Day 26.ギラギラ
「終わったー!!」
メイサは教室で拳を突き上げて叫んだ。
周囲の生徒たちも同じように叫んだり、机に倒れ込んだりしている。
高校三年生の一学期の期末試験が、ようやくすべて終わった。
メイサはその結果次第で大学の推薦がもらえるかどうかが確定するため、一学期中は頑張って勉強していた。
メイサ自身は、むしろ頑張ったのは藤也のほうではないかという気持ちもあったが、とにかくやれることはすべてやった。
メイサはスマホを取り出し、藤也へ『終わった!!』と送っておく。
メッセージを送ると、そのまま立ち上がって振り返った。
「まなちゃん、行こう!」
愛香が立ち上がる。その声に、そばにいた美玲と夢希も顔を上げた。
「今日から部活?」
「頑張るねえ」
「夏の大会中だからね!」
愛香が両手の拳を握った。
「あ、でも今日は須藤くん来ないんだよね?」
「うん。今日から部長だからね。でも夕方に顔出すって」
「須藤返せよ!」
通りがかった草野が口を挟んだ。
「須藤がいないせいで俺が引退できないじゃねえか」
「引退したって顔出すっしょ」
「出すけどさあ。そういう問題じゃねえんだわ。ま、俺のかわいい後輩は優秀だから仕方ねえか」
「そうなの。私のダーリン優秀だから」
メイサは笑いながら草野の胴を軽く叩き、教室を出た。廊下には試験を終えた生徒たちの弾んだ声があふれ、夏の熱気が開け放たれた窓から流れ込んできていた。
後を追ってきた愛香が、隣へ並びながらメイサの顔を覗き込んだ。
「メイちゃん、草野くんにはわりと気安いよね」
「うん。勘違いしてこないから」
「そういう見極めできるのすごいと思う」
「まあ、草野はわかりやすいから」
メイサは愛香を見て苦笑した。
***
二人が体育館へ向かうと、すでに一輝と大雅が舞台の上で弁当を広げていた。
「あれ、部室で食べてくるかと思ったけど」
愛香が尋ねると、大雅は苦笑した。
「いやー、部室汚すと須藤が切れるから」
「ちょっと前にパンカス散らかすなって、海斗にぶち切れてた」
一輝が相づちを打つ。
「須藤、ちょっと母ちゃんなんだよな」
「わかる」
メイサは笑って二人から少し離れた場所で弁当を広げた。愛香は一輝とメイサの間に腰を下ろす。
二年生は進路説明会があるため、まだ終わらないとメイサは藤也から聞いていた。
一輝は特に何も言わず、おにぎりを頬張りながら、キャットウォーク沿いに並ぶ窓を眺めていた。窓からは夏の陽射しがさんさんと降り注ぎ、穏やかな風がカーテンをゆるやかに揺らしていた。
キャットウォークでは、バレー部の何人かがスマホを覗き込みながら昼食をとっていた。
「今年で最後なんだよなあ」
ぽつりと一輝が言った。
メイサは何も答えず、愛香は息をのみ、大雅は一輝の視線を追うように夏の陽射しへ目をやった。
「そうだなあ。夏は毎年来るのに、こうやって飯食うのは今年が最後なんだよな。やべーしんみりしちゃう。三枝さん慰めて」
「しんみりするのも、慰めるのも試合が全部終わってからだよ」
メイサは、ぱちんと小気味よい音を立てて箸箱を閉めた。
「ごはん食べたら腹ごなしにストレッチして、お腹が落ち着いたら筋トレ。そのあとはスリーメンからの2on2。本当は外を走ってきてほしいけど、この天気だと熱中症になっちゃう」
そう言いながら、メイサは弁当箱を片付けて立ち上がった。体育館の床には昼下がりの陽射しが帯のように伸び、部活動を始める時間が近づいていた。
「黒杉、部活禁止期間と試験期間、ちゃんとストレッチしてた?」
「してた」
「してたよ!」
一輝とほぼ同時に、大雅も答えた。
「毎晩毎晩俺を挟みやがって!」
「何の話?」
メイサが首を傾げると、大雅は立ち上がって舞台から飛び降りた。
「部活禁止期間の初日から、一輝と愛香が夜になるとグループ通話に呼んできて、一緒に勉強したりストレッチしたりしてた」
「うける」
「ウケねえから! くっそ、挟まれた俺の気まずさときたら!」
「いいじゃん、幼馴染みなんでしょ? 私この間従弟とその彼女と、藤也と私でグループ通話したよ」
愛香も弁当箱を片付け、舞台から軽く飛び降りた。
「一組の柊さんと一ノ瀬くんだっけ。メイちゃん、柊さんと仲悪いのに」
「うん。犬猿の仲だけど、最近たまに一緒に映画観てる」
「なんで……?」
愛香が首を傾げ、大雅が舞台を見上げた。
「じゃあ、俺とも映画観に行こう」
「行かない」
それまで黙っていた一輝が立ち上がった。
「大雅は俺と愛香と行くんだよ」
「嫌だけど!? お前ら二人きりだとモダモダするからって、俺挟むの止めろよ!」
「気まずいの分かってるなら付き合ってよ」
愛香にまでそう言われると、大雅はげんなりした顔になったものの、特に否定はしなかった。
やがて進路説明会を終えた海斗と翔も体育館へやって来ると、男子四人はマットを広げ、ストレッチを始めた。
***
「うんうん、いい動きじゃん」
数時間後。メイサは体育館の隅でノートを片手に頷いた。
愛香もノートにメモを取りながら小さく頷いている。
愛香がホイッスルを吹くと、全組み合わせの2on2を終えた男子四人が汗だくのまま床へ倒れ込んだ。
「あっつう!」
「もー、無理、動けない」
メイサは素早く四人へドリンクを手渡した。
海斗と翔は無言で口をつけ、一輝と大雅は浴びるように飲んでいた。
愛香がメイサの手元のノートを覗き込んだ。
「みんな、いい感じだねえ」
「ね。これで、ストレッチの有用性をご理解いただいたかな」
「理解しました!」
海斗がぴょんと立ち上がった。
「体が明らかに軽いんすよ」
「わかる」
翔も同じように立ち上がると、その場で軽々とバク転を決めた。
メイサと愛香は目を丸くする。
「え、すごい」
「それ、予備動作なしでできるもん?」
「前は出来なかったんすけど、最近、体が軽くて出来るようになりました!」
翔は片足を軸にくるりと回ると、その勢いのまま側転を決めた。
「すごい、体操部がほしがりそう」
「うちの体操部強豪だから、これくらい全員できますよ、たぶん」
最後に軽やかに前転を決めると、翔は満足そうに笑った。
「次、何するんですか?」
「んー、そろそろ須藤が来るから、アウトナンバーして、外が涼しければランニング、暑ければファイブメンかな。……あ、来た」
「遅くなりましたー」
体操着姿の藤也が走ってきた。
「お疲れ。頭に草ついてるよ」
メイサは笑いながら、藤也の髪に絡んだ枯れ草を摘み取った。
「あ、だからか」
「なに?」
藤也が苦笑した。
「草野先輩が、俺の髪を見て『やっぱやめとく』って言ってた」
「む、むかつく! なにあいつ、その余裕な感じむかつく!」
そう言いながらも、メイサは笑って藤也の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
***
それから数日が過ぎると、藤也は目に見えてやつれていた。
草野から引き継いでいる部長業と実家の花屋兼造園屋の手伝いもあり、高校二年生とは思えないほどに忙しかった。
「藤也、だいじょぶ?」
午前中は試験の返却、午後は園芸部。そのあと夕方によたよたとした足取りでバスケ部へ顔を出した藤也に、メイサは声をかけた。
「だめ。俺があと三人ほしい」
「草野叩いて働かせれば?」
「俺の部長、昭和のテレビじゃねえからさ……」
「まなちゃんが『草野くん、かっこいいね、がんばれ』って言えばあと三年は働くよ」
「発想がブラックすぎる。え、草野先輩そうなん?」
藤也は体育館の隅でボールを運んでいる愛香へ視線を向けた。
「たぶんね。時々黒杉とにらみ合ってるもん。藤也もストレッチして、筋トレしよう」
「ういーっす」
藤也は肩をぐるぐると回しながら床に腰を下ろした。
メイサは、いつもより少しだけ優しく藤也の背中を押した。
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