨に不満そうな声を上げた。


「足ならお前が一番速いだろうし、この辺りの地理にも詳しい。……それとも、このか弱ーいジジイ達にひとっ走りしてこいと?」


「どこがか弱いんだよ……」


 ティルは呆れたように肩を落とす。


「分かったよ。行ってくればいいんだろ?」


「うむ、頼んだ」


 ぶつぶつと文句をこぼしながらも、ティルは踵を返すと、そのまま来た道を勢いよく駆け戻っていった。


「さて……死にかけてる奴はおらんか?」


 シグルドの問いに、ガンバは倒れてる盗賊たちを順に見回した。


「うーん……、深手の方はほとんど即死ですね。まだ息のある方々は命に別状は無さそうです」


 シグルドは小さく息を吐く。安堵とも諦めとも取れる、短い吐息だった。


「……説教なんかしちゃって、私みたいな愛されジジイになれませんよ」


 ガンバの軽いからかいにシグルドはジト目を向けると、ガンバは笑みを残したまま語り続ける。


「罪人にもやり直す道がある。赦されることだってある……そうであってほしいんでしょう?」


 そしてガンバは一拍置いて、静かに続けた。


「──あなた自身が、赦されたいから」


 シグルドの表情から、わずかに色が消えた。怒るでも否定するでもない。


「……随分と嫌な事を言うようになったではないか」


「事実でしょう? しかし、赦されることを願っているのに、あなた自身はずっと、自分を赦そうとしていない」


 ガンバは穏やかな笑みを崩さない。


「あなたが何を背負って、どれほど苦しんできたのか。私はまだ、その全てを知っているわけではありません」


 そこで一度言葉を切り、ガンバはまっすぐにシグルドを見つめた。


「それでも、あなただけが苦しみ続けなくてもいいと思うんです」


「……」


「私はあなたが背負ってるものの重さを理解したい。あなたのためなら、私は何だってしますよ。ですから──一人で抱え込まないでください。……仲間なんですから」


 しばしの沈黙が落ちた。

 シグルドは何かを言おうとして口を開きかけたが、結局そのまま閉じる。やがて困ったように眉を下げ、小さく息を吐いた。


「ここまで踏み込んで来たやつは久しぶりだ。……思えば、あいつらと別れてからできた仲間とは、どこか一線を引いていた気がする」


 そう言いながらも、その声に棘はない。シグルドはしばらくガンバを見つめた後、ふっと視線を逸らした。


「……まあ、覚えておく。もう少し時間をくれ。わしにとっても、昔のことを話すのは楽なことではないのでな」


「いつまでも待たせるのはなしですよ。私も若くありませんので」


 そう言って、ガンバは茶目っ気たっぷりにウインクする。先ほどまで二人の間に漂っていた重苦しい空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


「さて、応援が来るまでに、やれることを済ませておくか」


「そうですね」


 まずは周囲に散らばった剣や斧を一箇所へ集め、盗賊たちの手が届かない場所へまとめて置いていく。続いてガンバが負傷者の状態を改めて確認し、連行に支障が出そうな者には『治癒』を施した。


「歩けそうにない者は?」


「大丈夫です、回復できない程の重傷者はいませんでした」


「そうか」


 シグルドは盗賊たちを見渡しながら、連れて行きやすいよう数人ずつに分けていく。それに合わせてガンバが杖を構え、短い詠唱を重ねる。すると光の鎖が形を変え、盗賊たちを数人ずつまとめるように繋ぎ直していった。


「これで、そのまま外へ連れ出せそうですね」


「うむ。あとは、引き渡せば終わりだな」


 二人はその後も洞窟内を見て回り、危険な物や見落としがないかを確認しながら、応援が到着次第すぐに連行へ移れるよう準備を整えていった。



 それからしばらくして、洞窟の入口の方から複数の足音が響いてきた。ティルが隊員を引き連れて姿を現す。


「ご苦労だった」


「疲れた……」


 肩で息をするティルの後ろから、討伐隊員たちが洞窟内へと入ってくる。拘束された盗賊達と、その脇にまとめられた武器を見て、隊員達が目を見張った。


「さすがですね……これで全員でしょうか?」


「うむ。生きている者は全員拘束してある。負傷者も連行できる程度には手当てしておいた」


「助かります。こちらで引き取ります」


 隊員達はすぐに盗賊たちの人数と状態を確認し始めた。


「……ん? こいつは……」


 一人の隊員が、拘束された盗賊の前で足を止める。


「どうした?」


「この男……街で行方不明になっていた者です」


「何?」


 シグルドが眉をひそめる。隊員が足を止めたその男は、先ほどティルに命乞いをしていた盗賊だった。

 男は気まずそうに視線を落とし、目を合わせようとしない。


「間違いありません。数日前から姿が見えなくなって、家族から捜索願が出ていました」


 隊員は男の顔をまじまじと見つめる。


「お前、なんでこんなところにいるんだ?」


「お、俺は好きでこいつらに加わったわけじゃない!」


「なら、何があった?」


 問い返されると、男は食い気味に事情を話し始めた。


「数日前、街の外でこいつらに攫われたんだ。そして仲間にならないと殺すって言われて……」


「それで盗賊に加わったのか?」


 隊員が確認するように問い返す。


「他にどうしろってんだよ……逃げようにも見張られてるし、逆らえば殺される。言われた通りにするしかなかったんだ」


「……そうか」


 隊員は短く頷くと、男の拘束を確認しながら周囲へ目を向けた。


「詳しい話は街に戻ってから聞く。少なくとも、他の連中と同じ扱いにはしない」


「あ、ああ……ありがとうございます」


 安堵したように肩を落とす男を、ティルは少し離れた場所から黙って見つめていた。

 つい先ほど、自分が剣を振り下ろそうとした相手。

 戦う意思が無かったにもかかわらず、これまで犯した罪は消えないと断じ、殺そうとした相手が──そもそも自ら望んで盗賊になった者ですらなかった。


「……人の事情というのは、分からんもんだ」


 シグルドは小さく息を吐いた。

 人質がいるという予想は外れていた。だが、探していた行方不明者そのものは、思いもよらない形で見つかった。


「さて、後は任せよう。わしらの仕事はここまでだ」


 引き渡しが済むと、ガンバは杖を軽く掲げる。盗賊たちを縛っていた光の鎖が淡く揺らめき、隊員が用意した縄や枷へと順次置き換えられていった。


「これで大丈夫そうですね」


「うむ」


 シグルドは連行されていく盗賊たちを見送りながら、小さく息を吐いた。


「……なあ、英雄翁」


 背後から呼び止められ、シグルドが振り返る。

 ティルはその場に立ったまま、まっすぐにこちらを見据えていた。先ほどまでのような苛立ちはない。だが、その表情には何かを決めたような固さがあった。


「なんだ?」


「あんた、もしかして最初からわかってたんじゃないか?」


「……まさか、あんなもの結果論にすぎん」


 シグルドは肩をすくめ、そう答えた。


「……まだ全部納得したわけじゃない。どうしたらいいかだってわかんねえ」


「ならば、問おう。お前はどうしたい?」


 問い返されたティルは、一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「……間違ってるかもって思った時、初めて自分が何をしたいのか、ちょっとだけ見えた」


 ティルは一度だけ視線を落とし、それから改めてシグルドをまっすぐに見据える。


「俺は、アンタを信じたいんだ」


 その言葉に迷いはなかった。


「ただ、言葉だけじゃ、たぶん俺には分からねえ。だからさ、信じるために、考えを少しでも理解するために」


 一歩、シグルドの前へ踏み出した。


「俺と……っ」


 大きく息を吸い込み、黄金に輝く剣をまっすぐシグルドへ突きつけた。


「俺と闘え、英雄翁ッ!」


 ──それは紛れもない、ティルからシグルドへの決闘の申し出だった。

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