第十四話 カチューシャは魔法の道具
割となんでもいい感じに見せてくれるカチューシャさん凄い!!
とある地方都市、とある会社の一角で。
「社長。お体は大丈夫ですか」
「……サミエラ。あれは、どうなっている……?」
「はい。順次進めております。今しばらく、お待ちください」
車いすに座った初老の社長、オーガスト・メイは、秘書であるサミエラ・クルスノーレに声をかける。
「急げ。決して失敗は許さんぞ。なんとか、神を下ろし、この体を――」
「……わかっております。どうか、ご自愛ください。興奮するとお体に障ります」
***
「さあ、一か月と二週間! そろそろ行くわよ、私たちがオルクス一行を倒して功績をあげるのっ!」
第四位、ルナ・デジタルメガフレアの女性らしさたっぷりの闊達な声が、歪城の上層、華やかな応接室に響いた。同時にルナの長い黒髪が揺れる。
その部屋にいるのは、三人。時刻はもう仕事を終えたあと、深夜23時。
――同僚のヴォイド・ゼロは、ふう、と一つため息をついて返事とした。横で聞いていた同じく第四位のアニムス・ウェザーは、くすくすと柔らかく笑う。
「ルナはせっかちだなあ。大体、オルクス一行への処刑凍結は解除されてるとはいえ、多分第三位の人たちは第四位の誰にも頼む気はないと思う」
ヴォイドもその論には賛成だった。
「当然だな。そんなことをしたら、処刑人に選ばれた死神が圧倒的に第三位の椅子に近くなる。第三位のほうから次の勝者を宣言するようなものだ。――無論処刑が成功すれば、だが」
「わかってるわよー、そんなことぉ!」
理詰めの言葉で殴られたルナは、わざとらしく頬を膨らませた。
「でもあんたたちのびーっくりするようなもの、持ってきたんだから!」
「え、何々? 気になる」
アニムスの反応は素直だ。頬をほころばせ、懐いた獣のようにルナのほうへ寄っていく。いや、半分獣なのだ、実際。ヴォイドはアニムスの耳を見やる。人間の耳ではなく、そこに生えているのは灰色の獣耳だ。立派な尻尾もズボンの切れ目から覗いている。
ルナはそんなアニムスに、どや顔で指令書らしきものを見せた。
「聞いて驚きなさい! 処刑命令よ」
「ん。オルクス一行の……じゃ、ないね。ええと、サラリーマン、タイム・エンデダースの殺害。……これがどうすごいの?」
「もう、よく見て。こいつは、空間魔法の使い手なのよ」
ヴォイドは眉を顰めた。
「いるわけないだろう、そんなの。人間が持てるのは、火、水、風、土の四属性じゃなかったのか」
「それがいたのっ! イスカ様が仰るには、ちゃんと確認済みだって。人間がたまに持つ、私たちと同じような特殊能力みたい」
「……ふうん。でも、どうしてそれが凄いことなの?」
「もう、察しが悪いなあ、アニムスは! ヴォイド、あんたならこの凄さがわかるでしょ!」
……わからないでもない。応えるのも癪だったが、とりあえず言うことにする。
「要するに、空間能力者ってことは、オルクスが保護しようとする可能性があるってこったろ。つまり、オルクス一行に出会える可能性がある」
「あ、そっか。オルクスが創造主様を殺すためにここに攻め込むつもりなら、異次元に行ける能力が必要だから……」
アニムスが納得したとばかりに頷いた。
「そういうこと! これで奴らと鉢合わせになれば、万々歳ってわけ。どう、この仕事、乗らない?」
ルナが二人を見回す。
ルナ、ヴォイド、アニムスは、特別仲がいいわけではない。しかし、一か月と少し前に第三位選抜が始まったときから、ルナの提案で手を組んでいた。最終的に選ばれるのは一人だけだが、まだ一年の猶予がある。半年間三人で手を組み、残りの七人を突き放そう――という思惑である。
そういうわけで、アニムスはすぐに首を縦に振る。
「そういうことなら、頑張るよ、ルナ。偶然出会えばいいんだもんね」
「そうそう。鉢合わせになっちゃったら、仕方ないわよね」
「そう簡単に鉢合わせるかあ? オルクスたちが都合よくその存在を知るとは思えねえ」
「そこは抜かりなし、情報が入るよう手を打ったわ!」
ルナがにっこりと笑う。
この女は抜け目がない。そう言うのならそうなのだろう。
「それでヴォイド、あんたは……どうすんの? 来てくれる?」
「……」
ヴォイドは黙った。
ヴォイドは自分が特殊な死神であることを、ある程度自覚している。何故なら彼は、第三位にあまり興味がないからだ。そして何よりも戦いを嫌っていた。それでも、アニムスに頼まれて断り切れず、こうして同盟を組んでいるわけではあるが。
「……少しなら付き合う。ただ、極力戦闘はしたくない」
「わかってる。あんたは、切り札だわ」
切り札。
第四位きっての厭戦家、ヴォイド・ゼロ。彼は同時に第四位最強の一角でもある。
さっぱりしたショートヘア、耳には大きなリング型のピアス、そして顔に入った大きな十字傷。……第三位のアダムも一目置く、実力者である。
「それならいい」
「ふふ、嬉しいわ。じゃ、頑張りましょ」
……物語の始まりは、これで終わり。
様々な思惑が絡む中、再び死神と人の戦いが始まろうとしていた。
***
次の話は、とある二人の、殆ど死神とは縁のない世界から始まった。
縁は結ばれてゆくものだ。
クラン・クラインとオルクス・マヴェット。二人に関わった以上、彼らもまた、部外者面はもうできないのだから。
それは、死神第三位、ギルベルトとの戦いから一か月と二週間ほど立ったある日のこと。
「おい、どういうこった、ラザロ。オルクスの居場所を教えろだなんて……」
「ん。彼に聞きたいことがあってね」
小さな部屋、テーブルを挟んで向かい合う高校生が二人。
一人はガドガ・ゴルシドル。オルクスの友である。
そしてもう一人は――ラザロ。オルクスにかつてコテンパンにされた青年だ。
そもそも相いれない二人がこうして一対一で話す羽目になったのには理由がある。ガドガの両親は共働きのため、夕暮れ時の家はガドガのほかに妹が一人いるのみだ。その妹がやってきたラザロを兄の友達だと手厚く歓迎してしまったため、追い返すに追い返せず、ガドガは結局妹の運んできたお菓子を差し出しつつ彼を自室へと入れた、というわけだった。
勿論、わざわざ自室へと案内した理由は一つ。妹に手を出されないようにするためだ。
が、話を聞いてみれば、いつものふてぶてしさはなりを潜め、真面目な顔でガドガに頼みごとを始めたので、拍子抜けもいいところだった。
「聞きたいことだあ? あれから一か月と数週間経ってんだろ、今更何を聞こうってんだよ」
「俺の超能力について、かな」
「はあ? そんなん、お前自身がよく知ってんだろうがよ」
「それがね。知らないんだよ」
言いつつも、ラザロの見えない腕がお菓子をつまみ上げ、口に運ぶ。
『見えざる腕』――あるいは、『超能力』『サイコキネシス』。ラザロは、そう呼ばれる能力を持つ、不良の親玉である。
「知らないたあ、嘘だろ。あんなに使いこなして」
「どうだろう? “なぜ使いこなせるのかわからない”能力を、知っていると言っていいのかな。ねえ、ガドガ、俺は何の努力もしていないんだ。ある日突然、奇跡が降ってきたのさ――それも、とても都合のいい奇跡。それって怖くない?」
「……宝くじに当たったみたいなもんか」
「そうそう、感覚として近いかもしれないね。何か裏があるんじゃないか、いつか反動が来るんじゃないか。正直言って、そういう考えはずーっと心の隅にあるんだ。俺だってバカじゃない。苦労もせずに手に入れたこの力、ずっと使えるなんて思っちゃいない」
「……」
ラザロがそんな風に考えていたとは、ガドガにとっては思いもよらないことだった。言われてみれば、頷くしかない言葉ではあるのだが。
「だからオルクスに会いたい。彼は俺の知らないことを知っているみたいだったからね。もう一度、話が聞きたいんだよ」
「はん。オルクスはお前を嫌ってる……会おうったって会えねえだろうよ。それにてめえ、どうせ何か企んでやがるだろ」
「企んでなんかいない。それに嫌われてるのはわかってるよ、だから君に頼んでいるんじゃないか」
「俺もお前が好きじゃねえ!」
その反応は予想通りとばかりに、一定のペースでお菓子を咀嚼しつつ、ラザロは次に驚くべき言葉を吐いた。
「……俺さあ、不良のチーム、解散させたんだよね」
「は? ……は!?」
思わずガドガは、その手のひらをテーブルに叩き付けた。
「ガドガ、五月蠅いよ」
「い、いや、だって、お前――」
「そもそもあんな醜態晒してまで俺は不良の親玉なんてやってたくないの。だから、解散させたよ。その時に色々と派閥出来たり別のチームに襲われたりで、すべてにケリをつけるのにはこんなにも時間がかかっちゃったけど」
「……」
「これでもう君たちにとって、俺は害がない。もう敵じゃないんだ。仲良くしようよ」
「ふっざけんな!」
にっこりと、見えない手を差し出すラザロに、ガドガは激昂した。それがこの男の無意味な煽りであるとはわかってはいたが。
「……ま、そうなるよね。それでも、これだけは誓える。俺はもう君たちに手を出さない。だって出す手段もないんだからさ。だから一度だけでいい、オルクスに会わせてくれないかな」
「一度だけ……で、いいんだな」
「うん、もちろん」
「わかったよ……」
ガドガはため息をついた。
こいつに延々とまとわりつかれるのはごめんだったので、結局、彼に選択肢などなかったのである。
「さて、善は急げ、だ。行こうじゃないか」
「早すぎだろ! ちょっと待ってろ、電話して、今いるか聞いてみるから」
ガドガが電話を掛けると、クランとシャーリィは買い物に出ており、ちょうどオルクスとシャハール、オランジェの三人がいるという。――運もラザロに味方したようだった。もう一度大きなため息をつくと、ガドガはラザロをシャハールの家へと案内することにした。
郊外の家へは、この一か月よく訪問したので道は完璧に覚えていた。勝手知ったる人の家。木の扉を叩くと、メイド服姿のオランジェが顔をのぞかせる。
「ようこそ、ガドガ様。お友達もご一緒だそうで」
「どうも。ラザロと申します」
「これはご丁寧に、私はオランジェと申します。……中でお二人がお待ちですよ」
彼女に導かれ、家の中へ入る。周囲はきっちりと片付いており、オランジェの仕事ぶりがうかがえた。そしてリビングの大きなテーブルには、シャハールとオルクス、二人の男が座っている。
オルクス・マヴェット。青い髪の死神。創造主に作られた被創造種族でありながら、創造主に叛意を示し、逃走を図った――だとか、なんとか教えられた気がするが、ガドガにはよくわからない。ガドガが確かに知っているのは、彼は奇跡のような魔法使いだということ。
そしてシャハール・フェリエ。両腕のない、軽薄な男。オルクスやクランの魔法の師匠であるらしい。本人は魔法が使えないらしいが、そこにはあまり触れるなとクランから釘を刺されている。師匠という割には威厳とかそういったものが欠片も備わっていないが、それが逆にいいんだろうな、と思っている。
オルクスは、ガドガと共に入ってきたラザロを見ると、ちょっといたたまれなさそうに目を逸らした。当のラザロは素知らぬ顔だ。それもそのはず、ラザロは一度、オルクスを卑怯なやり方で御そうとした過去がある。オルクスからすれば、油断ならない嫌いな相手、というところか。
「……オルクス、実は」
「何しにきたの、ラザロおにーさん」
ガドガが何かフォローしようとしたのを遮り、オルクスがラザロに声をかけた。
「うん。実は教えを請いに来たんだ」
「教え……?」
「どうか、俺のこの力について、教えてほしい」
いうや否や、その『腕』が動く――がたり、とオルクスの横の椅子が揺れた。
「……! 今の、属性魔法ではないな。祈魔法使いなんだね、君も!」
即座に反応したのは、シャハールだった。
「その祈魔法っての、よくわからないんだけどね。俺は、この力の正体が知りたい。知っておかなければならないことだと思う。こんな、都合のよすぎる力。――君たちしか、思いつかなかったんだ、教えてくれそうな人」
「ラザロおにーさんに教えることなんか、ないもん!」
「うーん、そう言われると俺、困っちゃうなあ」
ラザロは、肩を竦めた。
するとシャハールが、ぱっとオルクスのほうを向いて。
「オルクス、君がこの子を嫌いなのはわかるけど、ちょっと話を聞いてみちゃくれないかな。たぶん彼の力になれるのは、この世で俺たちしかいないんだ」
「そうかもしれないけど! 絶対こいつ、よからぬこと考えてるよ!」
「そうだったらその時さ。死神じゃないんだし、いいじゃないか。ただのやんちゃ坊主だろう?」
「うーっ」
獣のような唸り声だったが、オルクスはそれで引きさがった。シャハールの言葉には絶大な力があるようだ。
「そういうわけで、君の知りたいことはすべて教えよう、ラザロ君」
「……恩に着るよ」
ちょうどオランジェが冷えたお茶を注いで戻ってきた。ラザロは促されるままに椅子に座り、そのお茶に口をつける。シャハールは一つ頷くと、ゆっくりと話を始めた。
「君の力は、祈魔法という。もっとも、名付けたのは俺だけどね」
「……それ、なんなの? どうして俺に発現した?」
ガドガはラザロの横に座り、その面を盗み見る。ラザロはいつになく不安そうだった。
しかしシャハールの言葉は、裏腹に明るい。
「どうしてか? 君が願ったからさ! 祈る魔法と書いて祈魔法。これは強い人の想いが起こす、奇跡なんだよ」
「奇跡……?」
怪訝そうな声音。まさか自分にそんなものが降ってくるなんて、と言いたげな。
「勿論、奇跡といっても発現できる人は本当に限られる。心から、ひたすらに、一つのことを望み祈ったとき、それを叶えるべく、ある一定の確率で人間に覚醒する第七の魔法。それが君の魔法さ。君は人間の力ではどうにもならないことを、しかし本当に切実に、望んだのではないかな」
ラザロは、じっとシャハールを見つめている。シャハールの言葉を終えても、少しの間、シャハールを穴のあくほど見つめたまま固まっていた。
「その話……本当?」
「ああ、本当だとも」
「だったら、これは俺に害のない力なの?」
「勿論。君が得た祈魔法はいつだって君の意志に従い、君の力となるだろう」
「……」
ガドガは何気なくラザロの横顔を見、そして後悔した。彼が静かに一筋、涙を流していたからだ。
「お、おい、ラザロ……?」
不気味にも思えて思わず声を発すると、ラザロは何事もなかったかのように腕でそれを拭って話す。ガドガに向けてではなく、シャハールに向けて。
「貴方の言うとおりだ。俺は、確かにあの時、願ったんだ。腕が欲しかった。どうしても」
「……差し支えなければ、その時のことを聞かせてくれないかな? 俺自身、祈魔法の発現に関してはまだ調査途中の部分が多くてね」
「……君たちになら、いいか」
一呼吸おいて。全員が注目する中、彼は衝撃的な言葉を発した。少なくとも、ガドガにとっては。
「俺はいじめられっ子だったんだ」
「……!」
「ある時、手をこう……後ろ手に縛られてさ。その時はいじめっ子の虫の居所が悪くて、体育館裏で、下半身裸にされて、写真たくさん撮られて。明日クラスにばらまくなんて言われてさ。そのまま殴られて蹴られて。……助けてくれる人もいなかった。だから俺は願った。このクソ野郎を殴れるなら死んでもいい、なんでもする、一発殴るんだ、……そんなことを祈った」
淡々と、ただ淡々と、他人事のようにラザロは語る。
「……そうだったのか。ごめんね、辛い思い出だろう」
「構わないさ、教えを請いに来たんだ、授業料くらいは払うよ。……ちなみにこの話にはオチがあってね。えっと、なんだっけ、祈魔法? それが覚醒したおかげでいじめっ子をフルボッコにしたはいいんだけど、暴力沙汰になっちゃってさ。体面を気にする両親は俺を疎んで親戚の家に送り付け、大好きだった姉とは離れ離れ。親戚も俺のエピソードを知ってたから気味悪がって全然馴染めずに、親戚の間を数年おきにたらいまわし。そしてこの首都イーヴァリドにめでたくたどり着いたというわけ。力って難しいよね」
その話も、やはり淡白な口調で語られた。オルクスは驚いた表情でラザロを見ていた。ガドガも同じである。この都市に越してきたからというもの、あっという間に不良を牛耳った彼が、数年前はただのいじめられっ子だったなどと、俄かには信じられなかった。
「ねえ、それならなんで、不良の親玉なんかやったのさ。いじめられっ子なら、その辛さも知ってるはずでしょ」
「……ああ、知っているとも。オルクス、君の言うことは尤もだ。だけどね、俺はそれ以上に、もう一度虐められる立場になるのが怖かった。だから、支配する側に回るしかなかったのさ」
もう飽きたけど。ラザロは、そう付け加えて肩を竦めた。オルクスは納得のいかない顔だった。彼にはそういう思考回路は理解できないのだろう。
シャハールは……どう思っているのだろう。彼は全く動じているように見えない。
「ありがとう、とても参考になったよ。話してくれて、本当にありがとう。辛かったろうね」
「……とんでもない。貴方のおかげで、これからは心安らかに生きていけるんだ。こんな過去、いくらだって話すさ」
「そんなに君は、自分の力が怖かったのかい」
「ああ、そりゃあね。最初発動した時は、自分はこの羞恥と引き換えに悪魔と契約したんだと思ったよ……望みが望みだったからね。それからもずっと、この力にいつか食われて、腕を操るんじゃなくて、腕に操られるんじゃないかと、戦々恐々だった」
「そうか。確かに……知識が全く出回っていないし、そう思い込むのもやむなしか。しかし、魔法に関しては機密情報多いからなあ」
その言葉にガドガは別の意味でびっくりして、シャハールを見やる。
「えっと……俺は聞いてて大丈夫な話、だったのか?」
「ああ、うん。正確には魔法の存在が国家機密ってわけじゃないから大丈夫だよ。但し、あまり言いふらさないでほしい。魔法に関してはわかっていないことが多すぎる上に、科学での説明が不可能だから、不安がる人がたくさんいるだろうし」
「……わかった」
言われなくても、だ。シャハールが国に仕えていたとは以前聞いている。どのような役職だったかは知らないが、あまり詮索すべきではないだろう。ラザロは、必要以上に怯えているガドガを見てか、いつものようにふてぶてしい笑みを覗かせた。
「ふふふっ。そういうわけだ、ガドガ。これからも俺の力は超能力だってことで、一つ頼むよ」
「お、おう」
「さて、長居しても申し訳ないし、帰ろうか」
ラザロは立ちあがり、ずっと傍に控えていたオランジェは、静かに玄関の扉を開ける。
「オルクス、また来るね!」
そう憎たらしい捨て台詞を吐いて、元気に玄関から出ていった。ガドガも、それを追いかけた。
また来るどころか、オルクスのほうから会いに行くことになるとは、この時は誰も想像してはいなかったが。
***
地方都市、アイウェル。人知れず、一人の死神がこの地に降り立った。死神ギデオン――第十二位、元第七位。オルクスと同様、創造主への叛逆を目論む、もう一人の男。
とはいえ、裏切り者として処罰されそうなオルクスと違い、彼はまだその叛意を見破られてはいないため、第十二位として毎日死神の業務に励んでいた。即ち、人の殺害と魂の回収である。
今日のターゲットは子供。しかし、奇妙なことが起きていた。その居場所がわからないのだ。
死神は、処刑対象の居場所を把握することができる。一度仕事を命じられれば、接触自体は容易なはず。……しかし、その反応が先ほど降り立った直後から、ふっつりと途絶えているのである。魂の在処なので相手が死んでいても分かるはずだし、おかしい。
考えられるのは、魔力による干渉。死神は上司から命令書を受け取った時点で創造主の力がかかり、処刑対象を感知できるようになる。逆に言えば、この力に干渉しうるものがあれば妨害される可能性はある。そしてそれは、魔力以外には考えられるまい。
「参ったなー……」
この感知が使えないとなると、割とどうしようもない。
とりあえず情報収集のため、街を歩き回り、適当な店で新聞を購入する。開くと、飛び込んできた一面の見出しは不穏なものだった。
「連続失踪事件……」
小学生低学年の子供らが連続して失踪している。年齢からして家出とも考えにくく、失踪した子供に共通点もない。手掛かりは今のところないが、なんらかの事件に巻き込まれたのではないか。……そんな情報が書かれている。要するに何もわからないということらしい。
失踪した子供の名前も載っており、警察は情報提供を呼び掛けているとしている。謝礼金もわずかながら出るようだ。その名前に目をやる。
「ビンゴ」
ターゲットと同姓同名の文字が紙面に躍っている。
とくれば、結論は簡単だ。ターゲットはなんらかの魔法がらみの誘拐事件に巻き込まれたに違いない。そして今、魔力の感知が届かない場所に――生死はわからないが――少なくとも彼の魂は閉じ込められている。
彼は一つため息をつくと、新聞をくしゃくしゃに丸めて路地へと放りながら、街の中心部を目指して歩いて行った。
地図を何度か確認しながら、やってきたのは警察署。更なる情報があるとしたらここしかない。聞き出す方法は考えていないが、もう仕方ない。脅してでも聞こうと腹をくくり、中へ。
失踪事件の情報を持っているというと、なぜかかなりの時間待たされた結果、別の場所へ行けと投げやりに言われた。不思議に思いながらも、指定されたアパートへと向かう。ギデオンが中に入ると、そこには連絡を受けて待っていたのだろう、眼鏡を掛けた可愛らしい女性が座っている。なお、長い薄桃色の髪がパーマと言い張れないレベルで跳ねまくっているので、それと合わせて容姿はプラスマイナスゼロくらい。カチューシャがあるからマシなものの、なければ不潔に感じるレベルだ。
しかしそんなことより驚いたのは、彼女から魔力を感じることだ。
警察にいない担当者といい、この魔力といい。とにかく普通じゃない。
「座ってください。この事件を担当しております、フレイヤと申します」
「俺はギデオンっつーもんだが……」
ギデオンは口ごもった。適当な口実で担当者に会ってしまえば如何なる方法でも情報は得られるだろうと思っていたが、相手も魔法使いでは話が違ってくる。というかこの状況は、罠かと疑いたくなるくらいには異常だ。
すると、ギデオンの名前を聞いたフレイヤが、がたんと演劇のような驚き方をした。
「ぎ、ギデオン!? 貴方もしかして、死神ギデオン!?」
ギデオンも口と目を丸くして固まる。
「は……?」
何で知ってんだ。
混乱する頭の中、しかし、フレイヤが満面の笑みを浮かべるのが見える。
「貴方のこと、第一部隊隊長から聞いてる! 貴方になら明かしてもいいとも言われてるの。私は防衛省、非科学対策本部、第三部隊隊長――フレイヤ・ボルティーア。よろしくお願いするね、ギデオン」
「防衛省……非科学対策本部たあ……なんだそいつは? いや、待て。俺はそんな部隊に友達はいねえし、知り合いもいねえよ!」
説明になっていない説明に、増々混乱するギデオン。フレイヤは明るく笑って、軽く続けた。
「貴方はそうだろうなあ。ティベリオ隊長は、クラン・クライン、オルクス・マヴェット、シャーリィ・ライトの三名から聞いたとおっしゃってた」
「!」
ようやくギデオンの中でも、線が繋がった。
クラン一行がティベリオという男、恐らくはこの組織のトップ付近の者に、ギデオンのことも含めて情報提供し、それがこの組織の中で出回っている。つまるところ、こいつは。
「じゃあお前ら、クランたちの協力者……創造主への反逆者か」
「そーね。私、まだ死神とか縁のない生活してるから、実感湧かないんだけど……ティベリオ隊長は、一か月前に交戦開始を宣言したよ」
「なるほどな……」
混乱が収まり、一つため息をつく。
少なくとも、シャーリィやクランが手を組んだ組織なら、こちらに害をなすことはないだろうと、ひとまずほっとする。クランが順調に動いてくれているのも良い兆候だ。最後に勝つのは自分とはいえ、クランにはできるだけ暴れてもらいたい。
そして落ち着いたところで、もう一つの疑問が湧いてきた。死神と敵対する組織の者がここにいる、ということはまさか。
「ちょっと待て。ってことは、この事件、死神が起こしたもんなのか?」
「ううん、違うと思う。ただ、魔法が絡んでるのは、確かかな」
即答だった。フレイヤは眼鏡の位置を直したあと、理由を求められていると気付き、付け加える。
「私たちの通常業務は、魔法絡みの事件を秘密裏に処理することなんだ。この神隠し、調べてみたけど多分魔法が絡んでる。ただ、今のところ死神の影はないよ。っていうか死神ってこんなことするの?」
「……一般的にはしねェな……」
例えばレガートのような、人を操る能力者なんかだとありえないことではないが、通常の仕事には人攫いが含まれることはない。とすると、この事件を追っても死神と敵対することはなさそうだ。
「なら、手伝ってやろうか」
「え、いいの!?」
「おう。実は俺ァ、攫われた少年と知り合いでね」
「あら、世間狭いなー! なんて名前の子?」
「マークってお坊ちゃんだ」
「いたなーそんな子。ねえ、死神ってこの子の生死、わかったりしない?」
「……そいつがわかったら、もうちっと、楽なんだけどなァ」
知り合いというのは嘘だ。ただ、今回の殺人のターゲットであるとは言わなかった。こんなところで人間と死神の道徳観念の違いについて揉めたくはないし、信用を損ねたくもない。こいつらもクランも、信用してくれるのなら有難く利用してこそだ。
「ま、そういうわけで、俺にも手伝わせてくれよ」
「うん、勿論! 死神が加われば百人力、ってやつ。寧ろこっちからお願いしたいくらいだよ! ありがとうね、色々と楽になりそうだ!」
フレイヤの太陽のような笑顔を、ギデオンは見つめた。しかしふっと、その明るさの中にもどこか計算ずくの部分があるような気がして、目を逸らした。第三部隊の隊長と言ったか。人の上に立つ人間だ、どこかしら癖のある人間ではあるのだろう。
***
一方、首都イーヴァリド郊外のシャハールハウスはというと。
夜もたっぷりと更けたころ、ようやくクランたちが買い出しから戻ってきた。ところがシャーリィは不機嫌そのものだ。理由を聞かずとも、ため息とともに語りだす。
「ちょっと、聞いてくださる! クランったら、半分寝ながら歩いてたんですわよ。それで屋台の野菜にぶつかって、大惨事ったら、もう!」
「しょーがねーだろ。眠かったんだから」
「いくら強いからと言って、生活能力ゼロでいい理由にはなりませんわよ。お使いくらい一人で出来るようになって!」
シャハールとオルクスはそのいつも通りの光景を見て、くすくす笑った。メイドのオランジェが二人の上着を片付けると、お茶を注いでやってくる。
「まあ、まあ、お二人とも。落ち着いてくださいな。目当てのものは買えましたか?」
「ええ……まあ。疲れましたけど」
「シャーリィおねーさん、何買ってきたのー?」
「ギデオン様のお写真を保存するための、写真立てですわ!」
ぐっとガッツポーズしてみせるシャーリィ。
「うわあ」
「わーお」
「なんですのシャハール、オルクス! その妙な反応は!」
「ほら絶対こういう反応になるって言ったじゃねえか」
「お黙りなさい!」
「カリカリすんなよシャーリィ。お前がキレてる間に、ほら。写真立てに写真入れといたぞ」
「貴方何してるんですの!?」
シャーリィが買ったばかりの写真盾をクランの手からひったくる。しかし既に写真立てには一枚の写真が入っている。それはギデオンとは似つかない筋肉ダルマだ。
「どうだ、お前好きだろ。ヴァルナルの写真だぜ、しかもレアもの」
「せぇい!」
瞬時に椅子を踏み台にジャンプしたシャーリィの飛び膝蹴り、クランの脳天にクリーンヒット。戦う女は強かった。そして後ろでシャハールがやんややんや。
「おっとー! 良い蹴り入れるねー! っと、それはそうとヴァルナルの写真と聞いて! ヴァルナルコレクターの俺の目が光るよー見せて見せて!」
「貴方も集めてるんですの!?」
「そりゃ勿論だ。第一部隊不動ののアイドルだからね! それ要らないんだったら俺がもらうよ!」
「ああ、もう、あげますからこの写真立てには金輪際触らないで下さる!」
ヒステリーでも起こしそうなシャーリィに、ぶっ倒れた体を起こしながらクランが不服そうにぼやく。
「何をそんなにぶちギレてんだ、シャーリィ。お前、ヴァルナルの筋肉撮影会してたじゃねえか」
「ギデオン様は格が違うんです、格が!」
格ってなんだろう。オルクスは疑問を抱いた。シャーリィおねーさんはこわいなーって思った。
「あ、そーだ。ところで、なんか手紙来てたよな、シャーリィ」
「ああ、さっきポストに入ってたやつですわね。何かしら」
シャーリィがようやく思い出したとばかりに、手紙を取り出す。差出人も宛名もない。封筒を開けると、一枚の白い紙。その上に書かれた手書きの文章を全員が覗き込んだ。
しかし残念ながらそれは、手紙ではなかった。
『シャーリィ・ライトの弟を誘拐した。返してほしければシャーリィ一人で指定の場所に来い』
……それは無骨な誘拐宣言だった。
余白には、指定の場所と思われる住所が書いてある。首都から少し離れた神殿のようだ。
筆跡からはなんの感情も見えてこない、機械的に書かれた脅迫文章。ただ、要求は身代金ではなく、シャーリィ本人である。クランは首を傾げる。
「なんだ、こりゃ、いたずらかな。シャーリィ、お前弟いるのか?」
「……一応、いますわよ。でも、もう何年会ってないかしら。連絡も取れませんわ」
「なんでそんな、ずっと会ってもいないような弟を攫うんだろね? んー?」
その意図がわからず全員が首をかしげた、その時。静寂に包まれた部屋に、電話のベルが鳴り響いた。
「はい、もしもし。……え?」
電話を受けたオランジェが、さっと青ざめる。
「いえ、こちらはもう、三時間ほど前にお帰りになりましたけれど。……はい。ええ、お二人で。……」
受話器を耳から離すと、全員のほうを振り返り、オランジェが言った。
「ガドガ様とラザロ様、二人ともまだ帰ってきてらっしゃらないそうなんです。ガドガ様がこんなに断りなく遅くなるのは初めてだって……」
「……まさか、あいつらに何かあったのか?」
すると、シャーリィが小さくひゅっと息を吸い込んだ。
「ラザロ? ……それはもしかして――私と同じ、銀髪の子ではなくて? 今、十六歳の……優しそうな顔の……」
全員、シャーリィを見つめる。シャーリィは蒼白だった。オランジェより、はるかに。
オルクスが口を開いた。
「うん。銀髪のおかっぱで、えっと、高校生だったと思うよ。ガドガおにーさんと同い年だから……十六歳……」
言いながら、オルクスは……その意味を漠然とだが理解する。
ラザロの言葉を思い出す。「大好きだった姉とは離れ離れ」――。
オルクスはラザロの話をシャーリィにしたことがなかった。思い出したくなかったからだ。そのためシャーリィは一度もラザロについては聞いていなかった。それが災いし、彼女は今の今まで気づかなかったのだ。
「っ……ああ……! なんてこと――」
シャーリィはその場に崩れ落ちた。
「ラザロ・ライト。私の弟ですわ……! じゃあ、この誘拐は、本当に――!」




