Day 27.相性
夏休み目前。朝の練習を終えたところで、メイサがぱしぱしと手を叩いた。
体育館は窓も扉もすべて開け放たれ、夏の生ぬるい風がゆるやかに吹き込んでいた。
窓の外には、雲一つない青空が大きく広がっていた。
「はい、もうすぐ二回戦です」
「まじかー」
大雅が体育館の床にひっくり返ったまま唸った。
他の部員たちも同じように床へ倒れ込んだり、座り込んだままメイサを見上げたりしていた。
「そういうわけだから、お昼食べたら視聴覚室集合ね。対戦相手の試合動画観るよ」
愛香がにこりと微笑んで続けた。
「はいはい」
海斗が座り込んだまま手を上げる。
「そんなもん、どこで手に入れたんですか?」
「企業秘密でーす」
メイサがにやっとした。
愛香も同じように笑ってから、「んー、知り合いに協力を仰ぎました。相手は秘密。話がややこしくなるから」と言って、それ以上は明かさなかった。
一輝と大雅が同時に顔をしかめる。
しかし愛香もメイサも、聞かれる前にボールやスコアボードの片付けに行ってしまった。
***
その日、期末試験の返却が全て終わった。
メイサが結果を手に教室で待っていると、藤也がやってきて前の席に横向きに腰掛けた。
「どうだった?」
「ばっちり」
返ってきた試験結果と順位表を藤也に渡す。
受け取った藤也は満足そうに頷いた。
「よかった。この成績なら推薦もらえるだろ」
「ね! ありがとう、藤也」
「メイサが頑張った結果だろ」
藤也は試験結果を返し、そのまま空いた手でメイサの髪を撫でた。
メイサはニコニコしながら弁当を取り出す。
藤也も弁当を取り出し、二人で窓から吹き込む風を感じながら、のんびりと昼食を楽しんだ。
窓から吹き込む風に白いカーテンがゆるやかに揺れ、夏の陽射しが教室に差し込んでいた。
「藤也は今日は最初からバスケ部にいる?」
「うん。園芸部は草野先輩と副部長に任せたから」
「任されてるよ」
メイサの斜め後ろで友人と弁当を食べていた草野が振り返った。
「あれ、いたんだ?」
「最初っからいるっつうの。いちゃつきやがって」
草野は顔をしかめると、友人たちの方へ向き直った。
藤也は笑って「すんません、頼りにしてます」と言って、草野に軽く頭を下げた。
草野は振り返ることなく、左手だけをひらひらと振った。
メイサはそれを見て肩をすくめた。
「まなちゃん、絶対黒杉より草野の方が幸せになれるよ」
「そういうこと言うな!」
草野が勢いよく振り返った。
「まじでデリカシーのない女だな」
「褒めたんじゃん」
「嬉しくねえから!」
「メイサ、草野先輩と仲いいの何なの。やめてくれる?」
「須藤の目は節穴かよ」
草野は弁当箱の蓋を閉めて立ち上がった。一緒に食べていた友人らも立ち上がり、それぞれの部活に向かう。
「じゃあ、俺は部活行くから、須藤も頑張れ。そんでさっさと負けて俺を引退させてくれ」
「そんな簡単に負けさせませんー」
メイサが口を挟むと、草野は苦笑した。
「俺としては勝ち負けなんかどうでもいいんだ。俺を引退させてくれ」
「部長がいなくなると寂しいじゃないですか!」
「部長はお前だ。明日の夏休み前の部長会議はお前が出るんだよ」
「それは出ますけど」
「よろしく頼むよ、新部長」
そう言って、草野は今度こそ教室を出ていった。
メイサは弁当の蓋を閉めて、カバンに放り込む。
「やっぱり。まなちゃんは黒杉より草野とくっついたほうが幸せになれるよ」
「わからんではない。でも赤江先輩は草野先輩に興味なさそうだし」
「ねえ、絶対に草野のほうがいいのにね」
「草野先輩推すじゃん」
藤也がわずかに唇を尖らせた。
メイサは笑顔でスマホを取り出す。
「この前、藤也が一年のときの写真くれたから」
「買収されてんなよ……」
藤也が立ち上がり、メイサも続く。
廊下の窓もすべて開け放たれ、夏の蒸し暑い風が廊下をゆっくりと吹き抜けていた。
校庭からは生徒たちのはしゃぐ声が響き、校舎裏のビオトープではセミがわんわんと鳴いていた。
「ところで、部長会にバスケ部は誰が行くんだ? 海斗?」
「あとで話すけど、部長と副部長、両方参加しないといけないから、二人で出させるよ」
「他に部員いねえのに」
「追加の見込みがある」
「あ、そうなん? 誰?」
「企業秘密」
「またそれ」
藤也は特に気にした様子もなかった。
メイサも藤也も助っ人にすぎない。これから先のことを考え、決めていくのは、あの五人なのだ。
***
メイサと藤也が視聴覚室に着くと、海斗と翔がちょうど昼食を終えたところだった。
「ちーす」
「うーす」
「よーす」
二年生三人が適当に挨拶を交わすのを横目に、メイサはいつもの一番後ろの席へ腰を下ろし、ノートとシャーペンを取り出した。
「ところで、なんで飯食いながら観戦じゃないんすか?」
翔が振り向いた。
「私とまなちゃんが食べられなくなるから」
「なんでです?」
「見てればわかるよ」
やがて愛香、一輝、大雅の三人もやってきて、愛香がプロジェクターを起動した。
愛香はメイサの隣に腰を下ろし、メイサと同じようにノートとシャーペンを用意した。
そして試合が始まった。
「一番、速くはないけど手堅いね」
「五番、右へ逸れる癖がある?」
「二十三番ジャンプ高いな」
「この監督、引かないねえ」
「攻めていくけど、十番のフォロー頼りがちだね」
「十番フェイントうまいな」
「五番、カットうまいね」
メイサと愛香は瞬きも惜しむように呟きながら、シャーペンを絶え間なくノートの上へ走らせていた。
「いや、うるさ」
大雅が振り向いたが、一輝に蹴られてまた前を向く。
二時間近い試合のあいだ、メイサと愛香はその調子で分析を口にし続け、ノートを埋めていった。
「いや、うるさいっしょ」
観戦終了後、大雅は改めて振り向いた。
「お黙り」
メイサがじろっと大雅を見る。
愛香は自分とメイサのノートを見比べ、小さく頷いた。
「そういうわけで、相手は体格のいい選手が多いから、みんなは足を使って、踏ん張り負けしないよう頑張ろう」
「なにが『そういうわけ』なのかちっともわかんなかったっすよ」
「いやまあ、たしかにみんなデカかったですけど」
海斗と翔が困惑の声を上げる。
ふとメイサがノートから顔を上げた。
「別件だけど、明日の部長会の話した?」
「今する」
一輝が真顔で海斗と翔を見た。
「明日、新部長顔合わせのための部長会あるから、海斗と翔、行ってこい。部長副部長はどっちでもいい」
「すみません、もうちょい詳しく」
「情報が足りてないっす。なんて??」
一輝と大雅が海斗と翔に部長会について説明を始めると、メイサは愛香とともに二回戦までの練習メニューを考え始めた。
藤也は手持ち無沙汰そうに、メイサの手元を眺めていた。
「藤也ー、藤也も明日の部長会行く?」
海斗が振り返った。
「行く。二組の柳と一年の藍葉連れて行く」
「まじか。園芸部、人数多いもんな。バスケ部は俺とこいつだけ」
「少数精鋭ってことだよ。ま、でも柳もいるならいいか」
「物は言い様だな……」
部長会の説明が終わるころには、マネージャー二人も練習メニューを組み終えていた。男子五人は部室へ向かい、メイサと愛香は体育館の更衣室でそれぞれ着替え、舞台前で合流した。
「朝練は今までどおりストレッチと筋トレ、余裕があればランニング。午後はストレッチのあと、シャトルランとスリーメン、それからファイブメンをメインにやってくよ」
「走れってこと?」
「そう。がんがんいこうね」
メイサの言葉に大雅はニヤリと笑い、軽くその場で跳ねた。
一輝も屈伸を始め、二年生三人も軽く体をほぐしながら、メイサと愛香の準備が整うのを待った。
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