18話「好きなはずがなかったのに」
~ナイトレイ家令嬢「イザベラ・ナイトレイ」の告解~
――その日『わたくし』は自分にとって「レイチェル・アラベスク」が、どうしようもないほど憎たらしい存在であることに初めて気付いたのだった。
「…………いや、なぜ今更ですの?」
思わず、声に出してしまう。
だって本当にこんなことに今になって気付くなんて有り得ないからだ。
レイチェル・アラベスク。
グロリア王国、いや近隣諸国においても、この名前を知らない貴族は一人もいない。
レイチェルが誇る才は多岐に渡る。
絶世の美女であり、天才的な魔導工学技師であり、経済家であり、慈善活動家であり――
果ては王国騎士団に所属する俊英を一対一の決闘で負かしただとか、サイコロを振ったら好きな数字を出せるだけの賭博の才があるだとか、もはや嘘と真実の見分けが付かないほどの逸話を持つ。
要するに彼女は何でも出来てしまう。
故に「最も神に近い聖女」とまで呼ばれている。
一介の貴族が「神」だ。本来ならばおこがましいにもほどがある。
なのに、誰もが納得してしまう。
レイチェルは神に愛された少女なのだ、と、納得してしまう。それだけの凄味が彼女にはある。
当然、こちらからすれば憎たらしい存在に決まっている。
実際、同年代の令嬢は、レイチェルのせいで散々割を食って来た。
「(だって、彼女が一番なことなんて、わたくし達が物心付いた頃には、もう決まっていたのですから)」
驚くべきことに、レイチェルが有名になり始めたのは三歳の頃からで、五歳、六歳くらいには大人顔負けの知識量で王都に出入りして、各種専門家と意見を交わしていたという……。
とはいえ、レイチェルは恋愛面で何らかの問題があるようで、それが私達の「救い」になっていた。
確かに彼女の才能は同世代不動のナンバーワンだ。しかし、17才になっても社交界デビューもしていなければ、婚約どころか浮いた話の一つすらない。
――誰とも結婚するつもりがないのでは?
という噂があったぐらいだ。
わたくしもてっきり、そうだと思っていた。
レイチェル・アラベスクは例えば物語に出て来るような、家に出入りする使用人に恋をしたりしていて、それを貫き通すために他の貴族の誘いを断っているのだとばかり。
女として生きるために、貴族として生きる道を捨てたに違いないのだ、と!
わたくしは、それについて奇妙な感慨を持っていた。
――なぜか、その愚かなはずの選択を「ざまぁ」とは思えなかったのだ。
本来の私ならば、恋愛も社交もせず、庶民がやるような仕事にかまけている令嬢を鼻で笑い飛ばしたはずだから。
貴族には、貴族が成すべき仕事がある。あるはずなのだ。
それを放棄して、好き放題振る舞うなんて……あってはならない。
わたくしと、レイチェル・アラベスクは何もかもが違う。
彼女はあまりにも美しく、わたくしはせいぜい上の下程度の容姿。
美男美女揃いの貴族としては特別、秀でているわけではない。
彼女には数多の才能があるが、わたくしにはなにもない。
学もなければ、気立ても悪い。今年で18才になるが、未だに婚約相手はいない。気性の荒さを指摘され、これまで何件も破談になっている。
わたくしは、なにも持っていない。
なのにわたくしは――全てを持ち合わせたレイチェル・アラベスクに好感を抱いている。
わたくしはレイチェルのことが大嫌いなはずなのに……なぜか、その暗い感情は水中に生まれた泡のように、すぐにパチンと弾けてなくなってしまうのだから。
本当に本当に不思議だった。
わたくしは、自分が性悪な女だという自負がある。すぐに他人と自分を比べてしまう。
なのにレイチェルにだけは嫉妬をしなかった。彼女のことを――悪く思えない。
そして、ここ一年ほど、レイチェルのことを考える時間はほとんどなくなっていた。
けれど、不思議なことに少し前に、フッと「レイチェル・アラベスク」という存在を再認識したのだ。
そして事態は急速に動き始めた。
レイチェルの父であるディラン・アラベスクが娘の17才の誕生日パーティの招待状を「貴族領」を持つ家に送付した。
そして、その招待状とは別にレイチェル・アラベスクが「婚約を受け入れる」という宣言をしたという噂を小耳に挟んだりもした。
そのときは、まだわたくしはなにも思わなかった。
その数日後――つまり今日だ。
昼下がりに、なにか頭の奥で「トン」となにか音が鳴ったような気がした。
その瞬間だった。
なぜか、わたくしは、気付いてしまった。
わたくし、イザベラ・ナイトレイは――レイチェル・アラベスクのことが大嫌いだったという事実に!
○ ○ ○
そして、その日の夜――真の事件が起こる。
わたくしがナイトレイ家の邸宅でお父様とお母様、そして大好きな三人のお兄様と夕食を取っていたときだった。
「……」
「イザベラ? どうかしたのかい、調子が悪そうだけど……」
「い、いえ、そんなことありませんわ……!」
「本当かい? 全然食事が進んでないじゃないか」
「だ、大丈夫ですの! お兄様たちに心配をお掛けするほどのことではありませんわ……!」
わたくしは胸の奥から巻き上がってくる「悪意の奔流」に、すっかり参ってしまっていた。
レイチェルレイチェルレイチェルレイチェル………………。
もう頭の中がレイチェルでいっぱいだった。
彼女を意識した瞬間、様々な思い出がフラッシュバックする。
ずっと彼女が橋を建てただの、難民に寄付を行っただの、画期的な工業魔導機を発明しただのといった報せを聞くだけで、わたくしの心は掻き乱されて来たのだ。
――ただ、なぜかそれを、感じなくなっていただけで。
――まるで十数年分の悪感情が、一度に押し寄せて来たような感覚に襲われていただけで。
「ところで、イザベラ……君にお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「!!」
ゲイルお兄様がわたくしに小さく笑いかけながら尋ねた。
その笑顔のおかげで、胸の奥で渦巻く悪意が、少し薄れたような気になってくる。
ああ、なんて素敵な笑顔なのでしょうか。
わたくしは何の長所もないけれど、お兄様たちは本当に素敵な方々ばかり。
お兄様たちが幸せならば、わたくしも幸せになることができる。
それにお兄様から頼みごとをされるなんて、滅多にないことだ。これは絶対にお応えしなければ……!
「な、なんでしょうか。ゲイルお兄様……!」
「うん。実は、グレンとランスとも話したんだけど……」
そして、ゲイルお兄様が言った。
「――イザベラも、僕達と一緒にレイチェル嬢の誕生日パーティに来てくれないかい?」
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