第13話 技術の狂犬、フェルム・リベット
エドガーが深い一礼ののち、退室した。
アレスは椅子の背もたれに身体を深く預ける。
心地よい疲労感とともに、思考を巡らせた。エドガーを旗下に加えた。
それは彼を慕う実直な部下たちをも得ることを意味する。新設される「領主軍」の強固な土台となるはずだ。
「ですが、まだまだ有能な人材は欲しいですね」
白銀が書類を整理しながら、静かに告げる。
その声には、現状の戦力不足への懸念が滲んでいた。
「あぁ」
アレスは短く応じる。
アリシアが絶妙なタイミングで淹れてくれた紅茶に口をつけた。
極上の香りが鼻腔を抜ける。その瞬間、室内に鋭い警告音が鳴り響いた。アレスのデスクにある直通回線が強制接続される。
目の前の空間に、鮮明なホログラムが飛び出した。
「領主様! 兵器売っぱらうって本当ですかぁ!?」
画面に顔を限界まで乗り出してきたのは、見紛うことなき女性の姿。
「ぶっ……!」
アレスは口に含んだばかりの紅茶を盛大に吹き出した。
優雅な空間が一瞬で霧に包まれる。
「……っ」
白銀が無言のまま、凄まじい手際でハンカチを取り出した。アレスの口元やデスクの飛沫を、いそいそと完璧に拭き取っていく。その手際の良さは、もはや職人技の域だった。
ホログラムの向こうで騒いでいるのは、フェルム・リベット。領地軍部直属の工機廠で主任整備士を務める女だ。
明るい栗毛の髪を、左右でツインの三つ編みにまとめている。
だが、その愛らしい髪型とは裏腹に、顔やタンクトップのあちこちには黒い機械オイルがべっとりと付着していた。
まさに技術の狂犬、あるいは現場の暴走機関車である。
アレスは白銀に拭かれながら、ようやく喉を整えて画面を睨んだ。
「使い物にならんものなんぞ売るに決まってるだろう。大体それでも二束三文だ」
アレスは白銀に口元を拭かれながら、画面のフェルムに呆れた声を向けた。
反乱軍から没収した兵器など、我が領主軍の規格には合わない。
スクラップにするにしても、解体や処分の経費が余計にかかるだけだった。
「いやですぅ! 一生懸命、整備したんですからぁ!」
ホログラムの向こうで、フェルムが涙目で必死に訴えかけてくる。
そのあまりの必死さに、アレスは若干引きながらも、胸の内でため息をついた。
コイツの腕自体は本物だ。
あんな動くかどうかも分からない年代物の兵器たちを、実動に耐えるまで維持してきたのは、彼女が率いる工機廠の執念があったればこそ。
だからこそ、軍を再編するにあたっても、工機廠の面々は引き続き全員雇用すると事前に通達してある。
「軍を再編するにあたり、帝国より新たな兵器の購入を考えております」
アレスの意図を察した白銀が、絶妙なタイミングでアシストの言葉を挟んだ。
「えっ……」
その言葉を聞いた瞬間、フェルム――愛称「フェム」の顔から一瞬で涙が引っ込み、パッと花が咲いたように明るくなった。
「じゃ……じゃー! 最新型の超弩級戦艦や、新型の魔導機動兵器を買ってくれるんですか!?」
画面にこれでもかと顔を近づけ、目を輝かせるフェム。だが、白銀は非情な現実を突きつける。
「無理です。当家の財政から考えて、中古を数百隻です」
「えーーーっ!?」
露骨にがっかりして肩を落とすフェム。その様子を見守りながら、白銀が静かに、だが重みのあるトーンで付け加えた。
「資産運用は計画的に……です、フェルム主任」
『中々なかなか面白い奴らが揃ってきているな、小僧』
久しぶりに脳内で響いた魔女の声。
相変わらず、前触れもなくいきなり語りかけてくる奴だ。
フェムとの慌ただしい交信を終え、俺がいつもの朝の調練を庭でやり遂げたタイミングだった。
魔女から教わった方法に従い、魔力を全身に循環させながら筋トレを行い、身体を動かす。
これが俺の日課であり、すべての基本だ。どんなに激務が重なり、忙しい日々であっても、俺はこの鍛錬だけは一日たりとも欠かさず続けてきた。
やればやるほど、魔力と肉体の連動、その扱い方のコツが手に取るように分かってくる実感が得られたからだ。
じっと汗を拭う俺の意識の奥で、魔女は不敵に、楽しげに喉を鳴らした。
『さて……本格的にお前を鍛えてやろう。遺跡に来い』
その言葉は、これまでの基礎トレーニングの終わりと、さらなる領域への扉が開くことを告げていた。
「……ッ!?」
突如、俺の足元に禍々しくも美しい魔法陣が展開した。眩い光が視界を染め上げる。
背後に控えていた白銀が動くよりも早く、俺たちの身体は光の中に溶けて消えた。
次の瞬間、視界が開ける。
鼻を突いたのは、冷えた空気と、悠久の時を経た古びた鉄の匂い。
「転移の魔法か……。便利なものだな」
気づけば、俺と白銀は未知の遺跡の奥深くに立っていた。
そこは俺がこれまで探索してきたエリアではない。一言で表すなら、巨人の王が座る「玉座の間」。
いや、超古代の魔導機動兵器が眠る、巨大な格納庫だった。壁面には荘厳な装飾が施されている。手前には歩兵型、その奥には砲兵型、さらに進むと騎士型。
奥へ進むにつれて兵器の階位が上がるように配列されていた。
そして、その頂点――最も深き最奥の玉座に鎮座していたのは、圧倒的な威容を誇る「王」の機体だった。




