第6章 巫女(みこ)
第6章 巫女
神楽舞台の上で、巫女が舞っていた。
……あり得ない光景だった。
「……なぜ」
いま見ているものが現実なのか夢なのか、脳が理解することすら拒絶している。
廃神社と聞いていた場所で神楽舞が行われていること以上に異様だったのは、暗い舞台を照らしているのが、彼女自身から発せられる光だということだ。
巫女装束の白衣や緋袴には、青白い光の模様が浮かび上がっていた。
その模様は回路図のような幾何学模様と、激しく明滅する数式の羅列。それらがまるで意思を持つ流体のように、布地の上を滑っていく。
彼女の舞に合わせて衣装の上の数式が滑り、微かな電子音のようなノイズを伴って弾けては、夜の闇を青白く書き換えていく。
その光に照らし出される彼女の息をのむほど美しい顔立ちから、目を逸らすことすらできなかった。
こちらの存在など気にも留めない様子で続く舞に、時間の刻みすら意味を失っていく。
だがやがて、俺は彼女の手にする神楽鈴に『音がない』ことに気がついた。
それまで俺の存在を無視するかのように舞っていた彼女が、ようやく俺と視線を合わせる。
舞が止まった。
……。
「……あなたを呼びました」
今の俺には、その言葉の意味すらわからない。
「呼んだ……?」
口から出た自分の声が、どこか遠くで響いているように感じられた。
「持ってきましたか?」
さらに追い打ちをかけ、思考を奪う問いかけ。
「な、何を……」
本当に口にしたかったのは『何を言っているんだ』だったはずなのに、それすらまともな言葉にならない。
「ふぅ……」
ため息のような彼女の吐息が、俺の思考を覆っていた霧を払った。
何か声を出そうとしたが、喉が固まって動かない。
彼女は俺の問いには答えず、神楽舞台の脇にある階段から下り、闇の中へと姿を消した。
「……きっと、見てはいけないものを見てしまったんだ。妖怪か、化け狐か……」
独り言のつもりだったが、声に出ていた。
怪異の問いかけに間違った回答をすれば、命を奪われる。……そんな言い伝えを、俺は思い出していた。
幼い頃に聞いた都市伝説や、地方に伝わる物の怪の言い伝えが頭をよぎる。
「神社の神楽舞台で巫女を見て、なぜ神の使いだと思わないのですか」
背後から突然響いた声に、俺は跳ねるように振り返る。
いつの間にか背後に立っていた彼女は、不満そうに頬を膨らませ、俺を下から睨みつけていた。少し怒っている様子だった。
——そうだ。普通なら、この神聖な場所でこの光景を見たら、神の使いか神そのものだと思うはずだ。
二度目の祈りを無視されたあの日、確かに消したはずの感情が、胸の奥で微かに蠢いた。




