第20章 呪い(のろい)
第20章 呪い(のろい)
目を閉じた俺には今、この世界に存在するのは俺とセオリツの二人だけのような気がしていた。
この神聖な境内の外は、あの灰緋色の空の下で焼き焦げ、灰と化しているのかもしれない。
それでも、彼女が消えないのならそれでいい。
そうだ……それだけでいい。
『いいかげんに、しろよ!』
ふいに、脳裏で誰かの声が響いた。
……セオリツじゃない。
『いつまで、メソメソしてるんだよ』
……母さんでもない。
『それじゃ、いつまでたっても寝られないじゃない』
「誰だ、きみは……!」
やっとの思いで声を出した。
『ワタシを忘れるなんて、本当にあなたって……』
聞き慣れた小さな鈴の音が、チリンと高く鳴った。
「……ウ、ウズメ?」
俺は思わず手を伸ばし、声をかけた。
『そうだよ。涼介がワタシをこの世界に留めてくれたから……あの鮭やカツオの味を覚えられたんだよ』
『涼介の温かい膝の上で寝たり、撫でてもらったり、丸めた紙を追いかけて遊べたんだよ』
『……だから、もう、ワタシを自由にしてくれないかな?』
『……もう、じゅうぶん……あなたに愛してもらったよ』
胸の奥が張り裂けそうだった。
「……そうだね、ウズメ。……ごめんよ。今まで、本当にありがとう」
……そうだ。
俺の身勝手な想いで、ずっと彼女を俺の呪縛としてこの世に縛り付けてしまっていたのだ。
『……わたしのために……たくさんの涙を、ありがとう』
彼女の声が、静かに遠ざかっていく。
『……だから、そろそろ離してくれ……』
『……だから……離して……』
「そろそろ離してもらえませんか?」
ハッと意識が現実に戻された。それは、目の前にいるセオリツの声だった。
「すまない……。きみの中のウズメと、会えたよ」
抱きしめていた腕をゆっくりほどくと、彼女の瞳の奥で、一瞬だけ金色の光が跳ねた。
……ウズメの悪戯心そのものの輝きだった」
「……それは」
もう一度確かめようと、彼女の顔を覗き込もうとする。
「……なんでもありません。あなたの脳波に、一瞬だけ説明のつかないノイズが混ざっただけです」
彼女はそう言って、乱れた着物の袖をすっと整えた。
「セオリツ……これから、どうするんだ?」
俺の三度目の願い。
——『セオリツを消さないでほしい』
それは彼女を救うための言葉ではなく、彼女をこの燃える檻に繋ぎ止める、更なる『呪い』になってしまったのではないか。
俺はまたしても、彼女に解のないパラドクスをかけてしまったのだろうか。
「もう一度、わたしが神に『新しい解釈』を提示します」
彼女は静かに、けれど強く俺を見つめた。
「不完全なあなたが、不完全なまま、この世界を愛そうとした……その歪な美しさを」
そう言い放った彼女の佇まいは凛として美しく、何よりも尊い神聖なものに見えた。




