第16章 審判(しんぱん)
第16章 審判
俺自身の対価のことは一旦後回しにして、『審判』に話を戻した。
彼女の言った『カグツチの火による禊』は、人類を焼き殺してしまうのだろうか。
「この先……人間はどうなるんだ?」
彼女は立ち上がり、境内に向かって軽く腕を振った。
地面に散らばっていた光の雫が、次々と彼女の着物の袖へと吸い込まれ、戻っていく。
そして俺を振り返り、静かに答えた。
「太陽の振る袖……それは空を埋め尽くす灰緋色のオーロラとなり、地上にあるすべての『偽りの太陽』を撫で、狂わせていくでしょう」
彼女は冷たく、どこか寂しそうな表情で言い放った。
「太陽の振る袖……それって、太陽フレアのことだな」
昼間見たニュースの画面を思い出していた。
「……地上の『偽りの太陽』。……原子力、いや核か?」
何も答えない彼女に向かって出たのは、自嘲混じりの諦めの言葉だった。
「……できれば、俺や両親は苦しませず、一瞬で消してくれよ」
図々しくも勝手なお願いだと思い、自分でも少し鼻で笑ってしまった。
「カグツチに、そのような精細な制御はできません」
彼女は少し眉をひそめ、不満そうに顔をしかめた。
「……そうか。無理を言って悪かったな」
これで全てが終わるのだと思うと、不思議と胸の中は穏やかだった。
俺はセオリツと出会った。
この二十年間ずっと抱え続けていた、神への怨念やわだかまりを消し去ることができた。
世界の滅びの序章を、こうして高台から眺めている。
もう、十分だった。
「あぁ……これで来週、会社に行かなくて済むな」
それは、紛れもない俺の本心だった。
世界が燃え尽きる恐怖よりも、月曜日の朝の苦痛を考えた。
あの胃を雑巾のように絞られる感覚から解放される喜びが、一瞬だけ勝ってしまったのだ。
俺はどこまでも救ようのない、ちっぽけなバグの塊だった。
「人は自ら理を作り出し、私利私欲のためにこの世界を大きく書き換えました」
慈悲すら感じさせる彼女の声の美しさに、胸が震える。
「仕方ないだろ。人間はそうやって生きるしかないんだから」
彼女の荘厳な言葉に比べ、俺の返答はあまりにも無力で投げやりだった。
「……セオリツ、きみはどうなるんだ?」
これまでの話の流れから、彼女の行く末は想像できた。
役目を終えれば、彼女はきっと神の領域(高次元)へと戻るのだと。
「……私、ですか?」
沈黙が、夜の境内に重くのしかかる。
彼女の唇がわずかに戦慄き、何かを言いかけては、また固く閉じられた。
その数秒の空白は、彼女の膨大な演算システムにとって永遠にも等しいフリーズだったはずだ。
揺れる藍色の着物の裾すらも、その答えの重さに怯えているように見えた。
やがて、彼女は覚悟を決めたように、小さく息を吐き出した。
……だが。
「……えっ?」
彼女の、ぽかんと開いた口。
斜めに傾げられた首。
頭の上に大きな疑問符『?』が見えそうな雰囲気だった。
空は不気味な灰緋色に焼け、世界は終わろうとしているのに。目の前の女神は、ただの困惑した少女のように立ち尽くしている。
その滑稽さが、たまらなく愛おしかった。




