表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叛逆のしにがみ戦記  作者: 紅乱
PR
17/21

第十七話 見た目は子供、頭脳は……ぎりぎり大人

ところで主人公の出番はないよ。

 シャーリィたちがティベリオの乱暴な運転で吐いている夕暮れのこと。

 ギデオンは、城落ちを引き連れてアイウェルに降り立っていた。スピカの手際は完璧で、彼女に頼んだ次の日、午後一番で申請が通ったとの連絡があった。そのため、彼は塔に出向き、城落ちを連れ出してその足でここへ来たのである。なお、フレイヤには事情を連絡済みだ。


「……ギデオン」


 彼女との待ち合わせ場所まで歩いていく最中、それまでほぼ無言を貫いていた城落ちの死神が声をかける。不機嫌そうな声音。


「どうしたよ、レガート」


 ギデオンは少年の姿をした死神を見もせずに笑う。


 ――レガート・フォルティ。

 嘗てギデオンと協力関係にあった、第五位の死神である。しかしギデオンがクランに敗れた際に、レガートはギデオンに失望し、見限った。そして罰などと称してシャーリィが処刑対象になるように仕向けた。その時に二人は完全に決裂したと言って差し支えない。

 シャーリィの処刑を任されたのは、レガート本人であった。上手くいけば彼は城落ちなどにはならなかっただろう。だが、シャーリィの傍にはクランとオルクスがおり、レガートでは敵わなかった。敗北寸前にまで追い込まれた彼は禁忌を犯し、民間人を人質に取ろうとした。それが第三位、アダム・ノートリアスの知るところとなり、彼の横暴は明るみに出た。

 言い渡された罰は、二階級降格、および三十年の謹慎処分。よって、現在彼は第七位にあたる。


 ギデオンとの因縁は、このように決して浅くはない。しかし、間接的にはギデオンのせいもあるとはいえ、城落ちの直接の原因ではないため、なんとかスピカは連れ出し申請を通してくれたようだった。


 そのレガートは、横目でギデオンを睨み、子供とは思われぬ口調で返す。当然だ、彼の本性は狡猾で高飛車な男なのだから。


「これは僕への当てつけか? いい度胸じゃないか。僕を見下せて満足か」


 ギデオンは頭を掻く。

 別に彼をもう恨んではいないのだ。シャーリィを犠牲にしようとしたことは許せないが、クランが一撃でふっ飛ばしたとの報を聞いたときに、随分と溜飲は下がっていた。何故だかわからないが、クランの快進撃は聞くと胸がすっとする。


「んなわけねェだろ。誰もがお前みたいに人を見下して喜ぶ性格だと思うんじゃねェよ」

「は。だったらなぜ僕を」

「説明した通り、今回は俺のターゲットを見つける手伝いをしてもらうだけだっての。詳しくは、協力者に会ってから、な」


 レガートは、聞こえるようにわざとらしく舌打ちをする。


「不満、か?」

「ああ、ご不満だとも。君如きにこき使われるなんて。それに、どうせお前も僕を嘲笑うために呼び出したんだろう? わかってるさ」

「……んなこと、考えてもねェが?」


 ギデオンは立ち止まった。

 特に冗談を言うつもりもなく、静かに真剣な眼差しで見つめ。


「城落ちの僕を、無様にもあの男にわざわざ負けに行った僕を、指さして笑うつもりが、ないと?」

「ねェよ。ざまあみろ、とは思ったけどな。でも、それだけ。あいつの強さは俺がよォーく知ってるし、そもそもあいつに負けたのは俺も同じだ。違うか」

「……それは……、……」


 レガートは俯いた。


「ああ、勘違いするなよ。シャーリィをターゲットにしやがったのは許してねェよ? けど、俺の怒りはクランが代弁したから、それで終わり。これ以上苦しめるつもりなんざ、ねェ」

「……」

「ま、腐れ縁だと思って、仲良くやろうぜェ。なに、楽な仕事さ」


 彼からの返答はない。ギデオンは再び歩き出した。もしかしたらついてこないかと思ったが、少しして小走りの足音が続いた。


「疑って悪かった」

「お前が謝るの、似合わねェぞ。……それにしても、なァ、レガート。お前の外出履歴を見たが――」

「……やめろ。思い出したくもない」

「そうか。……は。腐った死神もいるもんだねェ」


 どうせお前“も”。ギデオンはその言葉を聞き逃してはいなかった。ため息が漏れる。

 ……レガートは敵を作りやすい性格をしている。その上、単体での戦闘能力はお察し。彼を目の上のたんこぶだと思っていた下位の死神にとっては、彼の城落ちは恰好の機会だったことだろう。彼がどんな屈辱的な任務をやらされたのか、あまり想像はしたくない。


 それからはまた、二人は無言で歩いた。やがてフレイヤとの待ち合わせ場所が見えてきた。前回もフレイヤと会った、小さなアパートだ。中に入ると今日は別の人間がいた。その人と話をしていたフレイヤが顔を上げる。


「や、ギデオン! 早かったね」

「わりィ、取り込み中か」

「ううん、平気! 紹介するね、こいつうちの相方のアーデルベルト・クーシェル!」


 アーデルベルトと呼ばれた男は、優雅に頭を下げた。オールバックの整った黒髪、細く柔和な目元、奇麗な顔立ちに抜群のスタイル、シックな色合いで纏まった服装。優男やイケメンという表現がぴったりで、面と向かって見つめ合うとギデオンもちょっと気後れしてしまうほどだ。


「お初にお目にかかります、ギデオン。フレイヤがお世話になっているようで、迷惑をおかけしていないかと問い詰めていたところでした」

「お、おう。いや、俺が無理やり押し掛けたようなもんだし……迷惑だなんてとんでもねェや」

「それならば、よろしいのですが……。して、そちらの方は?」

「あ、ああ……」


 言われて、ギデオンは改めて隣でむすっとしているレガートを示す。


「こいつは死神、レガート・フォルティ。見ての通り、子供の姿をしているが、頭はキレる……囮捜査にはぴったりだと思うんだが」

「なっ、囮!?」


 聞かされていなかったレガートが悲鳴を上げたが、無視。


「なるほど! 確かに、それなら囮捜査ができる! 中身は大人、それも死神ってんなら問題ないわ。あ、私はフレイヤ、宜しくね。あとはどうやって犯人に襲わせるか……、アーデルベルト、あれを」

「はい、フレイヤ」


 アーデルベルトが全員に有無を言わさず資料と思しき紙を配る。強制的にレガートもそれを突きつけられ、受け取った。


「どうして僕が囮になんか……お前、内容をここまで言わなかったのはこれが理由か……」


 ぶつぶつと恨み言が聞こえてくる。そしてジト目で睨まれた。


「わり、言ったら絶対嫌がると思って」

「当然だろうが! 全く……!! まあ、それでも今までの仕事よりはマシか……相手は人間なのだろう?」

「おう。簡単な仕事さ」

「なら許してやる」

「どーも」


 小声で会話した後、二人は資料に目を落とした。そこには、狙われた子供の特徴や時間帯、場所などが綺麗に整理されて纏められている。被害者の数は、今わかっているだけで八人。


「ここに纏められている通り、誘拐が発生している場所はこの都市の一部に限られているわ。そして時間はいつも一定、夕暮れ時が多い。それでうちらも警備を増員してるんだけど、全然意味なし。鮮やかな犯行よ。……状況は大体、友達と遊んだ帰り道とか……一人の状況ね。本当に短い距離でも、単独で歩いていた子が行方不明になる、そんな感じ」

「つまり僕は、夕暮れ時に、学校帰りか何かのふりをして、一人で誰もいない道を歩けばいいのか」

「そういうこと。時間が惜しい、今日から始めてみてもいい?」


 レガートはすぐに頷いた。


「面倒だ、さっさと終わらせようじゃないか。……しかしギデオン、この二人は何者だ? 警察、というわけではないようだけど」

「ああ、こいつらは私立探偵さ。金を払って、俺たちの仕事に協力してもらってるだけだ」


 この質問は予想済みであった。

 フレイヤとアーデルベルトは私立探偵、という設定は、連絡をしたときにこっそりと取り決めたものだった。レガートに非科学対策本部の存在がばれるのはまずいからだ。そのため、今回協力できるのは第三部隊の中でもこの二人だけ、ということだった。


「ふん。私立探偵……ね。僕らが死神というのは納得しているのか」

「一応な。ただ、探しているのが殺しのターゲットだとは伝えてねェよ。ま、終わったら始末するなりどうにでもすりゃあいい」

「……そうだな」


 二人に聞こえないよう、小声で会話する。レガートは納得したわけではなさそうだが、詮索をやめたようだ。そして次の言葉は、別のこと……『伝承の権化』という能力を持つ彼にとっては結構重要なことだった。


「それと、もう一つ。この町に伝説はあるか? 何か、古くから伝わるモノとか」

「ん、伝説? ……どうして?」

「いいから教えてもらいたいんだけどな」

「……ううん、伝説、伝説。古くから……ああ、あるな。幸せの雪ウサギ! 幸運をもたらしてくれるらしいの!」


 レガートはずっこけた。

 ――この都市では、彼は戦闘の頭数に数えない方がよさそうだ。ギデオンはそう思った。




***




 レガート・フォルティは、敬虔なる創造主の信者だ。

 彼がギデオンやたくさんの人間を利用しようとしたのも、単に位を上げたかった故。ギデオンのような突飛な野心もなく、第三位になり、創造主に貢献することを夢見る、その点に関しては本当に通り一遍の死神であるといえるだろう。

 その証左というわけではないが、レガートは全くアレンジすることなく、生まれたときに創造主から賜る灰色の服だけで生活していた。


 しかし、今日遂に、レガートはそれを脱いだ。

 ――小学生になりきるために。


「ど、どうして、この、僕が……!」


 クランにぶっ殺されかけた時でもこんな顔しなかったんじゃないかな? と思わず疑いたくなるような、目に涙すら溜めた表情で、絞り出すようにレガートは言った。

 ランドセルに、黄色い帽子。子供っぽいイラストの入ったパーカーに、ジーパン。……まさしく小学生。間違っても死神ではない。


「そ、それじゃ、いってらっしゃい、レガート!」

「が、頑張れよー……捕まったら、その、別に相手を一網打尽にしちゃってもいいからなー……」

「五月蠅いこの馬鹿ギデオン!!! さっきの会話が台無しじゃあないか!! お前僕を辱めて楽しいか!?」

「いやすまん、そんなつもりはなくて、その……お前の服じゃちょっと人間的には奇抜すぎるからって、アーデルベルトに頼んでおいただけで……そこまでガチな小学生服を用意されるとは……」

「形から入るのが大事だと思いましたので」


 囮という点においてのみは、くしくも前日のシャーリィと似たような状況である。が、恥ずかしさと憤死したくなる度合はこちらの方が数倍上だ。送り出すフレイヤとギデオンも目を逸らしがちであった。アーデルベルトは、似合ってるけどなあ、って顔をしていたが。

 こうしてレガートは、出陣していった。冬も近づく秋の夕暮れ、小学生然として、通学路へと……。


 ギデオンとフレイヤ、アーデルベルトの三人は、物陰に隠れながらレガートを尾行する。念には念を入れ、レガートのランドセルには魔力による発信機と普通の発信機が取り付けてある。レガートの行き先がわからなくなることはないだろう。

 あとは、犯人が来るか、だ。

 レガートは野鳥観察のふりをして、ノートを持ってそこらを歩き回る。日が落ちるころまでに、大半の誘拐は実行されている。今晩の日没まではあと二時間ほど。かなり理想的な無防備さだと思うのだが、どうなるか。


 ――しかしその答えは簡単に、しかも予想よりも早く訪れた。

 即ち、囮になってから一時間後。レガートは、誘拐された。


 それは一瞬の出来事だった。近づいてきた車が減速したかと思うと、レガートの傍で止まり、開いた扉から出てきた男が何かしたかと思うとレガートの体が崩れ落ちる。

 犯人たちはそれをすぐさま車に乗せる。僅か10秒にも満たない鮮やかな手際である。尤もレガートが一切の抵抗をしなかったのは、三人が陰で見ているのを知っているからだろうが。


「奴ら、何をしたのかな。魔法――精神干渉かしら」

「助けますか、隊長」

「まだ早い。奴らのアジトを突き止める。死神って最悪死んでも平気なんでしょ。なら、行けるところまで行く。アーデルベルト、車出して!」

「承知いたしました。ギデオン、発信機の方は」

「まだ切れてねえ。行くぞ」


 近くに止めてある車に乗り込み、その車の行方を追いかける。

 暫く追いかけたが、大通りの長い信号停止に阻まれ、目視での追跡は困難になる。


「なんとか迂回路を探しましょうか、隊長」

「いいえ、とりあえず発信機の電波は届いているのよね。だったらそれを追う。目視できなくても大丈夫」

「わかりました。……あ、見てください、お二方!」


 アーデルベルトが二つの受信機をギデオンとフレイヤに向かってみせてきた。その位置は……。


「第六感ってのは当たるもんね」


 フレイヤが大きなため息をついた。

 ――フィフティエール社、本社ビル。レガートの発信機は、確かにその位置を指して止まった。明らかに移動速度が遅くなる……車を降りたのだ。


「間違いねェようだな。ここに他の子供もいるかもしれねェ」

「……うん。でも、ここに捜査令状は出ないな」

「え、どうして……」

「大人の事情、ってやつ。……だから、犯罪者になるっきゃない」

「不法侵入ですね、隊長」

「そういうこと。なあに、犯罪の証拠さえ見つければ有耶無耶よ」


 ギデオンはその即断に呆れ返った。二人の態度は私立探偵と言われた方がしっくりくるレベルだ。これが仮にも国に仕える者の行動だろうか。

 そう問いかけると、フレイヤとアーデルベルトは黙って名刺を差し出した。


「……」


 フレイヤのは貰ったことがある名刺。アーデルベルトのは初めて貰う名刺。

 共通して書いてある所属は、ダミーの警備会社の名前だ。


「……、………」


 駄目だこいつら、の意を、ギデオンは黙ることで示した。

 伝わったかはわからない。


 こうしてようやく、彼ら三人もその場所へと辿り着く。尤もギデオンはその時、シャーリィたちがこっちへ向かっているなどとは露も思わなかったのだが。




***




 レガートが目覚めると、そこは見知らぬ部屋の中だった。


「ん……」


 男に何かを嗅がされたことまでは覚えている。あれは、そう、線香のような匂いだった。そしてそれが精神に食い込み、一瞬で意識を眠りへと落とした。人間だとしたら、中々に強い魔法使いだろう。

 この後何が起きるかはわからない。ギデオンから、ギデオンのターゲットを誘拐した人間を捜索する、との目的は話してもらっていたものの、この場にそれらしい子供はいない。


「とりあえず、は……」


 彼の能力、『伝承の権化』を発動させる。

 幸せの雪ウサギ伝説……戦闘能力としてはあまりにもだが、話を聞く限り、「幸運を呼ぶ」という存在らしいので、なりきっておくに越したことはない。伝承が根深すぎると本当にそのものになってしまうが、この雪ウサギに関しては伝承の出どころもはっきりしないあやふやなものなので、レガートの体の変化も少なかった。……尻に違和感ができたので、尻尾くらいは生えたかもしれないが、頭部の違和感はない。耳が生えなければこちらのものだ。


「これでよし、と」


 後はよほどのことがない限り、物事はいい方向に転がるだろう。

 ギデオンからは、誘拐犯の首魁さえ見つければ壊滅させてもよいと言われていたが、そんなつもりは毛頭ない。レガートはあくまで他人の力で戦うことだけを目指す死神だ。今回も、あとはギデオンと私立探偵二人に任せる気満々であった。


「おや、もう目覚めたのか」


 そうしていると、遠巻きに声がした。頭を上げてみれば、二十代から三十代くらいだろうか、スーツを着た男が部屋の入口に現れたところだった。薄紫のショートヘア、黒縁眼鏡の中から覗く意思の強そうな瞳。確か、レガートを攫ったのもこの男だった気がする。


「……ここは?」

「それを君が知る必要はない。こちらへ来い」


 レガートの手を無理矢理に引き、男は奥の扉へと連れていく。その先には、精巧な魔法陣があった。空間魔法のようだ。レガートは訝しむ。こんなもの、人間だけで作る技術はないはずだが。


「乗れ」

「……」


 強制的に魔法陣へと乗せられる。空間魔法特有の体が浮くような感覚とともに、レガートは移動させられた。

 ついた先も建物の中。武装した男に連れられて歩く。どうやらどこかの工場のようで、空気は悪い。少しせき込みながら、地下へと向かう階段を歩かされた。

 武装した男は、落ち着いたままついてくるレガートを不思議そうに見ていた。きっとここに連れてこられた子供は泣き叫んだりしたのだろう。レガートは流石に小学生のふりをしているとはいえ、そんな演技をする気はない。


「ここで大人しくしていろ」


 言われて、小さな地下室へと放り込まれる。ランドセルは没収された。彼はその軽さに少し訝しんだのか首をかしげたが、今更発信機が見つかったところでどうということもない。もうギデオンたちはこの場所を把握しただろう。

 男の足音が去っていくのを確認しながら状況を確認する。扉は閉まっていて、鍵がかかっており開かない。四肢は自由ながらも、残念ながらレガートの体では扉は壊せそうにない。要するに、することがない。


「どうしようかな……」


 魔法で地下室の扉を破ってもいいが、それでは騒ぎになるだろうし、この場で犯人を片付けるのはレガートということになってしまう。ギデオンの喜ぶことをするというのも、なんとなーく癪だった。だから、レガートはそれから数分の間、うんうん唸りながら地下室をぐるぐると歩き回った。このまま退屈な時間を過ごすか、それとも外へ出て犯人を倒しに行くか。どちらもデメリットがあって決められない。

 すると。部屋の中を十周くらいしたとき、扉の外から唐突に声が聞こえてきた。


「新入りみたいだよ、ガドガ」

「ご挨拶といくか」


 武装した男とは違う、明らかに若い青年二人の声。

 そして鍵の回る音。扉が開く。

 レガートは、その様子を立ち止まって見つめた。現れたのは、銀髪の優男と、金髪の不良らしき男。


「やあ。怖がらなくていい、俺たちは君の味方だ」

「……」


 確かに武装はしていない。というか、まだ働くような年齢ですらあるまい。しかし、味方だという言葉は本当だろうか。自然とレガートは二人へ猜疑の視線を向ける。


「あーっと、信用されてねえな、こいつは。いやな、俺たちもここに捕まっちまってさ、出る方法を探しているんだ。俺はガドガ・ゴルシドル。んで、こっちはラザロ・ライト。宜しくな」


 その名前を聞いた途端。レガートは、打算抜きに悲鳴を上げた。


「ラザロ・ライト!? シャーリィ・ライトの弟か!?」


 忌まわしく忘れたい、クラン一行との戦闘の記憶が蘇る。いや、忘れたことなどなく、彼は塔の中で繰り返しその時のことばかり考えていたのだが、それは置いておいて。……用意周到な彼は、シャーリィを殺しに行く際にその素性を調べており、勿論ラザロ・ライトの名も知っていたのである。

 これにはラザロの方も、動揺を顔に出した。


「は……!? 俺の姉を知ってるのか!?」

「あ、ああ、一応」

「お前、名前は!?」

「れ、レガート・フォルティ」


 レガートはあまりのことに気が動転していたため、咄嗟に本名を名乗ってしまった。すると、ガドガが反応する。その眉に険しい皺が寄った。


「そいつは、聞いたことある。シャーリィを殺そうとしたっつー男の名前だ」

「っ!?」


 ラザロの目から光が消えた。

 ……悪魔のような微笑みが向けられる。


「は? 何それ? ガドガ、それ本当? 本当だとしたら俺、こいつを八つ裂きにしなきゃ……」

「落ち着けラザロ!! 目が逝ってる!! それに俺もこんな子供とは思ってなかった! もしかしたら別人かも……」

「それこそ君が話してくれた死神という奴だろう、ふふふふ、それなら殺しがいもあるというものだ、僕が四本の腕で八つ裂きに……」

「こらー!!!!」


 ラザロの姉への愛は想像以上にやばい。こんな二人に殺されるわけもないとわかっていながらも、レガートは、背筋に冷たいものが伝うのを感じざるを得なかった。これが世にいうヤンデレという奴なのだろうか。そういえば塔の中で暇つぶしに読んだ本にこんな展開あったぞ。

 というか幸せの白うさぎ、まるで効果がないな!


「えーっと……、落ち着いてもらえるかな、二人とも。僕はもうシャーリィを殺す気なぞない。というより、シャーリィの恋人に頼まれて、この事件を解決するために来たのだよ」


 嘘は言っていない。嘘は。

 なんにせよこの場を宥めることこそ先決である。しかし――。


「シャーリィの……、恋人……?」


 まだ目から光が消えたままなんですけど。

 レガートは思わず一歩後ずさった。あのクランと相対し、己が能力を破られた時に体験した未知の恐怖も凄まじかったが、今のラザロの気迫も十分にヤバい。本能が頭の中で割れんばかりに警鐘を鳴らし続けている。


「姉ちゃん……俺と結婚するって言ってくれたじゃないか!!!!」


 ツッコミどころしかない一言だが、ツッコめる雰囲気ではない!


「ラザロ落ち着けほんっと落ち着け!! お前がシスコンなのはよくわかったから」

「認めない、絶対に認めない。姉ちゃんが好きになった奴は俺が見定める……姉ちゃんに相応しい強い男じゃなきゃ認めない!!」


 物理的には強いけどなあ、とレガートは思った。はははと乾いた笑いをしながら思った。ギデオンはなんという修羅の道を歩んでいるのだろう。


「そいつもここに来ているのか!? 決闘を申し込む!!」

「き、来ちゃいない。ここに来たのは僕だけだ。とにかく、落ち着け!!!」


 落ち着け以外の言葉が出ない。もう収拾がつかない。ガドガと名乗った青年もなんとか宥めようとしているが、ラザロの目に光は中々戻ってこない……。

 と、そこへ。

 更に事態を突き落とす、突拍子もないことが起こった。


「あら、何の話してるの? 私も混ぜてほしいんだけど!」

「え――」


 レガートは目を見開く。


 ラザロとガドガの背後。

 今までそこには、何も、何もいなかった。確かにいなかったのに。

 突然に、最初からそこにいたかのように、女が一人。


「ルナ……?」


 声が震えた。


「お久しぶりね、哀れな城落ちさん。一部始終聞いていたわ。この事件を解決しにきた、ってそれはどういう意味なの?」


 並んで立っていたガドガとラザロの肩を、背後から抱いて、凭れ掛かり。

 第四位、ルナ・デジタルメガフレア――彼女は長い黒髪を揺らし、レガートに向かって笑いかける。


「――」


 ついさっきまで叫びあっていた青年二人は、あまりに突然のことに息も止まらんばかりに硬直している。それはそうだろう。足音も、人の気配も、全くなかった。それどころか吐息が髪にかかるまで近づいても、気づかなかったのだ。

 レガートもまた、別の事実に気づいて恐怖していた。死神同士の感知に、こいつは引っかからなかったのだ。流石にあんなバカげた会話をしていたとはいえ、その察知を怠ったつもりはない。だとすれば――恐らくは何か能力を使ったとみていいだろう。


 黙ったままのレガートに、ルナは苦笑して。


「ま、いいわ。あんたとの話はまた後で。それより……」


 つ、とその白い指がラザロの首元をなぞる。


「貴方たちは、おかしいなあ? ちゃんと地下室に閉じ込めていたはずなのに、なーんで外に出てるのかしら? 子供以外は縛り付けておけ、って命令していたはずよ。ふふふ」


 彼女の目に殺気が宿る。


「ま、待て、ルナ!」


 思わず、レガートは叫んだ。人間の命を惜しむわけではないが、シャーリィの弟が死んだとあってはギデオンにどんな顔をされるか分かったものではない。


「……何? あんたに指図される覚えはないわよ」

「僕も命令で来てるんだ。そいつを殺されると困る」

「は、命令って! 笑っちゃう。城落ちだもんね、どんな下位の死神の命令かしら。私より上ってことはないでしょ、だったら私の方を優先しなさいな」

「知らぬ仲じゃないだろう、少しは僕の顔を立ててくれないか」

「何言ってんの、あんた? 第五位の時ならいざ知らず、城落ちと対等に喋る奴なんかいないわよ。戻ってきて、また第五位に上がったら、相手してやってもいいわ」


 まさに暖簾に腕押しだった。

 ぎゅ、と拳を握りしめる。


 ギデオンがレガートの名前を呼んでくれたのが、腐れ縁だと笑ってくれたのが、遠い昔のことのようだった。わかってはいるのだ。今のルナがレガートにそうするように、或いはそれ以上に、レガートは下位の死神を見下して生きてきた。そんな彼が城落ちなどすればこんな扱いになることは、分かっていた。


 しかし、レガートはその時初めて、こいつのようにはなりたくない、と思った。

 今までの彼なら立場を逆転させたいと願うはずのところを、決してルナのようにはなりたくないと、憎しみにも似た感情を抱いた。

 だから、拳に込めた感情は、侮蔑でもあり怒りでもあり、そして今までの自分への憤りでもあった。


「何黙ってるの? 言いたいことがあるなら、言いなさいよ」

「っ、別に……」

「そうよね。城落ちのあんたは、ちょっとでも罪を犯したら首切りだもんね。これ以上何か口ごたえしたら、不敬罪で罰してあげようか」


 そう言われてはもう言葉は出てこない。レガートは無力だった。ルナは邪魔をすれば容赦なく殺しに来るだろう。彼女の能力もわからず、自分にできることと言えば魔法を使うことくらい。それも、クランに敗れてから、こびりついたあのイメージが戦闘そのものへの恐怖を植え付けていた。人間に対してはまだしも、格上に向かっていく勇気など――。

 と、その時、ルナが突然ラザロとガドガから飛びのいた。


「っ!?」


 レガートが見たのは、ラザロとガドガが肘鉄するポーズから流れるようにルナへ振り向くところだった。


「ちぇ。今ならいけると思ったのに」

「無防備だと思ったんだけどなあ」

「お前たち、何をして……」

「え? むかついたから腹に一発いれようかなって」

「あーあ、ラザロと意見が合っちまった」


 ルナは煩わしそうに二人を睨みつける。


「なあに? 逆らう気なわけ? いいわ、ずたずたにしたげるから」


 彼女は本気だ。殺気が強くなる。この人間たちも、それに気づかぬほど鈍いわけではないだろうが――それでもあの肩を抱かれた状態から反撃し、相対している。如何なる精神力の為せることだろう。


「お好きにどうぞ。どうせ殺されるなら最後まで足掻いてやるというものさ」

「おう。それに、お前なーんか気に食わねえ。人生山あり谷あり、たまたまそいつより上にいるからってよくそこまで見下ろして馬鹿にできるもんだな」

「おおー、ガドガ、君良いこと言うじゃないか。脳筋のくせに」

「お前に見下されるのは一番不快!!」


 元気に言い争ったあと、ルナを尻目に二人はこちらを向いて。


「さてそれで、君はどうする? 俺たちが死ぬと、困るんじゃなかったっけ?」

「お前、ここまでコケにされて、黙ってるつもりかよ?」


 それぞれ、問うた。

 最後の勇気を、求めるように。とても意地悪な笑顔で。

 それでも、レガートは応えることができない。


「やめろ。そいつに逆らったら、僕は……勝っても負けても、殺される……」

「あっそ」

「そりゃ仕方ねえな。じゃあいいよ」


 ラザロは冷めた表情で。ガドガは労わるように。たった一度の勧誘しか、彼らはしなかった。それが逆に、更にレガートの胸を締め付ける。こんな時まで、この脆くも弱い人間たちは他者を気にかけるのだろうか。

 レガートはただ立ちすくむ。このままでいいのか、という考えがぐるぐると回る。二人が死んだらギデオンは悲しむだろう。なぜかわからないが、今はそれを想像するだけでレガートの胸に罪悪感が芽生えた。ルナが喜ぶ顔も、死ぬほど見たくなかった。


「あっは。無駄よ、そいつは逆らえないもの!」


 ルナの腕に氷の剣が形作られる。水の属性を持つらしい。


「じゃあ、死んでちょうだい、二人とも」


 こつ、こつ、と歩み寄る足音。

 レガートの頭は混乱していた。どう転んでも行き先などないような、そんな絶望の淵だった。未来は真っ暗、どうしようもない。

 だから。

 レガートは、思考を閉ざした。何もかもどうにもならなくなって、彼は最後の最期に、考えを放棄した。己の感情に従った。


 ぷつりと、自分の中で何かが切れた。


 脳裏に、何度も魘されたあの声が聞こえる。


『せっかく殴り合うんだ……俺を見てくれよ。なあ。俺と愛し合えよ。死ぬほど見つめろよ。それが命のやり取りだろうが』


 何度も塔の中で思い出してはイラついたあの姿がちらつく。


 戦いは得意じゃない。だからこそ人間を利用し、うまく立ち回り、他人の力だけで、……そうやって戦うことに慣れていた。自分の身一つを資産に戦う方法なんてわからない。打算抜きにその場の戦いに集中し、“愛し合う”方法など。

 それでもこの、ルナに湧き上がる怒りをぶつけるために。

 レガートは、……ああなりたいと、願った。この先の絶望などから目を背けて、たった一瞬、この二人を助けるという目的に、ルナを這いつくばらせるという欲望に、興じたいと強く祈った。


 いや、祈るだけではなく、彼は一歩、たった一歩だけだが、踏み出したのだ。

 何もかもわからぬ戦いの場へ。最後の勇気を振り絞った。

 そして、彼の能力は、その勇気を認めた。力を与えた。




「させるか、あああーーーっ!!!」




 レガート以外誰一人として想像していなかっただろうことが、起こった。レガートの指先から炎が迸り、ルナの氷の剣を妨害したのだ。


「あんた、何――その姿……?」


 ルナが呆然として、一歩下がる。その目は大きく見開かれている。

 それはそうだろう。彼女は知っているのだ、レガートの能力も、また、それが今殆ど役に立たない状態であることも。だからこそ、驚く。レガートのその変化に。

 レガートは精一杯不敵に笑ってみせた。今の自分の状況も、正確に把握できてはいなかったが――しかし、体を否が応でも興奮させる凄まじい熱が、何が起きたのかを物語っていた。


「は、ははは。そうか。……嗚呼。そうか。君は僕の……伝承なんだ――」


 氷の剣に自分の姿が映った。

 茶色の髪は長くなり、結んでいないため無造作に腰のあたりまで下りている。そしてその背中には、一対の翼――赤く、赤い翼が揺らめいている。


 伝承の権化。その土地に根付く伝承になりきる能力。それは万人に認められたイメージを形に変え、その強さを投影する力。

 だとしたら、たった一人術者だけが、しかし、毎日毎日寝ても覚めても描き続けたイメージはもしかしたら、彼にとって、そして能力にとっての伝承たりえる。


 その日、レガートは、クランに成った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ