七章 匂いの調べ⑱
「か、解雇……? そんなぁ……私、此処のみんなと離れたくないわぁ……!」
「そんなのボクだって、フローライトと同意見だよ」
「同じく。……ねぇシンシャ。こうなったらグランツ様に直談判しに行こうか」
「待ちなさい。その……私の言葉のせいで早とちりさせてしまったのは謝るわ。でも、どんな意図があるか分からないのに答えを急いでしまっては、きっとあの方々は困ってしまうと思うの」
「シンシャ……」
「軽率なことを言って不安にさせてごめんなさい。私も事情を訊きたい気持ちはみんなと同じ。でもあの方々のこと、困らせたくないの」
深々と頭を下げるシンシャ。その姿にみんな言葉を失っていたその時だった。
コンコン……。
控えめに、けれどしっかりと耳に届く音がした。
「シンシャ、フローライト、フォスフォフィライト、アンデシン。ここにみんないるかしら?」
自分達の名前を律儀に呼びながらも中に入ってきたのは一人の少女――イヴリース・フォン・リセッシュ。我らが主の奥方になる方が、何か物言いたげにソワソワとしながら部屋に入ってきては全員の顔を見回し、そして言った。
「――嗚呼、良かった。全員ここにいたのね。あのね、みんなのことを呼びに来たの。良かったら今すぐ集まれるかしら?」
「は、はい。勿論です、イヴリース様」
口火を切ったのは、シンシャだった。
まとめ役として主達のことを第一に考える姿勢がそうさせるのだろう。凛と応える表情や声に、先ほどまでの不安な色など微塵も見せていない。
そんな姿を目の当たりにしてか、何かを口にしかけていたフローライトは押し黙ると先ゆくシンシャの後についていく。そしてフォスフォフィライトも、アンデシンも同様に従った――。
「みんな、こっちに」
軽い足取りで四人を呼んできたイヴは、普段自分達が食事を摂るために利用している部屋へ案内するとその目の前に拡がる光景を嬉しそうな笑顔で見せてきた。
長いテーブルには四人分の椅子とそれに合わせたカトラリー。そして端から端まで料理やデザートが置かれていた。
「これ、は……?」
突然の光景に目をぱちくりさせるフローライト。
「料理にデザートだけじゃないわ。お部屋の装花まで……」
周囲を見回すシンシャ。
「それにこの料理にデザート……全部……ボク達の好きな物ばかりだよ」
言葉を詰まらせながらも、目元を拭うフォスフォフィライト。
「イヴリース様、これは……もしかして、私達のために……ですか?」
恐る恐る、けれどどこか確信をもって言葉にするアンデシン。
そのアンデシンの言葉に、イヴは大きく頷いた。
「――黙っていて、ごめんなさい。気味悪がられるかと思ったのだけど、私……普段お世話になっているみんなの“思い出の匂い”を嗅いでみたの。そうしたらみんなの好きな食べ物や花々が解ったから――だから、少しでもみんなに喜んで貰いたくて用意してみたのよ」
魔法が何一つ使えないと嘆いた日々。
ただ鼻が利き、それを豚のようだと蔑まれた日々。
そんな辛く苦しい思い出を払拭できるかは分からないけれど、こうして愛する人達を喜ばせることに活かせたら素敵だと思った。だから“匂い”を“思い出”を再現した。
四人の好きな料理。
四人の好きなデザート。
四人の好きな色の装花。
基調を崩さず壊すことなく、調和した四人のようにちょうど良く重なるよう、意識した。




