第6話 私の名は白銀
倒伏したガーディアンの巨体を迂回し、奥へと進もうとしたその時だった。
ガシャ、と静寂に包まれた空間に金属の擦れる音が響いた。音がしたのは、アレスの拳によって無残にひしゃげ、沈黙したはずのガーディアンの胸部だった。内部の精密機械がショートしたのか、バチバチと激しい火花が散る。
ドンドンドン!音が段々と大きくなる。
ドォン!直後、重厚な胸部ハッチが内側から凄まじい力で吹き飛ばされ、床に転がって甲高い金属音を立てた。
「――まったく、酷い目に遭いました」
白煙が立ち込めるコックピットの奥から、そんな鈴を転がすような声が聞こえた。煙を排して姿を現したのはこの血臭い遺跡にはあまりにも不釣り合いな一人の可憐な少女だった。
アレスは思わず息を呑む。純金のように眩い光を放つ美しい金髪。そして、最高級の紅玉を思わせる深く、どこか冷徹な輝きを宿した深紅の瞳。整いすぎた人形のような顔立ちには、一切の感情が消え失せている。
その少女は、煤一つついていない端正なメイド服に身を包んでいた。少女はハッチから音もなく床へと降り立つと、アレスの目の前まで迷いのない足取りで歩み寄ってきた。
「お前は……?」
アレスの問いかけには答えず、少女は静かにメイド服の裾を両手の指先で軽く持ち上げる。そして、完璧な所作で膝を曲げ、優雅なカーテシーを披露した。
「――起動完了。生体反応および魔力波形を確認。あなた様が、私のマスターですか?」
感情の薄い、しかしどこか絶対的な気品を感じさせる深紅の瞳が、じっとアレスを見つめていた。
完璧に洗練されたカーテシーをしたまま、少女は身動き一つせず、その紅玉の瞳でじっと俺を見つめていた。
神殿の静寂の中に、彼女の抑揚のない、しかし澄んだ声が再び響く。
「個体識別名──『白銀』。
本惑星『レガリア』の全インフラ、および秘匿された防衛機構の一元管理を司る、超高性能惑星管理AIです。先ほど、あなた様のガーディアンの完全破壊を確認いたしました。これにより、私の所有権およびマスター権限は、アレス・フォン・アストレア様に100%移行されました」
「白銀……? お前が、惑星管理AI……?」
あまりにも現実離れした自己紹介に、俺は呆然と彼女の名前を繰り返した。
星間帝国の最先端技術を以てしても、惑星ひとつを丸ごと一元管理できるような高次AIなど存在しない。実家の首府惑星でさえ、何百もの巨大なサーバーと数千人の専門官僚が付きっきりでインフラを回しているのだ。
それに、彼女の髪はどこからどう見ても、溶かした純金のような美しい『金色』だ。それなのに、なぜ名前が『白銀』なのだろうか。
俺の疑問を察したのか、白銀は表情を一つも変えないまま、淡々と説明を続けた。
「私の外殻および頭髪は、超希少金属である『白銀非晶質合金』のナノマシンによって構成されています。通常時はエネルギーを蓄積しているため、光の屈折によりこのように金色の輝きを放ちますが、内部システムおよび戦闘プロトコルが完全起動した際には、その真の姿である『白銀』の輝きへと変化いたします。お見知り置きを、マスター」
ふと彼女の横顔を見つめ直したとき、俺の頭の中に小さな疑問が浮かんだ。
白銀の見た目は、どう見ても俺より年下の可憐な『少女』だ。いくら自分の口で超高性能惑星管理AIだと言われても、人間の少女にしか見えない外見のせいで、本当にそんな大層な存在なのか、まだ実感が湧ききらないところがある。
俺がじっとその外見を見つめていると、白銀は紅玉の瞳をパチリと瞬かせ、自身の身体を一度見下ろした。
そして、俺の視線の意図を機械的に誤解したのか、とんでもないことを口にした。
「……マスター。私の現在のビジュアル構造は、初期設定の少女形態となっております。もしかして、もう少し大きい方がお好みですか?」
「マスターの性癖およびご趣味に合わせて、外見の動的変化が可能です」
白銀は表情を一切変えない無機質な顔のまま、自身の平坦で小さな胸元に細い両手をやった。
そして、空間に大きな半円を描くように手を動かし、さらに『豊満で重いもの』を下からよいしょと持ち上げるように、両手を上下に往復させてみせた。完全にジェスチャーで、胸を爆発的に巨大化させられると言っている。
「ぶっ──!? お、おい待て! 何をしている!!」
タイミングを見計らったかのように、脳内の魔女がクスクスと意地の悪い笑い声を響かせた。
『そうだな…こいつはむっつりだからな』
「なっ!」
『違うのか?お前自室の、誰にも見つからぬよう端末の奥深くに隠していた、あの秘蔵のコレクション映像では……確か、信じられぬほど豊満な胸をした女の──』
「やめろバカ!!」
「……マスターのバイタルが急激に上昇。顔面の紅潮を確認。……やはり、あの大きな半円を上下させるほどの質量がお好みなのですね_身長もそれに合わせて成人女性に変化も可能です。それともこのままで大きくした方がいいですか?」
カンベンシテクダサイ。
脳内で魔女が、我が世の春を謳歌するようにケラケラと愉快に笑う。




