第7話 夜襲 その1
夜の東京は昼とはまた違った一面を見せる。
それはネオンライトに照らされた繁華街のような賑やかな物ではない。
月と星明かり以外が排除された天然の夜があらゆる物事を暗闇で覆い隠す。そこに潜むのは餌を求める獣であり、日の元では行えないナニカを目的とした人間である。
気が狂うような静寂と人知れぬ悪意に満ちた都市、それこそが現在の夜の東京だ。
そんな中を黒華の手紙を片手に、ただ一人静まり返った街を歩いていた。
綺麗だ……
立ち並ぶ崩れ落ちた高層ビル群を見ていると、そんな気の抜けた感情が湧いてくる。
明かり一つ無いとはいえ、暗闇に慣れた瞳にはその退廃的な景色が鮮明なまでに映し出されていた。
人の営みが消えた都市というのはどうにも人を惹きつける魅力があるらしい。
───例え、それが戦争の爪痕であるとしても
その時、ガサリと誰もいないはずの街角から物音がした。
人間の気配ではない。何よりそこは誰か1人が隠れるような物陰ではなかった。
ゆっくりと警戒しながら近づくと……
「にゃあ」
猫であった。
こちらに気づいたその猫は、起こされた事に不服を申し立てるように一鳴きすると、夜の闇に消えていった。
時折こうした飼い主を失い、野生化した動物を見かけることがある。
人間が消えた都市であろうと、生命そのモノが消えたわけではない。草木や、犬、猫。様々な命が逞しく、今日を生き抜いている。
かつて人の領域であったこの場所は、新たな生態系が構築され、自然に還ろうとしているのだ。
「確か、ここら辺のはずだが……」
一度足を止めて、手に持っていた封筒の中身を取り出す。
中に入っていたのは1枚の手紙であった。
そこには手書きの地図と思しき模様と、東京都から始まるどこかを示す住所が書かれている。
少し辺りを見渡してみれば、それが今いる場所の近辺を指し示していることが分かるだろう。
黒華から与えられた「仕事」。それをこなす為にここに来た。
地図と街並みを照らし合わせながらしばらく進んでいると、目的地である建物が見えてくる。
5階建ての雑居ビル、その廃墟。
一見何の変哲もない建物の1つ、だが……
───人の気配、それも十数人規模の
物陰に隠れながら引き続き観察を続ける。
外から見える範囲の場所には人影は見えない。
綺麗に掃除された入口。窓に打ち付けられた木の板。微かに聞こえてくる誰かの話し声。
そこには確かに「生活の痕跡」が残されていた。
本来ならば異常な話だ。
人が生きていくには多量の物資が必要になる。
水、食料だけではない、長期的な生存には衛生にも気を配らなければならない。今の様な生きることすらままならない状況では、それは尚更だ。
だからこそ北極星の様な互助組織が形成され、そこに多くの人々が参加する。
逆説的に、そんな集団に属さない人々は生きていくための「何か」をしなければならない。
殺人、略奪を始めとした倫理に反する行いを……
確かな凶器の重さを感じながら再びビルへと向き直った。
二階の窓は全て板で覆われており、そこから侵入するには大きな音を立てなければならない。
三階なら幾つか空いている場所が見受けられるが、二階からの挟み撃ちになる可能性がある。
ならば、まだ一階から入る方が良さそうだ。
そう考え、身を潜めながら物陰から出る。
正面入口から堂々と、それでもって警戒を緩めずにビルの中に入り込んだ。
中は元々受付であったようで、外から見た時以上に人が居た痕跡が残っている。
軽く辺りを見渡したものの人影は無い……
『おい、お前。ここになんの用事だ』
突如、頭上からノイズ混じりの男の声が鳴り響いた。
その声の方向に視線をやれば、そこには電力の通ったカメラと、声の発生源であると思われるスピーカーが壁に埋め込まれているのが確認できる。
スピーカーは起動中を示す緑のライトが点灯しており、カメラはこちらを凝視するようにそのレンズを向けていた。
防犯に回せるほどの電気があるのか。
恐らく屋上に太陽光発電でもあるのだろう。警戒が甘かったな……
「夜分遅くにすまない、あなた達のグループと取引の申し出をしたいと思ってやって来た。どうか入れて貰えないだろうか」
『ほーん、どっからウチの話が漏れたか知らないが、帰りな。こんな非常識な時間に来るんじゃねぇ』
ひとまず相手を刺激しないように丁寧な会話を試みたものの、返ってきた反応はあまり芳しくない。
当然の反応だ、深夜に拠点に忍び込もうとする人物など怪しいことこの上ない。
すぐに射殺されなかっただけマシだと捉えるべきであろう。
「そこをどうにかならないか?俺だって遠路遥々ここまで来たんだ。手土産だってある」
『随分と大層な物言いだな。まずはその舐めた口振りを直してから出直したらどうだ?』
「気を害してしまった様であれば謝罪したい」
『入れる訳ねぇだろ馬鹿が。どうせ盗みに来たのがバレただけだろ?死にたくなかったらとっとと失せろ』
ブチり、と通信が一方的に切られる音が鳴った。
最早取り付く島もないらしい。
最初から話し合いで解決できるような相手では無いとは思っていたが、僅かな良心が行動を起こすのを咎めた。
だが、拒否されてしまっては仕方がない。
────発砲
暗闇の中でマズルフラッシュが炸裂した。
銃身から放たれたその弾丸は、狙いを外すことなくそのカメラを貫く。
『テメェ、何しやがるッ!!』
スピーカーが発するキーンという不快な音に軽く顔を顰める。
何をするか、それは最初から変わっていない。
これが黒華から渡された仕事。そして戦場に生きた俺が背負うべき十字架なのだから。
「俺個人としてあんた達に特に恨みはないが……」
深く息をついて、思考を切り替える。
ここからは恐怖も忌避も、人間らしさは要らない。
「治安維持の為に全員死んでくれ」
────状況開始
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