第1話 過去の残響 その1
side陽菜
「おはよーございまぁす」
講堂の扉を開ければ、中は授業前の喧騒で賑わっていた。
軽く見回してみれば、見知った顔がいくつかのグループに分かれ、それぞれが思いのままに談笑や軽いふざけ合いに興じている。
朝から元気なもんだねぇ。
「おっ、陽菜と柊じゃん。おはよー」
こちらに気づいたらしい学友の宵崎 明がどこか気の抜けた声で話しかけてきた。
彼女とは大学からの付き合いだが 、地元が同じ九州圏内かつサークルも同じだったので今では休日に一緒に遊びに行くほどの仲だ。
「朝から見せつけてくんねぇ。さすがは熟年夫婦、いちゃつくのに恥じらいはないと」
「そう言われちゃったら私だって、少しは恥ずかしいよ」
「熟年夫婦なのは否定しないのね」
宵崎の顔に諦めにも似た呆れの色が浮かぶ。
まぁ、付き合ってるのは周知の事実だし今さらそういうふうにからかわれても、ねぇ。
「その幸せ少しでも分けてくれないかなぁ」
「まぁまぁ。あかりんにもいつかいい出会いがあるよ」
「ほーん、男なんか性欲に支配された猿しかいないと思ってるワタシにそれを言うと」
宵崎の目からハイライトが消える。
気のせいか体の周りに瘴気みたいなドス黒いオーラを纏っているようにも見えるのだが…
やばい、完全に地雷を踏み抜いてしまった。
「いやいやそんなことないって。悠哉なんて奥手過ぎて私から攻めないといけないくらいなんだから」
「へぇ〜、ソレはオ幸せなコトで」
あっ、だめなやつだこれ。
フォロー入れようとして確実に悪い方向に持っていてしまった自覚がある。
だって、まあまあ強めの殺意がヒシヒシと伝わってくるもん。
えーっと、こういうときは...
「そうだ!!今度映画でも見に行こうと思うんだけど一緒に行かない?ねぇ!!」
空気が悪いときは強引な話題転換に限るって
ともかくこんな所にいられるか!!私は先に逃げさせてもらうぞッ!!
ジト目でしばらくこちらを見てきたがやがて諦めたかのようにため息をつくと雰囲気が元に戻った。
ふぅ、危なかった。
宵崎は高校時代かなり女癖が悪い男と付き合ってしまったらしく、それ以降男性全般に対して強い偏見と忌避感を持ってしまっているらしい。
本人としては割り切っていると言っているが今みたいになってしまうあたり傷は癒えきってはいないのだろう。
「まぁワタシとしては別に気にしないんだけどそういうのは柊と行くのが最適なんじゃないか?どしたん、最近調子でも悪いん?」
「え?私は全然元気だけど...」
「いやいや、そうじゃなくてアイツとの、だよ」
宵崎が親指でグッと指した方には他の男子に絡まれてる悠哉の姿があった。
ああね、そういうこと...
「ナニモナイヨ」
「それは何かあった人の口調なんよ。お姉さんに話してみぃ、場合によっちゃ出すもん出させちゃるけん」
唐突なヤクザ口調に鋭い眼光。なるほど、私にとって不本意なことをしていたのなら悠哉を東京湾にでも沈めると。
ふふっ、と自分に対して気を使ってくれる親友に思わず笑みがこぼれる。
「安心して。さっきも言った通り悠哉って奥手な節があるから自発的にそういうことはしないんだよねぇ」
「それならええんよ」
「というか同棲までしてるのにそういう雰囲気にすらならないのって何?こっちから攻めても無反応なんだけど、据え膳食わぬは男の恥なんでしょ?」
「う〜ん、柊があんたのこと大切にしてるってならそれまでなんだけど...アイツのことだし、それが理由なんだろなぁ」
あかりんが少し困った様な表情を浮かべる。
「陽菜としては柊のそういうところをどう思ってるか、はっきり言うしかないんじゃないか」
「え、すごく可愛いって?」
「じゃ、もういいですー。話聴くだけ無駄だったわ」
「ごめんって、冗談だよぉ」
プイッと不貞腐れてしまった明を横目にさっきまで悠哉がいた方向を見る。
しかし、既に移動してしまったようで軽く教室を見回しても姿が見えない。どこにいったのだろうか……
「陽菜、ちょっといいか?」
うおっとぉびっくりしたあー
後ろから急に肩に手をかけられて、思わずビクッとなってしまった。
振り向くとなんとも気まずそうな顔を浮かべた悠哉が立っている。どうやら私が話し終わるのを待っていてくれたらしい。
「もぉー、びっくりしたじゃん。断りなく私の背後に立つんじゃないよ」
「お前は凄腕のスナイパーかなにかか」
「いや、急に話しかけられるだけで死にかける小心者だから」
「ああね、ナルホド」
ツッコミもなく普通に納得されたのがなんとなくムカついたので軽く叩いておく。
「で、どうしたの?」
「いやー、ちょっと二人で話したくってさ」
私から目をそらしながらそんなことを言う悠哉。少し頬が赤く染まってるのは気のせいではないだろう。
そう!こういうところよ!私の彼氏の可愛いところは!!
どうだ、分かったかあかりんよ。と視線で訴えるが「ごゆっくり」と呆れ笑いを浮かべながら去ってしまった。
「仕方ないなぁ」
少し照れ隠しも込めて悠哉くんの手をギュッと握って、いつもの場所へと向かう。
こんな感じで視点ごとに話を分けていこうと思います




