Day 17.濃霧
「夏の大会の抽選会があります」
ある朝、朝練が始まったばかりの体育館へ、バスケ部顧問の灰田が珍しく姿を見せた。
「そんな時期だ」
「……そうだね」
メイサと愛香は顔を見合わせるようにして、同時に小さく頷いた。
「事前の申し込みはしておいたからね。えっと、しておいてよかったよね?」
灰田が部員たちをぐるりと見回すと、一輝が落ち着いた様子で頷いた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
灰田は嬉しそうに目を細めた。
「抽選会は来週の水曜日の夕方だよ。詳しい時間と場所はあとでバスケ部のグループトークに流しておく。参加者は顧問の僕と部長の黒杉のみ。他のみんなはそわそわしながら待っててね」
「俺らは行っちゃ駄目なんですか」
翔が首をかしげた。
「駄目だよ。顧問と部長のみって決まってる」
翔と海斗は顔を見合わせ、少し残念そうに肩をすくめた。
メイサは苦笑しながら二人を振り返った。
「どこの運動部もそうだよ。サッカー部もそうだもん」
「へー」
藤也が納得したように頷いた。
愛香は肩に力が入ったまま、どこか落ち着かない様子で灰田を見つめていた。
その様子に気づいた大雅が、「だいじょぶ?」と心配そうに声をかける。
「……だいじょばない」
「だいじょばないかー。まあ、俺もちょっと胃が痛いんだけど」
「まだなんも始まってないじゃん」
メイサが呆れたように声を上げると、大雅は気まずそうに頬をかいた。愛香も困ったように一輝へ視線を向けた。
「一輝?」
「んー?」
「だいじょぶ?」
「わからん。なんもわからん。でも、行ってくる。部長は俺だから」
大雅が目を丸くして一輝を見た。
「かっこいい……」
海斗と翔も目を輝かせ、一輝へ熱い視線を向けた。
「俺の部長がかっこいい……!」
「一生ついていきます」
「いや、いらねえよ。来年はお前らのどっちかが行くんだよ」
「やだー俺らを置いてかないでくださいよ」
「どうするんですか、海斗と俺の二人で」
メイサは呆れたようにそのやり取りを眺めていたが、灰田が男子部員たちを目を細めて見つめていることに気づいた。
「……もうちょっと、ちゃんと見たかったなあ」
そのつぶやきを聞き、メイサは思わず顔をしかめた。
「今からでも遅くないです」
「そうだよねえ。ちょっと、教頭と戦ってくる」
「頑張ってください。必要とあらば加勢します」
「はは、心強い」
灰田は笑いながら手をぱしぱしと叩き、部員たちの注目を集めた。
「じゃ、そういうことだから、頑張って。去年の対戦表と結果を印刷しておくからあとで取りにおいで」
最後の言葉は愛香へ向けて告げると、灰田は体育館を後にした。
灰田を見送ると、メイサはパシッと手を叩いた。
「はーい、じゃあ練習再開するよ。相手のチームが決まったら、それに合わせて練習内容を考え直すからね」
「りょーかい」
大雅は頷いて大きく伸びをすると、ストレッチを再開した。
一輝と二年生たちも返事をすると、それぞれストレッチや筋トレへ戻っていく。
「まなちゃん、去年の結果、もらったら共有よろしく」
「……わかった」
メイサは真顔のまま、愛香をまっすぐ見つめた。
「緊張しすぎ。戦うのは、あいつらなんだよ」
「そう、だよね」
愛香は眉を下げ、不安そうな表情でコートの男子たちを見回した。
「駄目だなあ、私」
「んなことないよ。慣れてないだけ。実際に戦うのはあいつらなんだから、それ以上に気負う必要はないし、不安そうな顔も見せちゃ駄目」
「……メイちゃんはかっこいいねえ」
「ふふ、惚れないでね」
メイサはバチッとウィンクすると、ノートを片手に男子たちのもとへ声をかけに向かった。
***
迎えた水曜日。一輝を見送ると、メイサは体育館に響くようにバシッと手を叩いた。
「はい、しゃんとしな。2対2やるよ」
「無理……緊張して吐く」
弱音を吐く大雅に、メイサは呆れたように声を返した。
「なんで行かないあんたがグロッキーなのよ」
「だってさあ」
メイサは腕を組み、「ふむ」と一つ頷いた。
「じゃあ、2対2じゃなくてアウトナンバー1対3ね。二年生ども、やっておしまい」
「ちょっ」
「任せてください、三枝先輩」
「気が進みませんが頑張ります」
「悪く思わないでください、白石先輩」
「くっそ、悪乗りしやがって! 先輩の威厳見せたらあ!!」
メイサが藤也へボールを放ると、藤也はそれを受け取り、シューズをギュッと鳴らすと迷いなくゴールへ向かって放り投げた。翔が真っ先に駆け出し、海斗が大雅の前へ回り込んで動きを封じる。リングに弾かれたボールを翔が素早く拾い、そのまま迷いなくシュートを決めた。
「んがー! もう一回!」
男子たちがコートを駆け回り始めるのを見届けると、メイサはノートを開いた。
指先でボールペンをくるりと回しながら、四人の動きや連携を次々とノートへ書き留めていく。
その間、愛香は一輝からの連絡を気にかけながら、対戦相手になりそうなチームの試合動画や練習試合の日程を調べ続けていた。
――やがて、愛香のスマホが震えた。
「きた」
ささやくような声に、バスケ部全員が振り返った。
愛香は素早く一輝からのメッセージを開き、初戦の相手の名前を読み上げた。
「司馬川?」
メイサは小さくつぶやくと、手元のノートを迷いなくめくった。
「まあ、そんなに強くはないね。だいたい一回戦敗退、たまに勝つ、くらい」
「調べんの早くない?」
藤也が思わず突っ込むと、メイサは得意げに鼻を鳴らした。
「誰に口聞いてるの。マネージャーならそれくらい調べておくものだよ」
「俺の彼女が世界一かっこいい」
「部活中は
三枝先輩とお呼び」
藤也がメイサにもたれかかっている間も、愛香はスマホから目を離さず調べものを続けていた。
「ここ、次の休みに練習試合するみたい。相手は東」
相手の名前を聞いたメイサが首を傾げた。
「そこ、聞いたことあるな。ちょっと待ってね」
メイサはカバンからスマホを取り出すと、迷いなくサッカー部のマネージャーへ電話をかける。
「忙しい時にごめんね。あのさ、東高校ってさ、あ、そうだよね」
しばらく話を続けたあと、メイサはにやりと笑って部員たちを振り返った。
「練習試合、見に行こう」
「マジすか」
海斗が目を丸くした。
「他校同士の練習試合って見に行けるもん?」
「どうとでもなるよ。サッカー部のマネージャーつながりです」
「……俺の彼女が宇宙一かっこいい」
メイサは今度はその言葉を軽く受け流し、司馬川高校の過去の成績や試合結果へ視線を戻した。
愛香は一輝とメッセージをやり取りしながら、初戦の日時や会場を確認していく。
「うん。それぞれのポジションは今のままでいこう」
「だいじょぶ?」
大雅は不安そうな表情でメイサを見つめた。
「大丈夫。白石、突っ込んできな」
「……うす」
「三枝先輩、俺は?」
メイサの背中にくっついていた藤也が、肩越しに手元を覗き込む。気配に気づいたメイサは顔を上げた。
「腕がちぎれるまで点取って」
「了解であります」
藤也はメイサのそばを離れると、転がっていたボールを拾い上げた。
「アウトナンバー、次、俺がオフェンスする」
「須藤のくせに生意気」
翔がにやっと笑った。
「その俺に頼まなきゃ試合も出れねえのに」
「そ、それを言うのは反則だろ!!」
言い返した藤也に海斗が声を張り上げ、そのまま白石へ振り返る。
「白石先輩! こてんぱんにしてやりましょう!」
「……ああ、そうだよな。ぶちのめしてやらねえと」
大雅は笑みを浮かべると、勢いよくコートへ駆け出した。
***
週末。バスケ部の七人は司馬川高校の体育館二階にあるキャットウォークから、コートで行われる練習試合を見守っていた。
周囲には司馬川高校や東高校の生徒たちも集まり、コートへ声援を送っている。
「どういう伝手だ?」
首をかしげた一輝に、メイサがにこりと笑顔を向けた。
「企業秘密」
「いや、説明すんの面倒なだけじゃん」
大雅が突っ込んだものの、メイサは答えず、そのまま体育館を見下ろした。
メイサの隣では、愛香がコート全体を収めるようにスマホで練習風景を撮影していた。
「もちろん見学も撮影も許可は取ってあるよ」
「……どうやって?」
「説明すんのめんどくさい」
メイサは手元のノートを開き、いつでも書き込めるようボールペンを指先で持ち直した。
藤也は愛香とは反対側でメイサの隣に立ち、腕を手すりへ預けながらコートを眺めていた。
「なんか久しぶりだな」
「あー、前も藤也と三枝先輩で俺らのこと見てたもんね」
「え、そうなん?」
海斗が頷くと、翔が目を丸くする。そのやり取りを聞き、大雅と一輝もそろってメイサへ視線を向ける。
「あれ、気づいてなかった?」
メイサは興味なさそうに言った。
「いいから、試合始まる」
愛香は小さく唾を飲み込む。一輝と大雅も表情を引き締め、コートを見下ろした。
コートでは両校の選手が整列し、一礼を交わすと、張り詰めた空気が体育館を包んだ。
審判役の顧問が高くボールを放り上げる。
ボールを追って選手たちが一斉に動き出し、練習試合の幕が上がった。
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