第11話 夜襲 その5
「噂に聞いてはいたが……俄かには信じ難いな。どこでそんな情報を?」
「クッキー食べるかい?」と黒華から差し出された皿を受け取りながらその言葉に応じる。
「今日奇襲を仕掛けた組織のリーダーがな……北極星の研究でも治療の糸口どころか原理すらも掴めなかったんだろ?」
「あぁ、遺憾ながら。ウイルス、集団ヒステリー、放射能、『あの爆弾』による異常現象。ありとあらゆる可能性を考えたさ。大量の電力を使って電子顕微鏡やMRIまで起動したが、全ての数値が正常。お手上げだね」
そう言い切ると、黒華は軽く両手を上げて降参のポーズをとった。
言うまでもなく、ポラリスが行った実験は現状考えられる最高峰のものであっただろう。
それでも原因が特定できなかったとなると、『現状打つ手なし』というのが最終的な結論に至るはずだ。
薬が、ただのデマや詐欺の可能性は十分にありえる。
今となってはデマという結論が出たが、過去に何度か同様の噂が流れたこともある……が、
「一応、通常業務の片手間とはいえ、完成品の捜索もかけたのだが……」
「『手がかり無しだった』、と。そこに違和感がある」
眉唾物とも形容出来る程に疑わしいこの一件。だが、この話を持ってきたのには理由がある
「と、言うと?」
「ポラリスですら見つけられない商談をそれ以下の組織が秘密裏に受け取れるわけがない」
「……背後にいるヤツらが意図的に私たちに情報を隠そうとしている、そういう事だね」
「あぁ。それで尚且つ、隠蔽できるだけの組織力を持っているとなると、自ずとその正体は見えてくる」
「『帝国』か……」
漠然とそう呟いた黒華が深く考え込むように視線を落とす。
組織名不明、通称「帝国」。
依然として、ポラリスの影響範囲が東日本に留まっている最大の理由にして、この日本においては数少ない、ポラリスと肩を並べる程の力を持つグループだ。
あそこなら……"アイツ"ならもしくは……
「確かに、それなら薬が本物の可能性も十分に考えられる。だが、証拠はあるのかい?」
「一応アイツらが持ってたパソコンの中身を全部抜いてきた。一通り流し見たが、証拠とまではいかないが、それなりのモノだ」
懐から取り出したUSBを黒華に投げ渡す。
受け取ったソレを一瞥してから、黒華が執務用の机に置かれていたノートパソコンに差し込んだ。
その姿を横目にクッキーを食べながら待つこと5分ほど、ある程度の内容を確認したらしい黒華が再び席に着いた。
「なるほどねぇ。確信を得るには至らないが、この規模の研究を隠し通すには生半可な組織力じゃ無理な話だね」
そう言って見せられたパソコンの画面には楽園症の薬の実験に関する情報が事細かに綴られていた。
原材料。
研究施設。
製造工程。
様々な文字列が並ぶ中、一際目を引く「成功例」の文字。
「だが、あくまでコレは『それらしい情報』の範囲を過ぎない。ウチも組織である以上、不確かな情報に振り回されている暇はないんだ」
改めて言うほどのことではないが、今日こうして黒華の元を訪れたのはポラリスの協力を取り付けるためである。
数年に渡り追い求めていたものだ。だからこそ、最大限の準備をして挑まなければならない。
「正直言えば、ここからが本題だ。これが命を賭けるのに十分か、一緒に見極めて欲しい。本人も交えてな」
そう言って持ってきたボストンバッグを横から開き、ソレを引きずり出した。
「今日奇襲を仕掛けた組織のリーダーを生け捕りにしてきた」
「……もう少し良い方法は無かったのかい?」
呆れたような、戸惑うような声音で黒華がそう呟く。
そこには全身をビニール紐で身動きひとつ取れないほどに縛られ、口には猿轡代わりのタオルが挟まれた男の姿があった。
僅かに上下する胸部から、それが生きた人間であることがわかる。
実にシュール極まりない光景。
……仕方なかったんだ、手頃な位置にあった物がそれしか無かったし、運んでる途中に暴れられても困るのだから。
黒華の訝しむような視線が痛い。
まぁ、それはそれとして、だ。
「起きろ、お前に話がある」
男の口枷を外し、その頬をペシペシと叩く。
しかし、返ってくるのは僅かな呻き声のような吐息のみであった。
一見気絶をしたままの様子に見えるが……
「今すぐその演技を止めて起きなかったらそのまま撃ち殺す」
「分かった、分かった!!すまねぇ、だから下ろしてくれ」
その額に拳銃を突きつけて脅せば、慌てたようにそう弁明する。
コイツ……
この状況下で不貞寝を決め込むとは、組織のリーダーをしていただけあってか、中々に油断ならない人物なのかもしれない。
「なぁ、せめてこの紐解いてくれねぇか?動き辛いったらありゃしない」
……訂正、ただ図太いだけの野郎のようだ。
握りしめた拳銃に力が籠るのを黒華に目線で咎められてしまう。
「はぁ……まぁ、それは君の態度次第と言っておこう。ところで君、名前は?」
「まずは状況を……ハイ、スミマセン。藤原 仁……です」
下手な事を言い出す前に、藤原と名乗った男に睨みを効かせて黙らせる。
こういった交渉事、もとい尋問は黒華の方が適任だ。なので俺は監視と圧力をかける役割に徹する事にした。
“何故かは知らないが”俺を見つめる目が化け物とか悪魔を見るような恐怖の入った物になっているのだが……見なかったことにしよう
「さて、藤原 仁さん。君の今の状況についてだが……端的に言えば、騒ぎを起こした瞬間君は死ぬことになる。勿論素直に情報を吐けば解放するとも約束しよう」
「どうだかね、事前通告も無しに攻撃を仕掛けてきた奴らの言い分なんて信じられる訳が……」
「藤原 優花15歳。楽園症重度進行患者の一人で現在は故郷の山梨で母親と共に療養中……」
男の話を遮るように黒華が語り始めた。
一見、何の関連性もない誰かの情報……その言葉に、僅かに男の表情が強ばったのを見逃さなかった。
「……知らないね、何の話だ」
「君の協力次第では完成品の薬を一番に提供することだってできる。我々の目的は薬の原理解明だ、賢い選択をすることをおすすめするよ」
「外道どもが……」
どこか飄々と言い放つ黒華に対して、男はそう吐き捨てる。
最初から抵抗や交渉の余地など存在していなかったのだ。
その事を理解した男に、選択肢など残っていなかった。
「分かった、協力しよう。……娘は、娘は大丈夫なのか?」
彼が口にしたのは恨み言ではなく、恐怖と悲哀の混じったそんな言葉であった。
「あぁ、昨日には連絡を取って既に保護している。脅しに使って悪かったが、これも仕事なんだ……」
そう呟く黒華は毅然としていながらも、何処か寂しげな表情を浮かべていた。
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