第17話 半年ぶりの我が家
「……ここが、本当にレガリアなのか?」
オレが遺跡から屋敷へと戻ったのは、実に半年が経過した頃だった。
そんなに時間が経っていたのかという驚きよりも、オレを圧倒したのはレガリア領全体の激変ぶりだった。
半年前までのレガリアは、赤茶けた荒涼たる大地が広がり、中世を思わせる古びた街並みが燻っているだけだった。領民たちは明日への希望もなく、活気も生気もまるでない、ただ死んでいないだけの存在だったはずだ。
それが、いまやどうだ。
視界に飛び込んできたのは、瑞々しく息吹く緑の大地。整備された街路には住民が溢れ返り、弾んだ声と活気が満ち満ちている。
領主の館すらも、まるで新品になったかのように美しく生まれ変わっていた。
半年前とのあまりの落差に、オレの頭は少し混乱していた。
――はるか昔。人類発祥の星において、亀だかに乗って酒池肉林の旅から故郷に戻ったらあまりにも時が立ちすぎており、知り合いが誰もいなくなって途方に暮れるという昔話を聞いたことがあったが……今のオレを襲っているのは、まさにあの伝承と同じ感覚だった。
「知らない間に、オレの領地が別の領地になっている……」
おそるおそる足を踏入れた領主執務室は、無駄な装飾を省いた簡素な造りでありながら、配置された調度品はどれも一目でわかる高級品に置き換わっていた。
促されるままに腰掛けた領主の椅子も、驚くほど座り心地がいい。
オレがその劇的な変化に圧倒されていると、静かに声が響いた。
「ご報告申し上げます」
白銀がいつもと変わらぬ、涼やかな響きを帯びた声で、静かに言った。
「惑星のテラフォーミングは順調に進んでおり、現在45%完了しております」
白銀の口から飛び出した具体的な数字に、オレは座り心地のいい椅子の上で内心驚いていた。
テラフォーミングによる惑星開発が進められていること自体は知っていた。だが、まさかオレが遺跡に籠もっていた、たった半年の間にここまで一気に進行しているとは。赤茶けた大地がこれほど瑞々しい緑に変わり、街に人が溢れ返るほどの劇的な成果を、この短期間で叩き出すとは想像していなかったのだ。
しかし、一体どこからそんな国家予算を遥かに超える、規格外の惑星開発の財源を捻出したというのか。
オレの疑問を見透かしたように、白銀は淡々と報告を続ける。
「財源につきましては、遺跡にて合成されたレアメタルの売却益を充てております。アダマンタイト、ヒヒイロオカネ、ミスリル、オリハルコン、市場にてもめったに出回らない超希少金属を資金源といたしました」
あの遺跡そんな事もできるのか。…。
ただし、これらを一気に売りに出すとさすがに怪しまれるので少しづつごくわずかに鉱物に混ぜて売りに出しているという。それだけでも売上が凄いらしいが……。
「また、これほどのレアメタルが発見された事実は、すでに目ざとい商人たちの耳にも広まっております。現在、我がレガリア領の『御用商人』になりたいとの申し出が、大手商会から続々と届いております。内政のさらなる拡大には利用価値もあるかと」
白銀はホログラムで商人たちの資料を出した。
「御用商人に関しては、すでに豪商になっているものより、新規参入の若手を推奨します」
その言葉の意図を察し、オレは背もたれに深く身体を預けながら言葉を返す。
「こちらで御用商人を育てる……か?」
「はい」
白銀は静かに、しかし深く頷いた。
大手の豪商であれば、確かに最初から広大な商網や、独自の強力な伝手を持っている。だが、彼らは百戦錬磨の商売人だ。レガリアが持つレアメタルの利権の大きさを理解すれば、言葉巧みに立ち回り、いいように美味い汁を吸い上げられるリスクがある。彼らの手の平の上で転がされるのは御免だった。
だからこそ、あえて実績のない新規参入の若手を御用商人に指名する。
資本も経験もない彼らを、レガリアの圧倒的な財力とレアメタルという規格外のブランド力で一から引き上げ、育て上げるのだ。
そうすれば、若き商人たちはレガリアに対して絶対的な忠誠を誓うようになる。
何より、自分たちの手の届く範囲で一から飼い慣らすことで、将来的にこちらの意のままに動かせる盤石な商業の手駒にできる――それが白銀の狙いだった。
報告はそれだけに留まらない。
「そして、これら資金を元手に、軍事力にも力を入れております。アレス様のご意志の通り、軍事増強も極めて順調のようです」
白銀は満足げに一礼した。
テラフォーミングの進捗、降って湧いた巨万の富、群がる商人、そして順調すぎる軍事増強。
オレの予想を遥かに超えるスピードで、レガリアは巨大な勢力へと変貌を遂げつつあった。
「うまいな……」
ぽつりと呟いたオレの言葉に、傍らに控えていたアリシアが嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます、アレス様。お口に合って何よりです」
白銀との内政報告を終えたオレは、久しぶりに領主の館の食堂で昼食を摂っていた。目の前に並ぶのは、アリシアが腕によりをかけて作ってくれた手料理だ。
決して、宮廷で出るような豪華なフルコースではない。地元の新鮮な野菜と肉を素朴に煮込んだスープや、焼き立てのパンといった、いわゆる家庭料理だ。だが、口に運ぶたびに張り詰めていた心がじんわりと解けていくような、圧倒的な安心感があった。
(やっぱり、これだよな……)
遺跡での半年間、メイドたちが運んできた料理は、豪華絢爛で完璧な美食ばかりだった。最初は感動したものの、人間というのは贅沢なもので、そんな最高級の味ばかりが毎日続くと、不思議と脳が飽きてくるのだ。
完璧すぎる計算された味よりも、不揃いな形の野菜から滲み出る素朴な旨味の方が、今のオレの身体には何倍も染み渡る。
アリシアは少し気恥ずかしそうに、指先をいじりながら微笑んだ。
「お代わりなら、まだたくさんありますからね」
そう言ってスープの器を満たしてくれるアリシアの笑顔を見ながら、オレは「生きて帰ってきて本当に良かった」と、心から実感していた。




