第9話 夜襲 その3
side 藤原 仁
「クソッ……どうなってやがる……」
ビルの最上階。
飾り立てられた大広間の中心で男の悲痛な叫びが残響する。
「敵は1人なんだろ……?どうして殺しきれない」
「三階カメラがやられた。畜生、どうしてあんな奴が……」
「いいからどうにかできないのか、富草?」
「無理言わんで下さいよ、藤原さん。ひとまず4階に全戦力を集めるで手一杯なんですから……」
「何が起きてんだ……」
あの化け物がこのビルに来てから20分しか経っていない。にも関わらず、組織のメンバーの半分が既に連絡がつかなくなってしまった。
最初こそ最低限の人数しか向かわせなかったが、それでも銃火器を持った複数人相手に、ただの人間が生身で切り抜けられる訳がない、そう思っていた。
だが、現実としてアイツはまだ生きている。
俺たちを殺そうと、今にも近づいてきている……
「……正直に言ってくれ、富草。勝てると思うか?」
「……」
返ってきた沈黙だけが、事態の深刻さを物語っている。
その姿を気弱だと責める事は俺にはできない。
1度だけ、パソコン越しにアイツと目が合った。
あれは人間じゃない。
銃弾が飛び交い、その手で人を殺しているというのに感情ひとつ動かない。
恐ろしかった。
この組織をここまでデカくするにあたって、様々な悪事を働いてきた自覚はある。何人か殺しだってしてきた。
それでも、今更自分の番が来たからといって、そのことを理不尽だと嘆く程堕ちてはいない。
だが、アレは違う。
まるで虫でも殺すような簡単さで、何の感慨もなく人を殺していく。
人間を、人間として見ていない。
まるで機械のような……
『こちら佐々木。部隊展開完了しました、応答願います』
机の上に投げ捨てられた無線機の声で、思考が中断される。
まだ、生きていたのか……
そのことを安心してしまう程、事態は深刻だ。
それでも……
「こちら藤原……すまない、お前達だけに任せてしまって」
『謝らないでください、藤原さん。自分達で決めたことですから。それに……』
一呼吸
『アンタはリーダーなんだ。弱気になられちゃ、示しがつかないだろ?』
信頼の感情が込められたその声に思わず、目頭が熱くなった。
「あぁ、そうだな……そこは頼んだ!!そして……生きて帰ってこい」
『……了解』
そうして通信が切れる。
富草がこちらを見て、小さく笑いかけて来る。
「まるで、映画のワンシーンですね。こんな状況になるなんて、思いもしなかったですよ」
「……あぁ、お前含め、いい仲間を持ったもんだよ」
心の底からそう思える。
まだ、終わっていない。
ようやく手が届いたんだ……今、死ぬ訳にはいかないのだ
「は?」
唐突に、富草が素っ頓狂な声を上げた。
その目は今にも零れ落ちそうな程に見開かれており、手に持つ管理用パソコンを食い入る様に見つめていた。
背筋に、ヒヤリとした感触が走った。
とてつもなく嫌な予感、しかし、報告からまだ5分も経っていないはずだ。
それだけは無い、あってはならない。
だが……
「おい……どうした」
錆び付いた機械のように、ゆっくりとこちらを振り向く。
その表情は驚愕と……恐怖に歪んでいた。
「四階……突破されました……」
その瞬間、部屋に影が差した
────────ッ!!
耳を劈く甲高い轟音と共に、細かく散らばったガラス片が大広間を吹き荒れる。
なんだ、何が起こった。
あまりにも唐突な出来事の連続に理解が追いつかない。
外からの衝撃で割れた窓。
そうして侵入した「誰か」がゆっくりと立ち上がる。
────ヒュン
「ッ!!」
短く、何かが空を切る音と富草の呻き声がほぼ同時に聞こえてきた。
「ッ富草?!」
その呼びかけに答えるべき人物は既に喉元から血を流し、蹲る様に倒れている。
死んでいた。
「お前が、ここのリーダーだな?」
目の前に佇む悪魔が、凍えるような声音でそう尋ねる。
振り向けば、漆黒の夜空を背に二つの無機質な「赫」の瞳がこちらを見下ろしていた。
その問いに答える声は、恐怖で出てこない。
しかし、それ以上の強い感情が衝動的に身体を突き動かした。
握りしめた拳銃をそいつに向ける。
「あいつらをどうした、俺の仲間をッ!!」
思わず、口から出たその問いかけ。
次の瞬間、俺はそのことを後悔することになった。
「……全員、殺した。一人残らず」
ありえない。こちらを投降させる為の虚言、そうだと思いたかった。
誰もここにやってこない事実が否応なしにその言葉が真実であることを示している。
嫌だ。
恐怖が、感情を侵食していく。
抵抗しなければならない。しかし、力を失った身体は意思に反してピクリとも動かない。
「ま、待ってくれ!!交渉をさせてくれ!!」
気づけばそんな言葉が口から出ていた。
死にたくない。その一心で、生き残るための言葉を並べる。
「薬だ、楽園症の治療薬が手に入る!!その情報をあんた達に提供する、だから……」
「話し合いで解決できるほど、今の日本は優しくない。そうだろ?」
遮るように発せられた言葉は、紛れもない拒絶のそれであった。
分かっていた……
最初から、正義はあちら側にあると。
理由があったとはいえ、俺がやってきた行いは許されることでは無いと。
────動いた。
死を覚悟し、緩やかに流れる時間の中ですら、その動きを認識できなかった。
最初から勝ち目など無かったのだ。
意識が闇に落ちる寸前、男が最後に思い浮かべたのは、夢に眠る最愛の娘のことであった。
────────────────────
第三次世界大戦、日本は中国からの侵攻に対し、約1年にわたってその戦線を維持した。
1945年以降、直接的な武力の保持を禁止され、その秩序を厳格に守り続けた日本がなぜそれほどの期間を守り抜いたのか。
そこには英雄の軍がいた。
比喩ではなく、正に一騎当千の人物のみで構成された英雄達が……
戦争初期、とある狂気の科学者がある実験を成功させた。
「後天的な遺伝子操作」
最早神の奇跡に等しいその技術は、愛国心故か、はたまた実験体が必要だっただけか、極秘に戦争に投入されることとなった。
肉体を一度崩壊させ、根本から作り替える。想像を絶するほどの痛みから、手術の成功率は5%を下回った。
数百にも及ぶ試行回数の果てに部隊と呼べる規模の人数の英雄が作られた。
彼らはその存在を知る者達から、畏怖と共に国防の要として称えられ、こう呼ばれた
────『適応者』
あ゛つ゛い゛




