↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の巫女 ~あなたが消えない、この世界で~  作者: 空白朔名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/27

第13章 鈿女(うずめ)

 第13章 鈿女(うずめ)



 石段を登りきると、そこには昨日と同じ静寂が広がっていた。

 境内を歩き、神楽舞台に彼女の姿を探したがどこにも見当たらず、あちらこちらへ視線を泳がせる。


「何を探しているのですか? ……涼介」


 背後から、静かに彼女の声が届いた。


「セオリツ……きみを捜してるに決まってるだろ」


 振り返ると、彼女は鮮やかな藍色の着物姿で立っていた。

 あの巫女装束と同じように、回路図のような幾何学模様と明滅する数式の羅列が、凛冽(りんれつ)たる藍の生地の表面を流れている。


「今日は巫女装束じゃないんだな」


 思いもよらぬ彼女の装いに驚いたが、それはこの世の者とは思えぬ光を纏(まと)った幻影のように美しかった。


「あなたの思考より導き出した姿です。それに……コスプレなどと言われたことを根に持っています」


 やはり俺の心は、すべて見透かされているらしい。



「持ってきたよ」


 彼女が怒り出さないうちに鈴を渡そうと、ポケットに手を入れて固く握りしめた。

 だが手を引き抜こうとした瞬間、何かが一緒にポケットからこぼれ落ちる。


 それは、母が書いたメモだった。

 おにぎりを食べる際、無意識に丸めてポケットへ押し込んでいたらしい。


 その小さな紙屑が地面に落ちるか落ちないかの間に、彼女の身体が疾風のように反応し、数歩前へ躍り出ていた。


「すまない、ただのゴミだよ」


 俺の声にハッと我を取り戻したかのように、彼女は裾を正す。


「こ、この神聖な場にゴミを持ち込むなど……」


 すぐさま拾い上げ、反対のポケットへ押し込もうとしたが、彼女の見開かれた瞳は俺の手元を鋭く追っていた。


「何も重要なことは書いてない。ただのメモだよ」


 あまりにも俺の拳を凝視してくるので、手のひらを開いて彼女に見せた。


「す……捨てておきます」


 微かな風を感じた次の瞬間には、紙屑は彼女の手のひらに移っていた。

 手のひらの上で転がし、それを目で追う仕草を見せたあと、何かに気づいたように彼女はその丸まった紙を鼻先へ近づけた。


「こ、この匂い……」


 紙から発せられる微かな匂いを、何度も確かめている様子だった。


 俺は彼女が欲していた鈴を握りしめたまま、呆然とその光景を見つめていた。


 ——確かにいる。セオリツの中に。


 丸めた紙を追う仕草は、昔俺がゴミ箱に入れ損ねた紙屑を、ウズメが前足で転がして遊んでいた姿そのものだ。

 そして彼女が紙屑を鼻先に寄せ、深々と何度も吸い込んだ姿

 ……それはデータ分析などではなかった。


 見覚えがありすぎる仕草だった。

 かつて食卓の端で、俺が分けた鮭の身を待ちわびていた、あの愛おしい『鼻を鳴らす』仕草そのものだ。


 あの首を斜めに傾げた姿が重なって見えたことも、ボールの話に食いついてきたことも、すべてがひとつの線でつながっていく。



 膝から崩れそうになる身体を支えようと、俺は拝殿の木段に向かった。

 彼女は俺の後ろを、まだ手に乗せた紙屑を転がしながら、ちょこちょことついてくる。


 俺が崩れるように拝殿の階段に腰を下ろすと、なんと彼女は、俺の膝の上にちょこんと座り込んできた。


 まるで記憶をなぞるように、迷いなくそこに収まる。

 膝に乗った彼女の身体は、ホログラムのような軽やかさとは裏腹に、確かな重みを持っていた。

 そして何より、懐かしい『生き物の熱』が、俺の腿(もも)を通じてじんわりと伝わってくる。


 手のひらの上では、まだ丸めた紙をコロコロと転がし、その動きを目で追っている。

 鼻歌でも歌うかのように、彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいた。


 あり得ないはずなのに、そうとしか思えなかった。

 かつてウズメもこうして俺の膝に乗り、足が痺れるまで毛づくろいをしたり居眠りをしていたのだ。


 喉の奥で、名前が自然と形になった。


「……ウズメ」


 数秒遅れて、ハッとしたように彼女が振り返る。


「違います……その認識は……」


 だが……。



 『ウズメ』と呼ばれたこと自体は、決して否定されなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。