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神さま、一発殴らせて頂いてよろしいですか?  作者: 崑崙
一章 こうして私は世界に「爪痕」を残す決意を固めた

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19/21

19話「イザベラ・ナイトレイ(前編)」


 その一言は、あまりに衝撃的だった。



「………………え?」



 思わず、わたくしは真顔で訊き返していた。

 するとゲイルお兄様はこちらが言葉を聞き取れなかったのだと勘違いされたのか、少し語気を強めて、



「ごめん。聞き取りずらかったかな。イザベラも、僕達と一緒にレイチェル嬢の誕生日パーティに来て欲しいんだ」



 今度は疑問系すらなくて、完全な勧誘だった。

 言葉が出て来ない。

 

 わたくしが、レイチェル・アラベスクの誕生日パーティに?

 たしかにナイトレイ家に対しても招待状が送られて来たとは聞いている。


 グロリア王国には「貴族領」を統治する9つの名家が存在する(これにグロリア王家の直轄領を足した10のエリアが存在すると思ってもらっていい)。

 アラベスク家もナイトレイ家も、どちらも名家に含まれる。

 長女の誕生日パーティ――レイチェル・アラベスクはいまだに社交界デビューをしていないわけだから、これはただの「お誕生会」ではなく、実質的な社交界デビューを祝う正式な場に違いない。

 招待はされて当然。

 ここまではいい。むしろ、招待状の送付がなければ他意があることになってしまう。

 

 

 ――問題は、レイチェルの誕生日パーティに『家の誰が行くのか』ということ。

 

 

 お父様のような当主が(これがグロリア王家で言うなら「国王」にランクアップする)行くことはまずない。

 所詮はアラベスク家の跡取りですらない娘の、しかも通例より明らかに遅れた17歳の社交界デビューだ。

 たとえ、それがレイチェル・アラベスクであろうと……ないはずだ。



 いや、デボワ家の当主ならば行くかもしれない……?

 アラベスク家とデボワ家は領地が隣接しており、継承権の問題が出て来るため、過去に血の繋がりこそないが、長年友好的な関係を築いている。

 特にレイチェルは次女のシャルロット・デボワと非常に仲が良かったはず。

 

 シャルロット・デボワ。

 彼女も非常に厄介な――むしろ、つい先ほど『イザベラ・ナイトレイはレイチェル・アラベスクが大嫌いに決まっていることを思い出すまで』は、わたくしにとって最も嫉妬の対象になる相手だった。


 彼女はとにかく愛らしい。気立てが良くて、誰とでも仲良くなれる。

 要するに――誰よりも男性にモテるのだ。


 いや。すでに婚約済みなのだから厳密には、モテたか。

 シャルロットはグロリア王国の隣国である『ガルム王国』のデュード家に嫁入りすることが決まっている。

 デュード家はガルム王国で最も力を持つ名家だ。

 その長男がシャルロットに夢中で、彼女にアタックをしかける他の貴族をすべて蹴散らし、求婚に成功したとかなんとか。

 

 本当に良いご身分だ。

 こっちは20歳を超えて、未だに婚約相手が決まっていないというのに。

 

 

 ――今、まさに大嫌いな相手の祝いの場に、なぜか自分も出席しないかと、大好きな兄に同意を求められているというのに!

 

 

 

「…………お兄様。ど、どうして、わたくしがレイチェル・アラベスクの誕生日パーティに……? それにお兄様たちまで何故、出席なされるおつもりなのですか……? アラベスク家とナイトレイ家の関わりは薄いです。適当な家臣の誰かに代理で出席させればいいではないですか……!」

 

 

 わたくしの父が治めるナイトレイ領は彼女の父の領地であるアラベスク領と比べて、明らかに格上なのだ。

 ナイトレイ領は海に面しており、国の物流の根幹を成している。

 領地が接していないこともあって、両家には目立った交流の機会もない。

 

 そう。実際のところ――わたくしはレイチェル・アラベスクと一度も会ったことがないのだ。


 彼女の外見だけを、おそらくわたくしが一方的に知っているだけなのである。

(超有名人であるレイチェルは数多の絵や活動写真などで、その忌ま忌ましい美貌を知ることができる。もっとも、本当に美しいかはわからない。所詮出回っているのは本物よりも数段階『誇張された姿』に違いないのだ)



「うん。通例ならそうなるね。17歳での社交界デビューは、たとえレイチェル嬢とはいえ、明確な瑕疵だ」

「で、でしたら……!」

「でも、ここでレイチェル嬢と接点を持たないのは――あまりに勿体ないというのが父上の判断なんだ」

「え――」


 ゲイル兄様が表情を変えた。

 真剣な眼差しで、兄様がわたくしの顔を見つめる。



「レイチェル嬢は、間違いなくこの後、グロリア王国を代表する……いや、それどころか歴史に名を残すような活躍をされる人物だよ。父上はこうも言っていたね。『更なる活躍を神に誓ってもいいくらいだ』ってね」


 

 信じられない台詞だった。

 神に誓う? お父様が、そんなことを……?

 たしかにわたくしはレイチェルとは会ったことがない。けれど、そこまで言い切れるほどなのか?

 神の名は、安くない。

 お父様が冗談でそんなことを言うはずがないのはわかっている。でも……。

 

 

 と、そこで今まで黙っていたグレン兄様とランス兄様がお互いに目配せをすると、



「イザベラ。ゲイルだけじゃなくて、俺もランスも同意見なんだ。招待状が来たとき、レイチェル嬢の誕生日パーティには絶対出るべきだと思った。そして、他の名家も必ず同じことを考えるはずってね……」


「たしかにおまえが言ったように、ナイトレイ家とアラベスク家は関係性が薄い。ずっとそうだった。だが、レイチェルが正式に表舞台に出てくるこれからは……趨勢が逆転するぞ。アラベスク家との関係性の弱さ――それがナイトレイ家にとって明確な弱味になる時代が、もうすぐそこまで迫っているかもしれないんだ」



 かなり踏み込んだ話をし始める。


 ここまで聞いて、わたくしは、ああ、と思った。

 

 

 ――もうお兄様達の中で、結論は出ているのですね……。



 疑問を投げかけているようで、同意を求めているようで、実際そうではなかった。

 とっくにパーティに行くことは決まっているのだ。

 お父様と、お兄様達三人で話し合ったのだろう。

 

 わたくしは、そこにわたくしの意志が介入する余地がある風に、結果を聞かされているだけ。

 

 よくあることだ。

 普通のことだ。

 それが貴族に生まれた女にとっては、当たり前のコトなのだ。

 考えたり、決断を下すのは男の仕事。

 女はそれに従うしかない。


 例外は、その慣習に抗えるほどの傑物は――この世界には、レイチェル・アラベスクぐらいしか、いない。


 

「わたくしは…………」



NEXT20話「イザベラ・ナイトレイ(後編)」

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