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第5話 過去の残響 その5

校舎を縦に貫くその階段は、暗がりも相まってか無限に続いているように感じられた。


「……」


すぐそこに陽菜が待っている、本来喜ぶべきである筈の事が俺をその場に引き留めようとしてくる。


二階

角から顔を出して軽く見渡すものの、寂れた静かな廊下が広がるばかりで、そこに人の気配は感じられない。

振り返り、再び歩みを進める。

靴底が階段を踏む音だけがやけに大きく耳に響いた。

視界の端で影が揺れる。


「……ッ!!」


先程までの緊張のせいか、すぐさまナイフを取り出し戦闘態勢をとってしまう。


鏡だ


映っているのは返り血に濡れた男の姿。

その目は獲物を狙う猛禽の様に鋭く細められており、人を殺した者特有のどこかズレた雰囲気が滲み出ていた。


数年で変わり果ててしまった自分の姿。その事に驚きを持たない程度には見慣れてしまった。


持っていたハンカチで軽く血を拭う。

陽菜に会う前に少しでも「普通」に戻っていたい。そう思ったからだ。


返り血を浴びたと言えども、精々が数箇所程度。後でまた萩達と合流しないといけない以上、戦いの痕跡を少しでも減らすよう心掛けていた。


皮膚に着いたものはすぐに取れた。僅かに残る鉄錆の様な匂いも気にならない程度には抑えられている。

服についた分は仕方ない、硝子で切ったとでも言い訳しておこう。


これまで何度も繰り返してきた作業だ。

滞ること無く処理を完遂する。

それでも、鏡に映る自分の目だけはどうにもならなかった。

冷えきった瞳、感情を失ったと錯覚してしまう程の無機質な光。


「はぁ……」


乾いたため息が出てしまう。

何をしているのか、今は一瞬でも早く陽菜と合流しなければならない。

躊躇う理由は無い、後悔は捨ててきたのだから。


再び階段を登る。

三階、四階、陽菜の姿が見当たらない事に僅かに焦燥が走る。

まさか、また別の誰かが……

そう思い始めた時、


───♪〜♪


反射的に顔を上げた。

屋上に続く階段から聞こえてくる誰かの鼻歌。

間違う筈がない、陽菜の声だ。

生きていて良かった、その安堵が胸中を包み込む。


「陽菜……」


どこまでも愛おしく、どこか儚い彼女を迎えるべく一歩踏み出そうとして……止まった。


嫌な予感がした。

違う……本当はまだ悩んでいたのだ。

既に振り払ったものだと思っていた。

そう思わないと……隣にいられなかった。


「なにを今更……」


自虐をしても、足は依然として進むことを拒絶する。

先程見た自分の瞳、変わり果てた自分の姿。

「変わらない陽菜」を突き付けられたように感じた。


3年経った。

あの日から、陽菜と分かたれた日から。

進展は何ひとつとして無い。

治る見通しも存在しない。

俺が居ることで、何かが変わることは無かった。


「それでも……」


その続きは外に出る事なく虚空へと消えていった。

守ると誓い戦場に立った。

守るために殺し続けた。

そして全てを失った。

何ひとつとして守れなかった俺の言葉は戯言に過ぎないのかもしれない。

俺みたいな怪物にはもっと居るべき場所がある……


「悠哉くん、どうしたの?」


気づけば階段の先に不思議そうな顔をした陽菜がこちらを覗き込んでいた。

何も知らずに「あの頃」を見続ける、そのまっすぐな瞳で。


「……ごめん」


「ごめんじゃないよ。ほら、早く行こう」


陽菜がいつもより強引に手を引いて俺を上へと引き上げた。

その瞬間、あれ程重かったはずの両足が嘘だったかのように軽くなった。


……そういうことか。

いつも救われていたのは俺の方だ。

何もかも変わってしまっても変わらないで隣にいてくれる、それだけで俺は救われていたのだから……

屋上に繋がる扉から一歩、外へと足を踏み出した。


「う〜ん、やっぱり気持ちいいね」


乾いた心地の良い風が屋上に滞っていたジメリとした空気を押し流すように吹き抜けた。

気づけば、あれ程激しかった筈の雨は止み、太陽が明るく大地を照らし出している。


空には虹がかかり、雨雲と晴れ間で分かたれた景色は目の前に立ち並ぶ廃墟の街並みと相まってどこまでも幻想的な雰囲気を魅せていた。


「いやぁ、結局フルで授業サボっちゃったね」


夢の中の俺がなんと答えたかは分からないが、得心がいった様に語りかけてきた。


「悠哉くんって私の事甘やかしてくれるけど自分のことになるといっつも一人で勝手に悩んでるよねぇ」


「……そうか?」


「そうだよ!!前にも似たようなことがあったし。その時のこと反省してないの?」


「ごめん……」


「悠哉くん!!」


バシッと両頬を挟まれたかと思うと、無理やりに陽菜の方向を向かされた。


「困った時はちゃんと私の事頼って。そして謝るだけじゃなくてちゃんと行動で示して」


陽菜の真剣に心配している瞳に思わず気圧されてしまう。

いつもはどこか抜けてて、誰かが見ていないと一人で生きていけるかも心配になってしまうような人だ。

それでもいつも振り回されるのは俺だ。

良くも悪くも……


自由奔放で天真爛漫。それでも誰かのことを思いやって行動できる心の優しいひと。

そんな所に俺は惹かれたのだ。


「分かった。すまな……」


「謝るのはダメって言ったでしょ?」


「フッ……そうだな。ありがとう、陽菜」


「分かれば良いのだよ」


どこか得意気に意気込む陽菜のことが愛おしくて思わず抱きしめてしまう。

突然の事だったのでわけがわからず固まっていた陽菜だったが、ゆっくりと背中に腕を回してくる。

心臓の鼓動が重なって響く音がなんとも心地よい。


「それで、何を悩んでたの?」


「もう大丈夫だ。陽菜のお陰で解決した」


陽菜の額に軽く口付けをしてから解放する。

まだ失ってない、まだここに居る。

大切なものひとつを残して全てを捨てた。

最早、悩みは無い。

握りしめたこの手を離すことは、もう無い


「帰ろうか、みんなの所に」

後半のシーン書いててむっちゃ楽しかった

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― 新着の感想 ―
世界の崩壊という過酷な現実と、ヒロインが生きる眩しい「嘘の日常」の対比が鮮烈で、胸を締め付けられます。 某ハートフルボッコ学園アニメが脳裏に浮かぶ「認識の乖離」のギミックが秀逸。陽菜が微笑む裏で、悠…
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