第6話 過去の残響 その6
「本ッ当にごめん。ワタシがあの時見に行っとけば陽菜を危ない目に遭わせずに済んだのに」
夕暮れの暖かく光が照らす中、いつものメンバーで帰路についていた。
あの後、陽菜を無事に連れ帰ってから萩たちと合流した。
念の為、全員に対して不審者が居た事を報告したが、かなり真剣に説教を受けることとなってしまった。
「一人で勝手に判断するな」、と。
その時の反省会が今も続いてしまっているという訳だ。
「謝らないでくれ、宵崎。気づいてたのに何もしなかった俺も悪い。結果論だが陽菜も無事だった訳だし」
「悠哉の言う通りだ。対策も立てたことだし再発防止に務めた方がいいだろ?」
「……お前に言われるとなんかムカつく」
「ヒドくね!?」
「まぁ、いつもの態度がアレだからな」
「悠哉も!?」
萩の悲鳴を聞き流しながら、話題の当人である陽菜の方を向いた。
「去年の前期試験1年目だからって油断しちゃって大変なことになったんだよねぇ。美波ちゃんは勉強してる?」
「やむを得ず?やってますね。バイトしたいんすけど、兄貴と両親がうるさくて」
少し後ろを歩く陽菜は隣に居る人物と談笑をしていた。
その相手はどこか孝太郎に似た出で立ちをしており、手には大学の教材の入った鞄が握られている。
彼女の名前は萩 美波、孝太郎の血の繋がった妹であり、彼に残された唯一の家族だ。
彼女もまた、夢の世界の住人である。
「誰が過保護だって?」
「兄貴以外居ないでしょ?全く、一応私成人してるんですけど」
「お前が帰ってくるのが遅くなるとダメだろ」
「はい、シスコンシスコン。お前は父親か」
「誰が……」
兄妹が互いに軽口を叩き合う仲睦まじげな姿。しかし、孝太郎の瞳には憂いの色が混じっていた。
声は掛けることはない。互いに、この境遇がどうしようもないことを悟っているからだ。
視線を前に戻せば夕明かりに照らされた廃墟の街並みが立ち並ぶ。
崩れ落ちた高速道路。
半ばから折れるように倒壊したビル。
辛うじて原型を留めている建物も、生命の気配が感じられないほどに朽ち果てていた。
数年前では考えられないほど余りにも現実離れした光景に思わず考えてしまう。
この世界が夢ならばどれほど良かっただろうか
胡蝶の夢という寓話がある。
荘子という人物が蝶になる夢を見て、目覚めた後に自身が「蝶の夢を見た人間なのか、人間の夢を見ている蝶なのか」と考える話だ。
昔ならそれはただの寓話だと笑い飛ばせたかもしれない。
けれど今は違う。
夢と現実を分けるはずの壁は「楽園症」によって既に崩れ去ってしまった。
もはや現実が真実であることを証明できる人間は居ない。
もしかしたら「現実」は何事もなく日常が続けられていて、自分たちこそが楽園症なのかもしれない、と。
「向こうは幸せかなぁ」
そう呟いて笑いながら死んだ奴を俺は知っている。
かつて見ていたかもしれない「現実」に想いを馳せ、今居る現実に見切りをつけて首を吊る。
そんな破滅的な考えは理解できる、理解できてしまう。
今までの、少なくともこの数年間の行いが全て無駄な物だったと、直接的にでないにしろ自己の存在を否定されるのだ、狂わない訳がない。
俺はそこで、陽菜に生きる意味を求めた。
そこで首を吊った奴と俺はその程度の差しか無い。
立ち止まったか、進んだかじゃない。
座り込んだか、立ち止まったかだ。
これが思考停止に過ぎないことを俺自身が一番理解している。
この形が不自然な共依存であることも。
それでも……俺は……
「……やくん、悠哉くん!!」
陽菜の呼びかけで、思考の海から帰還する。
気づけばそれなりの時間考え込んでいたようで、帰路も半分を過ぎた辺りであった。
悪い癖だ。
「そうだ忘れてた。ごめん、ちょっと待って。」
ふと、宵崎に引き留められた。
鞄の中身を漁って何かを探しているようだが……
「そうそうこれ。黒華さんから、アンタに渡してって」
そうして手渡されたのは一通の封筒であった。
内容には、おおよそ心当たりがある。
その事を思うと、あまり気分が良くない。
「そうか……ありがとう」
「にしても不思議なモンだな。悠哉はオレたちと違って北極星に職員として所属してる訳じゃ無いのに黒華さんと直接話してるんだもんな」
「あれだろ?徴兵されてた頃になんかあったんでしょ」
「まぁ、そんなとこだな」
「え、あの人って元々元帥とか言ってなかったっけ?すごいな悠哉」
「あの人とそこまでの面識は無い。ただ偶然会ったから相談してみただけだ」
「へぇ。そういえば柊のその頃の話ってあんまり聞いたこと無いな」
ドキリと心臓が跳ねた。
それは今まで上手い具合に話さずに誤魔化していたものであった。
どうにか話を逸らすのは……無理だな。
仕方ない
「そうだな……長い話になるが、それでもいいなら」
そして語り始める。
何ひとつとして真実の存在しない、幻想の思い出を。
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「……と、言う感じで今に至る訳だ。決して楽しかったなんて言えない物だけど、こうして生きて帰ってこれたのは何よりの幸運だな」
「そうか……大変だったんだなぁ、悠哉も」
しみじみと呟く孝太郎に曖昧な笑みを返す。
話したのは現地で仲間と切磋琢磨しながら困難を乗り越える、そんな「どこかであったのかもしれない」と思える物語。そこに真実は残っていない。
話せる訳が無いからだ。あの時の真実など……
「まぁ、終わったことだ」
端的に、しかし重い感情が載せられたように、そう嘯く。
まるで「普通の人間」のように振る舞うのは慣れてしまった。
まだ終わってなどいない、未だに戦争は続いている。その真実を悟らせてはいけない。
気づけば太陽が地平線へと沈もうとしており、夜の帳がゆっくりと空に広がっていた。
「じゃあ、俺達はここでお別れだな」
車の通りが無くなった大通りの真ん中、3人に別れを告げた。
「孝太郎、明日は仕事行けよ?」
「今日もサボってねぇよ、何回言ったら分かってくれるんだ」
「いつもの態度のせいだろ、宵崎からもなんか言ってくれ」
「うーん……まぁ、いいか」
どこか歯切れの悪そうな様子でこちらを見てくる宵崎。
一瞬バレたかと心配もしたが、これ以上何かを言ってくる様子も無いみたいだ。
「今度は休みの日に会おうか、元気でね」
この別れが今生のソレかもしれない。こんな事を考えなければいけない程、今の日本は狂気に侵されてしまっている。
それでも願い、口にしてしまう。
再び会おうとする約束を。
「ああ、元気で。またな」
とこまでも晴れ渡った宙には星が瞬いていた。




