第4話 過去の残響 その4
一度人を殺した人間は二度と元の生活に戻れない。
よく言われる話だが、これは事実だ。
これは一種の後遺症のようなもので、1度経験してしまえば問題解決の手段に「殺し」という選択肢が入り込んでしまう。
そうなった人間を俺は何人も見てきた。
俺と同じ目をしている……
「手を引いてくれないか?学校で傷害事件を起こしたくない」
「そうか、なら逆にこちらからも提案させてもらおう。ここは見逃してくれないか?私達も日々を生きるのに必死なんだ」
嘘だな……
2人の健康状態を見てそう判断を下した。
交渉は無理だろうが、万が一がある以上先制攻撃を仕掛ける訳にはいかない。
後ろポケットに入れたナイフの感触を確かめつつ、様子を伺う。
「それは無理な話だな。同じ日本人なんだ、遵法意識とか残ってないのか?」
「それは今更だろ?君とて、略奪まではして無くても何か後ろめたいことの一つや二つあるだろう?」
「先輩、もう良くないですかぁ?見られた以上めんどくさい事になるのは確実なんですよ?」
「うーん、それもそうだ。手っ取り早く殺っておこう」
「了解ッス」
来る
元から戦闘になるのを覚悟していた為、ナイフを持った男の一撃を避けることができた。
「うおっ、てめぇ……」
そのまま突き出された腕と襟首を掴んで思いきり後ろに投げ飛ばす。
「グハッ!!」
強い衝撃を受けて、男の肺から空気が抜ける。
これで数秒はまともに攻撃できないはずだ。ならば今のうちにもう一人を……
「……ッ!!」
「おっと、素早いね」
裂帛の気合いを込めてもう1人の男の方を切りつけるが、避けられてしまった。
追撃は……無理か。背後の男も既に体勢を立て直している。無理は禁物だ。
冷静になって状況を分析する。
今の一合で分かった事だが、この二人はそこまで戦いが「巧く」ない。
他者を傷つける事に躊躇いは無いようだが、その技量は精々がチンピラ程度。
ならば……
「うおっ……と」
「危なッ」
落ちていた石塊を目の前の男に投げつけて牽制しつつ、ナイフを持った男に仕掛けた。
狙うべきは関節、確実に動けなくするのが最善だろう。
冷えきった思考の中でそう判断を下す。
「使い慣れた」ナイフを躊躇いなく振り下ろす。
……避けられたか
ならばと二発目、三発目と追撃を仕掛ける。
殴打、蹴撃、掌底。インファイトを軸とした肉弾戦で反撃の隙を作らせない。
時折切りつけを挟み、着実に体勢を崩してゆく。
その時、背後から床を蹴る音が聞こえた。
「疾ッ……!!」
「先輩ッ、やっちまってください!!……グァッ」
戦っていた男を強引に間に挟み込む事でその攻撃を回避する。
手に見えたのはメリケンサックと呼ばれる武器。
話し方に見合わず、思いの外肉体派のようだ。
だが、お陰で隙ができた。
こちらを逃がさないように掴んでいた手からは力が抜けている。
攻撃の後隙と被弾で二人は今、完全な無防備だ。
「ヴッ……!!」
振り返りざまの全力の肘鉄をその腹に食らわせた。
骨が軋み折れるような感触が伝わってくる。
一人落としたことを確信するには十分であった。
その場に崩れ落ちるミツルと呼ばれた男。
殺してはいない。だが、数分はまともに動くこともままならないだろう。
今の隙に距離を取ったらしいもう一人を確認して再び攻撃態勢を構える。
先程までとは打って変わって雨音だけが場を包み込んだ。
「……もしかして君、軍上がりかい?」
その不気味な沈黙を破ったのは男の方であった。
どこか困ったような顔を浮かべると徐に手に握った武器を仕舞い始めた。
「何のつもりだ?」
「降参だよ。2人がかりならどうにかなると思ったけど、元軍人相手は無理だ。僕も命は大事だからね、ここは逃げさせてもらうよ」
男のとった行動は逃亡。
あまりにも当然のように逃げようとするその姿に思わず呆然としてしまう。
もう一人はまだ動けていない。
助けるつもりはないのか?
「そいつは好きに処分してくれ。負けたのが悪いからね」
トドメを刺させることで自分の逃亡のための時間を少しでも稼ぐ、自分の生存のための生贄。
確かに合理的かもしれない。
見捨てるつもりなのか?
保身にのみ走るその姿に、腹の底から煮え滾るような怒りが湧いてきた。
しかし、対照的に頭は不思議な程冷えきっていた。
ここで仕留める
狙いは逃げる男のその背中。
彼我の距離は目算10m……
ナイフを握り直し重心を低く構え、駆ける。
血華が、咲く
途端に紐の解けた操り人形のように崩れ落ちる男。その両手足から流れる血が床に血溜まりを形成する。
今の刹那の内にその腱を切り裂かれていた。
気づけばその傍には振り抜いた得物を持つ悠哉の姿があった。
ナイフに付着した「赤」が悠哉こそがこの事態を作り上げた人物であることを明白に語っている。
「なに……が……」
自分が何をされたかも分からずに呻く男を一瞥して、もう一人を叩き起こす。
「おい、起きろ」
「は、ハイッ!ガッ……ゲホッ」
「ここから西に3キロ行った所にポラリスの拠点がある。そこに行って投降しろ。これを見せれば治療くらいはして貰えるハズだ」
そう言って取り出した身分証を投げつける。
男は慌てたように受け取るが、まだ痛みが残っているようで苦し気な表情を浮かべる。
「くれぐれも嘘は付くなよ、これは忠告じゃなくて助言だ。それと……」
動けず地に伏す男を指さして言った。
「あいつは大学から出したら好きにしろ。負けたヤツが悪いらしいからな」
「……分かりました」
不思議そうにこちらを見つめる目の前の男を無視して、階段を登る。
この先に陽菜が居るはずだ……
全てが終わった廊下には、不快な濃い血の匂いが漂っていた。




