第12章 夢(ゆめ)
第12章 夢
もう一度鈴を持ち、神社に向かおうと思ったが、身体が鉛のように重い。
俺が鈴を持って行こうが行かまいが、この世界の運命は変わらないのだろう。
それなのになぜ、彼女はこの鈴にこれほど拘るのか。
ウズメの首輪の鈴を手に取り眺めているうちに、その冷たさが指先から全身へ広がり、意識が深く沈んでいった。
星を抱く無窮の蒼の中、無数の小さな光が雨粒のように飛び交う空間。
すぐに夢だとわかる光景だった。
黒く綺麗な毛並みの生き物が揺れるたび、懐かしい鈴の音が俺の心の奥に優しく響く。
うつ伏せに倒れている俺に、何度も頭を擦りつけて無言の催促をしてくる。
「……あぁ、わかってるよ、ウズメ」
甘えるように長いしっぽを俺の腕に絡ませ、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「ずっと、俺を待っていてくれたんだな」
ウズメの頭を撫でながら、透き通った神秘的な緑の瞳に視線を合わせた。
「もうすぐ、お前のところに行けるから。また遊んでやるよ」
するとウズメは目を閉じ、俺の手を拒むように頭を振った。
その意味を、すぐには理解できなかった。
それは『まだ来るな』という無言の拒絶のようにも、あるいは『もう私はそこにはいない』という宣告のようにも感じられた。
「お前を助けられなかったことを、怒っているのか?」
問いかけを否定するかのように、彼女は俺の傍らに静かに横たわる。
「……そうか。お前も疲れているんだな」
「……あの時、助けてやれなくてごめんな」
ウズメから伝わる微かな温もりを脇腹に感じながら、思考に蓋をされたように、言葉も感情も暗闇の中へと消えていった。
窓から差し込む強い日差しで目を覚ましたのは、翌日の昼前だった。
台所へ向かうと、パートに出かけた母からのメモが、ラップのかけられた皿の上に置かれていた。
『出かけるときは鍵を閉めていくように』と書かれている。
メモの下の皿にはおにぎりがふたつ、ラップの内側に滲んだ細かな水滴の向こうで俺を待っていた。
梅干しが嫌いな俺用に、中身は『塩鮭』と『おかか』だと書き添えられている。
部屋に戻り、首輪の鈴だけをポケットに押し込んだ。
暗闇の中、あの足場の悪い石段を登るのが嫌で、昼のうちに神社へ向かうことにした。
座ることもせず両手におにぎりを持ち、歩きながら頬張る。
おにぎりの塩味が、ひどく現実味を帯びて喉を通っていった。
だが、ポケットの中で指先に触れるくすんだ金色の鈴だけは氷のように冷たく、それだけがこの世界に属していない感触を主張していた。
スマホのニュースを開くと、昨日低緯度地域で観測されたオーロラと、一時的な交通網の混乱について専門家が長々と語っている。
「これから起こることは、こんなもんじゃない……」
真相を知る者として、世界の最期を見届ける義務すら感じていた。
ただ、ひとつだけ心残りがあるとすれば、俺の二度目の願いが『叶っている』と言われたことだ。
それだけは、何としてもセオリツに確かめたかった。
彼女は今日も、あの時間が閉ざされた空間の神楽舞台で、神との対話を進めているのだろうか。
カッパ呼ばわりし、コスプレなどと言ったことを根に持って、何か返り討ちにされないかを少し心配した。
だが、その時の彼女の怒った顔を思い出し、俺の口元は少しだけ緩んでいた。




