第十八話 お邪魔しますって言いながら本当に仕事の邪魔されたら最高に不快
お客様は神様なので仕方ない、封印しよう。
自分でも信じられなかった。
――高揚している。この、僕が、こんな圧倒的不利な状況で。
元第五位、レガート・フォルティ。彼の持つ能力『伝承の権化』は、クランには容易く破られたとはいえ、彼を第五位たらしめるには十分な強さを持っていた。それは、精神性の投影である。レガートは伝承をその身に投影することで、伝承の持つ精神をも自らに吸収し己の力とすることができる。肉体的、魔力的な強化だけでなく、精神力までも補強できるのである。勿論個体差はあるし、獣の類だと殆ど意味はなかったが。
しかし、彼はそれを常用していたにも関わらず、クランを投影したことによる自分の精神力強化の大きさに驚かざるを得なかった。レガートはようやく、クランの強さの源が、良い意味でも悪い意味でも常軌を逸した精神であるのだと、身をもって理解した。
ルナに向かって火種を爆発させ、レガートはまだ驚きの冷めやらぬラザロとガドガに向かって叫ぶ。
「部屋の外へ! 一旦退く!!」
ラザロとガドガは一般人にしては驚くほどに俊敏だった。頷き、レガートに続いた。三人は砂塵の舞う間に開いている扉から部屋の外へ飛び出し、走る。ガドガが息を切らしながら叫んだ。
「なあ、なんだお前、その恰好!?」
「説明している暇はない! とにかく、あれとまともにぶつかったら勝てるわけがない。あれは僕より上だし、能力の内容も――」
「わかるよ。とはいえ伝えるには――上は工場だ、この狭いとこよりいい。そっちへ行って、時間を稼いで」
ラザロがさらりと作戦を口にする。レガートは驚いたが、即断し。
「わかった!!」
三人は地上へ飛び出した。上下左右だだっ広い工場が眼前に広がり、ベルトコンベアを前に作業中の男たちが一斉にこちらを向くが、気にしている暇などない。急いで左右を見、手ごろな機械を見つけると、レガートは思い切り爆炎をぶちまける。ぶつかって、機械を支える柱に衝撃。
ぎい、い。
嫌な音とともにその機械は傾くと、地下への階段を塞ぐように倒れた。
「これでなんとか――でも、奴の能力が、空間転移の類だとしたら、無意味……」
「無意味じゃない。あと、ここもヤバい」
「っ!! こいつら、武器を――!!」
ガドガが叫ばずとも、安全装置を外し構えられた銃口を見ては全員その意味を察した。彼らは工場の作業員であると同時に、兵士なのだ。四面楚歌であることは変わっていない。
「飛べ!! 上だ!!!」
ラザロが鋭く声を発し、レガートへと駆け寄る。上――天井、そしてその上。
レガートは即座に跳躍した。ガドガとラザロ二人をその手に掴み、足元を爆破し、一気に浮き上がる。銃弾の音が反響して幾多も響き渡る。赤い翼は人間二人の重みに悲鳴を上げるが、なんとか上までたどり着いた。そしてレガートは天井を破って屋根の上へと飛び出した。
「っ、う……」
二人を下ろし、一息ついて横を見ると、ラザロがふくらはぎを押さえて蒼白に蹲っている。どうやら銃弾が当たったらしい。
「……ラザロ、平気か?」
「平気だ。それより、あの女の能力――」
大きく息を吸い込み、痛みを堪えるようにぎゅっともう一度足を押さえる。
……凄まじい激痛だろう。しかし彼は気丈に振舞った。蒼白な顔とは裏腹に、口は決して弱音を吐かなかった。
「あれは、“あいつが何かしている”んじゃない。“俺たちが何かされている”んだ」
「……え。どうして」
「扉」
「扉?」
レガートが聞き返すと、小さくラザロは首を縦に振る。
「君が閉じ込められていた部屋の、扉。僕らは無意識に、入った時に、閉めたんだ。でも、走り出したとき、開いていた。――後ろで扉が動いたら、いくらあの女本人が気配を消してようが透明人間だろうが、レガート、君は気づくはずだ。それに、空間転移系の能力なら、扉が動いていること自体がおかしい。……つまり答えは明白。俺たちの認識なんだ、誤魔化されているのは」
「認識……」
「五感に訴える幻覚、と言い換えてもいい。俺たちは、あいつの能力で……『誰一人部屋に入ってきてはいない』という、幻覚を見ていたんだ」
「……なるほど」
その考えは少なくとも、大きな矛盾はないように思われた。すべての辻褄は合う。
「だとすれば……恐らくは範囲内の人間の五感を狂わし、存在を消す能力。どこまで制御できるのかわからないけど、そういうことだね」
「そうだ。そして、その範囲外なら――視える。だからここに来た。空からの奇襲。どう? この作戦、使えるかい?」
「だが、この距離で僕らがルナを視認できるとは……」
「いや、いける。銃を持つ兵を配置するなら――彼らには見える程度にしか、能力の範囲を広げないはずだ」
「なるほど――」
レガートは内心で舌を巻いた。
戦闘経験豊富な死神や傭兵稼業の人間なら兎も角も、どう見てもただの高校生がここまでの冷静さと順応性をもって戦場を俯瞰する様は、気持ち悪くすらある。
「一体君たちは、何者だ?」
「……不良の親玉、だったよ」
「その腐れ縁」
何の答えにもならない返答に、レガートは思わず苦笑した。
今投影しているクランにしろ、この不良を名乗るラザロにしろ……レガートの理解を超えた精神構造をしている、ということしか彼には分からない。ただ、そういうものが存在することを、今のレガートは受け入れることができた。
「全く、不良ごときのくせに、中々役に立つじゃあないか」
「ははは。なにせ死神の仲間が頼りないもんで」
ラザロは冷や汗を流しながらも、そんな皮肉を言うユーモアさえ見せた。……その態度でレガートは決意し、炎の球をその場にいくつも作り出した。決意というのは、そう、この二人に自分の命を預ける覚悟だ。
「……これは?」
「殴れば爆発して、音を出す。ここに沢山おいていくから、奇襲で倒せず戦闘になった時、あの女が僕の近くに寄ってきたら鳴らしてくれ」
「……なるほどね。おっけ、ガドガ頼む」
「了解。ラザロ、お前、足大丈夫か?」
「あははは、君に心配されるほどには、俺は落ちぶれちゃいないつもりさ――」
その時、階下で大きな音がした。あの女がやってきたのだ。
レガートは大きく息を吸い込み、魔力を溜める。緊張が足を竦ませたが、投影しているクランの精神がレガートの背中を押した。
「……頼むよ。それじゃ!」
意を決し、レガートは階下へと跳躍。半ば落ちながら、その魔力を矢のように、地下への出入り口へと放つ。
「――!!」
ちょうど機械を退かしたルナが一瞬目を見開くのが見えた。そしてその体が爆炎の光に包まれる。
確かに不意打ちは命中した、はずだ。レガートは固唾を飲んでその様子を注視する。どくん、どくんと胸の音が聞こえる。自分が本当にギリギリのところにいることを、自覚させられる。
――と、その時、その思考を破る派手な打音が聞こえてきた。
「~~~ッ!!!」
レガートの真っ白になりかけた頭は、しかし、寸でのところでなんとか音の意味を思い出した。そう、この爆音は、ラザロからの合図である。――ルナが近くにいる。倒しきれなかった、ということ。
レガートは思いっきり周囲に炎を放出した。何も考えていない全方位への攻撃は、すなわちレガート本人の体も少なからず焼いた。……レガートは痛みの中でまた一つ知った。それはとても残念なことながら、クランという超強力な炎の術者には殆どの炎耐性がないという事実である……。
「ぐっ!!」
レガートの斜め後ろから、くぐもった声が聞こえた。ルナだ。炎魔法によるダメージが彼女の能力を解除させたとみえる。一撃でも喰らったら解除とするならば、かなり繊細な能力なのだろう。好都合だ。
「そこだ――!!」
勇気を奮い立たせ、振り向いて更に追撃を仕掛ける。
炎の球を無作為に作り出し、飛ばす。
「甘いのよっ!!」
ルナもタダでは受けなかった。腕を振ると氷の盾が作り出され、炎とぶつかり相殺する。そのままどちらともなく二人はにらみ合い、機を窺った。レガートに限っては、これ以上の攻撃をするには度胸が足りなかったともいえるが。
「あんた……逃げたと思ったけど、挑んでくるなんてね、驚いたわ」
「……死神の感知があるだろうが。いくら僕でも、逃げられるとは思ってないさ。それに――僕はこの事件を解決するためにここにいるんだ」
「ふふ! どんな仮初めの上司だか知らないけど、あんたにそこまで言わせるなんてねえ。よほど優しくでもされた?」
「全く……そろそろ黙ってもらえるかなあ、ルナ。僕は確かに、今僕を雇っている死神に感じ入ることはある。だけどね。僕が君に反逆するのは、君が気に食わないからだ」
「……」
「腹が立つんだよ。きっとこれは同族嫌悪なんだろうね。でも、自分と似た死神がこんなにも醜いとは思わなかった。笑ってくれよ、ルナ。僕は城落ちしてとても頭がおかしくなったみたいだ、ふふふ」
目の前の女は、レガートの『第五位の時と変わらない』ふてぶてしい態度にあからさまに不快感を示した。
「馬鹿みたい。あんた、自分が何をしてるかわかっているの? 第四位に逆らっているのよ。首切りは免れないわ」
それは、ルナにとっては最大の切り札とでも言うべき一言であろう。しかし、レガートは笑い飛ばす。
「僕がこの先処刑されるとして、それは今の君が身を守るにあたって、何かの役に立つのかい?」
「……え」
一瞬、ルナは虚を突かれたような驚きの表情を見せた。
ある意味、当然の反応だ。――死神というのは、上位へ昇格しようと志せば志すほど、同僚にも気を許さずに権力争いの渦中で生きることになる。ルナも、レガートも例外ではない。そんな環境の中で『先のことを考えない』というのはとても難しく、そして思いもよらないことなのだ。
だが、今のレガートにはそれができる。
耳にこびりつく、忌々しいクランの声を拠り所にすることで。
「悪いけど、僕は君を倒すことしか考えてない。その先のことなんて後から考えるさ。ねえ、ルナ……今は君が無様に這いつくばってくれれば、それで満足なのだよ!」
ルナの返答には少し間があった。しかし、唇をかみしめ眉をひそめていた彼女は、ようやく本気の敵意をレガートに向ける。
「……言うじゃない。いいわ、やってみなさいよ。第四位の力、思い知らせてあげる。……全員、手を出さないで」
最後の言葉は、周囲の武装兵に対してのもののようだった。彼らが構えていた銃を下ろす。図らずしも、レガートの態度はルナとのタイマンを引き出すことに成功したようだ。意図したものではないが。
威圧感が強まり、殺気で体が圧迫される。レガートは思わず一歩下がりそうになるのをなんとか堪えた。全く、クランの精神力は途方もなく力を与えてくれる。
とにかくルナの消失能力は、ラザロたちになんとか合図してもらって戦うしかない。そう思っていると、それを察したのかルナが薄ら笑いを浮かべる。
「ふん……私の能力に、この程度の作戦で勝てると思わないことね。あんたが頼みにしているのは、天井の二人でしょ」
「……!」
「先にそっちを殺してあげる!」
「くっ、お前――!!」
その時レガートは、自分の過ちに気が付いた。
レガートは二人に自分の命を預けたつもりだった。だが、逆だった。レガートに協力することで、無防備な人間の体をルナの前に晒すことになるのは、あの二人。自分が守らなければならないのだ。
しかし気づくのは少し遅かった。ルナが手を振った瞬間、氷の槍が幾重にも地上から生え、一気に上に向かって飛んでいく。天井は刺し貫かれ、恐らく火球にもあたっているのだろう、凄まじい音が響き渡った。
……そして、天井に空いた穴から、何かが落ちてきた。水滴――ではない。水にしては、赤い。
ぽた、ぽたと。
ルナが勝ち誇って笑う。
「これであんたの援護はなし、ね」
「……やってくれるな」
「あら、怒った? でも、どうせ殺すつもりだったし、遅いか早いかの違いだわ。あんたは自分のことを考えたら? これでもう、合図で私の場所を知らせてくれる人はいないのよ。それに……その炎も、封じてあげるわ!」
その宣言と同時に、一瞬にして場の冷気が強まる。水の力場――炎の魔力生成を困難にし、水の魔力生成を容易にする、空間に対する高等魔法。
「これは……!!」
レガートは炎の魔力を練ろうとした。しかし、叶わない。仮初めのクランの力はレガートにこれ以上の魔法能力を与えてはくれない。
「やっぱりね。あんたの借り物の力なんて、その程度よ。私に逆らったこと、後悔して死になさい!!」
ルナが氷の棘を生成し、容赦なくレガートへと投げつけてくる。レガートは長くなった髪を振り乱しながら、大きく横へ転がり回避する。しかし、立ち上がって再びルナの方へ眼を向けた時には、そこに彼女の姿はない。能力を使ったのだとは察せられた。
心臓が早鐘を打つ。クランの炎魔法が使えないことで、拠り所を失ったような恐怖を覚えた。
こんな時、クランならどうやって打開するのだろう。
見えないはずの自分を綺麗に打ち返し、恐怖を植え付けた彼のことを思い起こす。あの時は――そうだ。自分が、馬鹿だったから。
違う。レガートは首を小さく左右に振って、考えをリセットする。クランがどうやって打開するかは重要じゃない。今必要なのは、打開策へたどり着く思考回路をなぞる方だ。それが『伝承の権化』によって、可能になっているはずだ。
胸を押さえ、考えるレガートに、しかし、また叱咤するようなあの声が聞こえる。
これでも違うというのか。何か間違えているというのか。まだ足りないのか、一体何を、何が、どんなふうに……。
と、その時、枝葉末節どこまでも取り留めのなく続いていた思考が、ふっと一つのところに辿り着いた。
愛し合え。
レガートは、遂にその言葉の意味を理解した。投影するのではなく、理解した。
クランの思考をなぞるその行為すら、戦場から目を背ける愚行。
愛し合う時に、相手に面と向かっているのは自分なのだから――なぞるべき答えなど何処にもない。
「これは、僕の戦いだ――!」
そう呟いた後、ぎゅっと唇を固く結ぶ。
攻撃の方法は、まだある。ただし一回きり、今は炎も撃てないと思ってルナが油断しているこの時が恐らく最初で最後のチャンス。そうでなければ、何百年も他者の力だけで戦ってきたレガートが背負う『経験』のハンデは、そう簡単には覆らない。
そして何より、どうやって攻撃を命中させるか――それが大きな問題だった。見えないルナの動きを読むのは、クランならいざ知らず、レガートには不可能に近い。
だとしたら、方法はたった一つだけ。ルナの居場所がわかるのは、自分に攻撃が飛んできたとき。即死せずに、やり返す。それだけだ。
相討ち以上は望まない。
相討ちは何とも思わない。それが“今”の最善手なれば。
覚悟は決めた。
――その時だった。その覚悟をやんわりと押しとどめるように、或いは後押しするように、……音が。
「え」
思わず、声を上げていた。
けれど上げたのは声だけ。それ以外の体は素直に反応した。その合図がなんであるかは、流石にもう忘れていない。何をすればいいのかも。
「――ッ!!!」
声にならない荒れ狂う叫びが口から漏れ出る。レガートの踵が地面を叩く。瞬間、彼の周囲に大気を凍り付かせるほどの吹雪が逆巻いた。
その隙間に、己へと向かってきたルナを見る。――見えた。もう会話の余地もない。彼女は驚いた表情をしていた。レガートはレガートとして向き合った。今までほとんどの相手に見せたことのなかった、彼の属性は――奇しくもルナと同じ、水。等しく工場の大気を包む水の力場が、レガートにこれ以上ない力を与えたのだ。
怯んだルナに対して、レガートはすべてを振り絞った。今、彼の頭の中は真っ白だ。氷の壁がルナの背中を阻み、その体めがけ、吹雪に乗った氷の小さな刃が襲い掛かる。
「くっ――」
ルナが防御に回る。氷の壁が彼女の周囲に作り出され、小さな刃を防ぐ。
その行動は予想していたわけではないが、レガートの氷はとてもスムーズに動いた。
「砕け散れ!!」
作り出すは、巨大な氷塊。
それをまるで弾丸のように、氷盾ごと圧殺するが如く、放つ。
「しまっ……!!」
動揺して魔力のコントロールが疎かになったルナの、薄い氷の盾では防ぎきれる道理はなかった。氷は吹きとばされ、ルナの体も工場の鉄柱に衝突する。
「こんな、ことが……!!」
「悪いけど、ルナ。僕の勝ちだ!!」
間髪入れずに、上空に巨大な氷剣を作り出す。ルナの第二の能力は分からないが、使わせずに決着をつけるに越したことはない。正真正銘最後の一撃、今使える全魔力を、籠める。たった今、瞬間の、最高を。
「はあああぁぁっ!!!」
裂帛の気合とともに、振り下ろす。
そして――思惑通り、ルナが何か動く前に、その剣は彼女の胴を貫いた。
訪れた痛いほどの静寂の中……氷の力場が消える。
ルナの肉体が、活動を停止したのだ。
それを見届け、レガートは膝をついた。力が抜ける……限界に達したのだと察する。クランの精神を投影し続けることは、当然ながら魔力をどんどん消費する。その上、数百年ぶりに行った魔力の最大放出は、レガートを脱力させるに十分な魔力消費を強いた。
ふっと周囲を見回すと、武装兵たちがルナを倒したレガートに対し、恐怖の目を向けていた。
「……僕の前から姿を消せ。死にたくなければな」
精一杯の虚勢を張る。水の力場もないこの状況、今のレガートにはもう、人間たちを相手にする気力も魔力も残っていなかったのだが、彼らはレガートにひと睨みされると蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。それを見て、ようやく息をつく。
……生きている。
すべての考えを放棄し、今に興じた結果、次を得た。これがクランの見ている世界なのだろう。こんなふうに、今を積み重ねて彼は生きているのだろう。
ふと上を見上げると、レガートの戦いを相討ちではなく勝ちにしてくれた張本人である、ラザロとガドガが天井の穴から顔を覗かせていた。その顔を見て、安堵する。拙いながらも、守ろうと思ったものを守りきれたのだと悟る。
「ねえ、君たち、どうやって生きてたの?」
苦笑しながらそう問いかけると、ラザロは笑い、それから何もないところに突き刺さる氷の槍を見せた。なんというか、浮いている。レガートは眉を顰める。
「……何、それ」
「俺の超能力……っていうか、見えない腕。切り札は最後まで取っておくもんでしょ。これで大事なところは庇ったのさ」
「滅茶苦茶だな、お前……ふふっ」
するとガドガが大声で叫ぶ。
「俺は結構死にかけてるけどなー!!! ちくしょーラザロ庇うんじゃなかった!」
「いやはや、ガドガ、君の献身は予想できなくてちょっと防御ができなかったよ」
「ばーか!! ばーか!!」
血まみれの高校生二人は屋根の上で言い争い、それを見た第七位の城落ちは、まるで子供のように、声を上げて笑った。嬉しそうに、楽しそうに笑った。
***
「邪魔するぜ」
「失礼するぞ」
「入りまーす」
「こ、困りますお客様!! お客様ァーーーッ!!!」
レガートがルナと激闘を繰り広げていたころ。
到着したティベリオとそのご一行は、もう何一つ隠す気もなく正面から乗り込んでいた。フィフティエール社、本社ビルの洒落たロビーから、受付の女性を無視して思いっきり社長室へのエレベータに向かおうとするご一行には、流石に受付の人たちも大わらわである。
「お客様!! 社長はお忙しいのです、他のお客様の迷惑にもなりますからおやめください!!」
「だから言ったじゃん、邪魔するぞって」
「邪魔しないでください!!!」
はあ、と小さくため息をついてティベリオが受付の女性に近づく。さっと流れるように名刺を渡し。
「すまない、お嬢さん、緊急なんだ。私は警備会社に勤めている者だが、つい先ほど警護していたこの女性の家にストーカーが現れ、追いかけたところこの建物に逃げ込んだのだ。君は怪しい男を見なかったか?」
いくらなんでもごり押し極まりない話ではあるが、ティベリオの美貌の効果が高かったのだろうか。受付の女は名刺を差し出されて見つめられると顔を真っ赤にして、しどろもどろに反応した。
「い、いえ、見ておりませんが……」
「では、少し中を調べさせてほしい」
「え、ええっと、流石にそれはちょっと……」
「君一人で判断がつかないなら、判断の付く人に連絡してみてくれないだろうか? 頼む」
「……わ、分かりました」
クランがぶっきらぼうに付け加える。
「あと、シャーリィ・ライトが来た、って伝えてくれ」
「はあ……シャーリィ様、ですね。では、ご連絡してみます。少々お待ちください」
受付の人は、カウンターに戻り電話を手に取る。
クラン、オルクス、シャーリィ、ティベリオの四人は、そっと視線を交わした。これであちらの中枢に、『シャーリィが来た』ことが伝わるはずだ。まさに正面からの特攻、如何なるものが待ち受けていてもおかしくないが、それらはすべて踏みつぶす覚悟はできている。
暫くして、受付の女性が首を傾げながら四人に向かって言った。
「ええと、調べてもよいとのことですが、その前に一度地下の実験ルームでお会いになるそうです」
「実験ルーム……?」
「はい。そちらの階段を下りていただくと、鉄の扉がございます。ベルを鳴らしてからお入りください」
「わかった」
四人は受付の人に言われるがままに、地下へと進む。
「実験ルームって、なんだろうね。白衣の人が、試験管持って何かしてるのかなー?」
「……そういうのよりは、寧ろ兵器の稼働実験だろうな」
「兵器と一緒に死神がお出迎え、ってわけか」
「そういうことらしい」
「何が来たっていいさ。楽しみだ」
なんにせよ、敵が待ち構えているならそいつらにラザロとガドガの居場所を聞くのが一番手っ取り早い。
クランを先頭にして、ベルを鳴らし、重い鉄の扉を開く。
そこは体育館のようなだだっ広い空間になっていた。部屋の端のほうには壊れた部品などが散乱している。奥には大砲のような見慣れない兵器がいくつかと、それを操作するのであろう人間たち。……宇宙服と言うのが一番近いような、いかつい黒の戦闘服に身を包んでいるため、顔は全く見えない。
そして、中央には一人の男が無感情な目でこちらを睥睨している。
「……ようこそいらっしゃいました、お客人」
「どーも。準備万端で俺たちを待っててくれたんだろ?」
「そうですね。できることならば、マリアになんとかしていただきたかったところですが、そうはいかないだろうとも思っておりました。しかし何か手を打つ前にこちらへわざわざお越しいただけるとは、感謝の限りでございます」
ティベリオが一歩進み出る。
「お前は、確か、サミエラ・クルスノーレだな。社長の第一秘書だったか」
「おや、ご存じで」
「ああ、何度かテレビで目にしたことがあってな。……ラザロとガドガを誘拐したのは、貴様らだな」
「その通りです。神を呼び出すために、生贄が必要でございまして」
サミエラは淡々と語った。悪びれる様子もなければ、こちらに対する敵意すらもあまり見いだせない。不思議な態度だ。
「例え神を呼べようとも、生贄を求めるのならお前は犯罪者だ。それは分かっているのだろうな」
「勿論です。しかし、神を呼ぶまでは制裁を受けるわけには参りません。邪魔者はここで始末させていただきましょう。……やれ」
サミエラが手を上げ、周囲の男たちに合図する。すると大砲らしき兵器の口が光り輝き……弾丸の如く飛来するは、人の大きさもある岩塊。思わずクランは目を見張った。その兵器は、魔法を発動している――。
「ぬるい!!」
ティベリオが叫んだ。対抗するは風の一撃。研ぎ澄まされた刃が岩を正鵠に穿ち、打ち砕く。その発動の速さ、威力、正確さは、同じく風の術者であった死神第三位、ギルベルト・カイネスヴェークスのそれと比べても遜色ないように思える。
「壊すぞ、クラン!」
「おうよ!!」
二人は攻撃に転じた。次のチャージを始める兵器に向かって、炎と風を飛ばし、攻撃を仕掛ける。動かない兵器はいい的、のはずだった。しかし、爆発した先には――。
「効いてないのか……!?」
ティベリオが思わず目を丸くした。クランもその結果に、驚く。
兵器にも、それを動かす防護服の人間にも、ダメージがあったようには見受けられない。火魔法の爆発、風魔法の斬撃、どちらも服を破くことすらできてはいないのだ。
「残念ですが、魔法は効きません。貴方達に勝てる道理はございません」
冷徹なサミエラの言葉は、心なしか、自信たっぷりに聞こえる。
しかし、ここにいるのはただの魔法使いではない。生粋の戦闘狂と、現時点の国家最強戦力である。この程度で狼狽えるような精神はしていなかった。
「はあ!? 魔法が効かねー服って、なんだそりゃあ!!! すっげえ!!!」
クランは思わず叫んでいた。わくわくする。
「爆発の衝撃すら受けていない、とすれば、魔力の放出による効果自体が無効ということか……触れた魔法を片っ端から魔力に分解しているのかな……? 持って帰ったら師匠が凄まじく興奮して解体しそうだ」
ティベリオもちょっと何かが疼いたようであった。確かに、彼の敬愛する師匠、シャハールへの贈り物にはうってつけだろう。彼は魔法研究の第一人者だ。
「さーってと、そう来るなら、どうしてくれようかな!」
「正面切ってぶち壊してみるのも面白そうだが……どうする、クラン?」
「時間もないし、別方向のごり押しで行ってみるってのはどうかな、ティベリオ」
「ふむ。そうするか」
「よっしゃ、決まり」
そう結論付けたクランは、ティベリオとともに、後ろのオルクスに視線を向ける。
「そーいうこった。頼むぜ、オルクス」
「おっけー。二人とも、頑張ってよね!」
オルクスは、胸の前に両手を持ってきて、祈りのポーズを取る。そうして精神を集中させると、彼の口から言の葉が漏れる。
「汝、荒れ狂う炎の力を得よ。……エンチャント――」
厳かな口調で言った瞬間、オルクスの周囲に暖かい光が溢れ、クランとティベリオ、シャーリィを包み込む。
「何をする気か知りませんが、無駄です。第二射、放て!!」
「無駄かどうか、確かめてみろやぁ!!!」
「せぇぇぇぇい!!」
オルクスのその魔法がなんであるかは、二人は勿論知っていた。だから、今度は飛んできた岩塊を――。
殴り飛ばした。
「なっ!?」
今度はサミエラが目を見張る番だった。
――オルクスが使ったのは、肉体の強化魔法。
第一部隊においてはヴァルナルが得意とする、単純に己の身体能力を底上げする魔法である。火は筋力や耐久力に関わり、直接戦闘能力を大幅に高めてくれる。
オルクスが、クランのために何ができるかを考えた結果、辿り着いたところ。並んで戦うのではなく、支援する。強化魔法は属性によって得意分野と不得意分野が大きく分かれているが、そこは『七色の魔力』を持つ死神、オルクス・マヴェットである。如何なる属性も扱うことができるその力が、多種多様な強化魔法の習得を可能とした。彼は、強化魔法の使い手になるにはうってつけだった。
攻撃魔法が外向きの攻撃手段だとすれば、強化魔法は内向きの攻撃手段。あくまで肉体を助けるだけ。クランとティベリオは、魔法を無効化する装甲であれ、強化魔法なら無効化されずにダメージを与えられると踏んだのである。
……いや、サミエラの表情からして、もうその事実は確定したようなものだが。
呆けたようなサミエラの表情を見て、クランが笑った。
「おいおい、うちの死神様を舐めるなよ?」
「魔法が通らないなら、物理で押し込む。当然の帰結だ」
そして二人は今度こそ、攻撃に転じる。駆ける二人にオルクスが叫ぶ。
「汝ら、吹き荒ぶ疾風の力を得よ。エンチャント――ッ!」
一つ目を維持しながら、二つ目。今でこそなんでもないことのようにやっているが、一か月に渡るシャハール監修・特別特訓の成果だ。クランは思わず我がことのように嬉しくなった。オルクスの魔法は、心がこもっていて心なしか暖かい。
風の力が付加され、体が軽くなる。まるで羽が生えたようだ。いつもの赤い翼とはまた違う、魔法の羽。
「くっ……撃ち落とせ!!」
魔力消費など知ったことかと言わんばかりに、大砲が連続で岩塊を飛ばしてくる。しかし風を味方につけた二人にとっては遅すぎる。クランは一気に跳躍して躱すと、勢いつけて壁を疾走する。そして更に跳躍、重力を味方につけて、兵器に向かって全力の踵落とし。
べこっと、妙な音を立て、大砲の砲身が、凹んだ。
操っていた戦闘服の男の表情は分からないが、明らかに狼狽えていることだけははっきりとわかった。慌てて逃げようとするそいつの頭を引っ掴み、腹に向かって膝蹴りを一発お見舞いする。
「ぐ、が……」
くぐもった声を上げ、男は一撃で失神したようだ。放り捨てる。横でティベリオが同様に魔法無効化装甲をものともせず打ち倒しているのが目に入った。
残った兵器が一斉にこちらを向くが、そもそも距離が近すぎる。ここまでくれば脅威などあってないようなものだった。クランは先ほど凹ませた兵器を無造作に引っ掴むと、地面をひきずりながらも思いっきりそれで薙ぎ払い、己に向いた大筒を横へと吹っ飛ばす。
「せぇいっ!!!」
その勢いに引っ張られてよろめいた操縦手を蹴っ飛ばし、壁に激突させる。それを見た周囲の戦闘服の者たちは、これは勝てぬと悟ったか、兵器をかなぐり捨てて逃げに走った。こうなると戦線は雪崩を打つように崩壊し、男たちはクランとティベリオにただ薙ぎ払われるばかり。
惨状の間近で立ちすくむサミエラの表情は唖然としている。最後の兵器がティベリオの手で無力化されると、二人はサミエラへと近寄った。
「……凄まじい。想像以上です」
「そーかい。それで、ラザロとガドガはどこだ?」
「教えなければ、少し痛い目を見てもらうことになるが」
「……」
サミエラは逡巡するように視線を動かす。
クランもティベリオも、こいつがタダで教えてくれるとは思ってない。これは前哨戦だ。ここにサミエラ達を唆した死神がいるはずであり、ラザロとガドガの本当の居場所は、死神を倒さねば得られないだろうと思っていた。
だからこそ、この煮え切らない態度には少しイラつく。さっさと次の罠の場所を教えろ、と言いたいのをクランは飲み込んだ。
……しかし、その静寂を破ったのは、サミエラの言葉ではなかった。
「クラン!! 来る!!」
オルクスの悲鳴のような叫び。
言われるまでもなかった。クランも同時に感じていた。何かが来る。強い死の気配、強大な魔力。まるで、アダムと対峙したときのような――。
身震いする。
勿論、武者震いだ。
……そして、階段を下りる足音の後に、地下室の扉をくぐり、男が一人現れる。
「はあ。なんでこうなるんだろうな」
そんな気怠そうな言葉が、男の口から発せられた。彼は、入口付近に立っていたオルクスとシャーリィを一瞥すると、特に何もせずに一直線にクランとティベリオの方へ歩み寄る。
死神のトレードマーク、灰色の布。男らしいショートヘア、両腕には白い包帯。厳つい顔面には傷跡があり、かなり険しい印象を持たせる顔だ。そしてその目は、クランとティベリオを値踏みするように見据えている。
誰もが注視する中で、彼は一人、呟く。
「全く、ルナもアニムスも、どうしていつの間にか動けない状況になっている。……俺は出たくないと言ってあったのに」
「お前……何者だ?」
クランが身構えながら、問いかける。男は、煩わしそうに答えを返した。
「第四位、ヴォイド・ゼロ」
端的なその自己紹介は、宣戦布告の言葉でもあった。




