第2章 雨(あめ)
第2章 雨
ウズメはすくすく育ち、いつも体を擦り寄せては長いしっぽを俺に絡ませた。
雨の日には、窓の外を滴る雫を目で追い、手を差し出す仕草で楽しませてくれる。
あの日出会えたことを喜ぶように、飛び跳ねて踊るような動きを見せることもあった。
そのたび、あの鈴が透き通った音でウズメの舞を彩る。
首輪は何度か新しくしたが、あの鈴だけは付け替えられなかった。
神様から授かった、ウズメの命の契約書……そんな気がしていたからだ。
私の世界の中心には、いつもウズメの鳴らす鈴の音があった。
俺が高校を卒業する年、ウズメは昔のようには遊べなくなり、次第に眠る時間が長くなっていく。
やがてある日を境に、自力で起き上がることさえ叶わなくなった。
あの動物病院へ連れて行ったものの、老いて弱った体にはいくつもの疾患が見つかった。
深夜、受験勉強の手を止め、俺は床ずれを防ぐため数時間おきに彼女の体を抱いて寝返りを打たせる。
鈴はその時だけ、静かな音色を響かせた。
寂しがらせないよう、必死に話しかける。
「聞こえてるかい? 俺はここだよ。また遊ぼうな」
訪れつつある別れを察しながらも、私は諦めきれずに抗い続けた。
——どんな形でもいい、生きていてほしい。……ウズメがいなくなるなんて嫌だ!
すがるような想いに突き動かされ、雨の中、私は再びあの神社へと向かった。
「お願いだ! ウズメを連れて行かないでくれ!」
何度も手を合わせ、頭を深く下げる。
今思えば、彼女は十分に天寿を全うしていた。
「俺の何でも差し出す! 目が欲しいなら持っていけ! 腕が欲しいなら引きちぎれ! 俺の時間を全部やる。五年でも十年でも……俺の寿命を分けろ!」
ずぶ濡れの制服姿のまま境内で泣き叫ぶ自分は、きっと滑稽に見えただろう。
その時の境内は、かつての神社とは違い人影は無く、社務所のシャッターが錆びつき、賽銭箱の周りに落ち葉が溜まっていた。
宮司の姿はなく、隣町の神社と掛け持ちだと、誰かが呟いていた。
だからこそ周囲も気にせず願い続けた。
色褪せた絵馬が放置された境内には、もはや神の声を取り次ぐ者さえいない。
あの時、雨音を切り裂いたあの鈴の音を、今の冷たく死んだ境内に、覚えているものはないように思えた。
その数日後、ウズメの鈴は二度と鳴らなくなった。
首輪を外す瞬間、鈴が一度だけ微かに鳴った気がした——しかし、それは風の音だった。
あれほど当たり前に響いていた音が、世界から消え去る。
耳の奥を圧迫するような重苦しい沈黙が、誰もいない部屋を満たしていた。
神に祈ったはずだった。
けれど……何も返ってはこなかった。
幼い日の願いは叶えてくれたのに、二度目の俺の願いは届かなかった。
ウズメの写った写真立てに、形見の首輪を掛ける。
あの鈴は、まるで世界との接続を自ら断ち切ったかのように、頑なに沈黙を守り続けていた。
俺はがむしゃらに勉強へ没頭した。
頭を動かし続けてさえいれば、何も感じずに済むと思ったからだ。
第一志望だった都会の大学に進学し、卒業後はそれなりの企業へと入社した。
気づけば、俺は神にも願わず、誰にも期待せず、ただ毎日をやり過ごす人間になっていた。




