Day 6.サラダ
藤也と一輝の試合が終わると、愛香はあっけに取られたままメイサを見た。
「え、え……? 須藤くん、バスケ、うまいんだね……?」
「別にうまくはないよ」
メイサはノートにさらさらとボールペンを走らせながら言った。
「黒杉、重心を右に寄せる癖があるでしょ。だから藤也にはできるだけ黒杉の左側にいてもらっただけだよ。あいつストレッチと筋トレ適当にやってるでしょ。可動域狭いから、動きがよくないね」
あまりにもさらりと言ってのけるメイサに、愛香はますます目を見開いた。
「……師匠」
「んえ?」
「メイちゃんのこと、師匠と呼ばせてください」
「なんでよ。ていうかまなちゃん、わかってたでしょ。黒杉の癖」
「……うん。何度も言ってたんだけど」
「それで治さなかったのは自業自得。だから、藤也がうまかったわけじゃないよ」
「……そうだね」
愛香はため息をついた。
床をきゅっと鳴らす足音がして、愛香は顔を上げた。
大雅が苦笑を浮かべた困ったような顔で歩み寄ってきた。
「いや、マジで勝つとは思わなかった」
「ね、私も驚いた」
「……三枝さんは、どんな魔法使ったわけ?」
「使ってない」
メイサは目を細めて大雅を見た。
「あんたたちが甘やかしたつけが、本人に返っただけだよ」
さっき愛香に向けた言葉よりも、何倍も冷たい声音だった。
直接言われたわけではない愛香まで肩を丸めてしまう。
「……そこまで言われること?」
大雅がイラついて言い返したが、メイサは引かなかった。
「うん。そのしわ寄せが私と藤也、それに他の部活にまで及んだから。別に私は、バスケ部がどうなろうと知ったことじゃない。でも友達に泣いて頼まれたから、私も藤也もそれぞれ部活やバイト、それに親へ頭を下げてまで、バスケ部に手を貸すことにしたんだよ。それをなに? 『無理』? 誰もぼくちゃんに相談してくれないって?」
「お、俺に言うなよ」
「言うよ。あんたは何をしてたの。まなちゃんと青川はそれぞれ外に助けを求めた。茶野もクラスで相談して、藤也がバスケ部に行けるよう、園芸部の副部長を説得してくれたらしいね。黒杉は部長として藤也と戦った。で、副部長であるあんたは? 私がマネージャーとして藤也を鍛えて、まなちゃんと一緒にバスケ部全員の体調やそれぞれの得意不得意を確認して、その上で藤也を勝たせたのに、何もしてないあんたに『魔法』だなんて、インチキ呼ばわりされる筋合いないよ」
一息にまくし立てるメイサの勢いに、大雅は思わずわずかに後ずさった。
「なに傍観者気取ってんの。なに、やれやれ系気取ってんの。あんたが、副部長として、部長がバカやって周りに迷惑かけたら諫めなきゃいけなかったんでしょうが。なんでまなちゃんが泣かされてるの、ぼけっと見てんの」
大雅は反論できなかった。
一輝が横暴なのは昔からで、大雅はそれをなんとなくなだめ、「まあまあ」と間に入ってきた。
……一年生が部活を続けられないほど悩んでいても、愛香が泣いていても。
大雅は改めてメイサを見た。
メイサは真っすぐに大雅を睨んでいる。
「……ごめん」
「許さないよ」
言い終えるか終えないうちに、メイサは鋭く言い返した。
「副部長なんでしょ。ちゃんとして」
「……うん、ごめん」
メイサは肩をすくめて大雅から目を逸らした。
手にしていたノートを開き、愛香の方へ向き直る。
海斗と翔が大雅の元にやってきた。
「……怒られてました?」
海斗が神妙な顔で聞いてきて、大雅は思わず噴き出した。
「ううん、叱られてた。いやーサッカー部の女マネ、厳しいって聞いてたけど、ほんとだわ」
「俺もサッカー部の連中から、よく聞かされてます。そのわりにあいつら嬉しそうなんすよね……そういう趣味なんすかね」
首をかしげる翔を見て、大雅は思わず頷いた。
「……わからんでもない」
「えっ、マジです?」
「三年の中では人気あるけど、須藤以外には塩対応だって有名だしな、三枝」
大雅はコートを振り返った。
一輝と藤也が、予想よりもずっと穏やかな様子で話している。
「なんすかね、戦って仲良くなったんですかね」
「ジャンプか?」
翔と海斗が笑った。
大雅は再び愛香に向き直った。
「愛香」
「ん?」
「須藤と三枝、いつまで借りんの?」
「夏いっぱいでお願いしてるよ」
「……そっか。俺、いつから傍観者になってたんだろうな。だせえな」
大雅が呟くと、一輝は藤也に背を向け、大雅と愛香のもとへ歩いてきた。
海斗と翔は「俺らも藤也と戦って、親友兼ライバルになってこないと」と笑いながら言い、藤也のもとへ走っていった。
***
入れ替わるようにやってきた一輝は、気まずそうな顔で大雅を見つめた。
「ごめん。俺、ちょっとバカだった」
「いや、俺も」
「ほんとだよ、二人とも、ほんとーに、ばか」
いつの間にか大雅の隣に立っていた愛香が、むすっとした顔で一輝を睨んだ。
「うん」
一輝は小さく頷く。
愛香はそれを見てわずかに涙ぐんだが、すぐにまっすぐ一輝を見つめた。
「一輝、頑張れそう?」
「うん、頑張る」
「大雅は?」
「だいじょぶ。……駄目だったら、叱ってくれ」
「二人とも私の言うことなんて聞かないじゃん」
愛香が唇を尖らせてそっぽを向くと、一輝は焦った顔で愛香を覗き込んだ。
「ごめん。ちゃんと聞く」
「ストレッチと筋トレ、私とメイちゃんが言うとおりにやって。私の言うこと聞かなくて、未経験の二年に負けたんだからね」
「うぐ……わ、わかったよ」
大雅が振り向くと、二年生三人がボールを追いかけていた。
すぐそばでは、メイサが絶え間なく指示を飛ばしている。
「青川、左入って。茶野は下がる。藤也、右に踏み込み。青川は藤也のボールを持ってる手じゃなくて、体幹を意識して。手ばっか見てるからフェイントに引っかかるんだよ。あ、茶野、今のいいよ。全身使って」
大雅は思わず眉をひそめた。
三枝メイサは一年のときからサッカー部のマネージャーだったはずだ。
「なあ、愛香。三枝って、バスケ観戦する?」
愛香は首を横に振った。
「メイちゃんが観戦するのはサッカーと野球くらいって言ってたよ。でも、マネージャーをお願いしたあとに、おすすめの試合を聞かれたから、バスケの動画チャンネルを教えたけど」
「マジかよ」
大雅は再び、コートを駆け回る二年生たちと、その三人へ同時に的確な指示を飛ばすメイサを見た。
「……怖……」
思わずつぶやいた瞬間、藤也がじろりと大雅を睨んだ。
大雅は慌てて首を横に振る。
全学年の女子から圧倒的な人気を誇る藤也と、三年男子で知らぬ者はいないメイサ。ここがくっついたとき、周りは落胆と、「まあ相手があいつなら……」という納得感でそこまで騒ぎにはならなかった。
大雅はこれまでメイサの顔くらいしか知らなかった。この三十分ほどでちょっといいなと思い始めていたが、その思いは藤也のひと睨みであっさり霧散した。
「いや、どっちも怖えーよ」
メイサも、藤也も。
大雅は苦笑して一輝に向き直った。
「で、部長さんは助っ人の受け入れにご理解いただけましたか?」
「ああ。あの二人に頼もう」
「じゃあ、職員室に行かないとね。草野くんにも声をかけないといけないし」
「は?」
一輝が不満そうに愛香を見た。
「一輝、さっき三枝に『ぽんこつモラハラ』って言われただろうが」
大雅が声をかけると一輝は気まずそうになった。
「いや、なんで草野? 草野って、ほら、二組の……なんかぼやっとした感じの……」
「園芸部の部長なんだよ」
愛香が答えた。
「須藤くんをバスケ部に貸し出すなら、部長とマネージャー、それに顧問の了解を得てからって言われてたんだ」
「めんどくせえやつだな」
「一輝と違ってしっかりしてる。一輝と違って」
「うるせ」
愛香は二年生とメイサに声をかけた。
駆け寄ってくるメイサに、一輝は向き直った。
「三枝……えっと、ありがと」
「いいよ」
「あ、いいんだ」
「いいよ。次はない」
「偉そうだな」
「黒杉に言われたくない」
「そりゃそうだ」
あっさり仲直りする二人を、愛香はなんとも言えない顔で見つめていた。一方で、まだメイサに許してもらえていない大雅は顔をしかめた。
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