Day 18.もう二度と
練習試合の見学を終え、一行は夏の陽射しの中を学校へ戻った。
「別にあんたたちは来なくていいけど」
メイサがあきれたようにそう言うと、藤也は即座に
「やだ!!」
と言い返した。
「やだって何?」
「そわそわするから、なんかすることないとそわそわする」
「何言ってるのさ」
メイサは笑いながら藤也の頭を撫で、他の男子たちへ顔を向けた。
「あんたたちも戻る?」
「戻る」
真っ先に大雅が、落ち着かない様子でささやいた。
「さっきの試合の動画見るだろ?」
愛香が頷く。
「見る。見て、明日以降の練習メニュー組む」
「なら、全員で戻ろう」
一輝の一声で、一行は連れ立って学校へ戻った。
視聴覚室で撮影した練習試合の動画を再生しようとしたところで、灰田がひょいと顔をのぞかせた。
「おかえり、どうだった?」
「頑張れば勝てるんじゃないですか?」
メイサが気楽な調子で答えた。
「そう。じゃあ、頑張らせてね。せっかくだし、僕にも見せてよ」
「どういう風の吹き回しだ?」
一輝が首を傾げると、灰田は困ったように笑った。
「言っただろう。僕はバスケが好きなんだよ。君たちに勝ったときも負けたときも、バスケが楽しいと思ってほしくて顧問やってるんだ」
「教頭先生には勝てたんですか?」
愛香がスマホをプロジェクターにつなぎながら尋ねると、灰田は渋い表情を浮かべ、一輝の隣へ腰を下ろした。
「ぎりぎり引き分けかな。顧問の仕事ができていないからって、バスケ部を潰していいのかって脅してきてね。交通安全当番は外してもらえたよ。PTAも誰かに引き継いでほしいんだけど、この時期から保護者とのやり取りを別の先生に替えるのは難しいんだ……」
「動画流すよー。みんな座ってー」
灰田の愚痴を聞き流しながら、愛香が動画を再生した。部員たちは自然といつもの席に落ち着き、それぞれ前方のスクリーンへ視線を向ける。一輝と大雅は前の方、海斗と翔、藤也がその後ろ。
メイサも最後列でノートを広げ、隣の愛香とともに食い入るように試合映像を見つめた。
***
「まなちゃん、どう?」
「脚力強化。相手は足が速い」
「それでいこう」
動画が終わると同時に、メイサと愛香の方針は固まった。
灰田は驚いたように振り返り、思わず顔をしかめた。
「あの二人、いつもあんな感じ?」
「いつもあんな感じ」
一輝と大雅が同時に答えた。
「試合動画見終わったときには、だいたい決まってる」
「俺らになにやらせるかね」
「試合が終わる度にメニューが増える」
一輝は苦笑し、大雅は早くも肩を落とした。
翔と藤也は顔を見合わせ、小さくため息をついた。
「走る?」
「これ以上?」
「陸上部かってくらい走らされてるが?」
「俺、このあいだのスポーツテスト、超成績上がってたよ」
ノートから顔を上げたメイサが、当然というように答えた。
「バスケって、二時間走り続けるスポーツだからね? サッカーもだけど」
「運動部ってハードだなあ」
藤也はまるで他人事のように言って肩をすくめた。
「園芸部は園芸部でハードだろう。部員多いし、やることたくさんあるし」
灰田の言葉に、藤也は不満そうに唇を尖らせた。
「ほんとですよ。俺、その部活の部長ですよ、部長。返してもらっていいですかね。そろそろ夏の苗の発注だってあるし、雑草増えるし害虫対策もあるのに……!」
「藤也、いなくなっちゃうの?」
メイサが悲しい声を出した。
「いなくなりません! 負けるまでバスケします!」
「頼りにしてるね」
「手のひらで転がされてるなあ」
そんなやり取りを眺めながら、灰田はどこか眩しそうに目を細めた。
藤也は灰田の呟きを気にも留めず、メイサにもたれかかりながら手元のノートを覗き込んだ。
「相手は足が速いからね。ボールを取られたら、もう追いつけない」
「あとターンが速いっすね。くるくる動いてました」
海斗は椅子に座ったまま振り返り、メイサたちへ視線を向けた。
「スリーメンとファイブメン増やそう。ひたすら走ってもらうよ」
「走ります」
「あとは海斗くんの言うとおり、一つ一つの動きを速くしたいから、全員、手首と足首の柔軟を増やすよ」
愛香がノートをめくりながら続けた。
「今までは海斗くんと一輝を中心に多めに入れてたけど、これからは他の三人もしっかりやってもらうね。夜までに、お風呂上がりにやってほしいストレッチメニューを送るから、よろしく」
「僕が見てないあいだに、すごくしっかりしてるなあ……」
「まあ、言ったからといって、やるとは限らないんですけどね」
メイサがじろりと大雅を睨むと、大雅は勢いよく顔を背けた。
「ほんとだよ。やらせないとやらないんだから」
愛香がため息をつくと、メイサは視線を一輝に向けた。
「黒杉、まだまなちゃんに甘えてるの?」
「な、ちが、たまにいるときに言われるだけで」
「黒杉先輩、普通風呂上がりに幼馴染みの女の子は家の中にいないんすよ……」
海斗が呆れたように言うと、翔と大雅もそろって白い目を向けた。
「タッチか?」
「ミックスの方かも」
「うるせえな、いつもじゃねえよ」
「たまにでもいないんですよ、そんなもの! いいなあ、俺にいるのはうるせえ姉だけ……」
「俺も家にいるのは、やかましい妹たちだけだからな」
肩を落とす海斗へ藤也がそう言うと、海斗はじろりと睨み返した。
「須藤は彼女がいるだろうが!」
「うん」
藤也はいたずらっぽくにやりと笑った。
「かわいい彼女と毎晩通話繋げて一緒に勉強してストレッチしてる」
「ムカつく!!」
二年生たちが騒いでいる間にも、メイサと愛香は淡々と練習メニューを組み立てていく。
完成したメニューをバスケ部のグループトークへ送り、最後に「毎晩やれ」と一言添えた。
その後は体育館へ移動し、メイサと愛香が送ったストレッチメニューのやり方を一つずつ確認していく。
「じゃあ、ちゃんとやってね」
「ちょっと俺、走ってくわ」
ストレッチを終えた一輝は、その場で軽く体をほぐしてから立ち上がった。
「あ、俺も」
それに大雅が続き、海斗と翔も顔を見合わせて後を追った。
藤也も少しだけ迷ったあと、「三十分だけつきあう」と言い残して後を追った。
「ソワソワしすぎでしょ」
メイサが呆れたように言うと、その様子を見送っていた愛香が苦笑した。
「公式戦は久しぶりだからね。緊張してるんだよ」
「まあ緊張するのはいいことだけど、それでオーバーワークにならなきゃいいけどね」
「無理はさせないようにするけど」
ノートを片付け始めた愛香を、メイサはじろりと睨んだ。
「まなちゃんがそこで世話をやいちゃだめ」
「う……き、気をつける……」
***
月曜日の朝。愛香が家を出ると、一輝の家の前からはすでに自転車がなくなっていた。
胸をよぎった嫌な予感を抱えて、愛香は勢いよく自転車を走らせた。
体育館へ駆け込むと、朝の静かな空間にボールの弾む音が響き、一輝が一人でドリブルを繰り返していた。一輝の額には汗が滴っている。
「一輝」
「愛香。はよ。早いな」
「こっちのセリフだよ。何時からやってたの」
「んー三十分くらい前」
「練習量増やせば良いってもんじゃないんだよ」
一輝は手を止め、まっすぐ愛香を見つめた。
「……落ち着かねえんだ」
「わかるけど、でも」
「気をつけるから」
そう言って再びコートへ向かう一輝の背中を見送り、愛香は唇を噛んだ。
翌朝になっても、一輝は誰よりも早く体育館へ来て、一人で練習を続けていた。
前日に愛香から事情を聞いていたメイサは、その様子を見るなり小さくため息をついた。
「黒杉。オーバーワーク」
「ちょっとくらいいいだろ」
「ちょっとじゃないから言ってる。こっちきなさい」
「母ちゃんかよ」
「お黙り。テーピングしてあげる。手首と足首。安定するから」
「ママ……!」
「うざ」
メイサは慣れた手つきで一輝の手首と足首へテーピングを施し、最後に膝にも丁寧にテープを巻いていった。
「シュートするとき、もうちょい膝と肘使って。手首だけで投げないで」
「わかった」
メイサは顔を上げないままカバンからノートを取り出し、慣れた手つきでページをめくった。
「あと体幹の筋トレ追加」
「おう」
「メニュー送るから自分でやって。まなちゃんに転送したら怒るからね。……あんたのスマホからまなちゃんの連絡先消す」
「俺が嫌がること、ピンポイントでやるじゃん」
「それくらい怒ってるんだよ」
メイサにじろりと睨まれ、一輝は苦笑を浮かべた。
「……すみませんでした」
「まったく。まあ、いい機会だし、そんなにそわそわして仕方ないなら……部活以外では何もしたくなくなるくらいのメニューでも組もうかな」
立ち上がったメイサを、一輝は嫌そうな表情で見上げた。
「楽しみにしててね」
「なあ」
「うん?」
「心配かけるから、愛香には言わないでくれ」
「心配くらいさせてあげなよ」
メイサが静かに言うと、一輝は眉をひそめたものの、何も返さず立ち上がり、黙ってボールを片付け始めた。
ちょうどそのとき、大雅と愛香がストレッチを終えて駆け寄ってきたた。メイサは二人へ軽く手を振る。
「まなちゃーん、練習メニュー見直そう」
大雅はぎょっと目を見開いたものの、メイサのにこやかな笑顔を見ると、何も言い返せなかった。
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