Day 7.星座
「がー、勝てない!」
藤也は叫ぶと、そのまま体育館の床へ大の字に倒れ込んだ。
「ったりめーだろ、こっちは中学からバスケしてんだよ!」
翔は肩で荒く息をしながら怒鳴り返した。
海斗もゼエゼエと息を切らしながら、体育館の床にへたり込んだ。
「俺だって小学生のミニバスからやってるっつうの……なのに、キツイのなんなん……」
「俺には勝利の女神ついてっから」
藤也はニヤッと笑って起き上がると、メモを取りながら観戦していたメイサへ手を振った。
「いや、藤也の女神、普通に俺らにも声かけてたから……」
「女神に言われたとおりにやると、うまく行き過ぎて怖いけどな……」
海斗と翔は、藤也の手を取って立たせるメイサを眺めた。
サッカー部のマネージャーは怖いと聞いていた。バスケ部マネージャーの愛香がおっとりしていることもあって、「またまた」と笑って聞き流していたが、今もまだメイサが怖いとは思えなかった。
海斗は首を傾げながら時計を見る。もう朝練が終わる時間だった。
「……藤也と三枝先輩のこと、部長認めてくれたかな」
不安そうな海斗に、翔は「さあ?」と肩をすくめた。
翔の視線の先では一輝、大雅、愛香の三人が穏やかに話していた。
やがてそこへメイサも加わり、三年生たちは何やら話し込んでいる。
二年生三人は乱れた息を整えると、三年生たちのもとへ歩き出した。
「せんぱーい」
海斗が声をかけると、三年生四人が全員振り向いた。
「お、終わった? どうだった?」
一輝がどこかすっきりしたような顔で海斗と翔を見た。
「はい。きつかったですけど、なんとか勝てました」
「マジで。俺は負けたっていうのに……」
悔しそうな一輝に、「二人がかりで、ですけどね」翔が苦笑した。
全員が藤也とメイサを見た。
藤也がにこっとしてメイサを見て、メイサは「ふん」と鼻を鳴らす。
「あんたたちがちゃんとまなちゃんの言うこと聞かないからじゃん」
「ぐっ、言い返せねえ……」
渋い顔の一輝に、海斗はゆっくりと顔を向けた。
「……黒杉先輩」
「ん?」
「俺、藤也と三枝先輩にバスケ部の助っ人をお願いしたいと思ってます」
「……うん」
一輝はわずかに目を細め、海斗を静かに見返した。
体育館の反対側では、バレー部が片づけを始めており、にぎやかな声が響いている。
一方、舞台前のバスケ部用スペースには朝の光が静かに差し込み、その場だけが穏やかな空気に包まれていた。
「このままだと人数が足りなくて、夏の大会にすら出られないじゃないですか。嫌ですよ、俺。先輩たちと最後まで公式戦で一緒に戦いたいんです。だから、お願いします」
海斗は深く頭を下げた。
一輝は目を大きく見開くと、すぐにしゃがみ込み、海斗の顔を覗き込んだ。
「ごめん、そんなこと言わせて」
「え……?」
海斗は顔を上げ、困ったような表情の一輝をじっと見つめた。
さっきまでの横暴な様子とは、まるで別人のようだった。
「謝るのは、俺だろ。悪かった……ごめん」
海斗は目を見開いた。
次の瞬間、ぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。
「えっ、ごめん、泣くほどか!?」
「す、すんません……俺、ずっと部長のプレイ好きだったから……」
慌てる一輝に翔が苦笑してみせた。
「部長、いったん海斗は放っておいていいんで……それより藤也と三枝先輩、待ってますよ」
一輝が顔を上げると、少し離れた場所でメイサと藤也がバスケ部の五人を見守っていた。
一輝は立ち上がり、二人の前で頭を下げた。
「悪かった。三枝、須藤、力を貸してほしい」
「まあ、任せなさいよ」
「最低限の働きはしますよ、先輩」
そっくりな笑みを浮かべる二人を見て、一輝はぶはっと吹き出した。
朝練の終了を告げるチャイムが鳴った。
「わりい、朝練終わっちまったな」
焦った顔の一輝に大雅が軽く首を振った。
「しゃあねえよ。須藤、部室の場所教えるわ。ロッカーも用意しねえとな」
「お願いします。メイサ、俺行ってくるね」
「はいはい」
メイサは男子たちの背中を見送り、ゆっくりと体育館を見回した。
「……んんん? ねえ、まなちゃん」
「なあに?」
愛香が転がったボールを拾っているのを見て、メイサは顔をしかめた。
「何してんの?」
「片付け」
「いや、そんなのあいつらにやらせなよ」
「……片付け、マネージャーの仕事じゃない?」
「程度にもよるけどさ。別に女子マネって雑用係じゃないからね?」
愛香は目を丸くした。
メイサはスコアボードを押して倉庫へ運び込み、それからボール拾いも手伝った。
二人は体育館を出た。廊下を並んで歩きながら、メイサは愛香へ冷ややかな視線を向けた。
「黒杉が偉そうにする理由の一つを見つけた」
「な、なに?」
「さっきも言ったけど女マネは雑用係じゃないよ」
「……うん。えっと、そうだよね。その、バスケ部って元々少人数で、女マネって何代かに一人とかしかいなくて」
「ノウハウが蓄積されてないんだ? じゃあ、メイサちゃんがマネージャーとは何たるかを教えてあげるね」
「し、師匠~」
にこりと微笑んだメイサに、愛香は思わず手を合わせた。
そのまま二人は職員室へ向かう。灰田は事情を聞くと、「そう。最後の夏が始められるね」と穏やかに笑った。
***
藤也は運動部の部室棟に初めて足を踏み入れた。
藤也が所属する園芸部は大所帯にもかかわらず部室がない。代わりに中庭には専用の倉庫があり、ジョウロやホース、肥料などがしまわれている。さらに中庭にはベンチやテーブルがいくつも並び、放課後になると園芸部員たちでにぎわっていた。
だから、藤也は運動部の部室がどういうものか、考えたこともなかったのだ。
「臭せえ……汚ねえ……」
部室内に入った藤也は顔をしかめた。
部室棟は二階建てで、一階が男子用、二階が女子用になっている。通路はそれほどでもなかったが、部室へ一歩足を踏み入れた途端、むっとした空気と散らかった室内が目に飛び込んできた。
しかし、他の四人は慣れた様子で、気にすることもなく着替え始めた。
海斗が体操着を脱ぎながら首をかしげた。
「そうか? こんなもんじゃん?」
「男子バレー部もこんなんだったよ」
「男子サッカー部は人数多いし、マネージャーが厳しいからちょっとマシらしいけど」
「マジか……」
藤也は絶句したまま窓を開け、新鮮な空気を取り込んでから着替え始めた。
「あ、須藤のロッカーここな」
大雅に言われて、藤也は軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。あの、掃除してもいいですか? ……いや、します。させてください」
「掃除道具とかないけど」
苦笑する大雅に、藤也は唸った。
「心当たりがあるので借りてきます。えっと、昼休みってここ、開いてますか?」
「施錠するけど、そういうことなら鍵、貸しておこうか。別にこの四人しか出入りしないから、大したもん置いてねえし」
一輝がそう言ってカギを藤也に放った。
藤也はスマホを取り出すと、メイサへ泣き言混じりのメッセージを送った。
二時間目を終えた休み時間、藤也は再び部室棟にやってきた。
しばらくすると、約束どおり三年生が二人やってきた。
柊莉子と一ノ瀬颯――藤也の園芸部の先輩と、その彼氏のサッカー部員だった。
「すんません、ほんと」
「何やってんのお前。三枝と莉子の二人に頼まれたら断れねえだろ」
颯はメイサの従弟でもある。呆れたように肩をすくめると、サッカー部の部室の扉を開いた。
そこにはゴミ一つ落ちておらず、道具も整然と並んでいて、まるでバスケ部の部室とは別の部屋のようだった。
「えー、全然違う……」
「汚すと女マネに超切れられるから。三枝以外の女マネも怖いんだよ……」
颯は渋い顔をしながらも、箒と塵取り、それに使っていないというゴミ箱とゴミ袋、予備の消臭剤まで持たせてくれた。
「あと除湿剤も買っとけ。すぐカビ生えるから」
「ありがとうございます、一ノ瀬先輩。初めて頼もしく見えました」
「一言余計だな、おい。莉子、こいつ生意気なんだけど」
「ていうかなんで柊先輩までいるんですか?」
部室の中を珍しそうに見て回っていた莉子は、ゆっくりと振り返った。
「私がいないと二人とも喧嘩するでしょう。須藤くん、私の前で私の颯くんに喧嘩売れる?」
「しませんよ、そんな恐ろしいこと」
「颯くん、私の前で私の後輩にちょっかいかける勇気ある?」
「あるわけないだろ。俺に地雷原で踊る趣味ねえから。ていうか園芸部って、結構上下関係厳しい?」
颯がひそひそと藤也に話しかけると、藤也は心底嫌そうに頷いた。
「運動部より厳しいですよ、うちは」
「マジか……。俺も柊先輩に叱られたいな」
「何バカ言ってるんですか」
「お前、三枝に「しょうがないなあ、須藤くんは」って手取り足取り指導されたくない?」
「されたいに決まってるじゃないですか」
「バカじゃないの?」
莉子の冷たい声に我へ返った二人は、互いににらみ合ってから、すっと距離を置いた。
「お手数おかけしました、柊先輩、一ノ瀬先輩」
藤也は二人に頭を下げて、掃除道具をバスケ部の部室に置きに行った。
相変わらず部室は臭く、藤也は窓を開けて換気したい衝動に駆られた。しかし、カギを開けっぱなしにはできず、泣く泣く扉を閉めて授業へ戻った。
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