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叛逆のしにがみ戦記  作者: 紅乱
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第十六話 今日の私はチキンナゲットの気分

明日はフライドポテトの気分。

 死屍累々、立つ者はなく、炎と氷の進撃に人間たちはみなひれ伏した。


 ……気取った解説文を付けるならこんなものだろうか。シャーリィは今まさに彼女を救いに飛び込んできて、ところ構わず暴れまわったクランとオルクスの後姿を眺める。

 端的に言うと、彼ら二人はキレていた。


「てめえら、車で移動すんじゃねえええええ!!!! ぶっ殺す!!!」

「徒歩で移動してよ!! 許さないんだからね!!!」


 開口一番、このありさま。

 よほどバスを追いかけたのは堪えたと思われる。

 謎の組織に弟を人質に取られ、生贄扱いのシャーリィが別の場所へと移動させられそうになっていたとき、二人が助けに現れ、窓ガラスふっ飛ばして侵入してきた。そのあとは、まあ、お察しである。マリアを守ろうと立ちはだかった黒服の男たちはふっ飛ばされ氷漬けにされ燃やされ、もう動く者もいない。調度品は倒れ家具は焼け焦げ、先ほどまでシャーリィとマリアが話していた部屋と同じとは夢にも思われなかった。

 そして、そのマリアはというと、腰を抜かして部屋の隅に座り込んでいた。逃げようとしたが途中で逃げられないと悟ったようだ。


「ふわあ……すっごいわねえ……」


 恐怖の感覚も飛んでしまったのか、乱入者たちの化け物っぷりにそう感嘆の声を上げるばかりである。シャーリィもこの二人の大暴れには呆れて言葉もなかった。ので、とりあえずそっちは放置して、さっさと部屋の隅にあった電話でティベリオに連絡をした。死神が絡んでいるというと、一も二もなく「すぐ行く」との返事であった。

 こういうことは、クランたちは気を回さないので、自分の役目と心得ている。

 で、そのクランはというと、腰の抜けたマリアの横に足をどっかと置いて威圧モードだ。


「それで、ラザロとガドガはどこだ。返答次第じゃお前をあのバスで轢いてやる」

「きゃあー怖い! 乙女困っちゃう!」

「乙女じゃねえだろオカマ野郎!」


 壁を殴る音が続く。

 クランはデリカシーがないことで知られるが、今ばかりはシャーリィもこの容赦のないツッコミに少し胸のすく思いがした。


「もうっ、なんてひどい人なのかしらぁ。天罰下るわよぉ」

「けっ、神なんざ存在しねえよ。死神からは既に天罰と言うのも憚られるくらいに攻撃されてるしな」

「……?」


 マリアの大きな目が丸くなり、じいっとクランを見つめる。


「そういえば、シャーリィちゃんも、神はいないけど死神はいる、って言ってたわねぇ。貴方たち、変わってるわぁ」

「変わってるかもね。本当のことだけど」


 オルクスも怒り心頭なのか、どこか態度がそっけない。


「それで、ラザロおにーさんとガドガおにーさんはどこなの。教えてくれないと痛い目見るよ」

「あーん、それはやあねぇ。可愛い顔に傷がついちゃうわぁ! ……でも正直なところ、私もよく知らないのよぉ。本社じゃなくって、もっとちゃんとした隔離場所に運ばれる、って話なんだけどぉ」

「本社? まっとうに会社を運営しているとは思えませんけど。で、ここが本社ではないというのね」


 シャーリィはそちらへと歩み寄りながら問いかける。マリアは首を縦に振った。


「ええ、そうよぉ。ここはただの支社。本社はまた別だし、そこに連れてったわけじゃないらしいのよぉ」

「随分と大きい会社ですのね」


 ここを一網打尽にすればすべて終わることを期待したが、そうもいかないようだ。内心シャーリィは落胆した。弟の無事を祈る気持ちのほかに、生き別れの弟に会えるという期待もあったのだ。


「……面倒だ。何すりゃ教える?」


 クランの言葉は、本当に投げやりで率直だった。ある意味この中では一番尋問に向いていない人間であろう。そしてマリアも、かなり率直に答えた。


「神に会いたいわぁ」

「神……?」

「ええ! 正直、上が犯罪まがいのこと始めたときは、この会社辞めようと思ったのよぉ。私、戦えるわけでもないしぃ? ほら、か弱い乙女だから! でも、神に会わせてやるって言われたから、しぶしぶ協力したのよぅ」

「……犯罪推奨する会社にぶら下がってまで、神に会いたかったのか?」

「そうねぇ。ま、その理由は色々よぉ! そういうわけで、神を一目見られたらなんでも喋ってあげるわぁ」

「わかった。ほらよ」


 そっ。

 クランはオルクスを前面に押し出した。


「……」

「……」

「……あの、えっとぉ……」


 マリアは物凄い困惑顔であった。

 このハイテンション脳内ピンク野郎を黙らせたのだから、クランは大物だなあ、とか思ったり思わなかったりやっぱり気のせいだなと思ったりしながら、シャーリィは頭を抱える。


「ほーらオカマ野郎、お望みの神だぞ」

「ちょっとクラン! 僕死神だよ!! 一緒にしないでって何度も言ったよね!?」

「あーはいはい。お前そこは黙って神ってことにしとけよ。ほら、死神から『し』と『に』をとると、あっという間に神になるんだぜ。人類の英知の結晶だ」

「そんなの結晶にしなくても知ってるよ! クランから『ク』と『ラ』と『ン』を取って『バ』と『カ』をつければ馬鹿の出来上がりってことも知ってる!!!」

「おっとオルクス、馬鹿って言った方が神なんだぞ」

「町中が神であふれちゃうよ!!!」


 二人は漫才を始めてしまい、マリアは更にぽかーんとしている。シャーリィはますます頭を抱えた。そのまま床の下に埋まってティベリオが来るのを待ちたい心持ちになった。


「ちょ、ちょっとお!! 貴方たちなんなのよぉ!?」

「言ってるだろ、こいつは神様だ」

「しーーーにーーーーがーーーーみーーーー!!!」

「お前はややこしくなるから黙ってろよ」

「もーーーー!!!」


 すると、きょとんとしていたマリアが、肩を震わせて笑い出した。


「……ふ、ふふふっ。あはははは!」

「なにさ、オカマのおにーさん!!」

「だって、可笑しいじゃない? こんな子供が神様だなんてぇ。いくら私だって騙されないんだからぁ」


 その言葉により、オルクスのイライラがクランからマリアに向いたようだ。ふくれっ面をしてマリアに近づいて。

 無造作にその手をマリアの胸にやり、引っこ抜く動作。シャーリィも一度見たことがある、ティベリオに自分が死神だと証明するためにやったアレだ。……その時よりもかなり容赦がないが、途中でぴたと静止させることは流石に怠らなかった。マリアには今、何が見えているのだろう。その表情が青ざめる。


「きゃっ、……な、なに、なにこれ!? 魂!? わ、わたしの可愛い魂ちゃん!?」

「そうだよ。死神は人の魂に触れられるんだ。……これでわかったでしょ、僕は本物だよ」


 言いながら、突き飛ばさんばかりの勢いでオルクスがその魂を胸へと戻す。あう、と野太い悲鳴を上げながらマリアは壁に押し付けられる。しかし、次に顔を上げた彼女の表情は悦びで満ち溢れていた。


「す、す、す、すごいわぁ!! 本当にいたのね、神様ってぇ!!! やだ、マリア感動しちゃったぁ!!」


 ……そして。

 オルクスにマリアは躊躇なく飛びかかった――というより、抱きついた。


「きゃあああああああ!!!」


 オルクス、ガチ悲鳴を上げる。

 マリア、嬉しそうにほおずり。


「……」

「……」

「クラン!! シャーリィおねーさん!! 見てないでたーすーけーてー!!!」

「よかったな死神様。敬虔なる信者じゃねえか」

「いい人に巡り合えましたわね、オル」

「二人とも、あとで、ぶーんーなーぐーるー!!」


 ぶん殴られるならまだマリアをオルクスから引きはがす大仕事よりは楽だな、と思うシャーリィなのである。


「おら、マリアだかなんだか知らねえが、お前も神に会えたんだから洗いざらい話せよ」

「ああん、もう。この余韻にもうちょっと浸らせてほしいわぁ」

「後でたっぷりとな。今は俺たち、それどころじゃねえんだ」

「あら、そうだったわねぇ……」


 マリアはしぶしぶ、オルクスから離れる。


「お風呂入りたい」


 そそくさとシャーリィの傍らまで逃げてきたオルクスが、小声で呟いた。流石に可哀想に思い、シャーリィはその頭を撫でてやった。それで少し機嫌が直ったか、うにゃー、とオルクスが鳴く。まるでペットだ。

 マリアはそんなオルクスの様子など露知らずである。クランに対し、話を始めた。


「殆どはシャーリィちゃんにも話したんだけどねぇ? 私たちは死神に汚された人間の血が必要なのよぉ。あ、汚された――っていうのは接触したってことよぉ?」

「だからシャーリィを攫ったのか」

「ギデオンおにーさんと『サイス』は結構知れ渡ってたもんねー。なるほど、選ばれるわけだ。でもなんで死神を……」

「神を呼ぶため、らしいですわよ」

「は。……どこのペテンに引っかかったんだか、そんなもんいねえのに」


 クランは肩をすくめる。


「とりあえずお前らの目的なんざどうでもいいんだよ。本社に行けば二人の居場所を知っている奴がいるんだな?」

「ええ、そうよぅ」

「じゃあそれをまず教えろ」

「もう、せっかちなんだからぁ。男って駄目ね★」

「うるせえ燃やすぞ」

「うふふ。私たちの会社――フィフティエール、って言うんだけどぉ。知ってる?」


 シャーリィはその言葉に、顔をしかめた。


「胡散臭い会社だと思っていたら。玩具メーカーとは名ばかりの武器商人ね」

「よく知ってるわねぇ。そうよぉ。でもちゃんと玩具も作ってるんだからぁ」

「フィフティエール……ああ」


 シャーリィだけでなく、クランもすんなりと反応したので、シャーリィは少し意外に思った。彼を見ると、クランは頭を掻いて付け加える。


「その会社とは多少縁があった」

「あら、そうなの?」

「俺、短い期間だが軍属だったことがあってな」


 なるほど、とシャーリィは頷く。フィフティエール社は元々精巧な玩具やプラモデルで名を馳せた老舗メーカーだが、玩具の多様化の波に乗り遅れ、赤字を取り戻すために本物の武器を作り始めた。それが大当たりし、今では武器メーカーとしての方が有名なほどだ。軍属ならば、フィフティエール社の装備を見る機会もあったろう。


「わかってるなら話は早いわぁ。本社の位置は知ってる?」

「……俺は覚えてない。シャーリィ」


 話を振られ、必死に思い出す。シャーリィの故郷からほど近い位置の、雪の降る都市だったはず……。


「北の方だったわね、確か――アイウェル――」




***




 時を少し遡ろう。まだラザロたちが誘拐される前、ギデオンは別件で既にアイウェルにいた。そしてフレイヤに出会い、詳しい話を聞いているところだった。

 アイウェルはもう冬の足音が聞こえてくる。ちらちらと粉雪が舞うのが、窓の外に見える。こういう四季は地上に来ないと味わうことができない。ギデオンは結構、これが好きだった。


「ごめんなさい、こんなのしかなくって」

「構わねェよ」


 フレイヤが持ってきた、温かいほうじ茶を一口啜る。じんわりと体中に熱が広がり、思わずギデオンは息を吐き出した。


「さっきも説明したけれど、正直言って打つ手があんまりない。被害者に関して情報も出てこないし、明らかに人為的なものだと思うけど、犯人からの連絡もなし。誘拐の目的、手段、ともに不明確。おそらくは魔法が使われているだろう、しかわかってないの」

「ふむ……」

「正直言って手詰まり。警察も頑張って動いてくれてるけどさ、魔法がらみじゃ証拠も出にくいわけ」


 フレイヤの説明は、アイウェルで話題の連続失踪事件に関することだった。とはいえ話の骨子は要するに、『打つ手が見つからない』ということに尽きる。

 ギデオンは一応、追加の情報を持ってはいる。ターゲットであり失踪した少年の一人、マークの、感知が途切れる直前の位置、そして途切れた時刻である。ここからわかっているのは二つ。新聞の一面に名前が載っているにも関わらず、途中まで感知が効いていたことからして、失踪した少年たちは一旦別の場所に集められてから護送されている可能性があるということ。そしてその場所の、とても大雑把な範囲。

 しかし、まさか途切れるなんて思っていなかったから正確に記憶しているわけではないし、なによりそれを言ってしまうと、マークが知り合いではなくターゲットだということがばれてしまう可能性がある。だから口は噤んでいた。


「なんとかなんねェのかよ。プロだろあんたら。ほかにわかっていることは?」


 できれば何か追加の情報が欲しい。最悪、フレイヤたちとは別行動で感知の途切れた範囲を探索するという手もあるが、それにしたって情報量が少なすぎる。……すると、フレイヤはうーんと唸って。


「一応、怪しい組織はあるの。……この都市で一番の大会社、フィフティエール」

「どう怪しい?」

「失踪した少年の中の一人が、失踪する直前にフィフティエール社の直営店で買い物しててさ。その関係で話を聞きに行ったんだけど、どうも態度がおかしかった、っていうか……。何か隠しているみたいだった」

「それだけ……か?」

「残念ながら。こんな第六感めいたこと、証拠にもならないし、ただの与太話だけどね」


 フレイヤも椅子に座り、ほうじ茶を飲むとテーブルに突っ伏した。ギデオンは自然と、そのぼさぼさ髪の頂点を眺める視点になる。フレイヤの頭からは煙が出そうだな、と思った。


「ぐだってんなァ……」

「あーん、そうなの。警察も結構お手上げ状態。攫われるのは子供だけだからさ、囮捜査するわけにもいかないし?」


 ここまで行き詰っているとは思っていなかったのでギデオンも内心でため息だ。どうにかこうにか出どころは取り繕ったうえで、感知の消滅した場所くらいは伝えた方がいいかと思い始める。囮捜査なんてものは、ギデオンが加わったからといってできるわけでもないし、囮にできるような少年なんて――。


 と。ギデオンは、思いついた。


「あ。それいけるかもしれねェ」

「え?」

「……どうなるかわからないけど、一つだけ方法があるぜ」

「何々。教えてほしいんだけど」


 ぱっとフレイヤが顔を上げた。眼鏡越しの瞳がキラキラと輝いている。


「あんまり明かせるこっちゃねェ。うまくいったら連絡するから、ちィと待っててくれねェかな?」

「わかった。ほかに当てもないし、頼らせてもらおうかな。それじゃ、次からはここに連絡して」


 フレイヤの名刺を受け取る。


「……これ、警備会社所属って書いてあるのは、なんだ?」

「ああ、それね、私たちって秘密裏の組織だからさ! ダミーの会社がいくつかあるの、そのうちの一つ。なんかかっこいいよね」

「なるほど」


 かっこいいかどうかは、まあ、置いておく。


「くれぐれも、私たちのことは死神には言わないでね。信用してないわけじゃない、口を滑らせないで、って意味で」

「わーってる」

「それと。……貴方、なんか隠してるよね」

「は?」


 驚いてフレイヤを見る。彼女は、冗談を言っている風ではない。


「別に詮索はしないけど。私たちにとって、死神の裏切り者の力は一人でも多く必要なわけでさ。でも……隠すなら精々、隠し通してよね」

「何、言ってんだよ、フレイヤ。俺は別に隠してなんざ……」

「知り合いの人間のためだけに、ここまでするかな?」

「……」

「ま、いいの。よろしく頼むよ、死神さん」

「あー……わかったよ。なに、協力はするさ」

「そうしてくれると嬉しいな。極力、君の目的については考えないことにするから」


 フレイヤは肩を竦めて苦笑する。

 食えない女だ。本当は仕事で来ていることも、既に察しているのだろう。その上で自分たちの状況を鑑みて、見て見ぬふりをするということらしい。


「ん……それじゃ、またな。連絡する」


 ギデオンはひらりと手を振って、その場を後にした。




 その数時間後。もう夜も更け、仕事を終えたギデオンは――といっても、手詰まりになったフレイヤを置いてきたあとは、第十一位のクィニアに状況報告を済ませたくらいだが――死神の歪城を闊歩し、とある目的のために中層へと向かっていた。両手には、肉のにおいがする紙袋を抱えて。

 到着したのは一人の執務室の前。ノックをすると、間延びした声が聞こえてくる。


「はいよう、どなた様ー?」

「俺だ、ギデオン」

「ひゃー! ひっさしぶりじゃん、入って入って!」


 言われるがままに扉を開け、中へ。

 黄緑の長髪が、まず目に入る。第六位、スピカ。ギデオンと同世代の死神の中でも出世頭の女である。人懐っこくちょっと抜けている普段の言動とは裏腹に、仕事の時は正確無比に任務を遂行する二面性を持つ。尤も、どちらが演技というわけではなく、単にオンオフの切り替えが激しいのだとギデオンは思っている。


 で、今はというと、見るからにオフモードである。執務室の机に両腕を投げ出し、その腕を枕にして頭を置くという、最上位に気の抜けたポーズでギデオンを迎えた。


「スピカ、今時間あるか?」

「ある! 作ったぁ。仕事は明日の私が頑張るのだー」

「いいのかよそれで」

「そりゃギデオンくんが来るならねぇー? 言っといてくれればもうちょっと頑張って作業したのに!」

「わりぃ、急な用事でな」

「そっかあ。あ、座って座って」


 机前のソファに、促されるままに座る。大抵の死神が相部屋で作業をする第十一位や十二位の様子に見慣れてきたところだったので、古巣の風景は少し新鮮ですらあった。


「で、今日はどうしたの? 私とお話に来てくれたんなら嬉しいぞう、ギデオンくん」

「そうだと思うか?」

「おもわなーい。なんか厄介なことでしょ」

「ははっ。お前くらいしか頼める相手がいなくてなァ」

「そうやってギデオンくんはすぐ私を乗せようとするー」


 スピカがにやにや笑いながらのふくれっ面をしてみせる。勿論、こういう展開になるのはギデオンだってわかっていたことだった。お互い、旧知の仲だ。


「そこでだ。いつもの取引と行こう」


 ギデオンが両手の袋を持ち上げる。そこから漂うジャンキーな肉の匂いに、スピカは頭を起こした。


「やったー! 待ってた! ギデオンくん、やっぱりわかってるなー!」

「俺じゃなくても、誰だって知ってらァな」


 ギデオンはその露骨な喜びの反応に苦笑する。

 “ジャンクフードジャンキー”の異名を持つ、死神第六位、スピカ。好きな食べ物はハンバーガーとフライドチキン。よく仕事終わりに地上に行ってはたっぷりのジャンクフードを買い込んで帰ってくる。

 どう見ても健康に悪くしばしば体調も崩すのだが、死神は姿や体が大きく変化することはないため、あまり致命的には太らず見た目は麗しいままだ。人間からしたら羨ましい体質であろう。また、体調に関しても最悪病気で死んだところで創造主に体を作り直してもらえばいい、と彼女は楽観視している。……実際、彼女くらいの実績があれば、創造主はちゃんと体を作り直してくれるだろう。

 だから彼女はよく、こう言う。


「私が死神として生まれたのは、思う存分ジャンクフードを食べるためだからね!」


 それは違うと思うが、仕事はできる分あまり咎める言葉も出てこないギデオンである。


「そうかいそうかい。おら、じゃあ人間の営みに感謝しながら食えよォ」

「はーいっ。全く、こんなもの作るなんて人間は罪な生き物だよー。えへへ」


 言いながらすでに彼女の手は、ギデオンの差し出した紙袋に伸びる。箱を開けて骨付きのフライドチキンを至福の表情で取り出すと、豪快に齧りつく。

 ギデオンは暫し、それを眺めた。こういう時のスピカは邪魔しない方が機嫌がよくなる。……やがて一本綺麗に食べ終わると、その骨を捨て、スピカがようやく視線をこちらに向ける。


「流石の美味しさ! ありがとさん! 今は幸せだからギデオンくんが無茶ぶりしてきても頼まれてしまう気がするよー」

「そいつは僥倖。なァに、お願いっていうのは単純さ。こいつを通してほしい」


 ギデオンが差し出す紙を、スピカはティッシュで無造作に指を拭いた後、受け取った。


「申請書? ああー、城落ちねー」


 城落ち。

 様々な理由で職務につけなくなり、しかし処分されることもなかった死神たちの総称だ。働かざる者は死神の歪城に居住区を貰えないため、城の隣にある別塔にて生活をする。そのためいつしか、『城落ち』という呼び方が生まれたわけである。

 城落ちの中には処分寸前の重罪人もおり、そういう輩は厳重に拘束され、出ることはできない。しかし、何らかの精神的な理由による長期療養であったり、一時的な謹慎であったり、あまり深刻な理由でない者に関してはある制度が定められている。


 それは、『城落ちを一時的に部下にする』制度。


 位階を問わず、申請が通りさえすれば城落ちの者を一定期間だけ部下として扱うことができる。十二位とて例外ではない……ギデオンも、勿論である。この申請自体は通りにくいものではない。しかし、スピカはその申請の内容を見て、顔をしかめた。


「……これさ、ギデオンくん。君と因縁があるよね、この城落ち」


 彼女は頬杖をついて、申請書をひらひら振る。


「よく知ってんなァ」

「君が十二位に落ちたなんていう異例の事件だったからねー、少し探っちゃったよ」

「なるほど。通らねえかな、それ」

「……ギデオンくんとの因縁と、こいつの城落ちの原因とは、直接の関係がないから……『制度上は』通らなくはない、かなあ」


 そう、城落ちを部下として連れ出すための条件は一つ。

 城落ちの原因になった者でないこと。

 これは城落ちを守るための措置といえる。死神同士の抗争やいがみ合いにより罪を犯す者も多いため、その原因となった死神が部下として城落ちを連れ出せてしまうと、どうしてもトラブルの元になるのだ。

 そしてそれこそが、わざわざギデオンが旧知の仲のスピカを頼った理由でもある。


「だからこそ、お前に頼みに来たんだぜ、スピカ。お前なら通せるだろォ?」

「ギデオンくん、無茶ぶってくれるなー! んーっ。通せなくはないよ。でもわかってる? これでギデオンくんが何か問題を起こしたら、私が一番責められるんだよ?」

「勿論、知ってらァな」

「……誓える? 何もしない、何もトラブルは起きない、って」

「最初からそんな気はねェ。仕事に必要なだけだ……誓うさ」

「ちなみにこいつじゃなきゃいけない理由はちゃんとあるの?」

「ある。城落ちは全員探したが、その中で、『こいつの肉体年齢が一番若い』」

「……ギデオンくん、ショタコン?」

「ちっげーよ。いろいろあって、今回の仕事に子供の姿をした奴が必要なんだ」

「ふーむ……むむむ」


 スピカはじっとギデオンを見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。


「あー、もうっ。わかってるよ、ギデオンくんのことは信用してる。仕方ないなあ! 通すけど、今度酒に付き合って!」

「いいぜ。第十二位になってから、中々おもしれェことが多いんだ。たっぷり聞かせてやるよ」

「何それ聞きたい! ふふん、それじゃ交渉成立。城落ちの最終的な承認者は……アダム様だね、うん、ララベル様じゃなければ余裕。それじゃなるはやで通しておくぞ!」

「おう、サンキューな」


 これでとりあえずの目途は立った。ふう、とギデオンは安堵の息を漏らす。


「申請通ったら連絡行くと思うから、そしたら連れ出しちゃってー。その辺のことは知ってるよね?」

「大丈夫。恩に着るぜ、スピカ」

「へへへ。同期のよしみってやつだ! あっ、飲み会はハンバーガーショップがいいな!」

「いや酒あんのかよ? まあいいや、場所はお前に任せらァな」

「やったー! いいとこ用意しとくよ。あんま無茶すんなよー、ギデオンくん」


 お前こそな、と言おうかと思ったが、やめた。スピカは本当に無茶をしない女だ。

 今一度礼を言い、ギデオンはその場を後にした。おそらく明日中には申請を通してくれるだろう。フレイヤにはいい報告ができそうだ。問題は、申請した城落ちがちゃんとギデオンに協力してくれるかどうか――。


 とりあえずその日は眠ることにした。次の日にはクランたちがフィフティエールの支社を壊滅させているのだが……ギデオンは、そんなことはまだ知らない。




***




 さて、クラン一行に場面を戻そう。


「事情は分かった。お前たちがすぐにでも出発したいのもわかった。だが少し待て」


 飢えた狂犬状態のクラン、オルクス、シャーリィに向かって、事情を聞いたティベリオが頭を抱えながら押しとどめる。

 マリアからフィフティエール社の情報を聞き、本社のある北のアイウェルに向かうにあたって、当面の問題となったのは移動手段である。そこで三人はティベリオが来るのを待ち、彼ら第一部隊の中の運転ができる人間に頼ろうと考えた。その結果、到着したティベリオとその部下たちは三人に有無を言わさず車庫まで連れて行かされそうになり、ティベリオがキレて待てを言い渡し、事情を聞いたところまでがハイライト。


「待つも何も、事態は一刻を争いますわ!」

「ティベリオおにーさん、お願い! 僕たちを連れて行って!」

「わかっている、状況は今聞いた!! だから少し待て!!」


 ティベリオは既に疲れているようだ。現場についてからまだ一時間も経っていないのだが。


「なんで駄目なんだ、ティベリオ。何か気がかりなことでもあんのか」

「気がかり、というか。無策で罠に突っ込む気なのか、お前たち」

「罠……?」


 罠と言われて、首をかしげる。


「罠じゃなけりゃ、なんだと思ってたんだ」

「えーっと」

「よくわからないから突っ込んでみようかな、くらいの」

「凄まじい無策め」


 頭を抱えるティベリオ。シャーリィがますますわからないと言いたげに唸る。


「ちょ、ちょっと待って。罠だというならラザロを攫うのは理にかなっていませんわ。だって、あっちは私がまだクランたちの人質になっていると考えているのですわよ? クランたちにとって私は大事でもラザロは大事ではないはず、見捨てる可能性だっていくらでもありますわ。なのに……」

「違う、違う。死神の側に立って考えてみろ」

「死神の側に……?」

「そうだ。死神らしき者が与えた啓示は、『空間魔法の使い手と死神に汚された人間を集めること』だったな。では、与えられた人間がシャーリィを攫うことに成功したら、どうなると思う?」

「……俺たちが助けに行く」


 クランが答えると、ティベリオは頷いた。


「まあ、第三位からもシャーリィを守ったお前たちだ。それは予想できる。では、シャーリィを助けたときにフィフティエール社が『空間魔法の使い手』を手にしていることを知ったら?」

「……乗り込む、だろうな。……あ、そうか」


 ようやくクランにも納得がいった。

 この死神の目的は、空間魔法の術者の居場所を確実に教えることなのだ。ラザロとガドガの誘拐は事情を知らないフィフティエール社の人間がシャーリィを攫うためにやったことであり、死神の目的とは関係がない。

 本当の狙いは、空間魔法の術者の居場所をちらつかせ、三人をおびき寄せること。


「わかっただろう、それが狙いだ。……さらに言えば、武器防具の売買をしているフィフティエール社を味方につければ、いくらでも重装兵が手に入る。啓示などと回りくどいことをしたのはそのためもあるのだろう。今頃あちらは装備を万全にして罠を敷き、お前たちを待ち伏せしているだろうな」

「……」

「それでも、行くんだな? 正面から飛び込むつもりなんだな?」


 心は決まっていた。クランは頷く。


「虎穴に入らずんば虎子を得ず。……っていうかラザロとガドガが向こうにいる以上、さっさと行かざるを得ないし、罠は踏みつぶすしかねえよ」

「そうだよ、ティベリオおにーさん。罠だったとしても、変わらないよ」

「そう、か……そうだろうな」


 ティベリオは大きなため息をつき。


「ならば、私も行こう」

「え?」


 思わずクランは素っ頓狂な声を上げた。


「お前、イーヴァリドの守りは?」

「そんなのヘンリーとヴァルナルに任せる」

「一応アイウェルにも非科学対策本部の部隊はいるんじゃねえのかよ!?」

「勿論いるとも。しかし、相手が死神――しかもお前たちを狙うような死神ともなれば、恐らく、歯が立たん。……また、何かが犠牲になるのは、ごめんだ」


 ティベリオの拳が、ぎゅっと握りしめられる。

 その時クランはようやく気付いた。これは彼の我儘なのだろう、と。シャハールがすべてを失ったときに、近くにいることすら、加勢に向かうことすらできていなかった彼は、そのことを悔いているのだ。またクランたちが自分とは遠く離れたところで戦うことが、耐えられないのだろう。

 クランは断れなかった。喉まで出かかっていた言葉は消えてしまった。

 そしてオルクスとシャーリィも、ティベリオの決意を聞いてしまっては、何も言わなかった。

 やがてクランはため息とともに妥協を吐き出す。


「わかったよ。……じゃ、運転頼む」

「ああ。お安い御用だ」


 こうして。ティベリオ、クラン、オルクス、シャーリィの四人は、北の都市アイウェルへと進路を向ける。彼らを待ち受けるのは、如何なる歓迎か――。


「ところでティベリオ、お前、免許証は持ってるよな。シャハールの野郎無免許だったけど、まさかお前は違うよな」

「ん、免許証? そういえば取ったけどどこかにやったな」

「この野郎!!」

「師匠が師匠なら弟子も弟子ですわね!!」

「いえーい無免許うんてーん!!」

「安心しろ免許は持っている、紛失しただけでな!! さあ、飛ばすぞ!!」


 ――アイウェルにて死神の罠に歓待されるその前に、ティベリオの乱暴な運転技術によって見事に車酔いして全員いっぺん吐いたのは、なかったことにしたい……そんな夕暮れだった。


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