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Day 8.アミュレット

 昼休み。メイサは愛香(まなか)と一緒に弁当を持ち、四組の教室へ向かった。



「げ、三枝(さえぐさ)……な、なんか用……?」



 そう聞いてきたのはサッカー部員で、メイサは「は?」と冷たく睨んだ。



「別にあんたに用事ないし。黒杉(くろすぎ)白石(しらいし)は?」


「あー、バスケ部の助っ人だっけ。気の毒に……なんでもないです。あっちです」



 再びメイサに睨まれた彼は、肩をすぼめながら教室の一角を指さした。


 そこでは黒杉一輝(かずき)と白石大雅(たいが)が呆れた顔でメイサたちを見ていた。



「ありがと。あとあんた、私がいないからってストレッチで股関節伸ばすのサボってるの、ちゃんとわかってるからね」


「なんでだよ……」



 なぜか少し嬉しそうなサッカー部員をその場に残し、メイサと愛香は一輝と大雅の隣へ腰を下ろした。



「三枝、なんでそんなにサッカー部に怖がられてんの?」



 大雅が聞くと、メイサは弁当を開けながら「さあ?」と肩をすくめた。



「どうしても女子マネージャーっていうと、みなみちゃんみたいなイメージがあるよね。みなみちゃん、マネージャーじゃないけど」


「誰だよ、みなみちゃん」



 首をかしげる大雅にメイサと一輝が目を丸くした。



「は? お前タッチ知らねえの?」


「原作でも映画でもいいから見な? 知らないのはよくないよ」


「な、なんだよ、二人して……よくないってなんだ……」


「だからね、マネージャーはそんなかわいらしいもんじゃないよってこと」



 メイサは弁当のミニトマトをひとつ口へ運びながら言った。



「なんかこう、かわいい女の子にちやほやされるイメージが強いみたいだけど、それ気のせいだから。マネージャーって超忙しいの。あんたたちをちやほやしてる暇なんてないの」



 一輝と大雅がそろって嫌な顔をし、愛香はメイサの横で大きく頷いた。


 メイサは指を折りながら、淡々と続けた。



「個人に合わせた練習メニューの作成、部室や他の部活との場所の譲り合い……これはサッカー部だけかな。時間の調整や練習試合の日程調整もあるし、スポドリの用意に部費の管理、試合の記録と分析、それを受けて練習メニューの見直し。それから、サッカー部は外部コーチも呼んでるから、その日程調整や練習内容のすり合わせ、選手の健康管理や体調管理……そのあたりがメインだね」


「多い、多い。え、俺の愛香もこれ全部やってたわけ?」



 一輝が言うと、愛香は小さい声で「やってたよ」と答えた。



「『俺の愛香』とか言うなら、あんたが一年生に八つ当たりした尻ぬぐいさせてんじゃない!」


「わ、悪かったって」


「私は一年生のメンタルケアと二年生のモチベーション管理と、三年生の喧嘩の仲裁もしてたよ」



 愛香がしれっと言うと、一輝は言葉に詰まった。そのままうつむき、黙って弁当の続きを食べ始める。



「ちなみに、そのお弁当も私が用意したものです」


「週一回だけだろ!」


「おいしい?」


「愛香が作ったんだから、うまいにきまってんだろ」


「ならいいけどさ」



 二人のやり取りを眺めながら、メイサは呆れたように小さく肩をすくめた。



「……まなちゃんから、彼氏いないって聞いてるけど」



 大雅が苦笑して頷いた。



「うん。こいつら付き合ってないよ。……幼稚園の頃からずっとこの調子」


「付き合えよ」


「何度か聞いてるけど、一輝が煮え切らないんだよな」


「まあ……どうでもいいか」



 メイサは空になった弁当箱を閉じた。



「別に、あんたたちのモダモダを見に来たんじゃないの。バスケ部の話をしに来たんだから」


「モダモダなんかしてない」



 愛香が言い返したが、メイサは無視した。



「そういうのはいいから。まず、バスケ部に足りないのは、話し合いとコミュニケーション、ストレッチ、筋トレ、体力づくり。それと場慣れね」


「全部じゃねえか」


「場慣れ以外はまなちゃんがやれって言ってたのに、あんたたちが甘ったれてやんなかったんでしょ!」



 一輝と大雅は、苦いものでも口にしたような顔で顔を見合わせた。


 愛香は黙々と弁当を食べている。



「ともかく、今週は今までどおりの練習を続けて。その動きを見て、私とまなちゃんで一人ひとりに合わせたメニューを組むから」


「え、愛香、そんなことできんの?」


「できないよ」



 目を丸くした一輝に、愛香は首を横に振った。



「私ができるのは、最低限のメニューを顧問の先生と相談しながら決めるくらいだもん。サッカー部みたいに代々何人もマネージャーがいて、ノウハウがちゃんと引き継がれてるわけじゃないし」


「サッカー部のマネージャーでも、練習メニューを組める子と組めない子がいるよ。私がたまたまそういうの得意なだけ。だから作業分担」



 そういうものかと頷く一輝と大雅を見て、メイサは続けた。



「ちなみにこれが、サッカー部エースの個人練習内容です」



 メイサがそう言って差し出したのは、従弟である一ノ瀬(いちのせ)(そう)の練習メニューだった。朝と午後、それぞれの練習内容がびっしりと書き込まれている。



「……まじ?」


「マジだよ。これが終わったら紅白戦して、そのあと練習や紅白戦の動画を見返して動きをチェックしたりするの」



 一輝と大雅は目を白黒させた。


 サッカー部はそこそこ強く、たまに表彰されたり、トロフィーを持って帰ることもあった。



「なんつーか……強いだけの理由があるんだなあ」


「そうだよ。逆に言えば、理由があれば強くなれる。頑張ろうね」



 メイサはにこりと微笑んだ。


 一輝は



「はいはい、やりますよ」



 と肩をすくめた。


 一方の大雅は、



(この笑顔にサッカー部の連中は騙されてきたんだろうな……)



 と思い、騙されかけたことは黙っていた。


***


 昼休みの終わり。メイサと愛香が二組へ戻ると、草野(くさの)が教室の自分の席からひらひらと手を振った。



「うちの須藤(すどう)、活躍した?」


「私の藤也(とうや)、すごかったよ。大活躍だったんだから」



 どうしてこの二人は、いつも微妙に張り合っているのだろう。


 愛香は小さく首をかしげながら自分の席へ戻り、近くに座っていた美玲(みれい)夢希(むぎ)へ「メイちゃんのおかげでバスケ部、なんとかなりそう」と嬉しそうに報告した。


 その間も、メイサと草野の言い合いは続いていた。



「そらよかった。貸してやったかいがあったわ」


「元から私のですけど!?」


「俺の方が付き合い長いって、この前も言っただろ!」


「私の知らない藤也のこと教えてくれる約束は?」


「そんな約束してねえけど、部活のときの写真なら送ってやるよ」


「ありがと!!」



 クラスLINEを通じて、藤也が入学したばかりの頃の写真を受け取ったメイサは、機嫌よく自分の席へ戻っていった。


***


 放課後の体育館。メイサは男子五人が練習する様子をじっと見つめながら、ノートへメモを取っていた。


 愛香は指示を出したり、ボールを出したりと駆け回っている。



「まなちゃん、白石って肩周り硬い?」


「あー、それ、中学の終わりくらいからかな。いきなり背が伸びて……」


青川(あおかわ)、変な癖ついてるね」


「ど、どれ?」


茶野(ちゃの)は悪くないけど体力がないな」


「そうかも、瞬発力はあるけど続かなくて」


「……黒杉は焦り過ぎ」


「うん……ずっと言ってるんだけど」



 愛香はメイサの観察力に感心しながら、一つひとつ答えていった。


 最後にメイサは、額に汗をにじませながら必死に練習についていく藤也へ目を向けた。



「まなちゃんの目から見て、藤也はどう?」


「んー……悪くは、ない」


「だよね。よしよし、頑張ってもらおう」



 メイサは満面の笑みを浮かべると、さらさらとノートへ何かを書き始めた。


***


 練習が終わり、メイサがノートにメモをまとめていると、藤也が後ろから覗き込んできた。



「どうだった?」


「悪くないよ。でも藤也は元々運動部じゃないからね。こう……運動部らしい体の動かし方に、まだ慣れてないでしょ」


「……うん」



 藤也は唇を尖らせて、メイサの後ろから抱きついた。


 メイサは抱きつかれたことなど気にも留めず、ノートを閉じた。



「そういえば、男子の部室の掃除、終わった?」


「……半分くらい」



 藤也の表情が一気に暗くなった。



「マジありえない。普通に虫いるし、臭いし」


「あらら」


「とりあえずゴミ捨てて換気まではしたけど、まだ細かいゴミも残ってるし、殺虫剤も足りてないし……」


「ご苦労様です」


「ほんとだよ、ねぎらって」


「よしよし」



 メイサは手を伸ばして藤也の頭を優しく撫でた。すると何かを思い出したように、ポケットから細く編まれた紐を取り出す。



「これ、あげる。アミュレット……ミサンガ……まあ、なんでもいいけどお守り」


「お守り? あ、テレビで見たことある」



 藤也は目を輝かせてミサンガを受け取った。黄色を基調に、何本もの細い紐が丁寧に編み込まれている。



「つけてあげるね」



 メイサは藤也から離れて、彼の手首にミサンガを巻いた。


 結び目を確かめるように満足げにうなずき、藤也の手をそっと取った。



「初めて作ったけど、うまくいってよかった。あのね、(ひいらぎ)ちゃんと作ったんだよ」



 藤也の顔が引きつった。メイサと(ひいらぎ)莉子(りこ)は仲が悪い。知り合った経緯が最悪だったこともあり、互いに「お前なんか嫌いだ」と面と向かって言い合うほど犬猿の仲だった。



「ど、どういう風の吹き回しだ……?」


「どうってこともないよ。柊ちゃんが一ノ瀬に作りたいって言うから、うちでミニオン見ながら一緒に作ったの」


「……だから黄色いのか。待て、一ノ瀬先輩も同じやつ持ってんの? あの人とお揃いとか嫌だけど?」


「大丈夫だよ、柊ちゃんが作ったやつのほうがどう見ても上手だから」


「なんも大丈夫じゃねえ……でも、うん。ありがとう。大事にする」



 藤也は手首に巻かれた黄色いミサンガをそっと撫でた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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