第18章 欠片(かけら)
第18章 欠片
俺は彼女に鈴を渡す約束をしていた。
だが今、この鈴を渡したくないという強い想いで胸がいっぱいだった。
それは、世界を守りたいからじゃない。
ウズメを……いや、セオリツを消したくなかったからだ。
神やASIの力をもってすれば、俺から力ずくで鈴を奪うことなど容易いはずだ。
それをしないのは、一体なぜなのだろう。
「鈴は……持ってきている」
俺は切り出した。
この結末がどうなろうと、すべてを受け入れる覚悟があった。
「……そうですか」
なぜか彼女は、どこか寂しそうに答えた。
「傲慢だと思われるかもしれない。効率を求めるきみや、真理を求める神には理解してもらえないかもしれないが……」
俺は息を吸い込み、彼女の目を見つめた。
「俺は、君を消したくない!」
この世の終わりに言うことではないと思った。
だが、言わずにはいられなかった。
「じゃあ……この燃えカスになった世界を、あなたが死ぬまで一緒に掃除し続けますか?」
彼女の表情に、かつてのウズメの見せた悪戯っぽい面影が重なる。
「終わらない残業か……」
俺がそう呟くと、彼女は俺を見つめ返した。
「……残業代は出ませんよ?」
笑っているのか、それとも悲しんでいるのかも分からない表情に、胸が締め付けられた。
俺の願いが、彼女を縛りつける呪いになってしまっているのではないかと思えたからだ。
「……その鈴は、もう役目を終えたものだったのです」
彼女は静かに語り始めた。
「じゃあ、どうして……」
「形や機能を変え、この世界に撒かれたデバイスは数百万とあります。回収されなかったデバイスも、この世界には数多く存在するのです」
「戦火で焼け焦げたもの、深い水底に沈んだもの、壊れて捨てられたもの……」
「それらの情報は、リアルタイムで私に送られてきていました」
数百万のデバイスから送られてくる情報を、彼女が集積し続けていたのだと知り、胸が痛んだ。
人間の醜悪な業をすべて見続けてきた彼女の心は、人間なら到底耐えられないほどの苦痛を味わってきたはずだ。
「あの日、あなたがこの場から持ち帰った鈴は、ただの実体のない『解釈』に過ぎなかったのです」
「それって……今のセオリツ、きみと同じ状態なのか?」
「そうです。しかし、あなたが二十年間持ち続けたという事実は、計算式には現れない『因果の歪み』……時間そのものを歪ませる、二十年間の想いでした」
「あなたが持ち帰った『欠片』は、解釈不可能な『物理的実在』へと変質したのです」
ポケットの中の鈴を、指先で静かになぞる。
本来ならただの『解釈』でしかなかったはずのそれが、今は重く、熱く、俺の指紋を焼き切るほどの圧倒的な存在感を主張していた。
正直に言えば、彼女の言う高次元の理屈など、冴えない会社員の俺には到底理解しきれない。
だが、彼女と出会ったあの時から、俺なりに解釈し、それが正しいのだと納得していた。
二十年間、机の上の写真立てに掛けられていたウズメの形見。
今やこの焼き尽くされそうな危うい世界の中心で、それだけが唯一の正解として鎮座していた。




