第12話 手狭な対峙と忠義の天秤
反乱が収束した後に待っているのは、地獄のような「事後処理」の山だ。
各施設の被害報告の査定、拘束された一万人近い反乱兵たちの収容先の確保や尋問の手配。これら全てに領主としての決済が必要であり、完全にデスクワークの暴力に殺されかけていた。_白銀のバックアップもあるがどうしても領主としての仕事は多忙を極める。
だが、そんな膨大な実務の合間に、俺にはどうしても優先して片付けなければならない重要な案件があった。
今回の反乱、その暴挙に同調せず、最後まで軍人としての本分を守って加担しなかった「まともな軍人たち」が、少数ながらも確かに存在していたのだ。
その中でも、オレの目を引いたのはエドガー・フォン・ガルシア。帝国中央に輝かしい戦績を持つ軍人ながらこんな辺境惑星に身を置く提督。白銀に調べさせた経歴を見ながらなかなかの人物だと思った。彼は今屋敷の一室で待機していた。
(腐りきったこの星の軍の中で、反乱に加担しなかった奴だ。ただの臆病者か、それとも芯のある本物の軍人か……)
俺はペンを置き、椅子の背もたれから身体を起こした。
彼らをどう処遇すべきか。それを冷徹に見極めるため、俺は直接会って彼らの本質を確かめ、その運命を俺自身の目で決めようとしていた。
コンコン、と控えめな音が手狭な室内に響いた。
仮の執務室のドアが、軽く叩かれたのだ。
昨夜の騒動の際、俺が自ら魔力で執務室の壁を派手にブチ抜いてしまったため、現在は急遽用意させた別の部屋を執務室として使っている。元々は書庫か何かに使われていた部屋らしく、元の大広間のような執務室に比べれば随分と手狭で、デスクと数脚の椅子を置いただけで室内の空間は余裕をなくしていた。
だが、この狭さが逆に、独特の張り詰めた空気を作り出している。
「アレス様。エドガー・フォン・ガルシア様をお連れ致しました」
ドア越しに響いたのは、アシシアの声だった。
俺は手元の書類から顔を上げず、短く応じた。
「入れ」
開かれたドアから、アリシアの案内によって一人の男が執務室へと入ってくる。
エドガー・フォン・ガルシア。
先の地上の反乱において、兵どもが暴挙に出る中、一切の誘いに乗らず、最後まで自身の部隊を統率して静観を貫いた、この領地では数少ない真面目な軍人だ。
エドガーが室内に入った瞬間、部屋の空気がわずかに冷えた。
俺の背後には、金髪紅玉の少女AI──白銀が直立不動で控えている。そして、肉眼では決して見えないが、この手狭な部屋の天井の隅、そして影の随所には、俺の命にのみ従う「暗部」の者たちが息を潜めて潜伏していた。
もし、目の前のエドガーが少しでも不審な行動を取ろうものなら、背後の白銀と影の暗部たちは、一瞬の躊躇もなく彼をバラバラに解体するだろう。
その絶対的な死の気配を察知してか、エドガーの身体が一瞬、硬直した。
彼は部屋の狭さに気圧されたわけではない。この部屋に満ちる、新領主アレスへの絶対的な忠誠と、それを守るための過剰なまでの防衛網──その本物の「強者の気配」に本能が警鐘を鳴らしたのだ。
エドガーはごくりと息を呑み、ゆっくりと俺の前まで進み出ると、軍人としての完璧な敬礼を捧げた。
「──レガリア駐屯軍、第三守備隊長エドガー・フォン・ガルシア。領主アレス様にお目通りいたします」
俺はデスクに肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せて、漆黒の瞳でエドガーをじっと見つめた。
試すような沈黙が、手狭な仮執務室を支配する──。
「失礼いたします」
静寂が支配する手狭な仮執務室に、温かい紅茶を淹れてくれたアリシアの柔らかな声が響いた。
彼女は俺の前にそっとカップを置くと、張り詰めた空気を邪魔しないよう、深々と頭を下げて静かに部屋を出て行った。
パタン、とドアが閉まり、再び部屋が静まり返る。
湯気と共に上質な茶葉の香りが広がる中、俺はデスクの上の紅茶には手を付けず、目の前で直立不動のまま佇む男に一言、問いを投げかけた。
「なぜ、あの乱痴気騒ぎに参加しなかったんだ?」
先の地上の反乱。兵どもが欲に駆られて暴挙に出る中、なぜ彼らと共に新領主である俺を排斥しようとしなかったのか。裏切り者の巣窟において、その「正気」の理由を確かめたかった。
エドガーはすぐに答えず、深く、一呼吸を置いた。
その瞳には怯えではなく、確固たる理知の光が宿っている。彼は俺の漆黒の瞳を真っ向から見据え、静かに、だが淀みのない声で言った。
「──今回の反乱、すべてはアレス様の画策ではなかったのですか?」
「……何?」
エドガーの口から飛び出した予想外の言葉に、俺の背後で控えていた白銀のセンサーが一瞬、微かに明滅したような気がした。影に潜む暗部たちも、その呼吸をさらに鋭くしたのがわかる。
エドガーは淡々と言葉を紡いでいく。
「この惑星レガリアにおいて、肥大化し財政を食いつぶす軍の解体は急務でした。しかし……まともに『解体する』などと言い出せば、既得権益にしがみつく軍の大反発を招き、最悪の形で暴発することは火を見るより明らか。だからこそ、アレス様はあえて彼らを泳がせ、暴発を誘った」
男は一歩も引かずに、自身の推測を俺にぶつけてくる。
「泳がされた軍が愚かにも反旗を翻せば、アレス様は堂々と『反逆罪』という絶対的な大義名分のもと、害虫どもを一網打尽にし、合法的に一掃できる。……違いますか?」
「…………ほぅ」
俺の口から、自然と低い声が漏れた。
思わず、口元がにやりと不敵に歪むのを止められなかった。
この時点で、俺の中でエドガー・フォン・ガルシアという男の評価は「ただの真面目な軍人」から「極めて有能な智将」へと跳ね上がった。
俺の笑みを見て、己の確信が正しいと察したのだろう。エドガーはさらに言葉を重ねた。
「ですが、その策略を実行に移すには、暴発した一万の軍を逆に圧殺できるだけの『圧倒的な実力』が前提となります。アレス様は……ご自身の手元にある戦力だけでそれが可能であると確信なさっていたからこそ、あの腐った軍へ容赦なく大ナタを振るわれたのでしょう?」
さらに彼は続ける。
「──失礼ながら、アレス様が反乱軍を鎮圧できるかどうか、この目で見定めさせて頂きました。果たして、あなたが我が命を懸けて仕えるにふさわしい主であるかどうかを……」
静寂の中に落とされたその言葉は、あまりにも不敬、かつ大胆極まりないものだった。
瞬間。
俺の背後に佇む白銀の紅玉の瞳が細められ、室内の温度が急激に下がったかのような凄まじいプレッシャーが放たれた。同時に、天井や壁の「影」に潜む、クロ率いる暗部たちの気配が、一瞬にして明確な『殺意』へと変貌する。
主に対する明らかな不敬。
俺が指先一つでも動かせば、次の瞬間にはエドガーの首が床に転がることになるだろう。それほどの刺すような緊張感が室内に満ち満ちていた。
だが、俺は片手を軽く挙げて白銀と暗部たちの殺意を制した。
依然として口元に不敵な笑みを浮かべたまま、目の前の男を真っ向から見据える。
「で?……オレはお前が仕えるにふさわしい男だったか?」
傲然と、だが器の大きさを試すように問いかける。
エドガーは、白銀と暗部が放った死の気配に冷や汗を流しながらも、その瞳から理知と覚悟の光を消さなかった。彼は俺の問いを聞くと、迷うことなくその場に膝を折り、深く、深く頭を垂れた。
「……私には、かつての上司によって、私を慕い、信じてくれた部下と共にこの僻地レガリアへと流れ着いた過去がございます。私を信じてついてきてくれた者たちの未来のためにも、今度こそ、仕えるべき主を間違えるわけにはまいりません」
エドガーの声が、仮執務室の床に、そして俺の胸に力強く響く。
「──アレス様の知略、そして圧倒的な実力と覚悟、この目にしかと焼き付けました。我が忠誠、どうかお受け取りください。この命、これより全てあなた様に捧げます」
頭を下げ、完全に臣下の礼を取るエドガー。
後に、アレスが率いる宇宙艦隊において、不抜の盾であり軍の絶対的な柱石となる男──エドガー・フォン・ガルシアが、領主アレスに対して生涯の忠誠を誓った瞬間であった。




