Day 19.つるつる
地区大会一回戦の朝。早くも太陽が照りつける待ち合わせの駅で、メイサは呆れた顔で他の部員たちを見渡していた。
「だいじょぶ?」
「だめ」
愛香が顔をしかめて答えた。
隣に立っている大雅が情けない顔をメイサに向ける。
「あの、三枝さん、よしよししてください」
「よしよ、」
「させませんけど!?」
泣き言をこぼす大雅に、メイサは手を上げかけたが、藤也が素早く間に割って入った。
「ウケる。藤也はそれだけ動けるならばっちりだね」
「任せとけ!」
「俺はもうだめ」
うなだれる大雅を愛香が覗き込んだ。
「よしよし、いる?」
「めちゃくちゃしてほしいけど、部長に刺されたくないから遠慮しとくわ。って、一輝?」
一輝は顔をしかめたまま、ぼんやりと遠くを見ていた。
「一輝、おい、一輝!」
「ん、なに、うるせえけど」
「大丈夫?」
「全然問題なし。行こうぜ」
一輝は少しだけ笑みを浮かべると、海斗と翔にも声をかけ、試合が開催される学校へ向かって歩き出す。
愛香と大雅も顔を見合わせ、小さくうなずき合ってからその後を追った。
「おはよう、みんな。元気? 僕は久しぶりの公式戦に胃が痛いよ」
相手校の校門前では、顧問の灰田が胃のあたりをさすりながら、落ち着かない様子で待っていた。
「いや、一番なんにもしてない人が、なんで一番しんどそうなんですか」
海斗は驚いたように顧問を見た。
「傷つくなあ。好きで何もしてないわけじゃないし。公式戦の申し込みとか、練習試合の手配とかしたでしょうが」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。サッカー部の顧問の先生に教わりながら、僕がやりました。……ともかく」
灰田はそう言って笑った。
「一回戦だ。初戦だ。僕らのスタートラインだ。なんにせよ、走り出さなきゃゴールは目指せない」
「……行こう」
一輝が歩き出すと、他の部員たちもその後についていく。メイサが最後を歩こうとすると、灰田が並んだ。
「ありがとう、三枝さん。彼らの背中を押してくれて」
メイサは首を横に振った。
「私は声をかけただけです。あいつらはずっと自分たちで走ってました」
「素晴らしいマネージャーだよ、きみは」
「内申の加点お願いします」
「僕、一年生の体育担当だからなあ」
メイサがわざとらしく肩を竦めると、前を歩いていた藤也が大きく手を振った。
「メイサ! 行こうぜ!」
「はいよー」
メイサは手を振り返すと、灰田に頭を下げ、藤也のもとへ駆け寄った。
***
試合前。体育館の隅では、メイサが愛香とともに、ユニフォームへ着替え終えた男子たちの前に仁王立ちしていた。
「はい、あと十五分です」
「やめて、吐いちゃう」
メイサの無慈悲な宣告に大雅が本当に吐きそうな顔で言った。
「吐くならトイレ行って。あそこにあるから」
「鬼か……」
一輝が苦笑してメイサと愛香を見上げた。
愛香は一輝へ穏やかな笑みを向けた。
「みんな、わたしたちが優しく言って、言うこと聞く? 聞かないね?」
「……俺の愛香が鬼の仲間になっちまった」
「誰が鬼か」
メイサが呆れた顔で言った。
「はいはい、いいからストレッチしな。手首足首しっかりね。そのあと全身ストレッチいくから」
男子五人は緊張した様子で、のそのそとストレッチを始める。藤也も気圧されたのか、神妙な顔で手首を伸ばしていた。
灰田はベンチの隅に腰を下ろし、その様子を楽しそうに眺めていた。
「いつもこんな感じ?」
何気なく尋ねると、一番近くにいた翔が苦笑しながら頷いた。
やがて、灰田が真顔で顔を上げた。
「時間だ」
メイサと愛香がコートへと振り返る。
一輝が一歩前へ出て、片手を愛香の肩に置いた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「ぶちかましておいで」
メイサが呟く。
「任せろい」
大雅は力強く頷くと、一輝の後を追った。
海斗と翔は顔を見合わせた。
「負けたらどうなる?」
「先輩たちがいなくなる。ついでに須藤も」
「やべーな」
「やべーよ」
二人に続いて、藤也もコートへ向かった。
「もうちょい付き合ってやるから、ぶちかましてこようぜ。俺の勝利の女神の仰せのままに」
「何食ったらそんな気障なセリフが思いつくんだよ」
「きめーなー」
結局二年生三人はいつも通り笑いながらコートに向かった。
メイサはその様子を見守っている。
コートでは、一輝が相手チームの部長と握手を交わしていた。表情は少し硬いものの、ぎりぎり笑顔を保っていた。
「まなちゃん」
「……うん」
メイサは愛香の背中を軽く叩いた。
「私、ここで記録取るから、まなちゃんは反対側で録画よろしく」
「わかった。行ってくる」
「まなちゃん」
「うん?」
スマホとノートを手に歩き出した愛香へ、メイサはにこりと笑いかけた。
「最後までつきあうよ」
愛香の目が見開かれた。
「メイちゃん、男前過ぎるでしょ」
「ごめんね、ダーリンいるから」
「ふふ、残念」
愛香は笑みを浮かべたまま、小走りで持ち場へ向かっていった。
メイサはサッカー部から借りたままの三脚とビデオカメラを手際よく設置し、電源を入れた。録画ボタンを押した、その直後に試合開始の笛が体育館へ響く。
「大雅!」
「任せとけ!」
試合開始と同時に、大雅がボールを奪ってゴールへ駆け抜ける。先制点を奪うと、すぐに相手ボールとなる。相手は足が速かったが、リーチの長い藤也がすぐにボールを奪い返した。
「海斗!」
一輝の声に応え、藤也は迷いなくボールをぶん投げた。ゴール手前で受け取った海斗が高く跳んだ。追加点に安堵する間もなく、相手はボールを持って一気に駆け出した。
藤也が手を伸ばしたものの、その直前でパスをつながれ、ボールはゴールへと投げ込まれる。一輝の手はわずかにボールをかすめたものの、得点は防げなかった。
ゴールポストから落ちてきたボールを一輝がつかみ、そのまま力強くぶん投げた。
「翔!」
「あいあい!」
翔が受け取り、ゴール下の藤也へパスを送る。藤也は素早くシュートを決めた。相手がボールをつなごうとした瞬間、大雅がパスをカットし、そのままゴールを決める。
「悪くないな」
メイサは呟いた。
すぐそばでは、灰田がそわそわと応援しながら、落ち着かない様子で手を何度もグーパーしていた。
「えー、すごい、なに、わ、また決めた。うわ、すごいなあいつら。ちゃんとバスケしてる……!」
「そうなんですよ、あいつら、ちゃんとバスケしてるんすよ」
メイサは雑に答えながらメモを取り、合間に声をかけ、タオルとドリンクを手際よく並べていった。
第1クオーターが終わり、五人がベンチに戻ってきた。
メイサはドリンクを配り、タオルを投げ渡すと、戻ってきた愛香と試合の流れを手短に確認し合う。
「流れは悪くないね」
「わたしもそう思うけど、須藤くん、体力大丈夫?」
「藤也のドリンクにクエン酸多めに入れてある。藤也、突っ込みすぎないように」
「りょーかい、ハニー」
「三枝先輩とお呼び」
メイサは藤也の頭をタオルで乱暴にわしゃわしゃと拭き、そのまま話を続けた。
「黒杉はまだ動けそうだね」
「全然いける」
「まなちゃんじゃなくて本人が答えな?」
「全然いける」
「おっけー、吐くまで走っておいで」
短い休憩を終える笛が体育館に鳴り響いた。
メイサは差し出されたタオルを受け取り、空になったドリンクボトルを手早く回収する。
「まなちゃん、次は私が向こう側行くから」
「よろしくメイちゃん。頼りにしてるよ」
「旦那に言ってやんな」
「だ、旦那じゃないよ……!」
その勢いのまま第二、第三クオーターを終え、一輝が息を切らしはじめた頃、第四クオーター終了の笛が体育館に響いた。
「ありがとうございました!!」
一輝たちはコートに向かって深く頭を下げると、汗をにじませたままベンチへ戻ってきた。
「おかえり!」
「おう、ただいま」
一輝がふにゃっと笑って、愛香の髪をかき混ぜた。
「お疲れさま、みんな」
灰田はほっとした表情で、部員たちをゆっくりと見回した。
「一回戦突破、おめでとう。君たちがここまで成長してくれて、本当に嬉しい。でも同時に、僕は何もできていなくて、本当にふがいないです……」
「ちょ、先生、泣くなって!」
大雅が笑って顧問の背中を叩いた。
「俺たちの戦いはこれからだぜ!」
「白石先輩、それじゃ打ち切りですよ」
「縁起でもない」
海斗がぎょっとして、翔も苦笑した。
「あー、疲れた」
藤也がベンチへどさりと腰を下ろすと、海斗と翔もその隣へ並んで座る。
メイサは三人にタオルとドリンクを渡した。
「お疲れさま。よくできました」
「ありがと、褒めて」
「かっこよかった!」
「だろ!!」
「そっち二人もね。よくできました」
メイサは海斗と翔の頭を、タオル越しにわしゃわしゃと撫でた。
一瞬だけ藤也がつまらなそうな顔をしたが、メイサが「あとで」と口を動かすと、藤也はすぐににやりと笑った。
隣のベンチで、一輝と大雅も並んで座り込んでいた。
「あー、疲れた。でも勝てた」
大雅は喉を鳴らしながら、ドリンクを一気に飲み干した。
愛香がお代わりを渡す。
「一輝もお代わりいる?」
「あ、うん。もらう」
「どうぞ。……どうしたの?」
コートをぼんやりと見つめる一輝に、愛香は不思議そうに首をかしげた。
「ギリギリだったって。あー、いや、悪いなんでもない」
「何でもなくないよ」
愛香は真剣な表情で、一輝の顔を覗き込んだ。
「後で、いや明日でいいけど試合の動画見直そう。良かったこと、ダメだったこと、直さないといけないこと、全部洗い出すよ」
一輝がぽかんとして愛香を見返した。
「……そうだな」
「なあに?」
「いや……俺、お前のこと……あーうん。また今度」
「うん?」
一輝は頭にかぶっていたタオルを手に取り、顔を覆うように拭った。
そうしないと、いろいろ漏れそうだった。
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