第10話 夜襲 その4
side 柊 悠哉
それは、廃墟の街並みの中に突如として現れる。
約3mもの高さを持った鉄柵に囲まれた円形状の領域。かつて大病院だった建物を中心に、東西南北にそれぞれ大通りが伸びた構造。
入口は大通り端の外周4箇所のみ。
そこには3人以上の警備員が常駐している。
東京を中心とした東日本最大の互助組織、『北極星』。その本拠地である。
鉄柵の外から見える景色には、確かに人々の生活が存在していた。
人口にして約三千人。当時2000万近くもの人口を誇った東京都にしては余りにも僅かな人数しかいない。
ビルでの戦闘の後、俺は依頼主である黒華に報告をする為にこの場所に向かっていた。
現在時刻はおよそ深夜の3時、街並みは未だ暗闇に包まれている。
人目につかない為にという目的もあるが、陽菜が起きるより先に家に戻らなければならなかった。
足を止めることなく外周を囲う鉄柵沿いに歩く。
ここまで近づけば、夜と言えども中の様子を鮮明に見ることができる。
比較的に無事なアパートはところどころ補修を施され、雨風を凌ぐ以上の生活環境が整っている。
街中には点灯することのない街灯の代わりに、篝火が炊かれている。
決して豊かとは言えない原始的な生活。
それでも今の東京においては、これ以上ない程に恵まれていると言えるだろう。
略奪者に怯えることなく、寒さと飢餓に喘ぐ必要も無い。
再び日常を取り戻す。ポラリスが掲げる「弱者救済」の理念がそういった所からも見受けられる。
最後に来たのはいつだったか……
確か1ヶ月近く前、建築作業の手伝いか何かで呼ばれた時以来だったと思う。
その時と比べても、少しずつ発展しているのがわかった。
しばらく進んでいれば、一際明るく照らされた関所の様な様相をした建物が見えてくる。
「そこの人、止まってください」
いつものように軽く会釈をして通過しようとしたところ、呼び止められてしまった。
声をした方を振り向けば、面識のない2人組の若い男性が警戒しながらこちらを見ていた。
「すみません、この時間にどのようなご要件でしょうか」
「黒華さんに用事があって。かなり急がないといけない案件でして……こんな時間ですが通してくれませんか?」
「そうですか……念の為、カバンの中身を見せて貰ってもいいすか?」
彼が指をさしたのは、背負っていた「ヒト1人、入りそうな大きさの」ボストンバッグであった。
「何か疚しいものでも入ってるんですか?」
表情には一切出さないものの、内心ではかなり冷や汗をかいている。
素直に見せたら確実にもっと面倒なことになるのは確定しているが……
「見せなきゃ駄目ですかね?」
「その場合はお引き取り願います。状況が状況なので、騒ぎを起こさない限り制圧はしませんが……」
うーん……参ったな
だが、この中身を見せる訳にはいかない。
少し時間を潰してから裏に回り込んで不法侵入するか……?
時間も時間だ、音さえ消せばバレる事も中々ないだろう……
『相澤くん、通してやってくれ。彼は私が呼んだ』
強行に走りかけていたその時、目の前の2人のものではない女性の声が、机の上に無造作に置かれた通信機から聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声に、思わず軽い笑みを浮かべる。
「いいのですか、黒華さん?!目の前で言っては失礼ですが、この人かなり怪しいですよ?」
『彼とは個人的な仲でな、定期的にウチに来るから覚えてやってくれ。ところで柊君、聞こえているかい?』
「あぁ。感謝するよ、手伝ってくれて」
『なぁに、見覚えのある顔が珍しく困っていたからね。手を差し伸べてあげるのが優しさというものだろう?』
どこか愉快げな声を聞きながら、視線を道路の先────2キロ離れた病院の屋上に向けた。
『久し振りだね、柊君。君の顔が見れて嬉しいよ』
「相変わらず元気そうだな、黒華」
視線が────交わる
俺も、通話機の先に居る彼女も、確かに互いを認識している。
その姿を見て、対応していた青年が狼狽えた表情を見せていた。
『と、言うことだ。通してやってくれ』
「了解です。柊……さんでしたよね、先程は失礼な発言をしてしまい、申し訳ありません」
黒華との通信を切った後、青年がこちらに向き直って謝罪をしてくる。
「謝らないでください、明らかに悪いのはこちらなので。謝罪と言ってはなんですが……」
そう言って2人に少しばかりだが、水と携行食を差し入れた。
この時間に身体に鞭打って働いているのだ、その事への労いも兼ねての事だ。
「「ありがとうございます!!」」
それを受け取った2人に見送られながら、拠点の中へと歩みを進めた。
ここから黒華の居る病院までは直線で2キロと少し、歩いて十数分程度の距離だ。
あちらとしても、身支度の時間が必要だろう。
そう思い、夜の街並みを眺めながらゆっくりとした足取りで向かう。
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「すみません、黒華さんに取次ぎお願いします」
「柊さんですね。お待ちしておりました、こちらへ」
時間にして30分程使ってから目的地の病院に到着した。受付にいた事務職員に先導されながら黒華が居る最上階へと向かう。
内部はほかの建物同様に暗いものの、所々明かりがついた場所が見受けられる。
昔に聞いた話だが、ここには災害時の患者の生命維持の為に独自の発電機が設計に組み込まれているらしい。
ポラリスがここを本拠地にしているのはこの建物にある豊富な物資や医療器具だけでなく、そういった理由もあるそうだ。
階段を数分ほど登り続けると、ようやく終わりが見えてきた。
この階層には部屋が一室と廊下しかない簡素な構造らしく、目の前にある木目のドアがやけに際立っていた。
その扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。
元々医院長室だったらしい部屋は、戦争から数年経った今でも丁寧に管理されており、当時からの豪華さを残している。
その部屋の中央の窓際、古めかしいアンティークの机の上に子供のように座る人影があった。
「俺も乗ったのが悪いとは言え、新人を驚かせるのも程々にしろよ」
「会って第一声がそれかい?私だって久しぶりに気兼ねなく人と話せるんだ、少しばかり興奮してしまったんだよ」
どこか揶揄う様にそう宣う彼女は、行儀の悪い行いをしているにも関わらず、どこか優雅な姿に見えてしまう。
スラリと伸びた体躯に均整のとれた肉付き。肩下まで伸びた長髪は日本人らしい顔つきには似つかわしくない赤に近い茶色をしている。
絶世の美女。誰が見ようとも、そう断言してしまうほどの美貌。
「それはそれとして、だ。ポラリス代表として君を歓迎しよう、柊 悠哉『元陸軍大尉』」
漂うように暗闇に浮かぶ、『金』の瞳が妖しく細められた。
「それにしても、随分ゆっくり来たものだね。君だったらあの程度の距離、一分も掛からないだろうに」
「約束もせず押しかけたのはこっちだ。あんただって身支度の1つも必要だろ?」
「君も、随分口が達者になったものだね。私たちの仲じゃないか、今更、私に女性らしさを求めても仕方無い事だ」
そう言いながら部屋に設えてあるソファーに腰掛けるように促される。
俺と黒華に挟まれた机の上には今ではダイヤモンドより貴重な甘味となったクッキーが入った瓶が置かれていた。
それがポラリスの持つ影響力とその頂点に立つ黒華の権威をそれとなく示している。
「さて、と。戯れに興じるのもここくらいにしておこう。君がここに顔を出すという事は、特大のネタがあるんだろう?」
その一言で、場の空気が変わった。
一介の友人としての立場から戦場に立っていた頃の上司としての彼女に変貌したのだと肌で感じる。
自然と背筋が伸びるような威圧感。
「……あぁ」
数年間探し求めたソレを誰よりも信頼している彼女だからこそ、明かす。
過去を、今を、そして未来を変えてしまうほどの物を……
「楽園症の薬が、手に入るかもしれない」
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