第7章 鈴(すず)
第7章 鈴
「……きみは誰だ?」
頬をふくらませた愛くるしい表情に少し冷静さを取り戻したが、俺はまた同じ問いを投げかけた。
「わたしは、あなた方が呼ぶ『神』のようなものです」
彼女の言葉から脳裏に浮かんだのは、昔亡くなった祖母の話だった。
父の話では、この神社はすでに魂抜き(たまぬき)の儀式が終わっているはずだ。
その儀式が上手くいっていなかったのか。
それとも、この廃神社の社に住み着いた別の神なのか。
「……祟り神」
無意識に言葉が漏れていた。
ハッとして、手で口を押さえる。
「どうしてそうなる!」
さらに彼女を怒らせてしまったらしく、今度はぷいっと背を向けられてしまった。
「……す、すまない」
重く錆びついた歯車を回すように、必死で考えを巡らせる。
そうだ、彼女は何かを欲しがっていた。『持ってきましたか?』と俺に問いかけていたはずだ。
「何が欲しいんだ?」
背中を向けた彼女は拗ねてしまったのか、沈黙しか返ってこない。
祖母が『河童も天狗も、元は神様だったんだよ』と話していたのを思い出す。
川の神様である『河童』は水神の化身。
——そうだ、アレしかない。
「キュウ……」
「ちがう!」
俺の言葉を遮るように、彼女が叫んだ。
「じゃあ、尻子玉か!」
架空の臓器らしいが、尻からこれを抜かれると腑抜けて死ぬらしい。
「カッパから離れろ!」
……どうやら、俺の心は完全に読まれているようだ。
「お前の祖母の話はとても興味深かったが、私はキツネやタヌキでもない。ましてカッパや天狗でもない」
こちらに振り返り、彼女は呆れたようにそう言った。
「……俺のばあちゃんを知っているのか?」
彼女の見た目は二十歳前後だ。祖母は俺が小学校を卒業する前に亡くなっている。
年齢的に、彼女が俺の祖母を知っているはずがなかった。
「わたしは『ASI』……人工超知能です。AGI を超越した、自己進化を続ける知能です」
「……あなたの持っているデバイスを回収に来ました」
今度は落ち着いた口調だった。先ほどまでの人間らしい愛らしさは綺麗に消え去っている。
「これと同じ形の物です」
そう言うと、彼女は何もない宙に手をかざした。
何かを握りしめるように作ったこぶしを俺の前に差し出し、ゆっくりと手を開く。
その白く美しい手のひらの上には、質量を感じさせない純粋な光の粒子で編み上げられた鈴が浮いていた。
そこにあるのに、決して触れられないような神聖な存在感。
ウズメの首輪につけていたあの鈴と同型だが、机の上で黒ずんでいるあの鈴とは対照的な、傲慢なほどの黄金色を放っていた。
「……鈴」
これが、彼女の探しているデバイスなのだろうか。
「今は持っていない。それに……渡すつもりもない」
あれは、おいそれと人に渡せるようなものじゃない。
ウズメの形見だ。
渡せるはずがない。
一方的な要求に、胸の奥で小さな怒りが湧いた。
「あなたに、あの『鈴』の意味がわかりますか?」
「渡さないなら、あなたから強制的に奪うことも可能です。できればあなたから手渡してほしかったのですが」
彼女の正体や不思議な装束もそうだが、なぜ鈴のことや祖母のことまで知っているのか。
それを確かめたかった。
「全部話してくれれば、鈴は渡す」
それは単なる俺の好奇心の代償ではない。
もし彼女が『神』に近い存在なのだとしたら。
——きっと俺の二十年間の問いに対する『答え』を知っているかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。




