21話「誕生日パーティ、開幕」
「……こんなに人がいらっしゃるなんて思いませんでした。セシルの言う通りでしたね」
ついに私の17歳を祝う誕生日パーティが行われる日になった。
誕生日自体は、もう一か月以上前に迎えている。
それどころか「東京」で私は17歳になった。少しの日にちのズレは仕方がない。親しい人間だけと誕生日を祝うことなんて、できない。
妙な話になるが、私の誕生日は『私だけのため』にあるわけではないのだから。
――それが貴族の誕生日というものだ。
知ったようなことを考えているが、しっかりとそれを利用している私もまた、立派な貴族に違いない。
「だから言ったではないですか。レイチェル様はご自身を過小評価しすぎなのです。正当な評価を下すと、まるで神を崇めているかのようになるからといって気後れしてはなりません。僭越ながら、レイチェル様の『おこぼれ』すら、他の令嬢達にとっては『ご馳走』に成り得るとご自覚頂いた方が賢明でしょう」
侍従のセシルが表情一つ変えずに言った。
私とセシルは誕生日パーティの会場である、アラベスク家の所有する別邸に朝から詰めていた。
ここは本宅から少し離れた場所にある代わりに、機動馬車の乗り入れが非常にスムーズに行える利点がある。各地からの来賓にスムーズに対応しやすいと考えて、今回はこちらを使用することにした。
「……そこまでは聞いてない気もしますが」
「おや。そうでしたか、これは失礼を……本音が漏れ出してしまったようです」
「よくありませんね、セシル。来賓の皆様に失礼です」
「ですが、既にお越しになっている方の多くは『おこぼれ』が目当てなように、私には思えます。そうでなければ、たかが『誕生日パーティ』に、たかが『本来の期限から一年遅れての社交界デビュー』に、こんなにも早い時間から――名のある貴族達が駆け付けたりはしないものでございます」
「…………それでも、他の方を蔑むような発言は控えるべきです」
パーティが始まるのは日が沈み、夜が始まった頃となっている。
具体的な時間にすると、あと二時間ほどだろうか。
まだ集合するには早すぎると感じる時間帯だ。
料理は全く出来ていないし、ホールの飾り付けや清掃も完璧に終わったぐらいだった。
だが、アラベスク家の別邸には早くもありえないほど多くの来賓達が集まりつつあった。
パーティ開始二時間前で、既に予定の招待客の四割近くがやって来ている。
だから仕方なく、予定を一気に押して、彼らを屋敷に案内するよう大慌てで手筈を整えたところだった。
出来れば私が一人一人、招待客の皆様をお迎えしたかったのだが、私がここまで早い時間に出ていくと、逆に正しい開始時刻に合わせてやって来る方々に対して、角が立ってしまう。
仕方なく、『早め』の皆様には、ホールではなく、それぞれに別室を宛がい、そこで休憩してもらうことにした。
元々、この別宅は式典・宴会用に造られた屋敷なので、来客者の待機に使える応接室が非常にたくさんある。
万が一のことを考えて、こちらは前日に清掃を終わらせるよう言ってあったのが幸いしたようだった。
現在はその作業を終えた私とセシルが別邸の最上階にある空き部屋から、機動馬車の乗り入れ場に次々と到着する新たな招待客の方々を眺めている――という状態だったわけだ。
「……申し訳ありません。今後は心の中で留めておくように致します」
「はぁ。あなたという人は、まったく……」
セシルがまったく申し訳ないとは思っていない表情のまま、小さく頭を下げる。
彼女は私という人間を、ある意味では両親以上に近くで、ずっと眺めてきた存在だ。
それもあってか、私に対する「評価」が異様に高く、逆に他の人間を下に見る悪癖があった。
「(あくまでこのパーティは、私が『本気で結婚を考えている』と外部にアピールするためのもの。実際は、そんなことをしている暇は全くないとはいえ……。
つまり、招待客の皆様は私の身勝手に付き合ってくださっているのです。ならば、この場を意味あることに使って頂けるのならば、こちらとしても願ったり叶ったり。『おこぼれ』などと言うべきではありません……)」
――貴族にとって、パーティこそが戦場だ。
そう最初に言ったのは誰だろうか。
おそらく、答えはない。
なぜならば、特に意外なことを言っているわけではないからだ。
むしろ、そんなことは当たり前すぎる。
剣を握り、甲冑を着込み、馬に乗って、主君の求めるままに馳せ参じるよりも、パーティの場で将来の相手を探し、他の貴族や富裕層の人間と親交を深める方が、結果的に領地を守ることが出来る場合も多い。
本来は、パーティに生半可な気持ちで出席する私のような貴族こそが蔑まれるべきに違いない。
「ですが……申し訳ないことをしているのは私も変わりませんね。まだ結婚する気なんて特にないのに、周りの方々を惑わすような発言をしているわけですから……」
きっと今日は多くの男性が出席してくださり、私の誕生日を祝ってくれるだろう。
私としては、本当にそれでいい。
「誕生日おめでとうございます。これからも我が一族と、末永いお付き合いを……」で終わるのが一番だ。
――ただ、それだけで終わるはずがなくて。
「……不躾ながら、私としては、レイチェル様のそのご意見の方が、少し不思議です」
不意にセシルがぽつりと言った。
「……というと?」
「いえ。今までもそうでしたが――むしろ、どうしてレイチェル様は婚姻に対して、そこまで消極的なのでしょうか?」
予想外の指摘に、私の心臓がドクンと高い音で跳ねる。
セシルが真っ直ぐこちらを見つめながら、続ける。
「たしかにレイチェル様ともあろうお方に、今まで婚約者がいなかったことは更に不思議です。ただ、それは家の方針と言いますか、お父上――デュラン様がそうお決めになったのでしょうから、仕方がないことだと思います。ですが――レイチェル様自身のお考えは、どうなのでしょうか?」
「私、の……?」
「はい」
「レイチェル様はアラベスク家のことをとても大切にされています。でしたら――ご自身の決断一つで、アラベスク家に過去最大の繁栄をもたらせると、当然わかっていたはず。
だって一国の王の妃にすら――レイチェル様が望めば、容易くなれるはずです。大袈裟すぎる? それこそご冗談を。セシルはなれると確信しております。レイチェル様を欲しがらない男性など、この世におりませんからね」
そしてセシルが言い放つ。
「レイチェル様は、どなたか愛おしいと思った男性などはいらっしゃらないのでしょうか?」
「え……」
「私もレイチェル様にお仕えして長いですが、そのようなご相談を頂いたことが一度もなかったので……」
セシルに言われて、はたと気付いた。
これまで私は決められた誰かと婚姻関係を結ぶこともなく、17年間生き続けて来た。
では――私の、レイチェル・アラベスクの恋心はどこに?
婚姻と恋心は別だ。
誰かを好きになる気持ちは止められない。
たとえ、相手が決まっていなくても、決まっていたとしても、自然発生する。
それが男と女というモノだ。
――聞きかじりでしかないけれども。
私は貴族だから、父親が決めた相手と結婚する――それが当たり前だと思っていたから?
そうではない。
私は知っている。私の父は、決して娘の私に望まぬ結婚を押しつけたりしない、と。
だから、今のは拙い言い訳にすぎない。
私は誰を好きになることもなく、17年間生き続けて来たのだ。
それは、どうして?
――心に決めた相手なんて、今まで誰もいなかったはずなのに。
まさか――生まれる前から、運命の相手が決まっていたわけでもあるまいに。
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