第20話 超常の翼、星の海を駆ける
「宇宙港から未確認機出現!」
新設されたばかりの艦隊旗艦『ファフニール』の艦橋に、甲高い警報音が鳴り響き、一気に緊張が走った。突然の出来事に、クルーたちの間で「何が起こったんだ」「テロか?」とあわただしく声が飛び交う。
「確認せよ」
指揮官席に深く座り、冷徹なまでに冷静な一言を放ったのはエドガーだ。その動じない態度に毒気を抜かれたのか、オペレーターはすぐに落ち着きを取り戻し、素早くキーを叩く。
「……データ照合中……これは、レガリア・ゼロ! アレス様の機体です!」
その言葉に、艦橋の一同は一斉に安堵の息を漏らした。ゼロがアレスの乗機となることは、事前に上層部へ知らされていたからだ。
「そうか……ついに完成したのか」
エドガーは薄く笑みを浮かべ、メインスクリーンを見上げる。だが次の瞬間、オペレーターが信じられないものを見たというように目を見開いた。
「あっ……レガリア・ゼロが、デブリの密集する宙域に突っ込んでいきました! ……バカな、減速どころか、さらに加速している!? あのスピードで、浮遊する小惑星や塵をすべて避けている……!? そんなこと、人間の反射神経で可能なのか!?」
ファフニールのモニターに映し出されたのは、無数の障害物の隙間を、まるで生き物のように、滑らかに、そして狂気的な速度で縫っていく一筋の蒼い閃光だった。
コックピットの中。
全周囲モニターに流れる星々と、凶悪なまでの速度で迫り来るデブリの群れ。普通なら恐怖で硬直するはずの光景を前に、オレの唇は自然と吊り上がっていた。
「……なるほど。これが『手足の延長』って奴か」
思考した瞬間には、すでにゼロの機体が反応している。
脳の神経が直接スラスターに繋がっているかのような、完璧なシンクロ感。バイオメトリック・スキャンは、ただのセキュリティではなく、この機体とオレの意識を精神レベルで直結させるための儀式だったのだ。
操縦桿をわずかに傾けるだけで、ゼロは慣性を無視したような鋭角的な機動を見せ、巨大な小惑星の僅かな隙間をトップスピードのまま文字通り「縫う」ように突き抜けていく。
「試乗なんですから。優しく扱ってくださいぃいいい!」
コンソールの上に、突如として立体ホログラムが展開された。
そこに映し出されていたのは……二頭身ほどにディフォルメされた、ちっこいフェムだった。どうやら宇宙港の通信回線から無理やりコックピットのシステムへ割り込んできたらしい。
ホログラムのフェムは、オレのトリッキーな変則機動のせいで視界がぐるぐると回って完全に酔ったらしく、顔を真っ青にさせて目を回している。
「……そんな機能までつけんなよ」
オレは思わず盛大なため息を吐いた。
主任整備士の執念というか、機体愛が重すぎる。
「オレはコンソールに視線を落とし、火器管制システム(FCS)を立ち上げた。
全周囲モニターの各所に、デブリの中でも特に巨大な浮遊小惑星が、自動的に赤色のロックオン・マーカーで捕捉されていく。
「次は……その自慢の火力を試させてもらうぞ、フェム」
オレは右手のトリガーに指をかけた。
「まずは……小手調べだ」
オレは右手のトリガーを浅く引いた。
即座に連動し、ゼロの両肩にマウントされていた多連装ミサイルポッドのハッチが跳ね上がる。そこから放たれた無数の誘導光弾が、漆黒の宇宙に眩い尾を引いて四散した。
それはまるで、意思を持つ光の蛇だ。
迫り来る大小数マニのデブリ群へと正確に吸い込まれ、次々と直撃していく。
ドォン! ドォン! ドォン!
大気のない宇宙空間ゆえに音は聞こえない。だが、全周囲モニターを埋め尽くす激しい爆炎の連鎖が、その威力の凄まじさを視覚的に訴えかけていた。並の装甲なら一撃で消し飛ぶ質量を持った岩塊が、一瞬でただの宇宙の塵へと変わっていく。
「ふはっ、素晴らしいな……!」
だが、これはほんの挨拶代わりに過ぎない。
爆煙を突き抜け、さらに前方に立ち塞がるのは、直径数百メートルはあろうかという巨大な浮遊小惑星だった。
「フェムが自慢していた主兵装、見せてもらおうか」
オレは操縦桿のメインスイッチを切り替える。
ゼロの背部から長大な砲身が自動でスライドし、脇下を通って前方に展開された。――反物質投射砲だ。
機体の全エネルギーが砲身へと集約され、バチバチと空間を歪めるような極大の光球が銃口に形成されていく。コックピット内のコンソールが、限界突破寸前のエネルギー充填率を告げていた。
「消し飛べ」
トリガーを深く絞り込む。
瞬間、全周囲モニターが純白の閃光で塗り潰された。
発射された一撃は、光線というよりも「空間を削り取る濁流」だった。放たれた反物質の光は、前方の巨大小惑星に接触した瞬間、対消滅による大爆発を起こした。
爆発などという生易しいものではない。
巨大な岩塊が、まるで最初からそこに存在していなかったかのように、光の粒子となって綺麗に消滅したのだ。射線上にあった他のデブリもろとも、一瞬で宇宙の彼方まで至る空白の射線が穿たれる。
しかし、ゼロの真価はそれだけでは終わらない。
残ったデブリの破片が、爆風に煽られて弾丸のような速度でゼロの死角――背後から迫っていた。
「甘い」
オレは操縦桿を激しく引き絞り、機体を反転させた。
同時に、ゼロの右マニピュレーターが腰部のホルダーから直剣型の兵装を抜き放つ。
バズゥウウウウウ!
レアメタル「ヒヒイロカネ」でコーティングされた刃から、高密度のビーム刃が爆発的に伸長した。
ゼロは迫るデブリの群れに向かって、一切の減速なしで突っ込んだ。
目にも留まらぬ超高速の連撃。十文字に、あるいは円を描くように振るわれたビームソードは、触れるものすべてをバターのように滑らかに両断していく。
一閃、二閃。
切り裂かれた岩塊は、切断面を真っ赤に融解させながら、ゼロの左右へと虚しく流れ去っていった。
すべてのデブリを文字通り「消滅」させ、「一刀両断」にし終えた時、ゼロの周囲にはただ静寂な宇宙の闇だけが戻っていた。コンソールに表示される機体ステータスは、これだけの無茶な機動と火力を経ても、なお「オールグリーン(異常なし)」を示している。
「これなら……」
オレは握った操縦桿にぐっと力を込めた。
オレは操縦桿を握る手に、さらに自身の魔力を深く流し込んだ。
このレガリア・ゼロの心臓部『魔道縮退炉』には、パイロットの魔力を直接同調・増幅させるシステムが組み込まれている。
オレの体内で煮えたぎる復讐の魔力が、縮退炉を通じて機体全体、そして右手に握られたビームソードへとダイレクトに流れ込んでいく。
キィイイイイイイイン!
空間が悲鳴を上げるような高周波音がコックピットに響いた。
オレの魔力に呼応するように、剣の刀身へ複雑な魔力文字が次々と浮かび上がり、目も眩むような黄金の輝きを放ち始める。
「開け、ゼロ……!」
ギギィ、と機械的な駆動音を立てて、剣の装甲が左右へと大きく展開した。
剥き出しになった制御コアから、オレの魔力が文字通り『溢れ出していく』。それは光の奔流となり、ゼロの機体の数十倍の長さを超える、超巨大な光の巨刃へと膨れ上がった。漆黒の宇宙を、オレの魔力が黄金色に染め上げていく。
前方に立ち塞がるのは、先ほどの爆発で砕け散り、なおも密集して押し寄せてくる巨大なデブリの群れだ。
「消え失せろ……ッ!」
オレは操縦桿を渾身の力で振り下ろした。
それと完全に同期し、ゼロが巨大な魔力の刃を縦一閃に一気になぎ払う。
バアアアアアアン――!!!
閃光が宇宙を縦に裂いた。
刀身から放たれた圧倒的な魔力質量は、
接触したデブリ群を粉砕するどころか、分子レベルで融解・消滅させていく。射線上にあったすべての障害物が、一瞬にして光の塵すら残さず、宇宙の彼方へと消し飛ばされた。
「ばしゅううううっ!」
戦闘モードの解除とともに、ゼロの各部に設けられた強制排気口から、行き場を失った莫大な余剰エネルギーが白い熱気となって宇宙空間へと激しく吹き出された。
全周囲モニターの輝きが徐々に落ち着きを取り戻し、コックピットを包んでいた猛烈な熱気が冷却システムによって引いていく。
これで試乗は終わりだ。
オレは深くシートに背を預け、握りしめていた操縦桿からそっと手を離した。掌には、まだ縮退炉と同期していた時のピリピリとした感覚が残っている。
「……だが、やはり無茶な出力だったか」
ふとコンソールに目をやると、警告の赤い文字が静かに明滅していた。
『警告:魔道縮退炉および極大兵装、オーバーヒート。現在リキャスト・シークエンスに移行中。再起動可能まで、残り360秒』
さすがのレガリア・ゼロ、であっても、オレの魔力を全て込めたあの最後の「魔導の巨刃」は機体に多大な負荷をかけたらしい。




