第14話 質量ある幻影と、漆黒のポニーテール
それは、これまでに見たどの魔導機動兵器とも一線を画していた。
全身を包むのは、長い年月を経てもなお、神秘的な鈍い輝きを放ち続ける白銀の装甲。
そして肉厚ながらも洗練された無骨なフォルムは、まさに戦場を支配する絶対強者の佇まいそのものだ。
眠りについているはずのその顔面からは、侵入者を射すくめるような鋭い眼光が放たれているようにさえ錯覚させる。
「これは……見たことのない魔導機動兵器だ」
俺の呟きに、脳内の魔女が妖しく笑う。
『一番奥の奴をお前の乗機にするといい。さすがに外部装甲は劣化しているが……内部フレームは問題ないはずだ』
魔女の言葉を裏付けるように、隣に立つ白銀がホログラム端末を操作し、残存データを素早く読み取った。
「マスター。初期登録されている機体名は『レガリア』となっておりますが……変更されますか?」
白銀の冷静な問いかけに、俺は最奥の巨体を見上げながら、不敵に口元を吊り上げた。
「少し変えるか。――レガリア・ゼロだ」
原初にして至高、そして俺たちの新たな始まりの象徴。
気に入った。
アレスはこの機体を「レガリア・ゼロ」と名付けた。
『さて……次だ。白銀にこう命じろ』
脳内で魔女ルクレツィアが、楽しげに、そして酷く厳かな声で囁いた。
その言葉は、この遺跡の、いや、この惑星の真の姿を解き放つための鍵。
俺は目の前の白銀を見据え、魔女の言葉をそのまま告げた。
「白銀、惑星レガリアのテラフォーミング開始。遺跡の全機能の解放を許可する」
「……! かしこまりました、マスター」
俺の命令が下った瞬間、空間が激しく震えた。
白銀の周囲に、眩い光を放つデータ配列の球体が出現し、彼女の身体を包み込む。
球体の表面を、天文学的な文字数の超古代データが、もの凄い勢いで駆け巡り、演算処理されていく。
それは、失われた技術が完全に再起動していくプロセスだった。
そして――光の球体が弾けた。
「……システム、オールグリーン。全権限の掌握を完了しました」
スウ、と顔を上げた彼女の髪は、その名の通り、神秘的な「白銀」へと変色していた。
光を浴びて煌めくその髪色こそ、彼女の秘められた機能が全開になった証。
「対象天体コード『アーク04』の静止軌道上に待機中。偽装用デブリ迷彩、解除。外殻岩石プレートをパージ(分離)します」
白銀の口から紡がれるのは、先ほどまでの人間味を排除した、冷徹で神聖な機械の宣。
その声に呼応するように、遥か上空――宇宙空間で、眠りについていた巨大な質量が目を覚ます。
「……テラフォーミング衛星『ジェネシス-03』、全システム起動。太陽光集光パネル、展開完了」
演算の光に包まれた白銀の瞳には、惑星全体のデータがリアルタイムで投影されていた。
「現地人類の生存を確認しました。しかし、現在の生活環境、大気品質、および生体資源は、人類最適化基準を満たしていません。テラフォーミング補正プロトコル・フェーズ2、始動。これより世界規模の気候調整を開始します。二酸化炭素の強制固定による大陸の緑化、および極地の融解による海洋生成プロセスへ移行――」
世界の再構築。
機能を全開にした「白銀」の髪が輝く中、この星はアレスの命令一つで、真の姿へと生まれ変わろうとしていた。
『よし……後は白銀に任せて、ここからが本題だ』
脳内で魔女ルクレツィアが、事も無げにそう告げた。
専用機「レガリア・ゼロ」の発見。
さらには、惑星テラフォーミングの始動。
魔女にとってはそれすらも、まるで前座か「ついで」に過ぎないと言いたげだった。
白銀が髪を輝かせながらテラフォーミングの演算処理を続ける中、俺は魔女の誘導に従い、遺跡のさらに奥へと歩を進めた。
案内されたのは、奇妙なほどに広大な円形の空間。
余計な装飾は一切排除され、剥き出しの強固な超古代合金が壁と床を覆っている。
極限まで無駄を削ぎ落としたその場所は――言うなれば、太古の昔に存在したとされる、生死を賭けた闘技場のような殺伐とした雰囲気を漂わせていた。
そして、その殺風景な空間の中央に、ポツンと一人の女性が立っていた。
微動だにせず、気配を完全に絶って佇むその影。
俺が足を止めた瞬間、脳内の魔女がその名を冷酷に響かせる。
『ミカボシだ』
魔女の言葉と同時に、その女性がゆっくりとこちらを振り向いた。
まず目を引いたのは、光の加減で白銀にも見える、透き通るような淡い金髪だ。 高い位置で一つにまとめた、凛としたポニーテールが、彼女の動きに合わせて静かに揺れる。
切れ長の瞳は夜空のように深く、その佇まいはまるで一本の研ぎ澄まされた名刀のよう。古風でありながら、どこか超越的な美しさを湛えている。
彼女が纏うのは、機能美を極めた漆黒の戦闘装束だった。
和の意匠をベースにしながらも、ボディラインに完全にフィットした超先端素材のアンダーウェア。その上から、重厚な装甲と防弾布が幾重にも組み合わされている。
肩から翻る漆黒の羽織の裾には、帝国のものと思われる古風な金色の刺繍が施されており、腰には一振りの洗練された刀が帯びられていた。
切れ長の瞳は夜空のように深く、その佇まいはまるで一本の研ぎ澄まされた名刀のよう。古風でありながら、どこか超越的な美しさを湛えている。
(……人間、なのか?)
あまりにも現実的な存在感。だが、彼女の足元からは、かすかに超高密度の光粒子が立ち上っている。
『驚くのも無理はない。彼女は「質量を持ったホログラムAI」だ。投影された光に過ぎんが、お前が殴れば硬い手応えがあり、彼女が殴ればお前の骨は砕ける。実体と何ら変わりはない』
『これからお前に徹底的に戦い方を教える』
鈴を転がすような、しかし一切の妥協を許さない峻厳な声が響く。
彼女は腰の刀には一切手をかけず、代わりにその両拳へと濃密な魔力を収束させた。
赤く炎のようま魔力の収縮、凶悪なまでに高められた魔力の波動が、彼女の拳の周りの空間をガタガタと歪ませていく。刀を抜くまでもない、己の肉体と魔力のみで叩き潰すという意思の現れだった。
刹那、彼女の姿が完全に掻き消える。
「ッ――!?」
次の瞬間、アレスの視界は正面から迫る無慈悲な拳の風圧で満たされた。
防御が辛うじて間に合ったものの、魔力を帯びた格闘術の凄まじい衝撃が両腕を襲う。
質量を持ったホログラム。魔女の言葉通り、それは投影された光などではなく、お前の骨を容易に砕く「本物の暴力」そのものだった。
実力差は絶望的。




