第2話 過去の残響 その2
side 悠哉
陽菜とともに三年前まで生徒として通っていた大学に足を踏み入れた。
戦争が始まる前までは千人以上の学生が通う賑やかな場所であったが、人の殆ど寄り付かなくなってしまった今となっては寂れた廃墟の一つでしかない。
当然ながら、校舎内に明かりは点いておらず、ひんやりとした空気が肌を撫でるのを感じる。
見える範囲でも窓ガラスの殆どは割れており、天井や建物の一部も崩落している。しかしその残
骸は綺麗に掃除されており、何者かが定期的に管理していることが窺える。
廊下から見える中庭は当時、生徒たちの集まる憩いの場であったのだが、人の手が入らなくなっ
たことにより植物が繁茂する草むらとなっていた。
奥の方には一棟の建物が完全に倒壊しており、その姿が戦争の被害の甚大さを物語っている。
平和だった頃の面影は、今となっては見る影もない。
しばらく校内を歩き回っているとふと、視界の端に人影が映った。
二十代前半の容貌をした男性。その手にはボロボロになった鞄を抱えており、誰かと話をしてい
る様子であった。
しかし、その視線の先には誰も存在しない。
彼もまた楽園症に罹患しているのであろう。
陽菜然り、楽園症の患者たちは基本的に何かしらの目的を持って「生活」していることが多い。
そしてその彼等、彼女達はそれまでの記憶を追体験しているのだと考えられている。
そのため、学校を始めとする、多くの人が思い出を抱える場所には楽園症患者が集まっているこ
とがある。
それを狙った盗賊紛いの放浪者もいるわけだが..
「おはよーございまぁす」
陽菜のなんとも気の抜けた挨拶で現実に意識が引き戻される。
気づけば陽菜が「授業」を受ける教室についていたようだ。
教室内には自分たち以外にも何人か人影が見える。中には見知った顔のものも居たが、話しかけ
ることはない。
彼等の意識もまた、夢に囚われているのだから。
陽菜がそこに入っていくのをしっかりと見届けてから、そっと扉を閉める。
一コマあたりの時間は90分なのでその間は基本的に陽菜が教室から出ることはない。
「ふぅ..」
軽く息を吐き、緊張を解く。
空は先程より分厚い雲によって覆われ、僅かに見えていた陽の光も今は完全に遮られてしまって
いる。
雨でも降るのだろうか..
そんな若干の心配を抱えながら、キャンパス内を右へ左へと進んでいく。
三年前とはいえ、元々一日の半分もの時間を過ごしていた場所だ。迷うことなく目的の場所に到
着する。
規則正しく並べられた大きめのテーブルに何個かに区切られたカウンター、入口には既に動かな
くなっている券売機がなんとも寂しそうに佇んでいる。
いわゆる学生食堂というやつだ。
扉を開けて入ると、中には既に何名かの人物が座っており、それぞれが談笑や読書をしながら思
い思いの時間を過ごしている。
彼等は俺と同じように身内に楽園症患者が居るといった何らかの理由で今も大学に来ることに
なった人たちである。
誰しも一人で時間を潰すのは寂しいということで、いつしか自然とここに集まることになったの
だ。
俺自身も陽菜が「授業」を受けている間は基本的にここで過ごすことにしている。
「よぉ、悠哉。久しぶりだな」
「来たのか、柊。おはよう」
入ってすぐこちらに気づいた男女二人が軽く手を振りながら話しかけてくる。
「おはよう、宵崎、萩。先週ぶりだな」
フッ、と軽く笑って宵崎がそれに応じる。
迷彩柄の野戦服を着こなし、片手で銃を弄ぶ姿は大学時代とは似ても似つかない。
下ろしていた髪は後頭部で一つにまとめられており、元の鋭い目つきと相まって何とも軍人然と
した雰囲気を醸し出している。
「ほら、悠哉もここ座れよ。立ち話するわけにもいかねぇしさ」
そう言いながら宵崎の隣りに座っていた人物ー萩 孝太郎が椅子を引いて座るように促してくる。
大学の時は特に仲が良かった人物の一人でそれなりの交友は持っていた。
宵崎とは地元からの関係らしく、曰く腐れ縁ってやつだと聞いている。
灰色のパーカーにスニーカー。宵崎とは対象的に二年前と何も変わらない風貌である。
こんな世界でありながら性格や雰囲気含め何も変わりないのは彼の確立した精神、悪く言えばマ
イペースさの賜なのかもしれない。
「とりあえず宵崎はソレしまってくれ。暴発して人に当たりでもしたら目も当てられない」
「マジありがとう悠哉。いつその銃口が向くかとヒヤヒヤしてたんだよ」
「あんたが変なこと言わなきゃいいだけよ。それとも一発食らっとく?」
カチャリ、と宵崎が安全装置を外したので流石に仲裁に入らせてもらう。
口が軽い萩が定期的に口を滑らせそれに対し宵崎が何かしらの反応をするというのが出会った当
初から定型化されている。
陽菜としては「なんで付き合ってないかがわからない」そうだ。
それはそれとして、前は軽く叩く程度だったものがさっきみたいに銃口を向けるような状況に
なっているのは流石にいただけない。
本人達的には軽いじゃれ合いの延長らしいが互いに一歩間違えたら命に関わると理解しているの
だろうか..
「…間違っても発砲するなよ。ところで二人とも、今日は仕事とかないのか?」
宵崎と萩は、東京を中心とした大規模互助組織である「北極星」の構成員として働いているの
だ。
そして今日は月曜日、本来ならこの二人は仕事に駆り出されているはずなのだが…
「黒華さんに休めって厳命されちゃってね。家でやることもないしね」
「オレはふつーに抜け出してきた」
「……後で報告するぞ?」
「冗談だって、哨戒の名目付けて許可得てきてるから」
「ったく、ちゃんと働けよ。黒華さんの前でも同じこと言えんの?」
「無理に決まってるだろ。あの人、働きすぎなんだよ」
会話に出てくる黒華という人物は、ポラリスの創設者であり、現在のリーダーを務めている人物の
ことだ。
今、俺と陽菜がこうして生活できているのは彼女から仕事を回してもらってるお陰だ。
元々地方の一組織でしかなかったポラリスを北日本最大の組織にまで押し上げた彼女の手腕は流
石の一言に尽きる。
「それより、せっかくこうやってまた集まったんだし、なんかしよーぜ?」
萩が鞄の中を漁りながらそう言った。
「お前、最初から遊ぶつもりで来ただろ」
「良いだろ?お前も俺も『授業』が終わるまでは暇なんだからさ。トランプみっけ」
指摘も虚しく、萩がせっせとカードを配り始めた
「良いけど、何すんのよ」
「大富豪とかそこらへんでいいんじゃない?」
「三人でか?」
「それもそうだな。ちょっと声かけて来るわ」
「ちょっと待て…自由人すぎるだろ、あいつ」
「諦めろ、悠哉。あいつはそういう奴だ」
萩を引き止めるよりも先に、近くにいた人物に話しかけに行ってしまった
それでもって、すでに仲良くなってるみたいだ…
ふと、視界の端を…窓の外を黒い影が横切った気がした。
「…ッ宵崎、今、外に」
「どうした?柊…」
宵崎は何も見てないようで、自分に配られたカードを弄んでいた。
もう一度窓の外を注意深く見渡してみるが、そこにはいつもの光景が広がってるだけだった。
錯覚だったか?
「なんか見えたんだったら、野良の猫か犬なんじゃないか?少なくとも、普通の人間がここに来る必要性はない」
「……そうだな」
確かに違和感は残る。だが、気のせいと言われてしまえば、それまでの物だ。
最近の依頼で、少し気を張り詰めすぎてたのかもしれない。
「じゃあ、一戦付き合うか」
ちょうど、萩が他の参加者を連れて戻って来るタイミングであった。
窓に映る空は何かを覆い隠すかのように、より一層その曇天を増していた。
誤字脱字等があったら、ご報告お願いします。




