20話「イザベラ・ナイトレイ(後編)」
「わたくしは……」
と言い掛けて、お兄様達の視線が集まるのに気付く。
少しだけ頬が赤くなり、熱を帯びる。
――なにか決断をすることは、わたくしに許されていない。
だから、わたくしは奥歯を噛みしめながら、
「…………ですが、わたくしはレイチェル様とは会ったことがありませんわ。お兄様達と同じく初対面になります。なにかお役に立てるとはとても……」
抵抗を諦めたわたくしは、半ばパーティには行く前提で答えるしかなくなる。
でも、これは本当だ。
大好きな兄達がレイチェルの誕生日パーティに行って、彼女のご機嫌取りをするのは本当に本当にイヤだけど……それがナイトレイ家のためになるのならば、仕方ないと思う。
けれど。
実際、私の存在が何の役に立つというのだろう。
「大丈夫だよ、イザベラ」
「え……」
「君に何かをしてもらおうとは思っていない。ただ、レイチェル嬢と僕らが話す場にいてくれさえすれればいいんだ」
「…………!」
優しい言葉だと思った。
ゲイル兄様は、いつもそうだ。誰よりもわたくしに優しくしてくれる。
犬や猫を愛するように。
なにもできないものに、そうするように。
――残酷なまでに。
「デボワ家のシャルロット様みたいになれとか、無理なことを言わないよ。彼女も彼女で凄いからね……。イザベラには僕達と同席して、少しでも場を和ませて欲しいんだよ。レイチェル嬢は仕事柄、男性と話すことは慣れていると思うけれど、パーティの場は初めてだからね。だったら女の君が同席してくれた方がいいはずだ」
おこがましいということだ。
女の身で、いいや――誤魔化すのはやめよう。
だって、わたくしがレイチェルやシャルロットならば、こうはならなかったはずだから。
貴族の中では特別秀でているほどではない、そこそこの容姿。
恵まれた家柄。その代わり、親族以外には心を許せない苛烈な気性。
他人をすぐ妬ましく思う劣悪な性格。
そして――それらをすべて自覚している、少しだけ無駄に良い知能。
故に、その小狡さをすぐに看破される。
天才でもなければ純真でもない。
それが……わたくし。
所詮イザベラ・ナイトレイのくせに、兄達の役に立とうとするなんて。
誰もそんなこと望んでいない。
当の兄達ですら。
望んでいたのは…………わたくし自身だけなのだから。
「…………承知いたしましたわ。ゲイルお兄様が、そう望むのでしたら、出席させていただきます」
わたくしは項垂れるように、首を縦に振った。
そして確信する。
その絶望は、きっとこの場にいる誰にも伝わっていないのだろうな、と。
兄様達が続ける。
「安心しろよ。ずっと俺達にくっ付いてろってわけじゃねぇ。イザベラはイザベラで『婿捜し』をしてもいいんだぜ? イイ男が山ほど来るはずだ。レイチェル嬢の社交界デビューなんだからな」
「イイ男は来るだろうが、逆にイイ男過ぎるかもしれんがね……私もイザベラに良い相手が見つかることは切望して止まないが、そう上手く行くとは思えんよ」
「それは……まぁ、そうかもしれねぇけどよ! イザベラだって見てくれは悪くねぇだろうが! チャンスはあるはずだ!」
「見てくれだけで良い婿が取れるなら、未だに売れ残ってはいないだろう」
「やめないか、グレン、ランス。イザベラの前でなんてことを言うんだ、お前達は……! すまないね、イザベラ」
「…………いいえ。なにも間違っていませんから」
これがわたくしの日常。
お兄様達はちゃんとわたくしのことを考えてくださっている。
少しだけ、言葉が荒いだけ。
これが持たざる者の現実だ。
――ズルいですわよ、レイチェル・アラベスク。
どうしてあなただけ『神さま』にそんなに愛されているのですか?
不公平ですわよ、神さま。
わたくしも、あなたに愛して頂けたら、こんな惨めな思いをせずに済んだのでしょうか。
わたくしとレイチェル。なにがあなたにとって、違ったのですか?
どれだけ考えても、答えは出ない。
神さまはきっとこの世界のどこかにいるとわたくしは信じているけれど、相見える機会は来ないはずだから。
そしてわたくし――イザベラ・ナイトレイはレイチェルの誕生日パーティに出席することになった。
誰よりも妬ましい、大嫌いな相手に笑顔を向けなければ生きていくことができない。
だって、わたくしは弱い女だから。弱者はそうするしかないから。
わたくしは――神さまに愛されなかった女だから。
NEXT 21話「誕生日パーティ、開幕」




