第十五話 吊り橋効果で仲良くなろう
一緒に監禁されれば愛も爆発。
第四位、ヴォイド・ゼロは、その日上官のララベルから呼び出しを受けていた。
同僚のルナ・デジタルメガフレアはイスカ・コーネルの直属だが、ヴォイドは不幸なことに――と言っては怒られるが、性悪の女、ララベル・オーガの直属である。
ララベルの執務室へ入ると、書類を見てため息をついていた彼女が顔を上げた。
「ああ、ヴォイド。来てくれたわね。貴方に今日は、頼みがありますの」
「頼み、というのは仕事か」
「そんなようなものね。けれど、非公式ですわ」
「……どんな?」
こういう要求は慣れっこだった。
ララベルは、処刑の際に悲劇を演出する癖があるが、勿論そんなことは勝手に起こるわけではない。様々な準備が必要になる。そこで、こっそりと部下に頼み、やってもらうのが彼女の通例だった。ヴォイドも何度か厄介な作業を任されている。全く、贅沢すぎる第四位の使い方だ、とは思う。
しかし、今回の要求は今までのを遥かに上回る厄介さだった。
「面倒を見てほしい子がいるのですわ」
「は?」
ぽかんとしたヴォイド。すると、ララベルの背後から恐る恐るといった様子で女が姿を現す。見た目は10代後半から20代前半くらいだろうか。ツインテールの、快活そうな女性だ。しかし見た目は死神にとってはなんの参考にもならないのである。案の定、ララベルが言った。
「この子、生まれたてなんですの。第十二位、名前はセラフィ。貴方に面倒を見てほしいの、どうかしら?」
「……ちょっと待て、話が飲み込めない。ララベル様、そいつはただの十二位の死神だろう。何故贔屓にする? 第十一位のもとにつけてやり、ゆっくりと勉強させるのが正式なはずだ」
「それは今は明かせませんわ。でも、この子は切り札になるかもしれませんのよ」
「切り札……何への?」
「勿論、今創造主様を悩ませている、あの集団への、ですわ」
クランたち、か。
しかし、一切の覇気を感じないこの生まれたての死神が、一体どのような切り札になるというのか。ヴォイドには想像もつかなかった。
「どう? 面倒を見てくださる?」
「面倒、といっても。第四位の仕事に従事させるのは酷すぎるし、俺に何をしろと言うんだ」
「彼女が死なないように。それを第一になさい」
「……それはつまり、彼女の存在そのものが切り札、という意味にとっていいのか」
「ええ、そんなようなものよ。あとはそうね。第四位の仕事に従事させる必要はないけれど、魂の刈り方くらいは教えてあげてくださる?」
「それは第十二位の仕事も一緒にやれって意味か……仕事が増える……」
「あら、私の心証を上げるチャンスですわよ。第三位の椅子が近づくわ」
「要らないな、そんなもの。俺が興味ないことは、知ってるだろう」
「……ふふ。ええ、貴方は無欲で、それでいて忠誠を誓ってくれる。とても信頼していますわ。それで、やってくださるの、どうなの?」
ヴォイドはため息をついた。
ルナとアニムスとの同盟のこともあるし、忙しくなりそうだが……拒否しても、いいことはないだろう。今はあまり第三位の命令を拒否したなどと噂を立てるべきではない。そういうわけで。
「やる」
「ありがとう。ふふ、ヴォイドはやっぱり素敵ですわね」
「全く。俺は犬か?」
「そうなってくれたら最高ですわ」
悪趣味な。そう吐き捨てて、ヴォイドはセラフィに向き直った。
「セラフィ。話は聞いていたな、行くぞ」
「う、えっと、はいっ」
たどたどしくセラフィは駆け寄ってくる。ヴォイドは部屋に背を向け、彼女を伴って外へ出た。
とりあえず居住スペースを与えなくてはならない。死なせるなということが第一の命であれば、自分の傍に置くのが一番だろうが、部屋は空いていたかな、などと考える。
すると、後ろから控えめな声。
「あの」
「なんだ」
「あなたが、わたしの上司さまなの?」
「そうだ。言っておくが、これは特別な措置。あまり周囲には言いふらすな」
「はい。……ねえ、お名前は?」
「名前?」
さっき聞いていなかったのだろうか。そうは思ったが、彼女はフルネームまで知っておきたいのかもしれない。ヴォイドは答えた。
「第四位、ヴォイド・ゼロ」
「……ヴォイド・ゼロ……」
セラフィは立ち止まる。とても難しい顔で、思案して。ヴォイドは歩みを止めたセラフィに少しいら立ち、歩みを止めずに振り返った。
「どうした」
すると、セラフィはぱんと手を打ち、言う。
「……じゃあ、いどろん!」
「は!?」
何を考えていたかと思えば。……謎の発言がヴォイドを立ち止まらせる。
「い、いどろん……?」
「うん! 上司さまの名前! ヴォイド・ゼロだから、いどろん! どお、かわいー?」
「な、な、な!? いどろんってなんだ!? 俺のあだ名か!?」
思わず声を荒げる。しかしセラフィはとても嬉しそうだ。自分の世界に入ってしまっている。
「えへへ。そうだよ、上司さま! これからは、いどろんさま!」
「う、ぐうっ……」
セラフィの純真な目が見つめてくる。否定しようとしたヴォイドは、何も言えずに立ちすくんだ。そして、妥協した。
「………人前では、ヴォイドさまと呼べ」
「ええ? なんで……?」
「そ、それは。わかりにくいからだ、俺のことを呼んでいると」
「そっかあ……いい名前だと、おもったんだけどな」
セラフィは少し残念そうだったが、しかし、納得したらしい。
「じゃあ、今は呼んでいいよね。いどろんさま!」
「……ああ」
これはこれで悪くないのかもしれない。こんなに純真な死神は、第四位という高位にあっては早々出会えるものではない。ヴォイドはそう思うことにして、セラフィのための部屋を探しに歩いて行った。
これはシャーリィの弟、ラザロが誘拐されたころの話。
***
一方、クランたちは。
ひとまず、ガドガの妹には警察に連絡するよう伝えてオランジェは受話器を置いた。シャーリィは生き別れの弟が知らず知らずのうちに近くにいたこと、そしてその弟が誘拐されたことを知り、流石に堪えたらしく俯いている。
「あの……どう、しましょう」
オランジェがおずおずと、誰にともなく問いかける。
「なんとかするしかねえだろ。シャーリィの弟がヤバいんなら、ま、助けにはいくさ」
オルクスも頷く。しかし、そういう雰囲気になりかけた時、シャーリィがおもむろに首を左右に振った。
「要りませんわ」
「……シャーリィ?」
「警察に連絡したのでしたら、任せるべきでしょう。私は貴方たちの人質なのですから、貴方たちが私の弟を気にする必要はありませんし、虎穴に飛び込んで危険を冒す必要もありませんわ。シャーリィ・ライトは行くことが出来なかった――それでいいのです」
「お前それでいいのか?」
「ええ。元よりギデオン様に全てを捧げた身です。弟などいなくてもよい。死神を倒すために戦う貴方たちの邪魔は、できません」
覚悟を決めたかのように、彼女は断言し、そして毅然とした態度で二階に続く階段へと歩いていく。その背中に、シャハールがやはりというか、空気を壊すような場違いな明るさで声をかけた。
「本当にそーかなあ」
そして、くすくすくす、と笑い声が続く。
「……どういう意味ですの、シャハール」
「うん、いやいや、君の覚悟を責めたわけじゃない。ただね、この件に首を突っ込むのが死神と戦う邪魔になるとは、思えないんだよ」
「え……?」
「恐らくこれ、死神が噛んでる」
「……!」
シャーリィが立ち止まった。
「考えてもごらんよ。誘拐文は君の身柄を望んでいた。でもどうして? 君の財産が目当てならこんな回りくどいことはしないだろう。君に用があるんだ、犯人は」
「……でも、死神はまだ私がクランたちに人質に取られていると思っているはずですわ。それなら、おかしいのではなくて? 私に決定権はないと知っていて、わざわざ私を呼び出すかしら」
「うん、その通りだ。ギデオンがリストラされたーって泣きついてこないことからも、シャーリィが完全にクラン側に加担しているとは、恐らく死神は思っちゃいないことは推測できる。ただ――、普通の誘拐としては怪しいのは事実。一つ調べてみることを勧めるよ」
「……」
シャーリィが黙りこくると、オルクスがひょいと彼女の前に立ちはだかる。それも、ふくれっ面で。
「それにね、おねーさん。僕は絶対ガドガおにーさんを助けに行くよ。友達だもん」
「……オル……」
「シャーリィおねーさんも、助けたいって思っていいんだよ。弟でしょ?」
「……」
しばらくの静寂。シャーリィは、再び歩き出すことはなかった。
そして、小さく小さくその首を縦に振った。
「はい。……ラザロは、私の弟です。できることなら……力を貸してください」
オルクスが満面の笑みになる。
「もっちろん!」
「付き合うぜ。戦闘したいし」
「決まりだね!」
こうして、ラザロとガドガ、両名の奪還作戦が始まったのである。
***
翌日――、手紙に書かれた時間、場所。
シャーリィはそこで、来るはずの誘拐犯を待っていた。作戦は簡単だ、シャーリィは指定されたとおりに動き、まずは犯人の正体を探る。シャーリィの身に危険が及ぶようなら、影から見ているクランとオルクスが救出。そうでなければおとなしく従い、更に目的や死神との関連を探る、というもの。そのため、クランとオルクスは家屋の傍らで息を潜めて様子を見守っている。今は、シャーリィ一人。
離れてしまった場合でも、いつでも助けが呼べるように――と、オルクスからもらった氷のかけらをそっと握る。彼がシャハールの魔法を真似て作ったものだ。これを壊すことで、オルクスたちに緊急事態を伝えることができるようになっている。
周囲を見回す。薄汚れた廃神殿。陽はまだ高く、冬が近いとはいえそれなりに暖かい。当然のように人気はない。シャハールの家もほとほと郊外の田園風景の中にあるが、この廃神殿はむしろほぼ廃村の中だった。都心が近いのが災いして、若者が都会に出て行って過疎になり、あとはなあなあで――というところだろう。
そんな成り立ちを考えていると、やがて、舗装が剝がれかけた道の向こうから男の集団がやってくる。フードを目深にかぶり、いかにも、といった感じのいでたちである。……シャーリィは、目を凝らす。
「……あの布はないわね」
死神が創造主から最初に授かる服、灰色の布。大抵の死神はあれを体の何処か見えるところに身に着けているが、この集団にはそれは一切なかった。やはり、死神が直接関係しているわけではなさそうだ。
やがて、声の届く距離まで近づくと、先頭にいた男が顔を上げた。
「シャーリィ・ライトだな」
「ええ。弟は無事なの? 要求は?」
「我々が求めているのは貴様の身柄。共に来てもらおう」
「弟を返していただいてからですわ!」
「お前を連れて行ったのち、解放する」
内心で舌打ち。まあ、素直に返してくれるとは思っていないが。
こういう時は、素直についていってこいつらを仲間ごと一網打尽にするまでだ。下手に暴れてラザロたちに危害が及んでも困る――、ラザロはともかくとして、巻き込まれたガドガはかなり危ない。
「……わかりました。信じますわ」
「よろしい」
信じてなどいない。あちらもそれは重々承知だろうが、彼女がそうするしかない状況であると思ったようで、少し優越感が顔に出た。
黒服の男たちと、ぞろぞろと歩く。暫く行って蔦が伸び放題の塀を横目に曲がると、そこに大きめのバスが停まっていた。
……。
大型車両だ。
今更だが、シャハール一行にまともな移動手段はない。オルクス、シャーリィ、クランは運転ができず、シャハールは唯一運転ができたが両腕を失って物理的に不可能。
つまり、シャーリィをクランたちが追いかけるとしたら、徒歩だ。というか全力ダッシュだ。
後ろにいるであろうクランとオルクスに、シャーリィは少しだけ同情した。
乗り込むと、車はすぐに発車する。暫くは会話もなく、ただ車の中で男たちに囲まれてがたごとと揺られるだけ。窓にはカーテンが下ろされており、どこに向かっているのかはわからない。
やがて車庫にたどり着くと、シャーリィは下ろされ、歩かされた。到着した車庫と建物は地下で直通していたので、ここがどこなのかはわからないが、建物の中へ入ると小綺麗な内装が目に入り、きっとイーヴァリドの方へと連れてこられたのではないかと予想した。
黙って歩く。あまりにも続く沈黙に耐えかねて、シャーリィは横をガードする男に聞いてみた。
「……貴方たち、私をどうするつもりですの」
「我々の口からは話すことはできん。もうすぐ上の者に会わせるから、彼――いや、彼女から直接聞くのだな」
返答からするに、組織ぐるみの犯行らしい。ここまで特に手荒な扱いもされず、紳士的に扱われていることからも、ある程度統制の取れた集団であろうことはわかっていた。順当というところ。ただ……、――シャーリィは首を傾げた――なぜこの男、自分の上司の性別を間違えそうになったのだろう。あまり指摘できる雰囲気でもなかったので、とりあえず聞かなかったことにしたが。
その後は会話もなく、たどりついた扉を開く。中には女がいた。ふんわりした金髪のボブヘア、十字のマークが入った上着、短めのドロワーズのようなキュロット。そう、服装は間違いなく女、だが。
「あらあー! よく来たわねぇ、シャーリィちゃん! 超好みぃー!」
……声は男だった。声変わりしたあとの、野太い声だった。
「え、ええ……?」
「まあ、驚かせちゃったかしらぁ? あたし、マリア・ブルームーンっていうのぉ。宜しくねぇ!」
シャーリィは理解した。部下が一瞬性別を間違えていた理由をだ。
こいつ、俗にいう、オカマだ。女装男子という言葉すら生ぬるい。
――とにもかくにも。今は至って真剣な話の最中なのだ。スルーしよう、スルー。シャーリィはスルースキルを心得ている女であった。あと超好みという言葉は割と脳内で理解したくなかった。
「マリア、さん」
「なぁに?」
「わざわざ弟を攫って、私を呼び出して……何をする気ですの。財産目当て、かしら?」
「ノンノンっ。もう、やあねぇー」
物わかりの悪い子供に説明するように、マリアはシャーリィの目の前で指を左右に振る。
「あたしたちの欲しいのは、『サイス』リーダーとしてのア・ナ・タ!」
「……、『サイス』のリーダーとしての私?」
もうあの組織はないのに。その肩書には一切の力はない。……はずだ。
「ふふふ。まぁ、わからないわよねぇ。もっと言っちゃえば、死神に触れた存在としての貴方よぉ」
「……死神に、触れた、ですって。それがなんだと言いますの」
「あたしの上司ねぇ、おっきい病気なの。だから神を下ろして、奇跡の力で治してもらおうとしてるのよぉ」
「は……?」
神。
生を司り、人に祝福を齎すと言われる存在。その実態は、主に死神による天災を恐れた人間が、心の拠り所として作り出した虚像。
つまるところ、架空だ。そんなものを呼び出すことは、不可能だ。
「ありえないわ、そんなの――」
「できるのよぉ。だって、神の啓示があったんですものぉ」
「啓示――ですって」
「うふふ、シャーリィちゃん可愛いから、トクベツ、よぉ? 教えてあげちゃうわ。上司ったらねぇ、ある日神のお告げを聞いちゃったのよぉ。しかも夢じゃなく本当に現れたそうよぉ。幼子の魂をいくらかと、死神に汚されし血を捧げ、空間を操る者によって扉を開け――」
それでシャーリィの血が必要だというのか。しかし。
シャーリィには、分かった。
その話が本当だとしたら――現れたのは、神ではない。病床の男に囁いたのは断じて神ではない。死神だ。
「おやめなさい。神などいない!! 貴方たちは騙されているわ!!」
「あらぁ。死神の信望者が、そんなこと言っちゃっていいのぉ?」
「っ……!!」
マリアの発言は正論である。世界の一般常識では、神と死神は対となるもの。どちらかを認めるならば両方を認めたことになる。今、その常識を覆し、彼女、いや、彼を納得させることは難しい。
シャーリィはすぐに、気持ちを切り替える。
「……それにしたって、無理ですわ、そんなお告げ。空間を操る人間なんて、いませんもの」
「あらあら、頭が固いのねぇ、シャーリィちゃんは! 目途の立たない計画でこんなことすると思うのぉ?」
「……なんですって……?」
もう見つけているということなのか。
だとしたら――それはクラン一行にとっても大切な存在になりうる。創造主の喉首に迫るための大切な一要素、空間を操る祈魔法使い。存在しているのなら、会いたい。
「さて、お話はこれくらいよぉ。神のもとまで姉弟の血を届けなくちゃ、ねぇ。ああ、自殺なんて考えないでよぉ? 新鮮な方がいいって言われてるんだからぁ」
……最後の言葉は、シャーリィに今まで以上の衝撃を与えた。考えに耽っていたシャーリィは、はっと顔を上げた。
「待って。――弟?」
「そうよぉ? ごめんなさいねぇ。死神に汚された血を持つ者――それは、貴方と同じ血が通っている弟さんもそうでしょぉ? 調べたわよぉ。貴方の血筋、もう貴方と弟さんしか残ってないんですってねぇ」
「……」
ならば、ラザロは解放されていないのか。あの言葉はやはり嘘か。
裏切られた。そんなことはわかっている。交渉の余地など最初からなかったのだ。シャーリィは、妙に冷静な自分を感じた。
それでも――神を呼ぶ生贄にされるまでは、ラザロは生きている。それが殆ど保証されたことも、また、事実。
「そう。……なら、私も、もう遠慮はいたしませんわ」
私はもう、一人じゃない。
ラザロ、貴方だってそうでしょう。
シャーリィは、氷を砕いた。
***
ラザロが目を覚ますと、暗い地下室の中だった。四肢は縛られている……が、縛っているのはただのロープである。すぐさま彼の祈魔法、見えざる腕で解く。自由になると部屋の中を見回した。
ラザロのすぐそばで、ガドガは同様に気絶してか、四肢を縛られて転がされている。ラザロはひとまず縄を解いてやるが、それでも起きないのでほっぺをつつき数回叩くと、うーん、と一つ唸って目を開く。こちらも無事は無事のようだ。
「ラザロ……?」
「やあ、ガドガ。生きてる?」
「死んでたら反応しねえよ……」
言いながら、彼はむくりと上半身を起こす。
「それにしても、なんだここ……なんで俺たち、こんなことに」
「ガドガ、気を失う前のこと、覚えてる?」
「確か……お前がいきなり後ろから殴られて、倒れるのが見えて」
「うん。そのあと、君も捕まったわけだね」
「そうなるな……。驚いているうちにスタンガンか何かでやられた。ったく、俺としたことが」
「あはは、ガドガはおっちょこちょいだ。……相手は見た?」
「いいや、全然。ただ、声は意識を失う前にちいとだけ聞いたぜ。『ラザロ・ライトを捕らえた。一応同伴者も確保する……』とか」
「わあ! ガドガってばおまけじゃないか!」
「うるせえ!!」
ラザロは笑い、そして大欠伸する。それを見たガドガはあきれ顔だ。
「こんなとこに来ても、お前は変わりゃしねえな……」
「そりゃそうだ、いつもと違う俺なんてつまらないじゃないか。焦っても仕方ないよ、ガドガ。幸い、間抜けな誘拐犯は俺の力を知らないみたいだ――」
そう言って、見えざる腕がロープを持ち上げる。その力を誇示するように。
「――だから、脱出は可能なはずさ。俺たちが、誘拐犯以上に間抜けじゃなけりゃあね」
「けど、もし失敗して見つかったら……どうなるか、わからねえぞ」
「あれれー? 嘗ては俺の傍でぶいぶい言わせてた不良学生の君が、この程度でビビってる? 写真撮りたいなあ」
「阿呆!! 阿呆ラザロ!! 少なくともお前の精神構造は誘拐犯より間抜けだ!!」
「はっはー。なんとでも言えばいいとも、服脱がされて縛られて写真撮られることより辛い仕打ちなんてこの世にはない!」
「お前なあ……」
ひとしきり歓談をしたあと、ラザロに押し切られる形でガドガは折れた。大人しく助けを待つのではなく、脱出の手立てを探そう、という話になったのである。
「だけど、どうする気だよ。どこに見張りがいるかもわっかんねえし……万が一絶海の孤島とかだったらそもそも逃げようがねえぞ」
「まずはそこからだ。動ける範囲で動いてみよう」
「……やっぱ俺たち、間抜けだと思うなあ」
文句を言いながら、ラザロたちは部屋を出ようとする。しかし、部屋にも律儀に鍵がかかっているようだ。
「ふむ。これ、古い鍵だな、ガタついてる。ちょっと動かせばいけちゃいそう。ガドガ、なんか細いものない?」
「ピッキングかよ。細いもん……あったかな……ああ、確か、妹のヘアピンが……」
「なんでそんなもの持ってるの」
「妹の落としもんだよ、わりぃか」
「いや? 凄くご都合主義でいいね! でかい音立てて殴る必要はなくなったわけだ」
例えピッキングという手段がなくとも、ラザロは見えざる腕でこの程度の鍵なら壊せる自信があった。かつてガドガを軽々持ち上げたことからもわかるように、その超能力の腕はアスリート並みかそれ以上の腕力を有している。
とはいえ、音は立てないに越したことはない。
「ん、よし」
鍵を突破し、部屋の外へ。
湿気た地下室はコンクリート床だ。歩けば音が鳴るのは避けられない。二人はどちらともなく靴を脱いだ。そしてそれを片手に持ち、そっと歩みを進める。
外に出てすぐ、壁があり、廊下は左右に向かって伸びている。同じような部屋がいくつかあり、左の突き当りに上り階段。右は何があるのかわからないが、明かりが漏れている。誰かいそうだ。
「どっちに行く。左か?」
「……」
ラザロは頷いて、左へと向かう。
上へ続く階段。しかし、そっと聞き耳を立てると上に複数の足音がする。二人は顔を見合わせ、こっそりと息だけで会話をする。
「おい、ここからはさすがに無謀すぎねえか」
「そうだね、無策じゃ無理だ。少し向こうも探索してみよう」
「おう」
次は、先ほどの明かりが漏れていた方へと。
たどりついたのは、ガドガやラザロが閉じ込められていた部屋と同じタイプの部屋。鍵は外側からは簡単に外せるようになっている。とすれば、人を閉じ込めるためのもの。扉の上の方には、小さな窓が備え付けられている。
ガドガとラザロ、黙ってジャンケン。
負けたのはラザロ。舌打ちしながら、小窓から恐る恐る中を覗き込む。
すると。……そこにはスーツ姿のサラリーマンがロープに縛られて転がっていた。いつからここにいるのだろう、一瞬目にしただけでわかる衰弱ぶりである。
「どうだった」
「危険はない、大丈夫。……俺たちと同じように捕まった人がいるみたいだよ。ここでは先輩みたいだし、少し話を聞いてみよう」
「おっけー。余裕がありゃ助けてやろうぜ」
「お人よしは辛いねえ」
「黙りやがれ」
そうして二人は、鍵を開けて中へと入った。
中年に差し掛かったくらいの年齢のサラリーマンは、うら若き高校生二人の来訪にびくりと体を震わせた。
「だ、誰だ……? 何者だ」
「警戒しないで。俺はラザロ・ライト、こっちはガドガ・ゴルシドル。君と同様ここに捕まったんだけど、相手がミスをしたようで、抜け出すことができたんだ」
「何……、君たちも?」
同じ境遇と知ったからか、はー、とサラリーマンは安堵のため息を漏らす。
「そういうこと。とりあえずロープ解こうか」
「いや、……まだいい。脱出の目途が立っているわけじゃ、ないんだろう」
「あはは、そうなんだよ。ここから出るにはまだ不足だ。上にも人がいっぱいいるみたいでね」
「だろうな……。上には人がずっといる。この地下空間はそれなりに広いが、地上への出口はあそこだけと聞いた。逃げ出しても無駄だとな」
「……ふむ、なるほど。さぞかし上にいるのは屈強な警備員なのだろうね」
「屈強かどうかは……。しかし、銃を持っているらしい」
「そいつはどうも、面倒だね。地下にはどれくらいの頻度で来る?」
「一時間に一回、見回りにくる。まだ、大丈夫だと思うが」
「ふむ。ありがとう。それなら少しの間話ができそうだ」
二人の会話に、ガドガが割って入った。
「それにしても、なんで俺たち、捕まってるんだ。あんた、心当たりある?」
「……ある」
「マジで。教えてくれねえか」
すると、サラリーマンはぐっと辛そうな表情になる。言いたくない。顔にそう表れていた。
「私は……その……」
「なんだよ? 俺たちに共通点があるかもしれないんだろ、言ってみてくれよ」
「…………」
長い沈黙のあと、サラリーマンは顔を上げ。
「こんなことを言っても絶対に信じてもらえないと思うが……私は、空間を跳躍できるのだ」
「……なるほど」
「ああ……そういうことか」
「信じるのかっ!?」
ガドガとラザロがすんなりと納得するものだから、驚いたのはサラリーマンの方であった。しかし、二人にとっては明らかだった。彼もまた、シャハール命名「祈魔法」の使い手なのだ。
「信じるとも。不思議な超常現象には、もう慣れっこさ」
「俺も俺も」
「……二人とも。……ありがとう」
サラリーマンはこんな時なのに、感無量といった様子でうつむいている。生涯誰にも信じてもらえず、やっと信じる人が現れたと思ったら誘拐されて利用されそうになった、というところか。ラザロは想像した。
「でも、そんな力があるならここから脱出できないの?」
「私の力には制限がある……。まず、自由に動ける状態でなければならない。それから、妻の形見のペンダントを握りしめていなければいけない……」
「……」
妻の形見、という言葉。
彼が如何なる状態で何を願い、空間を跳躍したのかは、ラザロにはわからない。しかしきっと凄絶な何かがあったのだろうとは、予想がついた。
「やつら、それを知っていた。そして私からペンダントを取り上げたうえで、拘束したんだ……」
「ちなみにそれを知っている人間、っていう条件で、犯人は絞れないの?」
「どうだろう。噂になってしまっていたから……化け物、と……」
「そこからの逆算は不可能、か。能力の噂を聞いた無関係の人間の仕業、って可能性もあるわけだね」
「……」
サラリーマンは小さく頷く。
「つまり、そこのサラリーマンと、ラザロの共通点は……超能力、か?」
ガドガが思案顔でそう言うが、ラザロはそうではないと考えていた。
「待って、ガドガ。少なくとも俺は、特殊能力があるから攫われたわけじゃない。もしそうなら流石に、腕力では外せない方法で拘束するはずさ」
「あ、そっか」
二人を物珍しそうにサラリーマンが見比べる。
「き、君にも何か力が?」
「まあ、ね、念動力の類とでも言っておこうか。ともかく、それは重要じゃない。整理しよう。サラリーマンの、えっと――」
名前がわからずに彼に目で促すと、サラリーマンは小声で答える。
「タイム。タイム・エンデダース」
「……ふむ。タイムさんは、空間跳躍能力をあてにされて攫われた。俺は、それ以外の理由で攫われた。ガドガはたぶんおまけ。そういうことだね。……ねえ、他に捕まっている人はいるのかな?」
「わからない……」
「そうか。では、俺たちのような特殊能力をあてにされていない者が攫われる理由については、心当りは?」
「……そういえば、死神に汚された血を求めている、とか、言っていたが」
「死神に汚された……?」
ガドガとラザロは、二人で首を傾げた。
「オルクスのことか……?」
ガドガの言葉に、流石のラザロも首をぐるんと回してガドガの方を向く。
「え、あいつ死神なの? え? 人間じゃないの?」
「あ。言ってなかったか」
あまりにも軽すぎるカミングアウトであった。
「なんだよそれ! 死神なんて俺知らないよ!?」
「お、おう、その説明は後でな」
「全く、衝撃の真実公開、じゃないか! ……でも、だとしたらむしろガドガの方が狙われてしかるべきだと思うけど。俺、接触したの二回だけだよ。それにあいつは、死神のことを外に言いふらしてるわけじゃないでしょう。なんか、ピンとこないな……」
「わっけわかんねえな。で、どうするよ。脱出は」
「君たち二人は一旦戻ったほうがいい。見回りを一度やり過ごしてから、動いた方が……」
タイムの意見には、ラザロも賛成だった。ここまでタイムがこの地下空間で生かされているのならば、恐らくすぐには殺されないだろう。……楽観的な思考回路ではあるが、今はそちらに賭けるか。
「そうしよう。ガドガ、一旦戻るよ」
「わーったよ。結局脱出なんて難しいんじゃねえの」
「何もしないでいるよりはマシだ」
二人はタイムの部屋を出て鍵をかけなおすと、自分たちが拘束されていた部屋に戻る。湿気た部屋に身を横たえ、見えざる腕でロープを縛りなおしているあいだ、ガドガがつぶやく。
「俺、攫われるんだったら年下の女とがよかったなあ。なんで性悪クソガキと一緒なんだよ……」
ラザロは見えざる腕でガドガの顔面をぶん殴った。……痣が残らない程度で。
いろいろ気になることはあるが、なんにせよ……考えるべきは脱出の仕方だ。
「ガドガ、次はこの地下空間を全部探索しようか」
「……そーすっか」
色々と非日常の経験を積みすぎているこの二人、全く緊張感のないまま自分たちを縛り上げ、最初と同様に床に転がったのだった。




