第9話 復活の老執事と次なる難問
爽やかな朝の光が差し込む中、俺はいつものように食堂で朝食をとっていた。
目の前に並ぶアリシアの手作り料理は、いつも通りに、いや、日を追うごとに美味くなっている気がする。実は俺にはいくつか苦手な食材があったのだが、アリシアはそれすら俺に気づかせないほど絶妙にうまく調理して出してくれる。その細やかな心遣いが、本当にありがたかった。
ふとキッチンの方へ視線をやると、金髪紅玉の少女AI──白銀が、無表情のまま器用に皿洗いをしながら、アリシアの手元をじっと見つめていた。
白銀はアリシアの家事を手伝いながら、俺の味の好みや栄養バランスについて細かく質問を重ね、時折人間の料理というものを学んでいるらしい。
そんな光景を微笑ましく眺めながら、俺は以前の地獄のような日々を思い出していた。
俺がこの惑星レガリアの領主となって、早いもので8カ月が経った。
あの財務官僚をはじめとする行政府の害虫どもの大掃除が終わり、暗部を使って没収した隠し資産を充てたことで、レガリアの財政はどん底の赤字から、どうにか少しだけ健全化へと向かっていた。
だが、それでもまだまだ、この星が抱える問題は山積みだった。
朝食を終えた俺は、重い腰を上げて二階の執務室へと向かった。
デスクに向かうと、そこにはホログラムの映像ではなく、正真正銘、生身の身体で直立不動の姿勢を保つ、一人の老人の姿があった。
立派な口髭を蓄えた初老の男──セバスだ。
ようやくギックリ腰から完全に回復し、正式に執事長としての執務に復帰してくれた。やはりホログラム越しではなく、本家を支え続けた大ベテランが側にいてくれるだけで、室内の空気が引き締まるような圧倒的な安心感がある。
俺がデスクの上の新たな財政データに目を落とすと、セバスは丸眼鏡のブリッジを指先でくいっと上げて、厳しい表情を見せた。
「やはり無駄な軍備が問題ですな…」
セバスがデスクの上に、レガリア駐屯軍の維持費をホログラムで展開する。
「行政府の汚職を断ち切ったことで、流出していた資金は止まりました。しかし、それによって浮いた予算のほぼ全てを、あの艦艇五千隻、兵一万人という穀潰しどもが食い潰しているのが現状でございます。彼らをどうにかしなければ、レガリアの真の復興など到底不可能です」
「一万人のクズ私兵、か……」
俺は椅子の背もたれに深く体重を預け、天井を見上げた。
8カ月前、酒場で「新領主の化けの皮を剥いでやる」と息巻いていた軍人たちの不穏な動きは、白銀と暗部の情報網を通じてすべて把握している。
行政府という金の蔓を絶たれた軍の幹部どもが、新領主である俺に対して、いよいよ痺れを切らして牙を剥こうとしているのだ 。
「やるぞ…白銀」
うなづく白銀の紅玉の目は静かに輝く。 これは始まりにすぎない。
その日の午後、政庁から重大発表が発布された。曰く、軍の解体及び再編 である。 これは領主アレスによって決定された事であり、変更はない。この大リストラに当然軍部は反発することになる。だが…その全てが反発したわけではなかった。軍部直属の工機廠 戦艦 兵器 この世界の宇宙戦・局地戦における主兵装。巨大人型兵器 魔導機動兵器 などを建造する部門でも大騒ぎになる
「主任!うちらもリストラですか!?」
半泣きになる男を後目に、主任と呼ばれた少女は黙々と魔導機動兵器の整備をしていた。たとえ中古の使い物にならない兵器でもなんとかしようとする、職人としての魂。というか、ただの重度の兵器マニアである。
「まだよ……まだ使える」
ぐへへと笑いながら、部下の声など完全に無視して彼女は工具を動かし続けた。
そんな技術部門の喧騒から遠く離れた、駐屯軍の中枢である司令官室。
そこでもまた、別の意味での重々しい空気が満ちていた。
「閣下! よろしいのですか! 廃嫡されたあのような小僧の勝手な命令を、このまま見過ごされるおつもりですか!!」
血相を変えた部下の将校たちが、デスクの前に詰め寄り、激しい口調で詰め寄っていた。
だが、その中央──『閣下』と呼ばれたミドルガイは、彼らの怒号を浴びながらも、ただ静かに腕を組み、沈黙を貫いていた。
彼の名は、エドガー・フォン・ガルシア。
かつては帝国中央の精鋭艦隊において、数々の輝かしい戦績を収め、若くして少将の地位にまで上り詰めた将帥だった。
しかし、中央でのとある大戦の折、傲慢で無能な上司の無茶な命令により、自身の部下たちを無駄死にさせてしまうという最悪の悲劇に見舞われた。さらに中央の腐敗した上層部は、その作戦失敗の全責任をすべてエドガー一人のせいに仕立て上げ、彼を階級及び名誉を奪う形で追放したのだ。彼を慕い、ついてきた部下と共にこの最果てのレガリアへと流れついたのだ。アストレア家の私兵軍として雇われる形で…。
(無能な主君の命令が、どれほどの命を無駄に散らすか……私は誰よりも知っている)
エドガーの硬質な瞳の奥に、かつて宇宙の塵と消えた部下たちの残像がよぎる。
アストレア本家から送られてきた新領主、アレス。
誰もが『魔法の使えない無能のボンボン』と侮るその少年が、着任わずか一ヶ月で行政府の腐敗を一瞬で大掃除し、今度はこの一万人の穀潰しどもの軍を解体すると宣言した。
それはただの無謀な子供の暴挙か。あるいは──。
「閣下! ご指示を! 我ら駐屯軍の武力をもってすれば、あのボロ屋敷など一瞬で消し飛ばせます!」
「……黙れ」
エドガーが低く、地を這うような声で一言だけ告げた。
その圧倒的な威圧感に、先ほどまで騒いでいた将校たちがビクリと肩を揺らし、一瞬で口を閉ざす。
「新領主の布告は『軍の解体及び再編』だ。ただの取り潰しではない。あの少年がこのレガリアで何をしようとしているのか、その真意を私はこの目で見極める。……軽挙妄動は許さん」
エドガーは静かに立ち上がると、窓の外に広がる荒涼としたレガリアの街並みを見つめた。
反発して暴動を起こそうと息巻く兵どもを他所に、冷徹な提督の目は、すでにアレスという新領主の本質を見定めようと動き出していた。




