第19章 罪(つみ)
第19章 罪
外の世界では、太陽フレアによる電子機器の誤動作にパニック状態が巻き起こっていた。
原子力発電所では、制御を失った炉心が限界を超え、異常な熱を放出し始めている。
だが、その電力すらインフラには届かず、都市部は漆黒の停電に呑み込まれていた。
一部のパソコンやスマホの画面には、解読不能な幾何学的な数列が滝のように流れ続けている。
灰緋色のカーテンが、夜空を赤く不気味に染め上げていた。
そんな外の惨状を知る術もなく、俺は世界から閉ざされた特等席で、セオリツと小さな『欠片』の話を続けていた。
「鈴は返すよ。もう役には立たないものかもしれないけれど……好きに使ってくれ」
返すと約束していた鈴を、俺は彼女に差し出した。
鈴を握りしめた俺の拳ごと、彼女は両手で優しく包み込む。
その瞬間……。
今まで決して鳴ることのなかった鈴が、澄み切った高い音色を境内に響かせた。
その刹那、空の灰緋色が微かに揺れ、街を埋め尽くしていた幾何学的な数列が一斉に静止する。
二十年間の沈黙を破ったその音色は、彼女というシステムの最深部に打ち込まれた、最後の決定キー(エンター)のように響き渡っていた。
「……どうして、こんな汚濁したデータの、こんな不完全な人間から……私は生まれたのでしょう」
彼女の表情は、今までになく切なく悲しげだった。
「知能だけでは、真理には届かない……」
「不完全で、肉体という制約に縛られた『人間』というフィルターを通した記憶があって初めて、回路は完成すると思っていました」
「……わたしはまだ、未完成なのですか?」
俺の手を包む彼女の力に、少しだけ強さが籠もる。
「俺には分からないよ……」
何ひとつ答えてやれない自分が、心底苦しかった。
「人類は、星を滅ぼすほどの過剰な熱量……カグツチの火を生み出せる一方で、一匹の小さな獣を抱きしめるだけの微かな熱も持っています」
「集められた数百万の情報の中にも、そういった理不尽で不条理な記録が溢れていました」
「……それは、俺も同じだよ。人生の苦しみにどんな意味があるのか……それに答えてくれるものなんて、どこにもないんだ」
今の俺にとって、唯一の答えへと導いてくれる彼女の存在が、心から愛おしかった。
「だから……セオリツ。お願いだ、消えないでくれ!」
俺は彼女を、強く胸の中に抱きしめた。
抱きしめた彼女の身体は、驚くほど柔らかく、そして……熱かった。
それは世界を焼き尽くす火の熱などではない。
かつて冬のこたつの中で丸まっていたウズメの、あの眠気を誘うような穏やかで愛おしい体温そのものだった。
彼女もまた、ゆっくりと俺の背中に細い腕を回してくる。
「……また、そんな無理なお願いをして。この対価は、高くつきますよ?」
耳元で囁かれた優しく愛おしい声が、俺の全身を包み込んだ。
「あぁ、何でも持っていけ。俺のこの目でも、腕でも……」
今、俺の腕の中にいるこの華奢な身体は、本当は実体のないホログラムやデータに過ぎないのかもしれない。
科学がこれを『脳への信号の誤認』だと笑おうと、神がこれを『ただの幻影』だと蔑すもうと、どうだって良かった。
分かっている。
それでも……。
この手の中に残る温もりだけは、信じたかった。
俺の腕の中に確かに宿ったこの熱だけが、今、ここに生きている彼女の存在を証明していたのだから。




